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【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? YouTube動画>1本 ->画像>8枚


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1樽悶 ★2019/07/11(木) 22:59:41.95ID:feVJb+l09
【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? 	YouTube動画>1本 ->画像>8枚

 前回、日本史の謎の一つである邪馬台国の位置について、実は阿波にあった?という衝撃的な説を書かせて頂いた(https://netallica.yahoo.co.jp/news/20190706-19057772-naigai)。

 今回は幾つか残る『阿波風土記』の断片のうち、興味深いものを紹介しよう。その内容は、空から大きな山が阿波国に落ちてきた。その山が砕け散り大和国に落ちて、天香久山になったとされているのだ。これは何の比喩なのか。阿波で成立した国家が奈良に移動したととれないだろうか。

 不気味なことはまだある。阿波出身の国学者である池辺真榛は、延喜式の研究を行い、自分の故郷である阿波国が日本のルーツだと確信した。その後、池辺は阿波藩政を非議したという罪を被せられ、文久3年(1863)に身柄を拘束され、阿波藩邸に監禁され、不審な死を遂げている。

 また、日本神話において、一番最初に生まれたのが淡路島であり、その次に四国である。この四国は四つの顔を持って生まれたと言われた。讃岐と土佐は男の顔で、阿波と伊予は女の顔であった。つまり、徳島は卑弥呼を連想させる女の顔の国であったのだ。さらに、同じ女の顔とされた地域、伊予が卑弥呼の後継者「いよ(壹與)」と同じ発音なのも気になる。

 徳島県阿南市椿町に位置する蒲生田岬には「因幡の白兎」伝説があり、出雲大社の元となった社も、伊勢神宮の元となったとされる社も徳島には存在する。日本神話のルーツは阿波なのであろうか。となると、悪神に殺されたヤマトタケルの御霊が讃岐まで飛んできた上、白鳥になったということは祖霊の地である四国に死後に帰還したという暗示ではないのだろうか。つまり、神武東征とは、邪馬台国が四国から畿内に攻め込み、その後、畿内に定着し大和朝廷となった事実を意味しているのではないだろうか。

 それから、邪馬台国の条件の一つに、“柑橘類のある土地であった”というものがある。特別に記述したということは、ただ単に柑橘類が採れたという程度ではないだろう。かなり、柑橘類が豊富な土地であったという意味にとれる。この条件は様々な種類の蜜柑が育つ柑橘王国である徳島は申し分ない。

 さらに、魏志倭人伝の記述によると、邪馬台国の山には丹があるとされている。この丹とは水銀のことを指しており、徳島は水銀の産地である。つまり、邪馬台国の候補地には水銀丹(朱)の出る山がないといけないのだ。水銀産出跡地に関しては、徳島以外でも三重や和歌山でも確認できる。だが、どれも小規模なものであり、鉱山と呼ぶには程遠い。だが、我が徳島には、邪馬台国時代から続く水銀鉱山と呼ぶべき大きめの遺跡が阿南市にある。それが若杉山遺跡である。これこそが証拠の一つではないだろうか。

 しかも、不気味なことに、この遺跡の周辺には、ヒルコ神社が二十数箇所鎮座しているのだ。ヒルコ(蛭子)という異形の神が守護するこの遺跡には、何か深い意味があるように思えてならない。このように蜜柑、水銀など、状況証拠は十分にある。

 そして、邪馬台国の時代から続く「阿波忌部一族」も徳島の特殊性を裏付けている。1800年続くこの一族は、一時期中断してきたが、古代から現在まで天皇家が大嘗祭で着用する麻の衣服を献上してきた。阿波こそが天皇家のルーツ。邪馬台国である証拠ではないだろうか。(山口敏太郎)

2019/7/7 23:00
https://netallica.yahoo.co.jp/news/20190707-87446039-naigai

2名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:00:19.84ID:IjA/kJxC0
泡風呂記?

3名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:01:02.88ID:heC4m9Wb0
畿内「四国はないよお〜〜〜www」

4名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:01:07.46ID:BgwgCUqG0
四国っていうより淡路島だったんじゃない?
銅鐸が大量に見つかったし。

5名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:01:49.29ID:9zjyY0Bg0
阿波と安房は?

6名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:03:50.83ID:yzMa7XYy0
四国は死国だ
四国に邪馬台国があるわけね〜だろ
オオボケとコボケのボケ妄想だ
邪馬台国は九州と山陰と近畿のいずこかだ

7名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:05:00.67ID:F6Wp5UUB0
邪馬臺国じゃなくて邪馬壹国な

8名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:05:13.71ID:CKz3MMLp0
どこであっても
ブツが見つからないと比定は無理だろ。

9名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:05:56.16ID:dSG3UH4J0
可能性は滋賀以上岡山未満てとこか?

10名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:06:05.68ID:NO/whrHb0
ポーアイとか六アイ、夢洲、咲洲も邪馬台国誘致したらいいのに。

11名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:06:31.54ID:WAOeoilr0
物的証拠>適当なこじつけ

12名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:07:00.59ID:xPXQXYaP0
ハニワ原人死ねぇ

13名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:07:41.47ID:XL8fHAZ10
少なくとも畿内ではないのは確か

14名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:08:09.29ID:hmJD8n2v0
俺も邪馬台国は四国だと確信してるわ

15名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:08:23.27ID:ctrLedb00
日本は建国から邪な国でした

16名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:08:29.02ID:GP7HuRxm0
往生際が悪いな
邪馬台国は九州
九州上陸後、船出してないんだよ

17名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:08:56.91ID:L+CJj/LA0
親魏倭王の金印でも考古学的に出てこなきゃ厳密に証明なんて無理だからな。

宇和島藩に初代藩主の義母の愛姫っぽい名前の県名つける維新政府のセンスは笑えるけど。

18名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:09:15.70ID:uAz+mH4P0
まぁ、でも交易の必要性から海のすぐ近くにあったのは間違いないだろ
奈良はないな

19名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:09:24.47ID:YvNU5baU0
>>1
中国の属国が皇室のルーツなんだねw

20名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:11:22.10ID:dkfnRiCq0
東日流外三郡誌的な感じ?

21名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:11:45.72ID:L+CJj/LA0
大月氏国レベルの大国に司馬懿が戸数や国のスケール水増しして報告しとるしな。

逆に大月氏国の反対側だから日本国に国号革めることにしたならさらに笑えるが。

22名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:13:19.00ID:L+CJj/LA0
>>20
もっと雑な仕事が多い町興しの誘致運動だよ。

23名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:15:21.62ID:L+CJj/LA0
>>19
そういうこと言われるのがイヤで江戸時代の国学者が九州説現皇統と別の王国説を必死に説いたせいで九州説がまだ後南朝みたく続いてるわけで。

24名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:16:25.12ID:OwNpQx6g0
隋書によれば邪靡堆には“火を吹く阿蘇山がある”と書いてある

火山のことを古語で阿蘇山と呼んでいたとしても、四国に火山あったっけ?

25名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:18:05.69ID:KOiKoyUDO
四国はないわw

26名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:20:07.24ID:QVmh+krn0
3000年後には天皇朝日本の本拠は東京か京都かで揉めそう

27名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:21:45.19ID:NlcavguF0
でも、江戸中期には猫の子孫は絶えて愛子の子孫に変わったんやで。宗城も養子やけど愛子の子孫やしな。

28名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:23:07.80ID:HPbbYso60
おれはわりとマジで四国でもおかしくないと思うよ
機内説も九州説もしょせん推論と憶測ばかり
推測できる余地が少しでもあるなら四国だろうが北海道だろうが五十歩百歩

29名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:26:34.77ID:b1Vk1boy0
>>1
こじ付けにしかならないからなあ
畿内説も四国説も

30名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:26:36.77ID:ALg5UHib0
飛鳥昭雄からの緊急報告↓

31名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:29:42.59ID:cNekVphV0
何だオカルト評論家の敏太郎さんか
徳島出身だったなw

32名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:29:53.67ID:U2EkvIJN0
徳島の神社を調べたらここに行き着く
むしろ徳島以外考えられない
でも何故か隠してるっぽいから今のままでいい

33名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:31:54.25ID:3/uC6+VV0
津田町でおばさんのことアバというが
中国語で同じ意味
張(はり)さんが異常に多い
天皇家とのつながりが解明されず謎
邪馬台国の関連性は高い

34名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:34:09.08ID:TufSzY8v0
九州がでしゃばるから四国が調子に乗っただろ
岡山とか出てきたらまた厄介だぞ

35名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:34:16.08ID:nw9TVfIn0
アワサク御魂

36名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:36:09.51ID:3/uC6+VV0
>>32
同意
大麻比古神社の神秘的空気感は異常

37名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:36:15.21ID:mKTorOA20
昔から四国は犯罪者を隔離する流刑地だった。
邪馬台国が四国にあるわけがない。

38名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:36:32.93ID:EKq+qQiU0
もうほぼ西日本全域が候補って感じ

39名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:37:45.23ID:nw9TVfIn0
大麻比古神社

忌部氏の祖、大麻比古祀る
かつてはサルタヒコも祀っていたようだ
サルタヒコを鎮魂していたのだろうか?

大麻比古、又の名は津咋見命

阿波は謎が多く興味深い地

40名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:40:30.30ID:7qW770EZ0
結局、何が出て来たら邪馬台国と確定するの?

41名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:41:13.59ID:cNekVphV0
>>36
板東英二の実家近くw

42名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:43:37.87ID:8P2wwJ7k0
>>1
阿波国風土記って明治維新の頃まで残っていたのかよ

43名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:44:57.01ID:473NgOXv0
読んで損した

44名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:46:34.96ID:zO6J1pMo0
>>1

南北朝鮮人の卑劣さは、チョンポップの人気偽装の手口にあらわれているからな。

サクラの在日朝鮮人を観客役として大量動員した人気偽装コンサート、
日本人になりすました人気偽装カキコミ、
パンストを被ったような朝鮮顔の過剰整形・厚化粧、
ユーチューブの再生連打、「いいね!」連打は
朝鮮人がいつもやっている汚い手口だからな。

韓流アピールしている人のほとんどが在日朝鮮人だってことはバレているから。
だいぶ以前から在日企業や在日学生、在日系メディアを総動員した人気偽装をやっている。


【韓流】やはり、K−POPチケットを買っていたのは日本人ではなく在日朝鮮人たちだった[2012/7/6]
https://s.webry.info/sp/14819219.at.webry.info/201201/article_8.html
.

45名無しさん@1周年2019/07/11(木) 23:47:09.57ID:S2b0tQbV0
徳島県の鳴門市大麻町には
日本最古の前方後円墳らしきものがあったという説があるよ
萩原墳墓群

46名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:02:25.69ID:u8FcNQG20
キリストの墓が青森県戸来村にあるという説もある

47名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:03:05.63ID:Q0l836Ax0
>>46
親鸞の墓だって高野山にあるんだぞ

48名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:08:21.41ID:Edab/Yjf0
みんなの心の中にしかない

49名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:14:35.03ID:oMj48NqK0
邪馬台国は埼玉

50名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:22:03.65ID:WL0TmHk+0
土佐一条幕府くらいの確率だって信じたっていいじゃない!

51名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:31:14.76ID:m555YpW70
旧日本書紀 粟の国に国造チワノスクネ213年応神天皇より任命
645年大化の改新後、阿波国になったとある

52名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:40:11.21ID:aQzNyeVU0
>>42
現存してない
他の文献に引用されてるのしかなかったと思う

53名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:40:19.19ID:BUggZZpx0
台場邪馬台国とかはないんか?

54名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:43:00.19ID:MXg1txn30
安房か
やはり千葉だったな

55名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:44:05.32ID:5DSFhLo40
俺関西在住だけど九州説はあっても四国説なんてありえないよ

56名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:47:14.96ID:HzP2JocV0
四国も九州も近畿も田舎なんだからとりあえず掘ってみようぜ!

57名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:49:12.50ID:m555YpW70
https://narutotai.jp/ooasa/?cat=9
日本最古の古墳3世紀中ごろ
畿内の古墳の多くは阿波の青石仕様だとw
まあ邪馬台国がどこであったとしてもいいけど

58名無しさん@1周年2019/07/12(金) 00:54:57.03ID:97M0q9Rg0
泡風俗記

59名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:04:29.66ID:PyrBoo0K0
なんで一箇所に決める必要あるのかさっぱり分からない。
昔の方が当然ちょっとした事情ですぐ引越しする、せざるを得ないんだから
色々なところ移動してましたってだけでしょうが・・・

60名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:05:19.29ID:zdca4MEF0
百田説、どうする?

61名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:15:14.21ID:lpw9zQCj0
四国には豪族の国がそこそこ発達してたみたいだけど邪馬台国ではないな

62名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:19:22.27ID:WNEpoKTg0
阿波風土記が出雲風土記のようにほぼ完本で残っていればまた違ったかも知れないが
逆に出雲のように風土記が完全な形で残っていたがために邪馬台国の地ではなかったと100%確定してしまった可能性もある

63名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:29:44.09ID:pBGWXBYv0
>>6
そういうのいいから

64名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:33:00.31ID:pBGWXBYv0
>>24
愛媛の石鎚山は一応、休火山だ。
南海トラフはあるが火を噴くとは思えんがね。

65名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:36:12.07ID:Cs0F+zTg0
決定版な証拠がない限り言ったもん勝ちだよな

66名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:37:43.40ID:pBGWXBYv0
つうかさ、何処か一カ所じゃなくて、支配地域が広かったんじゃねえの?

67名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:42:42.82ID:tur3nc9m0
>>66
九州北部にあったのが徐々に東征して畿内で大和朝廷になったというのが現実的だろうな

68名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:49:34.50ID:VGHMJ7Hn0
むりすじ?

69名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:56:00.14ID:SQr1VOqY0
前も同じようなスレがあったけど、淡路島に製鉄集団がいたとかそれが近江とかに移動したって話だったような
天日槍も姫路あたりに上陸して最終的には但馬とか近江に落ち着いたんだけど、関連があるのかね

70名無しさん@1周年2019/07/12(金) 01:57:33.40ID:Vfq2q8oH0
>>5
阿波国の人が住み着いたのが安房国

71名無しさん@1周年2019/07/12(金) 02:02:55.97ID:h6Nlj/CK0
邪馬台国は徳島辺りだったという話は古くは室町時代からあるからね
結構、こちらが本命だったりする

72名無しさん@1周年2019/07/12(金) 02:13:00.46ID:EPayx/1+0
>>66
地中海沿岸一体を支配していた盛期のローマ帝国みたいに、
瀬戸内海の沿岸一体を領土としていた可能性もあるね

73名無しさん@1周年2019/07/12(金) 02:31:57.90ID:kacGO1q30
こういう資料をすべて捨てて記紀に統一してしまったのが残念でならない

74名無しさん@1周年2019/07/12(金) 02:42:17.67ID:D8FbHP080
卑弥呼はヒルコ

75名無しさん@1周年2019/07/12(金) 02:47:02.57ID:fIlX13OI0
水行30日で畿内までは着かなくても、四国のどっかなら着けそうかな

76名無しさん@1周年2019/07/12(金) 03:03:50.29ID:7nXDAiYI0
徳島はなんかあると思うわ
変なピラミッドとかあるのも徳島だよね

77名無しさん@1周年2019/07/12(金) 03:05:19.53ID:AdOnanMm0
邪馬台国の話は置いといて
徳島の阿波忌部氏と奈良の忌部氏
徳島の吉野川と奈良の吉野川
空海が愛した徳島の剣山と奈良の高野山
万葉集でも吉野に関する歌がたっくさんあるね
吉野川の宮滝を歌ったものもある
徳島の剣山の由来は平家が持ってたあの剣と安徳天皇
とにかく徳島と奈良は高貴なゆかりある場所で特別な地域だったのは間違いないよね
別に畿内説を推すわけではないけども〜

78名無しさん@1周年2019/07/12(金) 03:16:57.34ID:AdOnanMm0
>>67
>>72
んだんだ
絶対はないけど絶対それや

79名無しさん@1周年2019/07/12(金) 03:22:37.40ID:dlwG5U3P0
>>72
淡路島で発見された鉄工房は北部九州の技術だというからその可能性は高いね

弥生期の鉄製ヤス出土 淡路で近畿初
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201803/0011093126.shtml
>エックス線写真で分析した結果、先端から約1・5センチ下方に「かえし」が見られた。
>ヤスや釣り針にかえしをつくるには高度な技術が必要といい、鉄器製造が盛んだった九州などから持ち込まれた可能性がある。

>弥生期の鉄製ヤスや釣り針は、山陰や九州北部で出土する例が多い。
>愛媛大東アジア古代鉄文化研究センターの村上恭通センター長は
>「山陰は九州から鉄製漁具を受け入れ、漁民が鉄器の交易を促進した」と分析。
>今回の発見で、漁具が日本海側だけでなく「瀬戸内側を伝わって来た可能性もある」と指摘する。

80名無しさん@1周年2019/07/12(金) 03:23:36.34ID:4xlijKXc0
東に海があると倭人伝に記載があるから徳島で間違いない。狗奴国は高知だな。
学者もほぼ全員が邪馬台国阿波説に変わったからな。

81名無しさん@1周年2019/07/12(金) 03:30:02.84ID:0r0JwBhq0
魏志倭人伝に邪馬台国は帯方郡から一万二千里と書いてあるから九州以外は不可能。
魏志倭人伝に邪馬台国から東に千里ほど海を渡った先に別の倭人の国がある、というのが四国。
邪馬台国が阿波なら、南側に接していた邪馬台国より強い狗奴国の存在を全否定することになってしまう。

82名無しさん@1周年2019/07/12(金) 03:54:11.71ID:c11bxokO0
阿波ヮ風土記

83名無しさん@1周年2019/07/12(金) 04:03:06.80ID:4xlijKXc0
邪馬台国は東に海がある徳島で、愛媛と香川、徳島で邪馬台国連合国家を作って
南の狗奴国(高知県)と対立していたと言う事だ。こんな簡単な事が何故今まで
判らなかったんだろうか?考古学会のレベルの低さを思い知らされるよ。

84名無しさん@1周年2019/07/12(金) 04:14:52.16ID:g2VENqwi0
>>52
リンク先に2冊残ってたって書いてるだろ

85名無しさん@1周年2019/07/12(金) 04:38:50.89ID:V3Go+zq50
昔、ムーで読んだな。剣山には天皇家の秘密が埋まってるんだろう?

86名無しさん@1周年2019/07/12(金) 04:45:47.32ID:aQzNyeVU0
>>84
よく読め
阿波国風土記と阿波風土記は別物
奈良時代の公式なほうは阿波国風土記

87名無しさん@1周年2019/07/12(金) 05:06:29.01ID:N6YX6lqX0
水銀が多量にある土地にヒルコが多く生息しても不思議じゃないよな

88名無しさん@1周年2019/07/12(金) 05:36:44.87ID:JQMMcxXM0
コレは無い。
阿波は槨埋葬なんで。

89名無しさん@1周年2019/07/12(金) 05:44:34.53ID:JQMMcxXM0
阿波は槨の石材を輸出するぐらい、
槨埋葬の本場だった訳で、
阿波が邪馬台国は完全否定される。

90名無しさん@1周年2019/07/12(金) 05:50:15.96ID:X+AhgnRO0
邪馬台国が倭の象徴ならとっくにデカい遺構が出てきてるだろうに。
いまだ決定的な伝承も遺構もでてこないんだから可笑しな話だわ。

91名無しさん@1周年2019/07/12(金) 05:53:09.72ID:raR4Offo0
>>40
墓誌かなあ。

92名無しさん@1周年2019/07/12(金) 06:00:54.53ID:raR4Offo0
淡路島は「阿波路」島なんだな。今知った。

93名無しさん@1周年2019/07/12(金) 06:13:15.20ID:Swtf3Poo0
淡路島から貴重な銅鐸が見つかってるよね

94名無しさん@1周年2019/07/12(金) 06:34:25.98ID:hUSaL8l40
阿波は粟、天照大神は粟照らす大神

95名無しさん@1周年2019/07/12(金) 06:36:59.32ID:0r0JwBhq0
淡路島は神武東征で畿内討伐の拠点になっていたし遺構からも九州勢力の植民地だったのは間違いない

96名無しさん@1周年2019/07/12(金) 06:50:31.59ID:69m0X9qL0
>>90
巻向遺跡は外縁がどこか分からないぐらい大きな遺跡
高床式の遺構ばかりで竪穴式の遺構が出てこないから
住居がないとか余程高貴な身分の人が住んでいたんだろうとか

邪馬台国阿波説だって、東遷説の1種と考えるべきかと

97名無しさん@1周年2019/07/12(金) 07:06:26.55ID:NjQCE6OY0
卑弥呼の死後に再発した倭国内乱でここまで逃げて来た連中がいたんだろうさ
原点はあくまで北九州だというのは変わらんね

98名無しさん@1周年2019/07/12(金) 07:07:35.92ID:OIuwIZOE0
3世紀中ごろまでに四国西部が支配できてないけど
近畿東海山陽山陰を抑えていたいびつな支配体制になるよ
徳島だと

99名無しさん@1周年2019/07/12(金) 07:15:33.97ID:OIuwIZOE0
地続きの四国西部が支配できてないのに
海を渡った向こうの広域を支配できたって変じゃん

100名無しさん@1周年2019/07/12(金) 07:25:43.12ID:F28eGNES0
伊邪那岐と伊邪那美が最初にやってきたのが四国だからなあ
始まりの地ではあるよね。あわというくらいだからおわりの地でもあるという事も暗示してるとは思うけど

101名無しさん@1周年2019/07/12(金) 07:55:18.76ID:0r0JwBhq0
>>100
出発が九州だったから最初にやってきたのが四国というだけなんだけどな

102名無しさん@1周年2019/07/12(金) 08:31:36.89ID:5DSFhLo40
俺、九州在住だけど畿内説はあっても四国説なんてありえないよ

103名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:00:05.07ID:qzt/x5+90
淡路島が最初なんだから、次は隣接する四国か兵庫辺りだろうな
かろうじて近畿
どう考えても九州は無いわ

104名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:03:40.81ID:JQMMcxXM0
弥生は石槨が大きな売りの阿波に邪馬台国は有り得ない。
魏志倭人伝を無視するなや。

105名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:15:46.53ID:nZ2BkWZO0
邪馬台国を何と読むかだな
邪馬台(やまと)国なら式内社の倭(やまと)大国魂神社がある徳島で決まり

106名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:21:51.47ID:nZ2BkWZO0
>>100
始まりというのは天皇家の始まりということかもしれない

107名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:23:00.37ID:DOwCGkcp0
>>67
九州の言葉は
(福岡・佐賀・長崎・熊本)(大分・宮崎)(鹿児島)の系統に大別され、
畿内の言葉に近いのは大分・宮崎の言葉で、福岡の言葉は遠い。
よって記紀の通り、大分・宮崎から開始というのを信じている。

108名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:24:40.05ID:nZ2BkWZO0
記紀の国生みで女神は四国のみ
普通に考えたら四国が女王国
わかりやすいキーワードをなぜ無視する

109名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:27:01.11ID:CmR0oAJO0
卑弥呼は今の徳島県出身

110名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:29:48.03ID:fKZgeQph0
地質学的エビデンスを示せよw

死国はただの辺境だ。
お遍路さんとうどんだけで満足しとけ。

111名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:31:06.02ID:hX6EMJ270
大陸からの富が集まる北九州からさらにまた四国に海上輸送しなきゃならんとこに都ができるととか考えにくいな

112名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:32:35.56ID:LKdqOntM0
風土記と卑弥呼じゃ500年は離れてるだろ

113名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:35:33.52ID:+BPWxo1C0
徳島の人って昔からこういう誇大妄想好きだよな
前に関西弁は徳島弁がルーツ、上品な京都弁が一番徳島弁の名残が残ってるって話をしていた。

114名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:35:43.29ID:fKZgeQph0
>>107
アマテラスが北上していくルートと同じように当時は陸路より海路での移動、交易が多かったらしいので瀬戸内海文化経済圏として考えると言葉が近いのはうなずける。
しかし「よだきい」が通じるのは大分と宮崎だけだw

115名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:38:36.51ID:gUfROR2v0
もう、オマエラが畿内だ九州だと争う姿は見たくない

徳島ということにして一件落着

116名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:39:29.19ID:nZ2BkWZO0
四国が死国で流刑地なら国生みはなぜ淡路四国からはじまるってね
天皇家最重要お抱え業者の三木家がなぜ四国にいる?
三種の御前もなぜ徳島が用意する?
大事な天皇即位に流刑民の作った服と飯を食う理由って何

117名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:40:05.31ID:4xlijKXc0
邪馬台国が阿波にあったのは事実だがあんまりアピールしすぎると奈良説の
キチガイがよってたかって潰しにかかるからな。

118名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:52:29.36ID:nZ2BkWZO0
>>111
四国には四万十川と吉野川の巨大な川があるからね
飲み水、農業、輸送‥当時は川の大きさ=都市の規模
火山噴火で九州壊滅したなら四国へ移転理由になる

119名無しさん@1周年2019/07/12(金) 09:57:41.75ID:nGtBZjpW0
最近は邪馬台国阿波説しか流通していないが、その昔は高天原阿波説っていうのがあった。
https://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues/51199370.html

そのほか・・・。(かなり無理やりな展開のトンでも本もw)
https://blogs.yahoo.co.jp/senkoin2002/30750889.html

120名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:03:09.52ID:nGtBZjpW0
>>118
四万十川は長さは長いけど、山の中をずっと流れていて、
平野が少なく周辺の人口も少ないからなあ〜
高知なら、仁淀川や鏡川のほうが影響大きいでしょ。

121名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:05:15.60ID:nGtBZjpW0
あ〜あと、九州が壊滅したのは縄文時代初期の約7,300年前で、
四国も火山灰でかなりの打撃を受けてるよ。

122名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:12:44.42ID:sJMXeWSf0
>>1
おいおい四国まで絡んできやがったのかよw
観光客誘致の為か何か知らんが、少なくとも徳島県は無いわ

123名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:20:18.29ID:MGPS3DWz0
四国で住みやすい地域ってどこなんだよ。ないだろ

124名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:29:00.82ID:SQr1VOqY0
>>122
うん、徳島はない
ただ、淡路も含めて重要拠点の一つではあったようだ

125名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:29:27.39ID:A2DmDB+F0
弥生人にとって、「阿波」はまさに理想の土地。
温暖な気候・多数の大河の恵み・大河流域の土地の恵み・黒潮流れる大海の恵み・山深い森林の恵み・多種類の希少鉱物の恵み
県北部(邪馬台国)には、銅、泥質片岩、緑色片岩、翡翠、蛇紋岩、紅蓮石
県南部(狗奴国)には、辰砂が採れる。
阿波に人が集まり、独自文化が発祥・全国展開したのは、当然といえば当然。   @阿波

126名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:30:35.87ID:A2DmDB+F0
九州説の致命的な欠陥はいろいろあるが、

分かりやすいのが、明治天皇以前には、九州行幸が一切無いこと。

九州に倭王権があれば、有り得ない話である。  @阿波

127名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:31:32.87ID:A2DmDB+F0
なんで四国の道後温泉へ一番最初に景行天皇(12代)が行幸したのだろうか?

なんで近場の畿内に在る有馬温泉や白浜温泉への天皇行幸が、遠くて危険な渡海を要する四国の道後温泉より、ずっと遅れたのだろうか?

近場で安全な畿内に温泉が無かったのだろうか?

あとは、推して知るべし。   @阿波

128名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:34:12.94ID:qzt/x5+90
徳島は邪馬台国じゃなく契約の聖櫃伝説の方がワクワクする

129名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:35:39.28ID:A2DmDB+F0
徳島県鳴門市大麻町萩原の萩原2号墓で、板材でつくった墓室・木槨(もっかく)を積石(つみいし)で囲んだ三重構造の埋葬施設が確認された。

130名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:49:40.12ID:A2DmDB+F0
県教委と県埋蔵文化財センターによると、築造は弥生時代終末期の2世紀末〜3世紀初頭で、邪馬台国の女王、卑弥呼が活躍した時期に一致する。

131名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:50:41.10ID:U5VLz3+80
畿内とかよりは四国説のほうが好感持てるな。
九州に決まってるけどな。
有明海が必要なんだ。

132名無しさん@1周年2019/07/12(金) 10:52:52.81ID:U5VLz3+80
>>126
いやそれは神話や天皇と日本の成り立ちが関係ないって話だろ。
神話や邪馬台国は先住民族の話ってなるだけだろ?

133名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:14:47.10ID:Rr2KJ/lv0
邪馬台国は北九州、たぶん大分。

倭人伝にいうそこから海を渡ること東に1000里は対岸の四国佐田岬半島あたりと推定。
そこから南の侏儒国は邪馬台国から4000里。足摺岬まわって四万十川あたりか?

ちゃんと四国確実なことが倭人伝に載ってる

当然ですね。九州から見えるんだから。

そこから海路一年(遥か彼方の意味で一年と書いてるはず)の黒歯国よ裸国は
四国沿岸、淡路島、紀伊半島をまわって名古屋かもね。

134名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:18:44.08ID:o5ChYzGA0
邪馬台国が、当初は地名のヤマなんとかだったのが、誤記や誤解が重なって王都の意味を持つようになった
東征の過程で王都も移動した
という流れがあったなら四国にも邪馬台国はあったかもな

135名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:19:15.04ID:XBtdfmBH0
古墳が200ぐらいあるからな支配者のそばで永眠したかったんだろ

136名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:22:28.41ID:XBtdfmBH0
千葉は阿波の国と言ってた 阿波の忌部がいる

137名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:26:10.25ID:XBtdfmBH0
丹がむかしよりあったらしい

138名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:27:33.51ID:A2DmDB+F0
>>132

九州に倭王権があれば、倭王が九州の近場の温泉へ行幸しないのは、有り得ない話である。  @阿波

139名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:29:07.10ID:A2DmDB+F0
石で木槨を囲う例は、他には弥生墳丘墓と前方後円墳の過渡期的存在とされるホケノ山古墳(奈良県桜井市、3世紀前半)だけで、同古墳の構造に影響を与えたのは確実。  

前方後円墳の成立に阿波地域が大きな影響を与えたことを示す貴重な資料となる。

140名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:30:03.84ID:XBtdfmBH0
いきなり大きい古墳からというのは愚の骨頂だ

141名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:30:16.82ID:A2DmDB+F0
「阿波の国の概説」
http://www.infokkkna.com/ironroad/2010htm/iron6/10iron04gaisetsu01.pdf

他説を凌駕する、倭国(阿波)の圧倒的考古資料   @阿波

142名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:32:47.89ID:A2DmDB+F0
>>131
>有明海が必要なんだ。

有明海といえば、ムツゴロウ。 さしずめ、奈良盆地は、ドジョウってとこか。 わははははは  @阿波

143名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:34:58.88ID:OhpbDumr0
俺は邪馬台国と大和朝廷に関連があるとは思えないんだよね

144名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:36:15.36ID:A2DmDB+F0
>>133
>邪馬台国は北九州、たぶん大分。

「丹」の採れない北部九州や大分に、卑弥呼が居るわけがない。   以上。   @阿波

145名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:44:18.79ID:Uiq2FCC70
>>101
なわけね―ジャン
九州は後だよ

146名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:45:21.18ID:Uiq2FCC70
>>106
天皇家の始まりは神武だよ

147名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:48:54.98ID:ru5GzaGA0
四国に邪馬台国はないわw

でも、あの時代の瀬戸内海が海賊国家による群雄割拠で、
魅力的で物騒な地域だったのは、本当だと思う

そして、大陸からの交易商人たちは、危険な瀬戸内海の奥にまで入れなかった
そうこうする間に100年が経ち、畿内に「ヤマト」という軍事大国が誕生する
これは穀倉地帯のヤマトに九州のタカマガハラ軍が合流した結果です

148名無しさん@1周年2019/07/12(金) 11:52:55.63ID:ru5GzaGA0
>>146
おそらく神武は、九州国家のはみ出し者ですね
小数の精鋭を率いて暴れまわっていたが、本国が失われたのでしょう

それで神武東征を始めたのですね
手始めに大宰府を襲い、しかし占領せずに瀬戸内海を東進し、
足掛け二年の電撃作戦(食糧は現地調達)で大阪湾に至ったわけです
広大な干潟だった大阪と奈良の先には、穀倉地帯のヤマトとオワリがありました

149名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:02:01.78ID:Ov90cA0n0
>>36
大麻比古神社は何か神秘的だよな
出雲大社とか伊勢神宮みたいな観光地となってないから、空気感が違う

150名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:03:48.43ID:f0iUcj9TO
>>83
それを古代中国大陸まで行って援助要請する?
高知どんだけ強いのよ?

151名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:03:59.58ID:RG+jJXoC0
エビデンスがなくても信じるというのは愚かであるが
エビデンスが示されるまでは信じないというのはもっと愚かである

152名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:04:42.89ID:A2DmDB+F0
>>147
>畿内に「ヤマト」という軍事大国が誕生する

畿内のどこに「ヤマト」という軍事大国ができたの?  @阿波

153名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:06:22.89ID:k/IAVlzg0
常陸風土記「俺は関係ないわ」

154名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:07:53.09ID:jmJEDEui0
レゴランドがあるから名古屋は大都会

155名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:14:36.48ID:A2DmDB+F0
>>148
>手始めに大宰府を襲い、しかし占領せずに瀬戸内海を東進し、
>足掛け二年の電撃作戦(食糧は現地調達)で大阪湾に至ったわけです

中国の三国(魏・蜀・呉)ならいざ知らず、卑弥呼の時代に大軍を率いて西日本一帯を戦い歩くことなど不可能。 あまりにも兵站を無視しすぎ。  @阿波

156名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:19:59.72ID:Rr2KJ/lv0
>>148
神武は自分たちが九州勢力の弱小勢力出身なのが分かってたからこそ
自分たちは邪馬台国の女王卑弥呼の血を引く末裔だとか名乗っていたのかもね。

157名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:30:18.60ID:f0iUcj9TO
>>129
卑弥呼の墓は槨なしで、周囲に殉葬遺骨いっぱいあることが前提

158名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:37:26.97ID:O10kRftA0
台国という以上、山の上にあったことは容易に推察できる。
諸説あるうち徳島説或いは四国山地説が有力であることは間違いない。

159名無しさん@1周年2019/07/12(金) 12:57:41.96ID:RG+jJXoC0
邪馬壹というくらいだから、業界トップだったが突然破綻して、救済してもらえなかったことが窺える

160名無しさん@1周年2019/07/12(金) 13:41:00.27ID:U5VLz3+80
>>138
それは対立してるからだろうね。

161名無しさん@1周年2019/07/12(金) 13:48:54.91ID:f0iUcj9TO
津咋見=月読なんだね
だから蜂で月山に繋がるんだね

162名無しさん@1周年2019/07/12(金) 14:26:27.45ID:OIuwIZOE0
其の国もまた元々男子を王として70 - 80年を経ていた。
倭国は乱れ、何年も攻め合った。
そこで、一人の女子を共に王に立てた。
名は卑弥呼という。

>其國本亦以男子爲王 その国もまた男子を王とした
ここの個人的解釈

1世紀初めに近畿大勢力と東海大勢力が誕生
近畿大勢力は男子による王政 東海大勢力は共和制だったが
2世紀前期くらいに東海大勢力も
近畿大勢力と「同様に」男子王を立てて王政とした

>住七八十年 倭國亂相攻伐歴年

2世紀前期から後期までの間の長期に渡り
近畿大勢力と東海大勢力は互いに攻めあった

>乃共立一女子為王 名日卑弥呼
和解して共立の女王を置いた 卑弥呼という

倭国大乱ていうけど魏志倭人伝では
大乱とか書いてないんだよね
乱とだけ >倭國亂相攻伐歴年
最終的には共立していて
あまり激しい衝突ではなかった可能性がある

倭国大乱と書いたのはあとに書かれた後漢書(4〜5世紀)
>桓 靈 倭國大亂 更相攻伐 歴年無主
>有一女子 名曰卑彌呼 年長不嫁 事鬼神道 能以妖惑衆
>於是共立爲王
倭国大乱と勝手にアレンジしたこっちの言葉の一人歩き

163名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:03:14.58ID:f0iUcj9TO
倭人の習俗が広東省辺りの昔と同じだとか?
蜂子皇子の父・初瀬のハッが色黒を意味するとか

164名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:04:41.01ID:O10kRftA0
四国八十八ヶ所は旧邪馬台国を巡る旅であった。
不思議と剣山周辺を避けるが如くにルートが作られている。

165名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:05:17.59ID:9iqm/UWk0
それはない

166名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:06:41.89ID:f0iUcj9TO
蜂須賀はハッと蘇我を合わせたのかな

167名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:11:30.54ID:f0iUcj9TO
ペルシャ系をハシと言うし、ハチとハシは最初、同義?

168名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:19:27.54ID:f0iUcj9TO
いやインド系かな
アショーカがアスカかもしれないし

169名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:19:52.75ID:A2DmDB+F0
>>160
>それは対立してるからだろうね。

いつまで対立させるつもりかね?
九州に倭王権が樹立されているのであれば、倭王が九州の近場の温泉へ行幸しないのは、有り得ない話である。  @阿波

170名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:21:12.85ID:A2DmDB+F0
>>161
>津咋見=月読なんだね

男弟とは「月読尊」

卑弥弓呼とは「素戔嗚尊」

卑弥呼とは「天照大御神=大宜都比売」

の3兄弟だよ。  

これが魏志倭人伝と記紀との整合性。   @阿波

171名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:32:04.66ID:HmikXP6i0
邪馬台国は東京だよ

172名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:37:27.09ID:c7ZzGSxh0
>>169
行幸って金かかるからなあ。
2000〜3000人のちゃんとした宿舎を九州まで延々整備する金がなかったんでしょ。
朝廷に金が無かった江戸時代なんて京都から全然出てないし。
近代以前、朝廷に一番金と力があった奈良時代は外征やってた時代だからね。

173名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:47:21.67ID:A2DmDB+F0
>>172
第34代舒明天皇は、四国道後温泉と播磨有馬温泉。  

第35代斉明天皇も、四国道後温泉と紀州白浜温泉の両方に行幸している。

しかし、それ以前の天皇は、四国道後温泉だけしか行幸していない。

このことから、第34代舒明天皇の御代頃から 、倭国(阿波)から奈良大和への王都進出の関心が高まったとみられる。  @阿波

174名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:48:37.16ID:A2DmDB+F0
『日本書紀』や伊佐爾波神社(八幡宮)の社伝などによると、

厩戸皇子(聖徳太子)だけでなく、景行天皇・仲哀天皇・神功皇后・舒明天皇・斉明天皇(皇極天皇)・中大兄皇子(後の天智天皇)・大海人王子(後の天武天皇)

など多くの皇族方が病気療養のため四国の道後温泉に行幸、来湯している。

それは取りも直さず、道後温泉が倭国王都(阿波)と同じ四国に在り、湯治場として近かったからに他ならない。   @阿波

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E5%BE%8C%E6%B8%A9%E6%B3%89

175名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:49:27.22ID:dtBIJHBG0
どこに住むどんな人かわからないようでは困りますよね
マイナンバーカードの宣伝に使えるな、卑弥呼

176名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:55:06.35ID:/8rwQh7N0
えらいこっちゃ♪えらいこっちゃ♪ヨイヨイヨイヨイ♪

177名無しさん@1周年2019/07/12(金) 16:15:25.14ID:c7ZzGSxh0
>>173
国際情勢、国内情勢を考えた?
斉明天皇は蝦夷を討伐させた後、(朝廷軍は札幌や奥尻島まで遠征したとの説あり)
百済救援軍を率いて福岡まで行って亡くなった。
百済救援に関しては舒明天皇の頃から何度か行われていたが
斉明天皇の遠征は万単位の3軍を編成した最大規模のもの。

この救援軍が敗退してからは九州は最前線になり、朝廷は改革を行って外交も内政も忙しくなった。

つまり朝廷はその国力の最盛期に外征、内政で忙しくて遠方まで行幸する金も時間も無かったの。

178名無しさん@1周年2019/07/12(金) 16:45:57.09ID:A2DmDB+F0
>>177
>この救援軍が敗退してからは九州は最前線になり、朝廷は改革を行って外交も内政も忙しくなった。
>つまり朝廷はその国力の最盛期に外征、内政で忙しくて遠方まで行幸する金も時間も無かったの。

つまらんウソはイカンぜよ。

第34代舒明天皇は、四国道後温泉と播磨有馬温泉。  

第35代斉明天皇も、四国道後温泉と紀州白浜温泉の両方に行幸している。

しかし、それ以前の天皇は、四国道後温泉だけしか行幸していない。

このことから、第34代舒明天皇の御代頃から 、倭国(阿波)から奈良大和への王都進出の関心が高まったとみられる。  @阿波

179名無しさん@1周年2019/07/12(金) 17:46:36.23ID:f0iUcj9TO
ニルギリ
にぎたつ
にぎみたま
ニギハヤヒ
ハヤト

インド系な気がする

ニルギリ(にぎ)は青い山
ハヤは馬(インド宗教で神の化身)

180名無しさん@1周年2019/07/12(金) 17:50:20.20ID:A2DmDB+F0
174名無しさん@1周年2019/07/12(金) 15:48:37.16ID:A2DmDB+F0
『日本書紀』や伊佐爾波神社(八幡宮)の社伝などによると、

厩戸皇子(聖徳太子)だけでなく、景行天皇・仲哀天皇・神功皇后・舒明天皇・斉明天皇(皇極天皇)・中大兄皇子(後の天智天皇)・大海人王子(後の天武天皇)

など多くの皇族方が病気療養のため四国の道後温泉に行幸、来湯している。

それは取りも直さず、道後温泉が倭国王都(阿波)と同じ四国に在り、湯治場として近かったからに他ならない。   @阿波

181名無しさん@1周年2019/07/12(金) 17:57:56.73ID:yfIQQRQ40
にほんだよな

日本は普通に読めば、ヒモト、ヒノモト、ニチホン、ニチポン

日本という漢字を当てる前ににほ、にほんという言葉があったのかも

にほどりのにほが気になる

182名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:01:45.19ID:A2DmDB+F0
畿内地域の古墳の石材調査が進むにつれて、倭国(阿波)の結晶片岩を石室や葺石に用いた前期古墳の事例が増加してきた。

大阪府の「闘鶏山古墳」、「将軍山古墳」、「鍋塚古墳」、「牧野車塚古墳」、神戸市の「西求女塚古墳」などが典型例だ。

そして、そうした結晶片岩を使う事例が、畿内北部の淀川流域から瀬戸内北岸にかけての一帯に多い傾向もより明瞭になってきた。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/kouko/061018awaitano.htm

183名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:13:22.17ID:raR4Offo0
まあ、まずはその「阿波風土記」の真贋からだな

184名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:15:55.08ID:LsbfrsbQ0
神道って大麻でラリることだからな

四国は古代から大麻の産地でしょ?

185名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:16:08.58ID:50B2daHF0
>>4
淡路は阿波への路という意味合いも含まれるというからな

186名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:16:57.88ID:LsbfrsbQ0
大麻を炊いて集団トランスするのが神道の祭り

それをコントロールするのが神主

白いフサフサをファサっファサってやるのも、アレは本来は大麻の煙だからな

187名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:18:30.00ID:LsbfrsbQ0
四国の大麻が奈良の天香具山に移植されたんだよ

で、そっから奈良で大麻を自給自足できるようになった

188名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:18:37.11ID:+dr5/GOr0
阿南あたりは福井敏夫 久本朋子 みたいな顔立ちや毛髪の黒々しい人もいるもんね。
どっか西のほうのから渡来してきた人も住んだのかも。
でも高知みたいな鉤鼻鷲鼻は少ないし。
高知は酒の強い人多いけど徳島、淡路島は飲めない人がやたら多い。

189名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:19:17.87ID:LsbfrsbQ0
文字や法律がない時代に、人々をどうまとめるか、だよ

どうまとめるって、みんなで一緒に大麻吸ってラリってセックスしてたんだろうよ

190名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:19:31.28ID:9B/9UVmd0
津軽三郡史みたいなもん?

191名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:20:34.53ID:A2DmDB+F0
『阿波の青石(緑色結晶片岩)の石槨石材搬出状況』

・西求女塚古墳(兵庫)・五色塚古墳(兵庫)・紫金山古墳(大阪)・茨木将軍山古墳(大阪)
・弁天山C1号墳(大阪)・櫛山古墳(河内)・燈籠山古墳(河内)・松岳山古墳(奈良)・茶臼塚古墳(奈良)
・玉手山7・9号墳(奈良)・貝吹山古墳(奈良)・ホケノ山古墳(奈良)
    
北條芳隆「讃岐型前方後円墳の提唱」(1999大阪大学考古学研究所 記念論集)より

192名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:20:46.76ID:LsbfrsbQ0
宗教でまとめるっていっても、文字がなければ経典を書けないからな

だとすると、もう大麻でラリるしかない

それが、国家が発展、安定するにつれてだんだんと形骸化していって、今の神道になったんだろうよ

193名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:21:47.18ID:fg4gxVBr0
邪馬台国はハワイにあったんだよ

194名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:22:19.22ID:3gEXqKVs0
邪馬台国なんて、とんでもない観光資源だからな、必死になるわ

195名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:22:47.49ID:c7ZzGSxh0
>>178
はい、ばいばーい。
最初から結論ありきなら時間のムダだわ。

196名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:24:43.61ID:A2DmDB+F0
>>186
大麻(麻)の繊維は、日本では古くからしめ縄、祓い具(おはらい)としての神事の大麻(おおぬさ)などに用いられてきた。

また、麻から作った大麻(マリファナ)は薬理作用があり、紀元前から古代人が嗜好品、また医薬品として用いてきた。

大麻(マリファナ)は喫煙、気化、飲食により成分を摂取する。

麻といえば、阿波忌部。 

『名曰卑彌呼事鬼道能惑衆』  『名を「卑弥呼」といい、「鬼道」に仕えて人心を惑わしている』

卑弥呼は大麻(マリファナ)を利用して「鬼道」を操ったのだろう。  @阿波

197名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:29:37.58ID:phJFtLCk0
邪馬台国って実はめちゃくちゃ広かったってパターンないの?

198名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:29:40.49ID:A2DmDB+F0
>>195
しっぽ巻いて、逃げるのかね? わははははは  @阿波

199名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:38:08.12ID:A2DmDB+F0
>>197
>邪馬台国って実はめちゃくちゃ広かったってパターンないの?

ない! 邪馬台国も狗奴国も、徳島にあった。  @阿波

北の邪馬台国(卑弥呼側勢力)は、粟国(旧吉野川流域北岸勢力・旧吉野川流域南岸勢力・鮎喰川下流域勢力)

南の狗奴国(卑弥弓呼勢力)は、長国(勝浦川流域勢力・那賀川流域勢力・海部川流域勢力)

200名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:38:39.39ID:KSzaZtRp0
腰布一枚の竪穴式住居の生活じゃ
年に一回ほど雪が降るような大阪あたりでも寒いしな
温暖で食料に困らないレベルなら九州四国和歌山あたりの海岸線沿いだろう
どこかの山奥とかないわな

201名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:38:51.53ID:0anKmFhC0
これは結構ありえる話なんだけどなぜかあまり出てここなかった
九州説より説得力があるよw学閥とか地域広報力なんだろうねw
残念なのは四国の古墳はほとんど壊されてるか放置されてるw

202名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:39:45.20ID:kde8NHuA0
淡路島だよ
琵琶湖を掘って大阪湾に島を作った

203名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:40:23.50ID:A2DmDB+F0
>>200
北部九州もね。  @阿波

204名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:41:00.00ID:3ySotSl20
九州北部と近畿両方が邪馬台国領だった場合、当然ながら四国や中国地方も
全体または大部分が同じく邪馬台国領だった可能性は高いと思う

205名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:42:00.72ID:TW/VuBhw0
こういう話は ムーの出番だ

206名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:47:46.07ID:A2DmDB+F0
>>204
よく、落ち着いて考えなさい。
太古の卑弥呼の時代に、そんな西日本一帯にまたがる国があると思うのかね? 妄想過剰。  @阿波

207名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:50:12.72ID:cypGRavS0
こりゃ阿波踊りも卑弥呼に関係がありそうだわ

208名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:51:01.86ID:3ySotSl20
>>206
それなら、倭国大乱がどんだけ狭い範囲で起きたってんだよ
そもそも邪馬台国は連合国家のようだし、ある程度広範囲でないとおかしいだろ

209名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:53:43.85ID:j72qDTXS0
大和朝廷がルーツに四国を持つってのはあり得る気がする
ただ、邪馬台国が四国にあったというのは無理筋だろう
そもそも、邪馬台国が大和朝廷の前身であるという可能性自体がほとんどない

210名無しさん@1周年2019/07/12(金) 18:57:39.65ID:pTmL3YVX0
国産みの淡路島が日本のルーツなのは間違いないから、ほど近い徳島がヤマトの起源という説の信憑性は高い

211名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:03:49.54ID:9s+oNlBO0
>>149
阿波國一之宮 大麻比古神社 はなぜ国幣中社(旧社格)?
淡路国一宮 伊弉諾神宮 の方が官幣大社で格上だけど。

212名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:05:11.60ID:nZ2BkWZO0
文明は西から東へ伝わって行った

九州 プレ邪馬台国
四国 邪馬台国→プレ大和朝廷
畿内 大和朝廷

かもしれない

213名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:06:38.01ID:yfIQQRQ40
生嶋の御巫の辞竟へ奉る皇神等の前に白さく、生国・足国と御名は白して辞竟へ奉らくは、
皇神の敷き坐す嶋の八十嶋は、
谷蝮の狭度る極、塩沫の留る限、
狭き国は広く、峻しき国は平けく、嶋の八十嶋堕つる事無く、皇神等の依さし奉るが故に、
皇御孫命の宇豆の幣帛を、称辞竟へ奉らくと宣る。

214名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:09:03.20ID:X+VKyc+x0
阿波だけはないわ
九州機内どっちかだろう

215名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:10:57.22ID:nZ2BkWZO0
>>210
国生みの鉾でかき混ぜて‥は思いっきり鳴門の渦を表してる

216◆HKZsYRUkck 2019/07/12(金) 19:11:59.07ID:7H0qoLuy0
黄泉の国から戻ったイザナギが禊ぎをした場所
(=アマテラス姉弟や住吉三神、綿津見三神が生まれた場所)は
「筑紫の日向の小戸の阿波岐原」 なんだが、なにげに
筑紫・日向と並んで阿波の地名が入っているんだよね。

イザナギは、記紀神話編纂の頃は淡路島の神人たちの祀る神だったけど、
少なくとも彼らにとっては、阿波は日向や筑紫と並ぶ聖地だったんだなと。

217名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:13:51.66ID:YGQVOexy0
不思議な古代からのメッセージ
や 八百万(やおよろず/出雲)
ま 纏向(まきむく)
と 東海地方(とうかいちほう)

やまとは造語(大和、倭)
従って阿波邪馬台国は虚構。

218名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:16:18.84ID:yfIQQRQ40
淡路島から奈良の方を見たらいい
正に山の向こう側だよ
これが普通の感覚

奈良の地は山の向こう側、山の外、山外
河内と対の言葉だよ

219名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:18:18.33ID:6B7ZyOey0
九州説よりかはまだ信憑性があるなw

220名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:22:39.44ID:A2DmDB+F0
>>208
>それなら、倭国大乱がどんだけ狭い範囲で起きたってんだよ

倭国(阿波)国内での争乱。 以上。


>そもそも邪馬台国は連合国家のようだし、

そもそも、勝手な根拠のない妄想。  @阿波

221名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:22:53.13ID:0r0JwBhq0
淡路島が国産みの地を名乗っているけど
その前に何故か九州から出発して、淤能碁呂島から淡路島の順番なんだよな

222名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:27:49.36ID:X+VKyc+x0
>>7
邪馬台国と邪馬壱国の書き方の間違いはわざと
諱を嫌ったという説があるね
司馬懿の

223名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:33:55.02ID:A2DmDB+F0
>>216
>筑紫・日向と並んで阿波の地名が入っているんだよね。


「竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原」

筑紫じゃない!  「竺紫」とくし!

日向は、日向国のことじゃない!  @阿波

 

224◆HKZsYRUkck 2019/07/12(金) 19:34:24.39ID:7H0qoLuy0
>>220
うむ。
ホメロスの「オデュッセイア」とか、10年に渡る壮大な放浪の叙事詩だけど、
その舞台は日本海よりも狭いエーゲ海なんだよね。
まあ、阿波一国で大乱してもいいかも知れんw

225◆HKZsYRUkck 2019/07/12(金) 19:35:34.66ID:7H0qoLuy0
>>223
お、おう…。

> 「竺紫」とくし!
ってどこなん?

226名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:38:28.57ID:A2DmDB+F0
神武東征の舞台は阿波国内であり、 九州からの東征などではない。

神武軍が吉野川北岸の阿波市(西)から鳴門市(東)へ攻め下ったのが神武東征。  @阿波

227名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:41:19.38ID:A2DmDB+F0
>>225
> 「竺紫」とくし!
ってどこなん?

黄泉の国から戻ったイザナギが禊ぎをした場所→徳島県阿南市周辺。  @阿波

228名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:46:17.22ID:A2DmDB+F0
イザナギが禊ぎをした徳島県阿南市に鎮座する 【大国主神を祀る、全国唯一の式内社「八鉾神社」】
徳島県阿南市長生町に鎮座する「八鉾神社」。祭神は大己貴命。延喜式内社である。
この「八鉾神社」には四つの重要文化財が神宝として保管されている。
また「八鉾神社」自体も重要文化財に指定されているので、合計五つの重要文化財を持ち合わせている神社となる。
一つは「大己貴命 木造彫刻立像」
二つ目は「少彦名命 木造彫刻立像」
三つ目が「二品家政所 下文 」
四つ目が「附紺紙金泥法華経」である。
この八鉾神社、阿波では出雲の「杵築大社(出雲大社)」の元社であると伝えられている。
八鉾とは八千矛神(やちほこのかみ)。
出雲の主であり、長(おさ)である大国主神のこと。
大国主神の別名、大己貴神は、長国の偉大な主を意味している。
大国主神は、スサノオ命の子孫で、稲羽の素兎の物語で有名である。
オオクニヌシは、兄さん達から大きな袋を持たされる等、色々のいじめを受けたが、それらの試練を乗り越え、出雲国を治める立派な人となった。
オオクニヌシの子供にコトシロヌシ(えべっさん)と建御名方神(たけみなかたのかみ)がいる。
コトシロヌシは、式内社の事代主神社として、勝浦町沼江と阿波市市場町伊月に祀られ、タケミナカタは、式内社の多祁御奈刀祢神社として石井町浦庄字諏訪に祀られている。
平安時代に記録される3132座の式内社の中に、これら八鉾神社や事代主神社・多祁御奈刀祢神社等の国譲りに遣わされた神達を祀る神社は、阿波にしかない。   @阿波
【大国主神を祀る、全国唯一の式内社「八鉾神社」】   
https://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues/47852915.html?__ysp=44CM5YWr6Ym%2B56We56S%2B44CN44CR

229名無しさん@1周年2019/07/12(金) 19:52:26.61ID:U5VLz3+80
>>206
なかったらおかしいわな、大陸と交流があるのに。
お前の説がおかしいのよ、九州から始まる都市じゃないとそもそも連結しない。
生産性もない。

230名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:13:38.96ID:A2DmDB+F0
>>229
>なかったらおかしいわな、大陸と交流があるのに。

倭国(阿波)では、大陸から鍛冶素材を入手して鉄鍛冶を倭国(阿波)内各地で実施し、中国鏡・中国産朱も渡来している現実がある。

また、朝鮮半島で作られたと思われる青銅鏡や鉄斧も出土している。

「大陸と倭国(阿波)までの流通ルート」が確立されているのは紛れもない事実である。  @阿波

231名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:16:39.14ID:w431KaM90
もう埼玉でいいよ・・・

232名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:19:45.73ID:A2DmDB+F0
>>231
>もう埼玉でいいよ・・・

その埼玉も、関東忌部による開拓地だから。  @阿波

233名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:25:58.62ID:A2DmDB+F0
忌部は、海路をとって房総半島に上陸し、開拓しながら北上し、茨城〜栃木あたりまで進出しています。

その手前では、和歌山、三重、静岡、東京、埼玉など、黒潮に乗って関東へ向かうルート上に、その痕跡があります。

234名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:27:05.99ID:LLoLpxdF0
邪馬台国=四万十説は俺だけか
四万十はアイヌ語のシ・マムタ=(はなはだ美しい)

235名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:27:46.61ID:A2DmDB+F0
「延喜式神名帳」の、大和国山辺郡条には、「大和坐大国魂神社」とある。   大和国の 「大和」である。

「延喜式神名帳」の、阿波国美馬郡条には、「倭大國玉神大国敷神社二座」とある。   阿波国なのに「倭」である。

これは、阿波国が「倭」であったことの証左である。 後は推して知るべし。   @阿波

236名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:31:28.89ID:A2DmDB+F0
阿波説は、逆立ち・し・て・い・て・ も、どの説にも負けない。  反論ある人は、はい、どうぞ。   @阿波 

237名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:32:46.99ID:XbCqrzky0
近畿パームキになってんな

238名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:33:25.04ID:XbCqrzky0
>>219
涙拭けよ近畿パーw

239名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:35:00.14ID:XbCqrzky0
もう笑わせたほうが勝ちみたいになってるね。

240名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:38:08.32ID:nZ2BkWZO0
九州や畿内は掘りつくしてるのに結論でないから
他の地域の可能性はおおいにある
四国は全然掘ってないんだよね

241名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:40:36.71ID:XbCqrzky0
現時点で確定していること。
1. 畿内説は消えた。可能性ゼロ。
2. 卑弥呼の墓は御井の祇園山古墳で100%間違い無い。

問題点は
御井の周辺の何処かにあるはずの邪馬台国をどうやって発掘するか。
とりあえず怪しいのはあの無駄に広い筑後国府跡。




 

242名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:41:01.24ID:tTpMrvkH0
邪馬台国がどこかは敢えて判らない様にしてる可能性も有るよね。
剣山は発掘不可だったかな?
天皇家の秘密が有るとか。

243名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:41:01.64ID:XbCqrzky0
>>240
畿内は無いよ。結論出てる。

244名無しさん@1周年2019/07/12(金) 20:47:59.81ID:u2C3IMll0
>>211
元々の阿波一宮は大麻比古神社では無く一宮神社(天石門別八倉比売神社)

245名無しさん@1周年2019/07/12(金) 21:15:09.99ID:A2DmDB+F0
>>242

「天石門別八倉比売神社」裏手の円墳も発掘不可だね。 神域だから。
社伝には、卑弥呼の葬送が書いたあるそうだ。  @阿波

246名無しさん@1周年2019/07/12(金) 22:53:23.88ID:m555YpW70
阿波邪馬台国説ソースが思った以上でびっくり
九州畿内説支持はもはや感情的で願望みたいだぞw

247◆HKZsYRUkck 2019/07/12(金) 22:55:34.72ID:7H0qoLuy0
>>246
三河説 「ふっふっふ、九州説畿内説は邪馬台国候補の中でも最弱…」

248名無しさん@1周年2019/07/12(金) 22:59:08.55ID:phJFtLCk0
邪馬台国は畿内四国九州に広がってたんじゃないの?
それを東征で順番に平らげていったのが神武のやつになったような気がするが

249名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:18:31.17ID:t6ltHl0j0
>>1
こいつなんでこのニュースばかりでスレ立てるんだ?

記者剥奪しろ!

250名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:33:18.52ID:9NHFJ2yj0
邪馬台国は奈良県って結論出てただろ_

251名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:34:35.95ID:XbCqrzky0
>>246
感情で願望を語るなよw

252名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:35:11.23ID:XbCqrzky0
>>250
その前に涙拭けよ

253名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:50:09.74ID:0S0aOdV10
邪馬台国じゃなかった所はじゃあ何国だったんだよ

254◆HKZsYRUkck 2019/07/12(金) 23:54:12.18ID:7H0qoLuy0
>>246
うむ。
>>216でも書いたように、記紀神話の中では阿波はたしかに、
他の地域とは違う扱いをされているんだよね。なぜか>>223は怒るけどw

255名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:54:16.75ID:XbCqrzky0
日本語でオケ

256名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:56:00.62ID:GL6vU7qz0
瀬戸内海沿岸を抑えた一族の姫様が
後の卑弥呼と言うイメージだわ

257名無しさん@1周年2019/07/12(金) 23:56:27.84ID:SxGb3Fpx0
田舎者の都会コンプの捻じれた願望かな?

258名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:01:04.26ID:Zq0+u4qQ0
>>256
ありえるね。
物語ひとつ書けそうだなwww

259名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:02:00.91ID:Zq0+u4qQ0
>>253
奴国とか狗奴国とか伊都国とか?

260名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:07:44.35ID:+nsicaoX0
>>256
そんなイメージ全然無い。

261名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:08:34.31ID:+nsicaoX0
>>258
頭から物語設定なのな

262名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:44:53.72ID:Ee8uQONf0
ヤバイ
マジで
トンデモ

263名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:51:52.21ID:Ee8uQONf0
>>250
結論なんてものは学問の世界には未来永劫訪れないのだ

264名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:57:19.33ID:0uhJPob30
そもそも「阿波風土記」って何ぞや?(´・ω・`)
「阿波国風土記」ではないの?

265名無しさん@1周年2019/07/13(土) 00:59:54.06ID:AT7CLKba0
面倒くさいから元祖とか本家とか使って皆邪馬台国があったとか名乗ればいいじゃん
適当なお土産作ってさ

266名無しさん@1周年2019/07/13(土) 01:18:51.84ID:+nsicaoX0
>>263
いや少なくとも畿内説は可能性ゼロって結論出たよ。

267名無しさん@1周年2019/07/13(土) 02:06:06.85ID:Nq5cJw210
徳島はありえる話しなんだよな
大和政権はそもそも近畿四国の
連合国が各地を平定していった感じだしね

268名無しさん@1周年2019/07/13(土) 02:13:42.39ID:+nsicaoX0
そりゃ妄想ならなんでもありでんがな

269名無しさん@1周年2019/07/13(土) 02:23:18.39ID:DGqD70xH0
神武は九州から筑紫、吉備あたりを経由して熊野から畿内入りしてるから、このルートは初期の邪馬台国連合と考えていいだろう

270名無しさん@1周年2019/07/13(土) 02:44:03.79ID:+nsicaoX0
いや全然。

271名無しさん@1周年2019/07/13(土) 02:51:01.63ID:Bx8S1hTN0
残念ながら邪馬台国は隣のうどん県
ソースはうどんと空海

272名無しさん@1周年2019/07/13(土) 03:25:50.77ID:Mwpc/WsF0
今度は神奈川県が邪馬台国になりそうだな

273名無しさん@1周年2019/07/13(土) 03:28:08.31ID:Mb5VlJu00
妄想じゃなくて証拠や考古学的成果を出してみろよ

オカルトだよこれ

274名無しさん@1周年2019/07/13(土) 03:35:39.51ID:XpgyiYLgO
阿波は畿内説をごり押すための撹乱用だから

275名無しさん@1周年2019/07/13(土) 04:26:03.28ID:ZZaQqOyA0
成果・・・

努力して創り上げるのか・・・

276名無しさん@1周年2019/07/13(土) 04:31:59.44ID:E6pOI+TM0
旧唐書には、日本について
中国で伝承されてきた内容を記した「倭国伝」と
遣唐使を送ってきた大和政権が説明した内容を記した「日本国伝」の
2つの記述が書かれている

中国で伝承されてきた内容を記した「倭国伝」では、聖徳太子が派遣した遣隋使「小野妹子」の帰国に同行して
608年に大和に来た隋の「裴世清」が奈良のことを「邪靡堆を都としており魏志の邪馬臺である」と述べているように
奈良の天皇を頂点とする大和政権は、【親魏倭王】の末裔である・・という認識だ

一方、大和政権が説明した内容を記した「日本国伝」によると、

遣唐使の帰国に同行して大和に来た唐の「高表仁」に、
【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」が自ら言うところによれば

我々天皇を頂点とする大和政権は「漢委奴国」の末裔であり
初代の国王は、高天原に生まれた天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)

火照命(海幸彦)の釣針をなくしてしまい【出雲から】【九州の】綿津見大神(豊玉彦)の元を訪れた、
奈良のアマテラスの孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)の息子の火遠理命(山幸彦)が
綿津見大神(豊玉彦)の娘である豊玉毘売と結婚して、

宮崎県日南市の鵜戸神宮で生まれた
三十二代目の国王である「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」まで、九州の筑紫城に住んでいたが

彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊が、豊玉毘売の妹である玉依毘売と結婚して生まれた
三十三代目の国王「神武(若御毛沼命・神倭伊波礼琵古命・かむやまといわれひこ)」の時に、九州から大和に来たのだ・・となっている

そりゃあ、唐の「高表仁」は、大あわてで唐に帰国するはずだわ

277名無しさん@1周年2019/07/13(土) 05:01:01.92ID:qNiT3tV00
>>7
イマドキ邪馬「壹」国なんて言ってるのは
古田カルト教に洗脳された池沼軍団w

278名無しさん@1周年2019/07/13(土) 05:09:29.79ID:qNiT3tV00
>>33
逆に「おば」が中国語由来

279名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:03:44.33ID:qNiT3tV00
>>80
狗奴国は後漢書東夷伝に
自女王國東度海千餘里至拘奴國
女王国の東へ海を渡って千余里
と書いてある

280名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:21:58.87ID:MIap66PF0
>>264
たぶん近世に作られた古史古伝レベルの何かだな

281名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:23:30.65ID:rUNV+Hce0
大和の大神神社は、倭国(阿波)の「大御和神社」が本家本元である。

徳島市国府町府中の式内社 「大御和神社」は神社拝殿上に「文武天皇(七〇二年)の御宇、この閤宮(こうのみや)より、国璽の印と国庫の鍵を差し出した」と記されている。

(国璽の印とは国家の表章として押す宮印で、帝都が阿波にあったことを証明するもの)   @阿波

http://www.genbu.net/data/awa2/oomiwa_title.htm

282名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:33:34.35ID:MIap66PF0
古田史学みたいに文献から言葉尻捕まえてるだけじゃなんとでも言えるんだが

飯豊天皇の政権が飯豊山にあったとか大海人皇子は松本に遷都したとかそんなの大量にある

傍証が必要

283名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:33:50.66ID:+nsicaoX0
>>279
だからそれは間違い。

284名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:42:50.04ID:rUNV+Hce0
奈良「法隆寺」の本社は、ここ「救世山峯薬師 法谷寺」
http://goutara.blogspot.com/2011/10/blog-post_29.html

峯薬師像 ・ 救世観音像
法谷寺に返却はよ

285名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:47:11.41ID:E6pOI+TM0
ではここで旧唐書に書かれている「日本国伝」・・つまり632年に、遣唐使の帰国に同行して大和に来た唐の「高表仁」に
【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」が自ら語った日本の歴史を、日本の『記紀』と照らし合わせながら見てみよう

まず、日本の初代国王は、天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)
『古事記』でも、神々の中で最初に登場する神である
そしてそれから数えること30代目の国王が、綿津見大神(豊玉彦)

豊玉彦は九州の「海神の国」の国王であり、アマテラス、ツクヨミ、スサノオと同じく、イザナミの子
つまりこのとき同時期に、奈良にはアマテラスの国があり、出雲にはスサノオの国があるわけだ

そして「海神の国」に出雲から、火照命(海幸彦)の釣針をなくしてしまった、火遠理命(山幸彦)がやってくる

火照命(海幸彦)も、火遠理命(山幸彦)も、
奈良のアマテラスが併合した、出雲のスサノオの国に、アマテラスが派遣した、奈良のアマテラスの孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)の息子だ

出雲からやってきた、奈良のアマテラスの孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)の息子火遠理命(山幸彦)は
九州の「海神の国」の30代目の国王「綿津見大神(豊玉彦)」の娘の豊玉毘売と結婚して、九州の「海神の国」の31代目の国王となって

宮崎県日南市の鵜戸神宮で32代目の九州の「海神の国」の国王の
「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」が生まれるわけだ

そしてここまでずっと、「海神の国」の国王は、九州の筑紫城に居た

そしてその、32代目の九州の「海神の国」の国王の
「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の

四番目の子の神武が、天皇を名のって
九州の「海神の国」から、奈良のアマテラスの国に移り住んで
奈良のアマテラスの国を治めた

遣唐使を送った大和政権は、その末裔・・・っつーことになっている

286名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:50:41.20ID:rUNV+Hce0
>>285
>豊玉彦は九州の「海神の国」の国王であり、アマテラス、ツクヨミ、スサノオと同じく、イザナミの子
>つまりこのとき同時期に、奈良にはアマテラスの国があり、出雲にはスサノオの国があるわけだ

くだらん妄想は聞き飽きた。  @阿波

287名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:52:20.16ID:7yY8odmw0
阿波って国司の中では左遷地じゃなかった?

288名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:54:23.75ID:rUNV+Hce0
>>287
大和の大神神社は、倭国(阿波)の「大御和神社」が本家本元である。

徳島市国府町府中の式内社 「大御和神社」は神社拝殿上に「文武天皇(七〇二年)の御宇、この閤宮(こうのみや)より、国璽の印と国庫の鍵を差し出した」と記されている。

(国璽の印とは国家の表章として押す宮印で、帝都が阿波にあったことを証明するもの)   @阿波

http://www.genbu.net/data/awa2/oomiwa_title.htm

289名無しさん@1周年2019/07/13(土) 06:57:58.64ID:rUNV+Hce0
徳島は古事記神話の神名がつく延喜式内社の数が他の県に比べると圧倒的に多いことがわかる。

例えば、徳島県の式内社50社のうち19社に古事記神話の神名がついているのに対して、

奈良県は286社のうち3社、島根県の出雲は187社のうち0社である。

式内社以外でも、徳島県の神社の祭神はほとんどが古事記神話の神である。

この事実からも、古事記神話は倭国(阿波)で起きたことを記した記録なのである。  @阿波

290名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:01:23.86ID:E6pOI+TM0
つまり

奈良にあったアマテラスの国、親魏倭王の「邪馬台国」は

九州の「海神の国」の32代目の国王の
「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の第四皇子の神武に

滅ぼされてのっとられた

のさ

291名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:03:25.52ID:rtJLXxzn0
>1
>空から大きな山が阿波国に落ちてきた。〜これは何の比喩なのか。阿波で成立した国家が奈良に移動したととれないだろうか。

隕石落下を語っているだけ。


>日本神話において、一番最初に生まれたのが淡路島であり、その次に四国である。

大ウソつき。はじめが淡路島で次は本州、四国はその次。

日本書紀原文
豊秋津洲。次生伊豫二名洲。次生筑紫洲。次雙生億岐洲與佐度洲。世人或有雙生者、象此也。次生越洲。次生大洲。次生吉備子洲。


説を唱えるにも出だしからクォリティが低すぎて話しにならない。

292名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:13:07.01ID:rUNV+Hce0
>日本神話において、一番最初に生まれたのが淡路島であり、その次に四国である。

その「淤能碁呂島」は、淡路島じゃない。
「淤能碁呂島」は、忌部の郷にある、吉野川中洲の「粟島」。  @阿波

293名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:15:10.86ID:rUNV+Hce0
>>291
>はじめが淡路島で次は本州、四国はその次。

大ウソつき。  @阿波

294名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:16:12.58ID:Aom/Gatq0
八幡平と同じ程度に信憑性がある説だな。

さすがにエジプト説には及ばないが。

295名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:19:57.65ID:rUNV+Hce0
「物部氏」の祖神とされている「伊加賀志許賣命・伊加賀色許雄命」が

日本で唯一、阿波國麻殖郡 「伊加々志神社」で祀られていることから、物部氏の本貫地は旧麻植郡周辺の可能性が高い。  @阿波

296名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:22:55.95ID:Z7RzPX3o0
岡山だろ

297名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:24:14.91ID:rUNV+Hce0
>>296

吉備忌部のこと? わははははは  @阿波

298名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:24:57.44ID:GpZeKg7v0
てか出雲民族=島根っていうのも懐疑的なんだよな
出雲民族は京都奈良周辺の話が多い

299名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:25:18.91ID:ulXkGF740
天皇って、ずっと奈良にいたの?
卑弥呼の時代も?

300名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:30:52.50ID:rtJLXxzn0
>>293
ソース出してんだからあきらめろw

301名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:33:56.57ID:xafDFHWk0
泡は無いな

302名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:34:53.90ID:AT7CLKba0
>>298
追いやられたとかじゃないの?

303名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:37:42.55ID:MIap66PF0
>>298
自分は詳しくないがアメノヒボコとの関係も気になるな

304名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:41:24.16ID:/GfV4t5b0
>>1
最初の話は「隕石?」としか思わなかった
ライターさんは想像力豊かだねえ

305◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 07:43:00.47ID:6/b4+FnV0
@阿波すげーなあ。

306名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:49:29.39ID:+crV8MXs0
単純に考えて神武天皇は漂泊の隼人族
鹿児島出身の奈良の村長さんだが子孫は総理大臣
小泉純一郎の父である小泉純也に似ている

日向国だから天孫降臨の地と言い出したのは宇佐神宮
宇佐神宮は自分の領地があった場所を高めようと色々捏造をしている
今の宮崎県民は神話の国というのを信じているが細かく調べればおかしな事ばかり
はっきり言って起源を主張するどこかの国のいうことと変わらん
これからは間違いは間違いと認めることが大事だと思う

続日本紀によれば昔の日向国は鹿児島宮崎を含む地域だった
記紀ではともに天皇家と隼人族は同族出身としている
日本書紀では特に阿多(薩摩半島南部)と特定している
ちゃんと調べれば分かることばかり

木花咲耶姫の本名である神阿多都比売
海幸彦の子孫は隼人族の阿多君
神武天皇の妃である阿比良比売は阿多小椅の妹
代々阿多(薩摩半島南部)の人間だらけ

おまけに鹿児島県南さつま市の上加世田遺跡からは久米と墨書された遺物が出土している
これは神武天皇の部下である大久米命との関連を思わせる

よって神武天皇の出身地は鹿児島県の薩摩半島
旧加世田市から旧金峰町にかけてと思われる

なお天孫降臨が現実にあったと考えるのは無理がある
それに山上に神が降り立つというのは北方系の神話

高千穂地名の変遷
日向風土記逸文(713、引用は続日本紀797)知鋪の郷(ちほと読めるから高千穂と言い出す。本当に原本にあったか?)
宇佐八幡宮託宣(765)高智保(たかちほと言ってるのが神主だと分かる。)
和名類聚抄(925)   智保(一般には広まっていないようで、辞書にはまだ高千穂は載らず。)
大日本史(1657〜)  日向国臼杵の郡、智保、今は高千穂の庄(虚仮の一念、岩をも通す。でも正式には智保。)
(参考)1889年(明治22年)三田井村、押方村、向山村が合併し高千穂村となる。(ようやく正式に高千穂)

307名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:50:42.86ID:rUNV+Hce0
>>298
>出雲民族は京都奈良周辺の話が多い

そりゃ、みんな忌部一族なんだから。  @阿波

308名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:52:14.24ID:/GfV4t5b0
>>298
自分もあまり詳しくないんだけど
日本海周辺に渡来系の文化があって、
それがあちこちに移動してるのかな

伊勢に祀られてる豊受大神は丹波出身だし
元出雲の別称がある出雲大神宮は丹波(亀岡)に
あるけど

309名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:57:43.21ID:rUNV+Hce0
>>308
>伊勢に祀られてる豊受大神は丹波出身だし


「神道五部書」の『豊受皇太神御鎮座本記』の内容を「国史大系」の第七巻から見てみると

「天村雲命伊勢大神主上祖也。神皇産霊神六世之孫也。阿波國麻植郡座忌部神社、天村雲神社、二座是也」

阿波國に座す二社(忌部神社、天村雲神社)が皇祖皇統の正統なる末裔であると記している。

阿波忌部が伊勢神宮(少なくとも外宮の)の正統なる祭祀者であり、伊勢神宮は阿波忌部の上祖(天日鷲命)を祀っているのである。

310名無しさん@1周年2019/07/13(土) 07:59:02.42ID:qu5a6ipl0
邪馬台国に関する記述は出鱈目だと思う。
中国人はそんなに正確に事実を記する人種ではない。
それとは関係無く、阿波に大和国を建設した元の氏族が居たのだろうと思う。
それならば何の無理もない話である。

311名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:01:07.71ID:BNXUjYPU0
徳島とか言い出すんだったら
三重だってあり得る話だよな。なにしろ伊勢神宮があるし。

312名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:01:33.01ID:rtJLXxzn0
淤能碁呂島を淡路島と誤解してるケースが偶に見られるので整理する

伊邪那岐と伊邪那美が天浮橋に立って、天之瓊矛で掻き混ぜて海を作り、その時の滴からできたのが淤能碁呂島
伊邪那岐と伊邪那美が降り立ってからが国産みで、最初に淡路島、次に本州の順で誕生する。

日本書紀に記されている淤能碁呂島の所在地は淡路島と吉備の間の瀬戸内海上の島とされる。

仁徳天皇の詠んだ歌
日本書紀原文
『淤志弖流夜、那爾波能佐岐用、伊傳多知弖、和賀久邇美禮婆、阿波志摩、淤能碁呂志摩、阿遲摩佐能、志麻母美由、佐氣都志摩美由』

313名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:02:34.02ID:rUNV+Hce0
内宮、外宮、両宮の御鎮座当初より忌部氏が祭祀を司っていたのはまぎれもない事実であり、6世紀に中臣氏に取って代わられるまでその地位は安泰だった。

その御鎮座時を記録するために度会氏が14世紀になってこの『豊受皇太神御鎮座本記』を記したのであろう。

ただ、「伊勢大神」というのは「天照大神」を指していて、

穀物神である豊受大神を祭神とする外宮「豊受大神宮」の記録『豊受皇太神御鎮座本記』に、この「伊勢大神」=「天照大神」の記述があるのは、非常に不自然である。

つまり、「豊受大神」(外宮)=「伊勢大神」=「天照大神」(内宮)ということか。  @阿波

314◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 08:05:08.44ID:6/b4+FnV0
>>311
三重の志摩は御食国でいいじゃん。
美味しいものがいっぱいあるのだ。淡路もそう。

阿波には粟しかない。

315名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:09:07.46ID:SKT8r70Z0
>>40
金印

316名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:09:26.91ID:/GfV4t5b0
>>309
話逸れるけど「天村雲」は剣ではなく人なんだ
功績があるから剣に名がついたか、
剣から名をもらったのか、とか考えるとロマンあるね

317名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:11:03.36ID:oGPpqzeM0
>>291
ググっただけだけど、古事記では本州は最後みたいよ。

318名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:11:28.68ID:/GfV4t5b0
>>314
鳴門の渦潮…あれは食べられないかw

徳島に行った友達から刺身が美味かったとは
聞いたよ
宿が少なくて難儀したらしい

319名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:13:19.62ID:Q8FQoRBS0
ほらね、畿内説がポシャったら四国説に移行するって昔から言われてたけどね。
要するに畿内説は終わったわけよw

320名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:16:41.05ID:9ifTZ6mZ0
四国って良くも悪くも話題が少ないから、もう四国にしてあげれば?と思ったりw

321名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:17:59.82ID:rUNV+Hce0
饒速日命の孫「天村雲」を祀る「阿波国式内社 天村雲神社」(徳島県吉野川市)

延喜式神名帳には麻植郡天村雲神伊自波夜比売神社二座とある。その論社が徳島県吉野川市山川町村雲にある「天村雲神社」である。

祭神は,「天村雲命」と「伊志波夜比女命(いしはやひめ)」の二柱である。

>>316
>話逸れるけど「天村雲」は剣ではなく人なんだ


「天村雲命」は,饒速日命の孫で,天香語山命又名を手栗彦命(たぐりひこのみこと)高倉下命(たかくらじのみこと)と穂屋姫(ほやひめ)の子である。

阿俾良依姫(あいらよりひめ)を妻として,天忍人命(あまのおしひとのみこと)天忍男命(あまのおしおのみこと)忍日女命(おしひひめのみこと)を生んだ。

322名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:19:00.52ID:/GfV4t5b0
>>313
伊勢大神は天皇家で、豊受大神は別の家で
親戚(皇戚)だとかでは?

古代は人が少ないから、王様やエライさんは
親戚同士なんじゃないの
物部氏も蘇我氏も天皇家の外戚みたいな感じで

323名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:19:55.22ID:rUNV+Hce0
>>316
>話逸れるけど「天村雲」は剣ではなく人なんだ


饒速日命の孫「天村雲」を祀る「阿波国式内社 天村雲神社」(徳島県吉野川市)

延喜式神名帳には麻植郡天村雲神伊自波夜比売神社二座とある。その論社が徳島県吉野川市山川町村雲にある「天村雲神社」である。

祭神は,「天村雲命」と「伊志波夜比女命(いしはやひめ)」の二柱である。

「天村雲命」は,饒速日命の孫で,天香語山命又名を手栗彦命(たぐりひこのみこと)高倉下命(たかくらじのみこと)と穂屋姫(ほやひめ)の子である。

阿俾良依姫(あいらよりひめ)を妻として,天忍人命(あまのおしひとのみこと)天忍男命(あまのおしおのみこと)忍日女命(おしひひめのみこと)を生んだ。

324名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:23:41.90ID:rUNV+Hce0
>>322
>物部氏も蘇我氏も天皇家の外戚みたいな感じで

物部氏も蘇我氏も天皇家も、みんな元は忌部一族。
ここでいう忌部一族とは、平安時代の『新撰姓氏録』以降の忌部(斎部)氏ではない。
忌部一族とは倭人(広義の忌部氏)であり、全国を拓殖していった古代倭国(阿波)スーパー頭脳集団の総称である。  @阿波

325名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:25:24.84ID:rUNV+Hce0
>>323
「天村雲命」は,
(1)饒速日命が大倭国に天降るときに防御の人として高皇産霊神に使わされた三十二人の内の一人。「先代旧事本紀」
(2)邇邇芸命に命ぜられて高天原から水の種を持ち帰った。それが天真名井である。その功績として,邇邇芸命より天二上命,小橋命という名を賜った。

「小橋」と言えば,「邇邇芸命」の三世孫の「神武天皇」は,日向時代に,阿多小橋君の女(むすめ)の阿比良比売を妻としている。 

小橋命とよばれた「天村雲命」の孫あるいは曾孫が阿比良比売で,「邇邇芸命」の三世孫の「神武天皇」に嫁いだとしても不思議ではない。

「天村雲命」の妻の阿俾良依姫と阿比良比売の名にも共通性を感じる。
 
「天村雲命」は又の名を天五多手(あめのいたて)という。麻植郡には忌部郡と射立郡があり,「天村雲神社」が鎮座する射立郡は天五多手(あめのいたて)の名に通じる。 

「天村雲神社」や同じく式内社の「伊加々志神社」周辺には「雲宮」とか「天王原」とか何やら意味ありげな地名が見える。  @阿波

326名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:28:56.12ID:/GfV4t5b0
>>324
現代でも兵庫あたりからイノシシが瀬戸内海
泳いで渡ってくるくらいだから、
古代でも船で阿波(だけじゃなく、四国の瀬戸内海側)と本州は割合と交流できそうだよね

327名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:29:26.00ID:rUNV+Hce0
>>317
>ググっただけだけど、古事記では本州は最後みたいよ。

>>291は、我田引水。 可哀そうな人。 @阿波

328名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:32:18.38ID:rUNV+Hce0
>>326
>古代でも船で阿波(だけじゃなく、四国の瀬戸内海側)と本州は割合と交流できそうだよね

言っとくけど、倭国(阿波)は縄文時代から、海を渡って交易しているよ。
倭国(阿波)の海人族、恐るべし。  @阿波

329名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:34:03.60ID:s86/ps1p0
出雲風土記に国譲りのシーンが出てこない
出雲の国譲りに関わった七神を祀る神社は徳島に全て揃ってる
あれ?

330名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:35:16.86ID:d+2IixyA0
邪馬台国って卑弥呼というインチキ霊媒師女性が仕切ってたと言うだけで他になんかやったの?
なんで邪馬台国だけこんなに大騒ぎされたの?
たった三大で潰されたショボイ国だろ。

331名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:35:59.98ID:hA10+Tla0
ハゲだけど邪馬台国は東北だったと思うよ

332名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:37:23.04ID:aKG5gdtp0
>>223
「橘の小門」って橘湾かな?

>>311
>三重だってあり得る話だよな。なにしろ伊勢神宮があるし。

理由になってない、「元伊勢」でググれ

333名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:38:14.30ID:MIap66PF0
>>317
古事記と日本書紀の記述があわないことはしょっちゅうだし、どれが正しいなんてことは言えない

日本書紀には一書にいわくで計6説書いてあるわけで、島が出来た順番なんて考えるのは時間の無駄

334名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:40:06.72ID:zZfBWBTv0
八十島祭
天皇の国土支配権の裏付けを企図する祭祀と書かれてある。なぜ大阪で行うのか?

後鳥羽院の八十島祭にしたがった津守経国の歌。

天の下のどけかるべし
難波潟、田蓑たみのの島に御祓しつれば      津守経国

八十島は、田蓑島のほかに中之島、福島、曽根洲、柴島くにじまなどの地名に残る。
自凝島、オノコロ島かもしれないね

335名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:43:49.94ID:+9YjkmAW0
阿波風土記って、津軽なんとかと同工異曲の素性不明のインチキ本だろ

336名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:45:45.96ID:zZfBWBTv0
仁徳天皇記   
押し照るや 難波の崎よ 出で立ちて
我が国見れば 淡島 自凝島 檳榔の島も見ゆ 放つ島見ゆ

難波の崎からオノコロ島、淡路島見えるとある。
自凝島は淀川河口にできた洲のことだろう
古代の人々は国生み神話は、大阪湾の話であるのを当たり前のように理解していた。

337名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:49:54.31ID:E6pOI+TM0
ではここで旧唐書に書かれている「日本国伝」・・つまり632年に、遣唐使の帰国に同行して大和に来た唐の「高表仁」に
【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」が自ら語った日本の歴史を、日本の『記紀』と照らし合わせながら見てみよう

まず、日本の初代国王は、天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)
『古事記』でも、神々の中で最初に登場する神である
そしてそれから数えること30代目の国王が、綿津見大神(豊玉彦)

豊玉彦は九州の「海神の国」漢委奴国の国王であり、アマテラス、ツクヨミ、スサノオと同じく、イザナミの子
つまりこのとき同時期に、奈良にはアマテラスの国があり、出雲にはスサノオの国があるわけだ

そしてその「海神の国」漢委奴国に出雲から、火照命(海幸彦)の釣針をなくしてしまった、火遠理命(山幸彦)がやってくる

火照命(海幸彦)も、火遠理命(山幸彦)も、
奈良のアマテラスが併合した出雲のスサノオの国にアマテラスが派遣した、奈良のアマテラスの孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)の息子だ

出雲からやってきた、奈良のアマテラスの孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)の息子火遠理命(山幸彦)は
九州の「海神の国」漢委奴国の30代目の国王「綿津見大神(豊玉彦)」の娘の豊玉毘売と結婚して、九州の「海神の国」漢委奴国の31代目の国王となって

宮崎県日南市の鵜戸神宮で32代目の九州の「海神の国」漢委奴国の国王の「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」が生まれるわけだ

そしてここまでずっと、九州の「海神の国」漢委奴国の筑紫城に居た

そしてその、32代目の九州の「海神の国」漢委奴国の国王の「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の【第4皇子の神武】が、

天皇を名のって、アマテラスから十種の神宝を授かった奈良の饒速日命(ニギハヤヒ)を服従させて、九州の「海神の国」から奈良のアマテラスの国に移り住んで、奈良のアマテラスの国を治めた

遣唐使を送った大和政権は、その末裔・・・つまり親魏倭王の「邪馬台国」の末裔ではなく、九州の「海神の国」漢委奴国の末裔っつーことになっている

338名無しさん@1周年2019/07/13(土) 08:58:50.87ID:9KJJ5zUx0
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アリストパネス 『蛙(かえる)』
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(直リンNGのためtwitterが開きます)eku
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

339名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:09:17.31ID:E6pOI+TM0
つまり

奈良にあったアマテラスの国
アマテラスから十種の神宝を授かった饒速日命(ニギハヤヒ)が統治していた奈良の国
親魏倭王の「邪馬台国」



九州の「海神の国」漢委奴国の32代目の国王の「彦波瀲武鵜葺草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の【第4皇子の神武】が滅ぼしてのっとった

神武の次を綏靖と云い、その次は安寧、その次は懿コ、その次は孝昭、その次は天安(孝安)、その次は孝靈、その次は孝元、
その次は開化、その次は崇神、その次は垂仁、その次は景行、その次は成務、その次は仲哀となる。

仲哀が死んだあと、開化の曽孫女の神功(じんぐう)を王とした。その次は応神、その次は仁コ、その次は履中、その次は反正、その次は允恭、その次は安康、
その次は雄略、その次は清寧、その次は顯宗、その次は仁賢、その次は武烈、その次は継体、その次は安閑、その次は宣化、その次は欽明である。

欽明の十一年は、梁(りょう)の承聖(しょうせい)元年(552年)にあたる。

その次は海達(敏達)、その次は用明となる。

(この用明が)多利思北孤(たりしほこ)の代理として来朝したのは隋の開皇(かいこう)末(600年)にあたり、そのとき初めて(大和王朝は)中国と国交を通じたのである。

その次は崇峻となる。その崇峻が死んで、欽明の孫女の雄古(推古)が継いだ。その次は舒明、その次は皇極(こうぎょく)となっている。

と【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」は、632年に、遣唐使の帰国に同行して大和に来た唐の「高表仁」に言ったのさ

340名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:09:50.08ID:sM63Ptxa0
にぎやかしでスレ開いたのに
みんな真面目にレスしてるから
ちょっと出直してくるわ…

まいったな〜

341名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:22:42.54ID:0uhJPob30
>>280
てことは、偽書の類いである可能性も大ってことか。

342名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:28:13.01ID:oGPpqzeM0
>>333
いや、だから日本神話として淡路島の次が四国だという話は間違ってはいないんじゃ
ないの?

343名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:47:36.68ID:prbebl/f0
ないな、本州には信頼できるような伝説がないもの

344名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:52:11.91ID:prbebl/f0
みかんは佐賀、宮崎だろ。

神話と原始日本につながりとか一切ないでしょ。
神社系はどう考えても渡来文化なんだから。

345名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:54:10.21ID:i2etOIZY0
天村雲、人名であり剣名

自動車「トヨタ」といっしょと考えればいい
トヨタも創業者の人名だ


「村雲」は雲が群がってる様子
これは刀鍛冶のときにできる煙のことやね

製鉄、鋳鉄、錬鉄には火力が必要
山の斜面を削ってトンネルをつくり、そこに大量の木材を投入して火力を得る

346名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:56:44.03ID:MIap66PF0
>>342
いやそういうことじゃなくて
これは伝説でほんとに起こったことじゃないんだから決まった正解なんてない
いろんな伝承があったということがわかるだけで

それぞれの伝承がどの豪族由来のものなのかわかればまあ議論の余地もあるけどね

347名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:57:02.69ID:hgqUs9oe0
四国は畿内の植民地。
特に大石などを取って畿内に運んでいたものと思われる。
そこから淡路中心が生まれる。時期は古墳時代だな。
ま、植民地が起源や中心、元を領有してたを主張するのは良くある。

348名無しさん@1周年2019/07/13(土) 09:59:11.45ID:i2etOIZY0
天村雲剣、トヨタの車と同じと考えればいい

スサノオのヤマタノオロチ退治の話は目的と結果が転倒している

真のストーリーは
「天村雲を始祖とする鍛冶勢力」を取り込むために、それを邪魔するヤマタノオロチを退治した

ということだろう
「天村雲」をゲットすることが最初から目的だったのだ

349名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:00:55.75ID:zw3b3K1O0
>>290
いや奈良は大物主や事代主の国だよ。
アマテラスじゃない

350名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:02:40.17ID:gbI1qFxZ0
1世紀初めの予想勢力図 右赤の近畿勢力と左青の東海勢力
【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? 	YouTube動画>1本 ->画像>8枚
【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? 	YouTube動画>1本 ->画像>8枚

351名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:02:56.15ID:i2etOIZY0
ではヤマタノオロチとはなにか

ヤマタノオロチ=ヤマトのオロチ=ヤマトの蛇
であって

ヤマトにいる蛇といえば、もうこれは大物主だろう

天皇家の王女のモモソヒメが嫁いだ先だよ

蛇というのは、鍛冶による顔面のヤケドのことを言っているのではないか?

だから大物主は、嫁いできたモモソヒメに顔を隠したかった

352名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:03:22.53ID:s86/ps1p0
最古の前方後円墳は徳島で、前方後円墳を最初に卒業するのも徳島
3〜5世紀に徳島に最新文明があったのは間違いない

353名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:04:34.31ID:gbI1qFxZ0
たくさん種類があった銅鐸が分割消滅集約される様子
【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? 	YouTube動画>1本 ->画像>8枚
【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? 	YouTube動画>1本 ->画像>8枚

354名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:05:39.20ID:gbI1qFxZ0
歴史秘話ヒストリア 銅鐸とまぼろしの王国 A
http://blog.goo.ne.jp/snclimb/e/a322d3480b49313f2d9a7e1b420514a7

銅鐸の種類と変遷と出土状況から1世紀初めには
近畿と東海に国があったと思われる

355名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:07:19.52ID:i2etOIZY0
本州で銅鐸が出回っていたこと、九州ではそれ以上の大量の金属製品が出回っていた

近畿も東海も九州に比べたら小国だよ

そのころは出雲もビッグプレイヤーだね

356名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:08:11.14ID:DteabJQG0
ほお、卑弥呼は泡姫だったのか

357名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:08:28.29ID:s86/ps1p0
>>347
植民地になったのは7〜8世紀以降
ずっと植民地なら四国になぜ三木家(忌部一族)がいるんだってな

358名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:10:14.53ID:prbebl/f0
神話はもうどうでもいいほどに意味不明だよな、なにがなんだかわからない。
物語づくりの才能がないとしか思えない。

359名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:15:38.71ID:gbI1qFxZ0
説明が足りなかったね
>>350 >>353 >>354 これらを踏まえて >>162を読んでね

>其國本亦以男子爲王 その国もまた男子を王とした
ここのその国は東海勢力
「もまた」だから東海の扱いの方が低く
倭国の母体はもう一方の近畿勢力だと思われる
共立して卑弥呼の時代に東海海勢力は
近畿勢力に飲み込まれたと思われる

>倭國亂相攻伐歴年
倭国乱れ相攻伐しあうこと歴年
相攻伐ってとこから主に近畿と東海の2国間の争いだったと思うんだよ

360名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:16:53.93ID:i2etOIZY0
>>358
読み解く必要がある

たとえば大国主が大物主と邂逅するシーン
「スクナビコが死んで困った大国主のもとへ海の向こうから光り輝く神様(大物主)が表れて〜〜〜(大物主は)奈良の三輪山に鎮座することになった」

一方で別の項でニギハヤヒに関してサラッと書いてある記述
「神武天皇に先立ち天磐船で近畿に降り立った」


海からきて奈良に向かう光り輝く神様(大物主)と天磐船で近畿に向かう神(ニギハヤヒ)が同一神だと暗に示唆してるわけだ

361名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:17:38.66ID:i2etOIZY0
>>359
いやだから九州の銅矛、出雲の銅剣勢力のほうが国力デカいからな

362名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:18:13.97ID:prbebl/f0
>>360
やめてもらっていいですか?
なるわけないし、全く面白くもない、才能がないとしか思えない。

363名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:19:07.61ID:gbI1qFxZ0
出土した銅鐸の変遷から考えられる
近畿国と東海国の戦いからの共立と
魏志倭人伝の記述が矛盾してないってことね

364名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:19:34.01ID:g+u7lS79O
スサノオなんて半島の神様だよ、海彦山彦だってどっちが弾き出されたか、参考文献編集者の考え次第だからな。500年も後の記紀を丸飲みするなんてどうかしてる。人類は文明国が駆逐してくんだよ、田舎が文明を飲み込むなんて聞いたことないよ。

365名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:21:58.73ID:i2etOIZY0
>>363
いや矛盾してるよ
九州のほうが国力デカいのに、なぜその九州を含む倭国の中心が、国力に劣る奈良なのよ
という

366名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:23:48.02ID:i2etOIZY0
>>362
いやなるでしょ

ニギハヤヒの存在を矮小化するためにいろいろ記述を変えてるだけで

367名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:25:37.11ID:fAtPrBcd0
ニギハヤヒは矮小化されてない

むしろ神武天皇の方に全然正当性がない
これ書いていいの?ってくらい理不尽な侵略だよ

368名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:27:09.27ID:V4Ib8dsY0
で、徳島に古墳あるの?

369名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:27:48.27ID:prbebl/f0
畿内説があること自体が、歴史に意味がないことの証明だな

370名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:28:26.09ID:AIUzPnYo0
蛇は海人族の神
海人族は顔に蛇の刺青を入れていた
倭とは中国では元来、刺青の意味だったから
中国の南方にいた倭人とは人種というより刺青を入れていた族のことを指している
三輪の大物主は海人族の蛇
大物主、つまりヤマタノオロチから国譲りを受けたのはスサノオ派

371名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:28:35.56ID:gbI1qFxZ0
>>365 そのとおり九州の方がすすんでる
これはいつもの引越しで説明できる

銅鏡が発見された伊都国平原遺跡が2世紀後半で
3世紀になると近畿で銅鐸が消滅して銅鏡が登場する
伊都国から奈良に来た卑弥呼が宗教改革を行ったと考えてる

372名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:30:42.05ID:gbI1qFxZ0
さらに九州からの引越しは文化面でも近畿の発展を促した

373名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:31:07.23ID:YWqtWPPB0
四国も立候補

374名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:31:19.89ID:g+u7lS79O
卑弥呼の時代は、兎に角鉄だよ、これを巡る争い、奈良は太古の原住民、土蜘蛛達、ナガスネヒコもカムイのかわみみも土蜘蛛。日向族を潰したい新羅と日向族と土蜘蛛達の争いと中華の思想が混沌を生むんだよ。

375名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:32:14.89ID:AIUzPnYo0
>>371
卑弥呼は生涯引きこもっている
奈良に連行されたとしたら台与

376名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:32:17.41ID:YWqtWPPB0
俺の股間のヤマタノオロチが暴れそうになってる

377◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 10:33:27.90ID:6/b4+FnV0
>>367
「東に良い土地がある」と伝えた塩筒老翁が悪いよな。

定職にも就かず田舎町で暴れてたヤンキー兄弟をそそのかして、
厄介払いした爺さんの構図w

378名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:35:27.48ID:prbebl/f0
そもそも女王国じゃない時点で何ら日本ではないことは明らか

379名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:35:54.33ID:fAtPrBcd0
>>376
おい、その粗末なヤトノカミ引っ込めろよ

380名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:37:38.85ID:AIUzPnYo0
自称神武は、隼人から追い出され日向から東征。
最初に宇佐に寄っているが、そこにあった邪馬台国を乗っ取り、背乗りして邪馬台国の威光を利用して東征した。

381名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:37:47.60ID:gbI1qFxZ0
九州出身の卑弥呼の統治統制能力はかなりのものだったと思うよ
朝貢時には女王として認められてるんだから九州の卑弥呼

そして九州だから朝貢のやり方を知っており
持ち帰ったものを民に見せることで
さらに九州の卑弥呼すげーてなった

382名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:40:47.69ID:gbI1qFxZ0
邪馬台国は奈良にあっただけで
本当にすごかったのは引越ししてきた九州の人たちだったんだよ!

九州と畿内は和解しよう

383名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:45:03.82ID:KxUNU+o10
>>368
古墳はそこいらじゅうに有るぞw
鳴門市の萩原二号墳墓は、まだ古墳時代になる前の弥生時代の墳墓で古墳と呼ばれないけど、
初期の前方後円墳だとされている。

384名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:47:16.52ID:gbI1qFxZ0
九州衰退後も九州北部に残った王族は苦労していて
民の統制にいろいろ工夫をしてきたと思うんだよね

近畿東海がいきなりきた王を名乗る部外者を受け入れたのには
近畿王と東海王の統制力もあったけど
卑弥呼に謙虚さがあったからじゃないかと

385名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:48:46.11ID:i2etOIZY0
>>367
正当性はあるし正統性もあるよ

神武は「天羽羽矢」を持ってた
これは王権の正統性を示すもの
「誰から貰ったのか」を記紀では「あえて」書いてない


迎え撃つナガスネヒコも天羽羽矢を持ってた
これはニギハヤヒから渡されたもの

どちらも「同一の文化を共有する共通王権の将軍」だとわかる
共通王権内の配置換え、勢力争いなんだよ

神武は勝手に九州に行ったのではなく、「認められて」九州に行ったわけ

じゃあ誰に?誰が神武に天羽羽矢を渡したの?

と考えれば、答えは簡単で

386名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:50:07.32ID:i2etOIZY0
>>371
なぜ田舎に引っ越すのか

都会から田舎に女王が政権ごと引っ越した

なぜ?なんのために?
という

そこが説明できないと成立しないよ

387名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:53:46.69ID:i2etOIZY0
>>385
神武は東征にあたってまず福岡の岡田宮を訪ねてる

この岡田宮の主こそが神武に天羽羽矢を渡して奈良に行くことを許可した「真の倭国王」だろうよ

福岡は金印の出土以来一貫して倭国の最も発展した地域
そこに真の大王がいたんだよ

388名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:56:38.17ID:i2etOIZY0
>>384
衰退してない

6世紀の磐井の乱で継体天皇に叩かれるまで、
独自の貿易、独自の外交を朝鮮半島と行い、九州は繁栄していた

6世紀においても金属製品の出土で近畿を圧倒してる
金製品、金メッキ製品も九州から大量に出てる
近畿からは少数


近畿がすごいのは古墳のデカさだけ

389名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:56:43.86ID:AIUzPnYo0
>>387
最初に寄ったのは宇佐な

390名無しさん@1周年2019/07/13(土) 10:59:08.72ID:i2etOIZY0
>>389
そうなんだけど
東に行くなら福岡寄る必要ないからな
宇佐から東に瀬戸内海進めば良い

それをわざわざ北上して、経路的には行く必要のない福岡に寄っている

この意味を知るべきだね

391名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:01:08.47ID:fAtPrBcd0
磐井を過剰に評価する人が多いが磐井は典型的な地方豪族で特筆するほどの存在ではない

古墳秩序の買いに属し、朝廷に人質として出仕しているなどその強い影響下にあるのが伺える
雄略天皇以来の大和朝廷の権力の伸長により圧力を受けて反乱に踏みきっただけ
役割としては熊襲への防壁としての緩衝国だったが熊襲の平定がほぼ一段落したことで存在意義を失ったことが危機感を高めたんだろう

出雲、吉備、葛城、武蔵、毛野らの討伐の流れと同じ

392名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:01:43.89ID:DGqD70xH0
>>387
魏志倭人伝でも普通に畿内と奴国が連合勢力なのをみると、畿内と九州はまぁ何かしら関係性があったんだろうな
恐らく九州と吉備、畿内のラインはわりとツーカーだったんだろうと思っている

393名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:05:23.17ID:DGqD70xH0
あと、多賀大社はもともと淡路にあったという伝承だったな
天日槍も姫路あたりについて最終的に近江や但馬におちついたが、これは渡来系氏族が瀬戸内海経由で流れてきたということなんだろう

394名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:06:06.31ID:AIUzPnYo0
九州が5〜6世紀に急速に衰退したのは
それまでは半島南部の任那日本府が日本の鉄の供給源になっていて、九州がその利権で繁栄していたが、
出雲でタタラ製鉄が始まると、出雲を支配下にしていた畿内勢力が有利になった。
優位性を失った九州勢力は任那を防ぎきれず鉄利権を失い、白村江の戦で壊滅的な打撃を被ってからは畿内勢力の時代になる。

395名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:06:13.33ID:fAtPrBcd0
むしろ史書や考古学の流れを見れば大和朝廷の集権化と地方豪族の衰退という図式の上にある事件の一つ

これも仁徳天皇の頃から進む大豪族粛清の流れの最終段階
粛清の順番もより中央に近い強大なほうから片付けている
磐井のような地方豪族は後回し

396名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:06:53.65ID:i2etOIZY0
>>392
古代の同盟といえば、婚姻関係だろうよ
王が息子を他地域に派遣して他の王の娘と結婚させる
この子供が二国の共通の王となる
こうやって国をデカくしていった

問題なのは、王が複数の他国と同様の婚姻関係による同盟を結んだ場合
いろんな場所に、いろんな血縁関係をもった王子王女が乱立して、それぞれが王国の相続権を主張する

だから倭国大乱を「相続争い」と見るのは合理的だよ

397名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:07:02.70ID:+w/p63s70
>>4
日本神話だと淡路島が一番最初に誕生するんだよな
日本の王族の起源かもしれないね

398名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:07:49.96ID:fAtPrBcd0
邪馬台国は大和に間違いないが、そこが最古の場所で全てがそこから広がったと言う考えが間違えている
また弥生時代の大和や九州が成長発展して邪馬台国になったのでもない

大和、九州ともに邪馬台国時代にはそれまでの文化が刷新されておりこの両地域は邪馬台国の発祥の地ではない
寺澤薫氏もこの立場に立っている

弥生時代後期後半から東瀬戸内海のクニグニが中心となって、
大和から九州に至る地域をまとめる連合を作り出しその中心地が大和になったと言うのが実態

邪馬台国は大和に中心があるが、その文化的要素はその連合の構成国全てに見出される
多くの地域に邪馬台国に関わる要素が含まれていることが混乱の元になっていると言える

399名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:09:18.60ID:AIUzPnYo0
>>392
魏志倭人伝には畿内のことは全く記述がない

400名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:09:30.01ID:i2etOIZY0
>>397
上沼恵美子女王説

401名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:10:26.23ID:Mwpc/WsF0
弥生時代鉄鏃出土数(鉄鏃とは鉄製の矢じりの事)
東北**1 群馬*21 千葉*63 東京*37 長野*27 石川*55 福井*32
滋賀*13 京都112 大阪*40 兵庫*92 奈良**4 和歌山**5
岡山104 広島*79 山口*97 鳥取*46 島根*30 香川*36 愛媛*25 高知*53
福岡398 佐賀*58 長崎*29 熊本339 大分241 宮崎100 鹿児島**3
鉄製鏃の出土数が多いと言う事は戦争状態であった証拠だが徳島からの出土はゼロ
奈良からの出土も非常に少ない。福岡、熊本、大分がずば抜けて多い
福岡の邪馬台国と熊本の狗奴国が正面衝突して、大分(日田)から狗奴国の側面を
突くように戦った訳だな。

402名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:11:49.55ID:DGqD70xH0
>>396
個人的には大物主を祀っていた出雲系の王が瀬戸内海連合系の女王にその地位を譲ったものだと思っているけど、どうなんだろうね

403名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:11:57.51ID:AIUzPnYo0
>>398
魏志倭人伝に邪馬台国は帯方郡から一万二千里と書いてあるから九州以外は不可能

404名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:12:35.80ID:+w/p63s70
>>391
「磐井(いわい)」っていう名称からして地方の豪族だとは思えない。
神は岩の中にいるという信仰があって
「いわい」っていうのは音的には岩の仲という意味だから
神様って意味だよ

現代でも天皇が参拝する大神神社の神のいる場所は「岩」だし
聖徳太子が信仰していた弥勒菩薩も「岩の中」から生まれた神だよ

405名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:13:40.95ID:+w/p63s70
>>403
魏志倭人伝に邪馬台国は北部九州から水行30日と書いてあるから北部九州は不可能

406名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:14:08.33ID:fAtPrBcd0
江田船山古墳の鉄剣を見るとわかる通り古墳が中央秩序の構成員の証であるのは明白

筑後周辺は大和から広まる古墳秩序の下位に属している
地方王としての格も武蔵より下
そもそも朝廷は筑前を直轄化しているので筑後は熊襲への防波堤の意味以上を持たない
熊襲平定が一段落した段階ではその存在意義は低下している

磐井が滅ぼされるのも時間の問題だったというだけの話

407◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 11:15:41.67ID:6/b4+FnV0
>>389
宇沙都比売が神功ご一行さまをもてなした一柱騰宮(想像図)
【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? 	YouTube動画>1本 ->画像>8枚

408◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 11:16:13.46ID:6/b4+FnV0
↑神武ご一行さまじゃった。

409名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:18:42.99ID:ZZaQqOyA0
テキストにより
大≒支
海≒馬
邪=耶
壹≒臺

410名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:19:49.79ID:AIUzPnYo0
>>405
魏志倭人伝は帯方郡の役人が書いたから起点は帯方郡
帯方郡から南に水行20日は投馬国=殺馬国=薩摩国
帯方郡から10日は九州北端。当時は馬も橋もトンネルも無く、前を行く人が見えないくらい草木が生い茂った中を歩いて行ったと書いてある。
九州北端から日田を経由して東側に海がある宇佐に出るのに一月かかった。

411名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:21:37.62ID:+w/p63s70
>>222
書き間違いじゃなく「台」の字が中国の朝廷をあらわす高貴な言葉になったので
「壱」の字で代用しただけだよ
倭の都市が「市(いち)」と呼ばれていたことも「壱(いち)」の字が採用された理由だよ

412名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:22:21.39ID:QB2KQ+lZ0
卑弥呼はアマテラスなので
大分生まれの奈良県民です
終了

413名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:22:31.24ID:CWaOovzA0
>>1
↓コレだね。

『古風土記逸文』※阿波
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1210472/105

414名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:23:07.36ID:+w/p63s70
>>410
>魏志倭人伝は帯方郡の役人が書いたから起点は帯方郡

これはないわ。こういう中国の学者がぜったい採用しない説を語っても意味ないよ

415名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:23:59.37ID:DGqD70xH0
>>404
磐井は父方が雄略武烈の系譜だから越前系の継体天皇と対立したのかもな

416名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:27:53.73ID:+w/p63s70
磐井の乱に関しては
新羅は北部九州の属国で
百済は畿内の属国ってことになってたのに
九州も支配下においていた畿内の王が勝手に新羅領をを百済に分け与えたから
領土問題で争ったんだよ
九州王の血をひいてたのが磐井

417名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:29:02.96ID:DGqD70xH0
>>406
筑前はかなり早い時期から直轄状態だったと思われる
武力制圧した形跡もないことから、元々筑前の勢力が畿内にいたと考えるのが自然だろう
また、阿蘇等に関しては天皇の王子が婿入りしている

418◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 11:29:42.67ID:6/b4+FnV0
>>413
おお、ありがとう。
良い時代になったものだ。

419名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:30:42.71ID:l2f3qMLe0
卑弥呼は肥の国の巫女さんで
肥の国の人やろ。

420名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:30:49.55ID:DGqD70xH0
>>416
当時は女系社会だから、安曇の系譜に入った磐井が九州の王という考えはあながち間違っていない

421名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:32:16.32ID:AIUzPnYo0
>>414
帯方郡の役人が九州を起点に報告書を作成するはずがない。
九州起点と全く書いていないし、ずっと帯方郡からスタートしている。

422名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:35:18.97ID:Az2r88/C0
日本の古代はもともと母系制社会
卑弥呼らしきなんて山ほどいるよ
もし特定したいなら別の基準で見ないとな
単なる村おこしなら遊びとして聞くけどね

423◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 11:36:41.77ID:6/b4+FnV0
>>418
と思ったが、肝心の>>1の天香久山の話は書いとらんな。
最近になって見つかった逸文なんじゃろか。

424名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:36:45.29ID:+w/p63s70
>>105
大国魂神は「災害の神様」だから
首都から遠く離れた「災害の神様」の隔離地が阿波だよ

首都・奈良に祀られてるのは「平和と豊穣の神様」の大物主神

425名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:37:01.65ID:XpgyiYLgO
継体は大伴氏だろ

426名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:37:43.45ID:Az2r88/C0
面白いよな
日本書紀や古事記を迷信と否定するのに魏志倭人伝は絶対真理にするなんて完全に矛盾している
それが「左翼」の政治工作の限界

427名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:38:38.34ID:+w/p63s70
>>421
無理。あきらめろ。さすがに本場の中国の学者が採用しない説を採用するのは無理があるよ

428名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:39:20.54ID:i2etOIZY0
>>416
あーなるほど
任那四県割譲事件か

429名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:39:32.07ID:AIUzPnYo0
日本の古神道は巫女が太陽と磐座を使って祈祷や占いをするスタイル
纏向のカエルや桃の種を使うのは中国のスタイル
阿波の渦巻き占いは知らんけど

430名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:40:42.87ID:+w/p63s70
>>426
中国の歴史書はわりと正確っていうのが定説だからな
日本書紀は神話だが

431名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:41:12.21ID:Az2r88/C0
風土記ってのは「日本書」作成の時に「志」となるべきものの資料を独立させて残したものだ

432名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:42:47.76ID:ZZaQqOyA0
>>410
奴国不弥国とかは半島にあったのか
確かに韓伝にも奴国不弥国って出てくるけど

433名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:44:23.00ID:DGqD70xH0
>>429
伊都の県主が神功皇后を同族(天日槍)だと歓迎する逸話が筑前風土記にあるが、そう考えると九州から畿内ルートは渡来系の勢力かもね
この時代に高地性集落と銅鏡の分布が西から東へ遷移する

434名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:44:36.30ID:XpgyiYLgO
筑紫君磐井
筑紫君薩耶麻


どう見ても、こっちが王統だろ

435名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:45:34.67ID:Az2r88/C0
>>430
日本書紀が日本書の紀だと知ってるか?
中国の歴史書を真似て作ろうとしたんだよ
でも途中で頓挫した
理由は明らかだけどね
中国の歴史書が正確という根拠は実はない
邪馬台国の記述が証明している
実にいい加減だ

436名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:45:53.76ID:rFiSp75y0
>>19
モンゴル帝国だって最初は朝貢してた
でもモンゴルが属国だったなんて誰も言わないだろ

437名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:47:54.16ID:oGPpqzeM0
>>430
中国の史官は殺されても記述を変えなかったとか、あと新王朝が前王朝の歴史をまとめるので、
前王朝の都合の悪いところも全部書くことになるとか、いろいろあるらしいからな

。まあ逆に言えばそれこそ権力者に忖度したこともあるだろうし、新王朝にとって都合の悪いことは
書かなかっただろうけどな。

438名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:48:21.39ID:DGqD70xH0
>>434
ちなみに磐井の息子は許されている
女系社会だから子孫は安曇族という扱いだったんだろう

439◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 11:48:54.95ID:6/b4+FnV0
>>435
「紀」といいながら中身は編年体だもんね。

440名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:50:24.92ID:DGqD70xH0
記紀は色々な話をまとめちゃったから、恐らく同じ事績だと思われることが何度も出てきたりするな

441名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:51:21.85ID:AIUzPnYo0
記紀で天皇家の始祖達同士が焼き殺したりマンコ突いたりキチガイ人種に描いているのは、日本人じゃないから。と思わない?
普通、勝者の作り話は、自分達の祖先をめちゃくちゃ立派に書くでしょ。

442名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:52:32.46ID:prbebl/f0
>>382
ありえねぇはなし、そんなとこが中国と交流するわけがねぇ

443名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:53:55.48ID:prbebl/f0
女王国であることを否定するのは渡来人

444名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:54:43.73ID:XpgyiYLgO
筑紫 君 磐 耶麻

大王、天皇とかに繋がるシンボリックなものじゃんかよ
天の岩戸とか耶麻とかヤマトだろ?
君が代は筑紫の君のことだろ

中大兄皇子とか意味不明じゃねえか

445名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:58:01.90ID:ZZaQqOyA0
日本紀のつぼね

446名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:58:10.86ID:RqojACqT0
>>441
記紀は天武朝によるプロパガンダ史書だから、天智天皇以前の皇族を(弘文天皇も含めて)貶め、天武朝を正当化しようとする傾向が随所に見られる。

447名無しさん@1周年2019/07/13(土) 11:59:26.02ID:fAtPrBcd0
君ってのは古い姓

皇族の支流で地方を治めることになった人に与えられるも
磐井は諸説あるけど大彦命の後裔とかそういう系統なので君がついてるだけ

別に王様とかいう意味じゃない

448名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:00:16.78ID:PcmWIPiJ0
>>2

平成の御代に、シティーヘブンという名に変えて、コンビニの本棚で売られていたな。

449名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:00:18.62ID:XpgyiYLgO
だからそっちが後付けなんだよ

450名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:01:56.83ID:VBU9datX0
畿内だ九州だの卑弥呼つまり邪馬台国はフェイク卑弥呼であり邪馬台国

本物の卑弥呼であり邪馬台国は今の徳島

論破

451名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:02:10.43ID:Az2r88/C0
>>440
中国式の「書」は滅亡した後に描かれる
つまりその王朝の顛末だ
だか日本書を作成しようにも「帝」の世は終わっていない
いつまでたっても終わらない事業になってしまう
頓挫したのはその辺の理由だと思っているけどね
最初は単にこれまでの歴史を明文化したいってことだったのだろうから
あえて「書」の形態を捨て「古事記」と「風土記」にしたんだと思う
まあもったいないからというかそっちの関係者が日本書紀も残したんだろ
だから「続日本紀」なんてのができたんだろ
まあ私見だがね

452名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:02:26.90ID:DGqD70xH0
君は有力氏族に大王からおくられたカバネ(姓)だよ
恐らくは安曇族に与えられたもの

453名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:03:22.39ID:XpgyiYLgO
徳川と松平と源氏みたいなトリックだろ

454名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:04:11.66ID:EdHqTC4z0
池田高校も邪馬びこ打線と言われたからな

455名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:04:45.98ID:fAtPrBcd0
上でも書いたように筑前筑後の状況を見ればここは大和の中央権力の下位に従う勢力であることは明白

一番重要な筑前は古来朝廷の直轄地として存在していて、
古墳の在り方や鉄剣の出土からして筑後が地方王に自治を与えられた場所であると見て取れる
記紀の「君」として扱われているのはとても妥当なものだといえる

過剰なくらいに磐井を評価する人が何故か多いが朝廷に滅ぼされた地方王以上のものではない

456名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:08:49.69ID:fAtPrBcd0
景行天皇の遠征を見ると筑後は通過して地方の神を確認しただけで通過している

熊襲との直轄地の筑前を隔てる場所として地元の有力豪族に自治をゆだねた様子が見える
これはただの伝説ではなく、実際の当地の発掘物などから弥生時代からのちの時代まで大和の強い影響が出ていることかそれがわかる

ここにいたのは独立した日本を代表する国ではなく、中央に属する地方王であるといえる

457名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:09:06.52ID:I8ZJjiKO0
邪馬台国は九州に会った朝鮮族の王朝
ヤマト王権に追いやられて半島に撤退した

458名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:10:53.88ID:prbebl/f0
大和朝廷は時代が違うからな、存在してない発想が渡来人だし。
畿内説ってそのレベルのパターンなの?

459名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:11:40.11ID:XpgyiYLgO
景行なんか実在してねえよ

460名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:11:53.32ID:fAtPrBcd0
阿蘇の神は神八耳命、八女の一族は大彦命系の人間が当たっている

双方ともに地方の服属させた地域に用いられる典型的な人物
やはり当地の考古学的な発見と史書の記述が合致している

むしろこの土地に謎なんて何もないのがよくわかる

461名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:12:26.51ID:prbebl/f0
大和朝廷が渡来人の王朝
九州は真の日本人が守ってたの。
で渡来人に滅ぼされた。
日本民族を成立させるための、願望で語ってるでしょ。

462名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:12:50.94ID:HNq1/fTm0
邪馬台国は貴方の心のなかにあります

463名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:12:51.90ID:l2f3qMLe0
筑後の南は鉄が多いところだが
そこの鉄は畿内には行ってないよね。

464名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:13:21.08ID:Az2r88/C0
>>457
その時代に朝鮮族も日本族もない
古墳も銅鐸も半島列島の広域に存在する
「国」を作るほどの文明になっていない
地方豪族の時代
卑弥呼も決して「女王」などではない

465名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:16:29.02ID:prbebl/f0
法王は王とはいわねぇよぐらいあほなりくつ振りかざすやつまでいる。

466名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:17:08.55ID:l2f3qMLe0
法王って宗教上のトップかね?

467名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:18:05.52ID:prbebl/f0
文明とかじゃねぇよ、人を集めるだけの生産力が土地にあればいいんだから。
適当なこと言ってんじゃねぇぞ。

468名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:20:23.52ID:ljnnqQ/U0
>>407
子供の頃にこういう木の上に家作るの夢だったわ

469名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:20:29.08ID:AIUzPnYo0
>>457
邪馬台国はコテコテの南洋系海人族
半島行ったら簡単に凍死出来る

470名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:22:38.91ID:prbebl/f0
>>466
マジで聞いてるのか?
宗教上と政治上の区別なんかあるわけねぇだろ。
法王=天皇だけど、それはこの国の成り立ち方において区別するためそう呼んでるだけでさ。

471名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:25:52.08ID:niXqw1yP0
古代の人は卑弥呼萌えや壱与萌えで支配されてたのか

472名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:27:18.90ID:g+u7lS79O
スサノオは、新羅の土地の名出身で十種の神宝なんて十個の卵だから。ににぎは新羅でにぎはやひは新羅の速日にしかんだからな。

473名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:29:03.63ID:ulXkGF740
>>426
ほんとそれ!
そもそも距離が大雑把すぎて、正確な場所なんか分かるわけない

474名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:29:15.69ID:AIUzPnYo0
>>471
イトは13才
イヨは16才

475名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:30:06.06ID:l2f3qMLe0
>>471
実際男王より台与タン萌のほうが
国が収まったらしいから。

476名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:31:13.15ID:OUDiC/w30
最近、四国説がよく上がってくるなw
毎回、上げてるの同じやつだろ?

477名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:42:43.96ID:i2etOIZY0
>>456
仲哀天皇と神功皇后の遠征では

仲哀は九州の地元の神(権力者)に殺されて、
その後に神功皇后とその神が協力して朝鮮半島遠征に向かってるぞ

478名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:55:14.85ID:DGqD70xH0
どうも畿内説の中には畿内が九州を征服して服属させたと言いたがる人が多いんだけど、物証的に苦しいんだよね
北部九州には中国から畿内に多数あった高地性集落がないし、邪馬台国の時代以降も北部九州は反映している
戦いがなかったのに北部九州勢力が畿内とつながっているのは別の理由があると考えた方がいい

479名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:56:00.95ID:DGqD70xH0
>>476
昔から熱心な阿波説論者がいるw

480名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:58:44.65ID:CWaOovzA0
>>423
「アマノリト山」のことらしい。

『古風土記逸文』※阿波 アマノリト山
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1210472/106

「アマノリト山」の記述は大和風土記と伊予風土記にもあるらしい。

『古風土記逸文考証』※阿波 アマノリト山
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1219675/259

481名無しさん@1周年2019/07/13(土) 12:59:28.14ID:g+u7lS79O
13才というのは3韓倭人では重要な要素だから、それを奈良がコントロールしてるなんてあり得ない話。奈良はカムイ土着民の都。

482名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:01:27.14ID:cpGwpJpI0
>>476
@阿波
というアホがいるよ

483名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:04:56.42ID:+GqK7k680
>>482
アホはお前!
消えろ!

484名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:05:48.68ID:cpGwpJpI0
>>483
なんだ、本人か。。。

485名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:06:58.56ID:ZZaQqOyA0
アホンダラケのミコト

486◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 13:07:33.50ID:6/b4+FnV0
>>480
おお、重ね重ねありがとう。
つか、縦書きの本なのにページめくりは右矢印だったのね。
一生懸命ページを遡ってた…orz

487名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:08:25.92ID:DGqD70xH0
>>483
本人発見w

488名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:09:44.37ID:mGlCZyIJ0
仲哀神功遠征のプレイヤー

仲哀=ヤマトの王子、しかし危険地域に派遣される非有力王子、熊襲討伐の手柄を立てて有力王子になりたい

神功=新羅からの難民が土着した豪族である息長氏の娘、故郷新羅の奪還は実家氏族の夢

九州の神(有力者)=熊襲とも仲が良い、ヤマトとも仲が良い、ヤマトの九州進出の案内と相談役


仲哀、神功が九州到着
→九州の神と熊襲討伐について話し合い
→九州神は内心では熊襲を守りたい、だから矛先を新羅へとずらそうとする
→九州神の考えに、息長氏の娘である神功は同調、仲哀を説得しようとする
→仲哀はあくまで熊襲討伐にこだわる
→九州神が仲哀を暗殺
→九州神の部下である武内宿禰をお供につけて神功は朝鮮半島遠征

489名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:12:54.52ID:mGlCZyIJ0
朝鮮半島遠征に成功
手柄を持って神功は奈良に帰国する
朝鮮半島の征服地の統治実務は九州神の部下達が担うことに

これにより任那は二重統治の状態になり、その後の混乱の背景となった
任那四県割譲事件、磐井の乱、白村江の戦いなど

490名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:17:25.14ID:prbebl/f0
正確ではない事実について書いた書と、ただの小説を比較してるバカは何だろうな。

491◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 13:18:16.91ID:6/b4+FnV0
>>480
なるほど、「欠く山」→「香久山」か。
記紀風土記の地名伝承って、中年オヤジが居酒屋で考えたとしか思えんw

492名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:19:12.48ID:ZZaQqOyA0
土器編年のやり直し
古墳編年のやり直し
炭素14編年のやり直しw
記紀編年のやり直しw

が必要

493名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:22:28.34ID:ZZaQqOyA0
いつもわからないのは
「同じ形式は同じ時代」というやつ

同じ形式であっても、相対的に早く生まれて広まった地域と、後れて受け入れた地域があるはず
また、リバイバルすることはなかったのか

素人の疑問

494名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:23:10.58ID:prbebl/f0
>>478
は?生活様式によるだろ。
なんで平地と有明海でそうなるかな?

495名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:37:14.90ID:MIap66PF0
>>493
もちろんそういう可能性はあるよ
出土品の分布は同じものがでれば出ない地域よりは交流があった可能性が高くなるというだけ

なんか違う理由が有ってもおかしくはない

496名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:46:41.67ID:XkMP2+St0
>>479
邪馬台国阿波説の鏑矢は、昭和39年に保田兵治郎が発表した「邪馬台国阿波在国説」であろうと思う。
その後、昭和49年に堤高数氏が「邪馬台国は阿波だった」という小説を発表して、一時注目された。
さらに、阿波1国に限定しない「邪馬台国四国山上説」を岡山県出身の郷土史家・大杉博が、昭和60年ごろからさかんに主張していた。
剣山の失われたアーク同様、四国にまつわる「古くて、しかも新しい問題」ではあるな。

497名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:50:23.75ID:YWqtWPPB0
>>491
漢字の当て字から改名ってのは割と多いからね
うちの地域だと平家関係で内裏って地名があったんだが江戸時代中期だったかに内裏は恐れ多いからって大里に変わった

498名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:54:17.89ID:DIrglCXF0
徳島はやたらと古墳が集中してあるらしいな。古墳=権力者?

499名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:56:12.93ID:ItBhnLZq0
卑弥呼は阿波踊りしながらうどんと鰹のたたきとみかんを食べていた説

500名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:57:30.46ID:EouGuutC0
ヒミコ0はクレオパトラベースで
淡路の将軍と国の命運を賭けたラブストーリー、戦争、マムシで自殺・・・!!

501名無しさん@1周年2019/07/13(土) 13:58:20.37ID:EouGuutC0
ちょっと華やかさに欠けるね

502名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:00:41.88ID:Wk0vxNdP0
>>493
1つ2つの土器の共伴で判断してるわけじゃない
型式変化が早い地域、遅い地域もあり、それも全部考慮されてる

503名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:00:57.23ID:YWqtWPPB0
>>498
逆に言えば古墳を作れる程度の豪族が割拠しててまとまりがなかったんだと思う。
古墳が権力の象徴って共通意識と情報交流や交易は瀬戸内通じてあったわけで、律令制度後ほどはど田舎ではなかっただろうし

504名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:11:50.08ID:AKxhYPl/0
また桃か?

505名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:17:08.62ID:prbebl/f0
畿内説とか、土地のことを全く考えない渡来人の発想だわ。

506名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:18:56.96ID:McgqciSp0
いよが疎開で何年かいってたとこかな
古代は年齢によって名前の読みが変わるので面倒くさいんじゃ

507名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:21:12.86ID:zAAQO6da0
>>22
あれは狂気を感じるレベルの大偽書だからな

508名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:21:15.75ID:XGSVDfDG0
>>1
国生み神話と邪馬台国って直結しないと思うんだけどなぁ…
全体からして無理がある

509名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:24:02.38ID:M5ffSdNS0
「明史日本伝」
日本は古来より王がおり、臣下では関白という者が最も尊いとされ
山城州の頭目、信長がこれになっていた。
ある日信長が猟に出ると木の下で眠る者がおり、跳ね起きて衝突しそうになった。
何者かと問い詰めると、名を平秀吉と言い薩摩州の奴隷で、雄健ですばしっこく口が上手かった。
信長はこれを悦び、馬の管理をさせ、「木下人」と名づけた。
後に重用され、信長のために策を尽くし、二十余州を切り取り、摂津州鎮守大将となった。
参謀に阿奇支なる者がおり、罪を得て、信長は秀吉にこれを討たせた。
にわかに信長は部下明智に殺される所となり秀吉は阿奇支をまさに滅した時に変を聞き
部将行長らと共に勝ちに乗じて兵を還し、明智を誅したので威名は益々振るった。
信長の三子を廃し、関白を僭称し、信長の衆をことごとく収めたのが万暦十四年である。

「魏志倭人伝」もこのレベルだよ(邪馬台国 w)

510名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:27:33.29ID:cpGwpJpI0
>>509
なるほど、
全体的にみるとだいたい合ってるけど、
細かいところは全然違うなぁ

これよりも1000年古い魏志倭人伝なんだから正確性は期待できるわけないよな

511名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:39:00.85ID:BULvKB1p0
>>509
うわ〜 なんかそれっぽい文体ですてき こういうのさらっと書けるの憧れるわ

512名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:43:07.96ID:ZZaQqOyA0
もちろん後漢書にも様々な誤解が含まれてる

513名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:43:30.94ID:ZZaQqOyA0
隋書はいうまでもない

514名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:45:23.32ID:qNiT3tV00
>>336
阪神高速湾岸線から西を見れば明石大門(あかしおほと)に架かる
明石海峡大橋の向こう側に沈む夕日が見える時がある。

留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見
留火(ともしび)の 明石大門(あかしおほと)に入らむ日や
漕(こ)ぎ別れなむ 家(いへ)のあたり見ず(万 巻2 254番)

西国の田舎からヤマトへ帰ってくる時の歌
天離る 鄙(ひな)の長道ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ  巻3−255
天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭(ヤマト)嶋所見 [一本云 家門當見由]
この歌のキーワードとして雑歌,作者:柿本人麻呂,羈旅,望郷,兵庫,地名,枕詞
が挙げられている。
夷=ひな は田舎という意味 魏志倭人伝に云う「夷守」と同じ
当時新羅の使者を接待した太宰府はド田舎だと云ってるwww。
倭(ヤマト) 天平宝字元年(757)以降は「大和」と書かれるようになった。

全く同じ短歌が訓仮名を交えること無くすべて音仮名で書き表されたのが次
麻射可流 比奈乃奈我道乎 孤悲久礼婆 安可思能門欲里 伊敝乃安多里見由
天離る鄙の長道を恋ひ来れば明石の門より家のあたり見ゆ(万第十五巻15-3608)
この歌のキーワードは遣新羅使,天平8年=736年,年紀,古歌,誦詠,異伝,柿本人麻呂,羈旅,地名,明石,兵庫,望郷,転用

515名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:50:34.71ID:qNiT3tV00
>>464
邪馬台国を滅ぼしたのが朝鮮系の神武一党だろ
九州説では

516名無しさん@1周年2019/07/13(土) 14:51:03.69ID:ZZaQqOyA0
道と門と見は訓仮名だな
どうでもいいことだが

517名無しさん@1周年2019/07/13(土) 15:03:54.39ID:KxUNU+o10
>>496
大杉氏は論理が飛躍しすぎていて、何回読んでも納得できないのが残念。

518名無しさん@1周年2019/07/13(土) 15:06:29.57ID:DGqD70xH0
>>515
畿内説の一つとして、出雲の国譲りの話は大物主を信仰していた男王が九州吉備系の女王(天照)に国を譲って共立したというのもある

519名無しさん@1周年2019/07/13(土) 15:10:09.40ID:XkMP2+St0
>>517
読み物としては面白いんだけどねーw
大杉の説に従えば、俺の実家はのまさに葦原中国の中心地域に建ってることになるんだが、何にもないただの田舎だぜ

520名無しさん@1周年2019/07/13(土) 15:13:27.44ID:qNiT3tV00
>>469
饒速日ビギハヤヒは天の磐舟に乗って大和に降臨=渡来した
ポリネシア、ミクロネシア系縄文人もしくは弥生人。
アマっていうのはミクロネシア諸語でカヌーの転覆防止用に船体と直角に
横に張り出した棒の先端に取り付けたfloat浮きのこと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ アウトリガーカヌー参照
(h)http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1171673366
磐舟のイワはハワイ語で軍艦鳥Frigatebirdのこと。

521名無しさん@1周年2019/07/13(土) 15:36:08.05ID:zolPxPKb0
ひるこ様は長男じゃないのか?

522名無しさん@1周年2019/07/13(土) 15:46:07.35ID:IGCclCCS0
>>478
卑弥呼が死んで九州倭国連盟が再編になって九州北部の国々は近畿ヤマト連合に吸収合併された
九州倭国内部の大国であった伊都国や奴国を中心として、近畿ヤマト連合に参加した国々は筑紫国となった
最期まで抵抗をつづけた勢力は土蜘蛛として討伐された
その勢力がいた場所は山門とか言われてた場所かもしれない

523名無しさん@1周年2019/07/13(土) 15:51:22.43ID:jrGFuX2D0
>>407
鬼太郎ハウス!

524名無しさん@1周年2019/07/13(土) 16:16:50.53ID:ulXkGF740
魏志倭人伝の1000里だの100里だのってアテにならないね
あんな時代に正確な測量できるわけないんだから
ものすごく適当に書かれてると思うよ
だから実際は九州でも畿内でも四国でもないかもしれない
全く別の場所だよきっと

525名無しさん@1周年2019/07/13(土) 16:36:05.25ID:s86/ps1p0
邪馬台国は微妙だが天皇家のルーツは間違いなく徳島

526名無しさん@1周年2019/07/13(土) 16:42:02.54ID:zZfBWBTv0
延喜式祝詞の祈年祭の最後に忌部について触れられている

辞別きて、忌部の弱肩に太多須支取挂けて、持由麻波利仕へ奉れる幣帛を、神主・祝部等受け賜りて、事過たず捧げ持ちて奉れと宣る。

527名無しさん@1周年2019/07/13(土) 17:48:40.67ID:Q8FQoRBS0
>>450
はい、バーカ!w

528名無しさん@1周年2019/07/13(土) 18:21:11.88ID:qNiT3tV00
>>96
>巻向遺跡は・・・
>高床式の遺構ばかりで竪穴式の遺構が出てこないから・・・

饒速日ニギハヤヒが率いる物部氏などの先祖は
高床式建物で有名なパプア・ニューギニアから出発してマレーシア、ベトナム
(h)http://www.ab-road.net/asia/indonesia/tanatoraja/guide/sightseeing/09747.html
を経由して黒潮に乗ることに成功し
熊野もしくは紀伊水道、茅渟の海(=大阪湾)経由で大和に入った。
縄文人は中国人や東南アジア人より古い原始アジア人である
(h)http://imgur.com/gallery/fPeNF8s
高床式建物は熱帯地方の高温多湿の地面から上がってくる水蒸気で
木造の建物が腐らないようにするための知恵だ。
神明造りの神社も高床式、正倉院も高床式。
高床式は夏に高温多湿となる日本の気候にマッチしている。
シンガポールの郊外東海岸の高層フラット=日本で言うマンションのグラウンド・フロアーは
吹き抜けで階段で1mほど登った処にエレベーターの入り口がある。
グラウンド・フロアーの吹き抜けは冠婚葬祭の会場として利用される。

朝鮮半島に熱帯、亜熱帯系高床式の建物があったらソースを貼り付けて呉れ。

529名無しさん@1周年2019/07/13(土) 18:25:20.01ID:U6m4Igfb0
邪馬台国論争収束どころかどんどん発散中
九州
奈良
滋賀
吉備
阿波 ←今ここ

530◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 18:33:01.08ID:6/b4+FnV0
>>497
なるほどなあ。
「地名は言葉の化石」とか言うけど、こういう「良かれと思った」変更が厄介だ。
前に住んでた新潟には「飛田(ひた)」という地名があるけど、どうやらその由来は
奈良時代に全国の国分寺に併設された悲田院らしい。
「悲」の字を嫌ったんだろうけど、後世の人が見たらわけわからんw

>>511
突っ込まないぞw

531名無しさん@1周年2019/07/13(土) 18:44:59.44ID:b+MnzPgm0
旧唐書には、日本について
中国で伝承されてきた内容を記した「倭国伝」と
遣唐使を送ってきた大和政権が説明した内容を記した「日本国伝」の
2つの記述が書かれている

中国で伝承されてきた内容を記した「倭国伝」では、聖徳太子が派遣した遣隋使「小野妹子」の帰国に同行して
608年に大和に来た隋の「裴世清」が奈良のことを「邪靡堆を都としており魏志の邪馬臺である」と述べているように
奈良の天皇を頂点とする大和政権は、【親魏倭王】の末裔であるという認識だ

一方、遣唐使の帰国に同行して、632年に大和に来た唐の「高表仁」に、
【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」が自ら説明した内容を記した「日本国伝」によると、

初代の国王は、高天原に生まれた天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)
32代目の国王の「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」までは九州の筑紫城に住んでいたが

「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の【第4皇子の神武】が、大和にあったアマテラスの国、親魏倭王の「邪馬台国」を滅ぼして、大和に移り住んでのっとった

我々天皇を頂点とする大和政権は九州の海神の国「狗奴国」【漢委奴国】の末裔であるという認識だ

532◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 18:49:33.72ID:6/b4+FnV0
>>528
そいや、新羅で高床式の家形土器が出土したとどっかで聞いた気がしてググったら、
https://books.google.co.jp/books?id=uewmDwAAQBAJ
が出て来た。これのp290ね。

こっちはたぶん中国南部からの伝搬だが、実は北方の
ギリヤークあたりでも高床式倉庫はあって、こっちが伊勢神宮の
神明造りの祖だとする説もあったらしい。

>>529
三河説が入っとらんぞ。やりなおし。

533名無しさん@1周年2019/07/13(土) 18:51:55.35ID:lIUCJExm0
なるほど 今まで見た中で一番説得力があるわ

534名無しさん@1周年2019/07/13(土) 19:03:28.62ID:Fx2YfkhT0
>>529
さきたま古墳邪馬台国説

535名無しさん@1周年2019/07/13(土) 19:04:23.39ID:b+MnzPgm0
>>531 つづき

中国で伝承されてきたように【親魏倭王】邪馬台国の末裔だと思ってやってきたのに、邪馬台国と戦争していた【漢委奴国】狗奴国の末裔の国だったんだから

そりゃあ、唐の使者の「高表仁」は、大和政権と口論となるし、あわてて唐に帰国するはずだ

536名無しさん@1周年2019/07/13(土) 19:51:12.18ID:YRdtx2jc0
樽悶はいい加減に邪馬台国スレをたて続けるのやめれって

537名無しさん@1周年2019/07/13(土) 19:55:00.73ID:CC/dVKVP0
四国、阿波説が好きならこっちに書いてこいよ
邪馬台国四国説 part3
http://2chb.net/r/history/1560747609/

バカの立てたスレだが、客が来ると喜ぶぞww

538名無しさん@1周年2019/07/13(土) 20:05:54.37ID:R2+gOzNL0
>>536
需要があるから建てたスレがすぐ埋まる
何が問題?

539名無しさん@1周年2019/07/13(土) 20:27:16.89ID:Mwpc/WsF0
三種の神器とは剣、鏡、勾玉の事を指し
.弥生時代後期に副葬品として三種の神器が全部揃って出土した古墳は総て福岡都市圏で
吉武高木遺跡(福岡市西区)三雲南小路遺跡(糸島市)井原遺跡(糸島市)
須玖岡本遺跡(春日市)平原遺跡(糸島市)の五カ所のみ。
古墳時代になったら奈良の遺跡でもようやく三種の神器が出土するようになった。

540名無しさん@1周年2019/07/13(土) 20:39:34.84ID:0uNzfRVf0
>“柑橘類のある土地であった”

>>1の椿町の近くに橘町があるねw 偶然だろうけどw

541名無しさん@1周年2019/07/13(土) 20:42:29.08ID:HgZPD2QA0
天皇家のルーツが阿波の方がインパクトあるな

542名無しさん@1周年2019/07/13(土) 20:44:26.71ID:ulXkGF740
柑橘系の土地といえば四国か和歌山だわな

543名無しさん@1周年2019/07/13(土) 20:45:14.16ID:9k7N9/+e0
比喩と妄想は違うぞ。
こんな話間に受けた研究する内容でもない。
きっちり遺跡を調査して物証から真実を見極めろ

544名無しさん@1周年2019/07/13(土) 20:50:50.80ID:ZlqE6Ssf0
ゴッドハンドが決め手何になるなw

545名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:05:27.17ID:Mwpc/WsF0
君が代の君とは天皇の事を指している訳では無く、福岡市東部を支配していた安曇族の
支配者安曇家を指している。君が代の元歌は志賀海神社の山誉め祭りの中で歌われている
志賀海神社と安曇族、安曇氏は天皇家にも仕えていたから天皇家がこの歌を気に入って
使いだしたのだろう。

546名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:09:45.37ID:U0LMC3Wi0
>>545
??ただのラブレターだろ、それも古今調の

547名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:13:44.22ID:pNbsP5Ys0
> しかも、不気味なことに、この遺跡の周辺には、ヒルコ神社が二十数箇所鎮座しているのだ

妖怪ハンター稗田礼二郎の出番か!?

548名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:13:54.54ID:g+u7lS79O
大体4つ国は、山が険しく瀬戸内沿いまで切り立ったとこで霧も深く空を見るには不適切な場所であり、何より徳島というのは大阪に近いもんで矢鱈商売っ気が強いだけの島流しの場所。

549名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:14:17.80ID:KxUNU+o10
>>534
時代が合わんでしょ。

550名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:33:33.09ID:qNiT3tV00
>>510
後漢書東夷伝を無視して
原典版魏志倭人伝じゃない宋版魏志倭人伝を盲信する九州バカが世の中を騒がせる

551名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:36:44.58ID:qNiT3tV00
>>507
古田教に感染した連中は今でも偽書だと認めないオカルト派

552名無しさん@1周年2019/07/13(土) 21:41:57.73ID:qNiT3tV00
>>524
邪馬台国はインドネシアのJava島にあった・
邪馬はジャバと読むのが正しい

553◆HKZsYRUkck 2019/07/13(土) 22:10:41.37ID:6/b4+FnV0
>>547
面白いなあ。
ヒルコ(エビス)神といえば、タブーを犯した因果で産まれた不具の子だけど、
同時にアハシマ(あわしま)も産まれて、これも無かったことにされているんだよね。
一般的な解釈では「粟のように小さい島」なんだけど(ちなみに新潟県に実際に
その名の島があるが、たぶん無関係)、これが阿波と結びつくのは不自然じゃない。
ところがその粟島神社も淡島神社も徳島では薄くて、同じく遺棄された兄弟の
ヒルコ神の方を祀る社が多いと。

554名無しさん@1周年2019/07/13(土) 22:48:01.31ID:ZZaQqOyA0
>>550
原典版後漢書を見たんか?

555名無しさん@1周年2019/07/13(土) 22:58:09.24ID:B2+7LHW50
>>549
ボケつぶしいくない

556名無しさん@1周年2019/07/13(土) 23:14:40.44ID:ZZaQqOyA0
隋書だって「倭」国とは彫ってないしな

557名無しさん@1周年2019/07/13(土) 23:15:16.32ID:qNiT3tV00
>>554
http://29.pro.tok2.com/~kyokutan/public/next/b06bgokannosyo/photo/big/010.jpg
↑の右ページ3行目から東夷伝倭の条が始まる。
左ページ終わりから2行目下から5字目
自女王國東度海千餘里至拘奴國 雖皆倭種而不屬女王 自女王國南四千餘里至侏儒國・・・
拘奴國=狗奴國が女王國の東の海を渡って千里の処にある
というのが宋版三国志魏志倭人伝と違う処。
http://29.pro.tok2.com/~kyokutan/public/next/b06bgokannosyo/photo/big/011.jpg

558名無しさん@1周年2019/07/13(土) 23:31:18.21ID:ZZaQqOyA0
>>557
それいつのだよ
20世紀の印刷本かなんかじゃないのか?
聞いてるのは「原典」だ

559名無しさん@1周年2019/07/13(土) 23:35:55.20ID:myQ0wkVa0
>>538
九州のゴミ朝鮮人に需要があるだけだろ
死ねよアホボケカス

560名無しさん@1周年2019/07/13(土) 23:56:04.87ID:BSBPNWPQ0
邪魔大王国

561名無しさん@1周年2019/07/14(日) 00:09:31.05ID:RmfFzhvX0
しねぇっ

562名無しさん@1周年2019/07/14(日) 00:13:51.59ID:64ucNOeV0
>>1
どこいっきょん?

563名無しさん@1周年2019/07/14(日) 00:47:36.33ID:N2FM7TnzO
近畿なら魏史倭人伝に、人間の姿をしているが、で始まってんだよ。

564名無しさん@1周年2019/07/14(日) 01:37:55.26ID:R2XxCRNI0
倭 在帯方東南大海 中、依山島為国 。(魏略)
倭人在帯方東南大海之中、依山島為国邑。(魏志)

帯方より女 国に至る万二千余里。(魏略)
郡より女王国に至る万二千余里。(魏志)

自帶方至女国万二千余里(太平御覧・倭条)

百女国以北其戸数道里可得略載(翰苑)
自女三國以北其戸數道里可得略載(紹興版本魏志倭人伝)


と中国の歴史書なんかテキトーに孫引きして
もともと酷いシロモノだからな

こんなシロモノに書いてある数字をいちいち正確に真に受けるほうが
どうかしてるからな


つまり魏志倭人伝の数字をまにうけてるヤツは池沼

565名無しさん@1周年2019/07/14(日) 01:49:38.84ID:UX1BUAJC0
その魏略はどの本です見たんだよ

566名無しさん@1周年2019/07/14(日) 01:50:13.66ID:UX1BUAJC0
本です→本で

567名無しさん@1周年2019/07/14(日) 02:45:25.58ID:snkp7PMV0
わしが書いたから間違いないよ

568名無しさん@1周年2019/07/14(日) 03:47:32.37ID:EAKibEyf0
卑彌呼がほなけん言ってたかと思うとなんかねえ…

569名無しさん@1周年2019/07/14(日) 05:09:42.28ID:XGKbp6KD0
>伊予が卑弥呼の後継者「いよ(壹與)」と同じ発音

おいおい、阿波風土記は古田 武彦が溺愛した12世紀の改竄版魏志倭人伝を見て書いたのかよ
阿波県民の思考回路は時代考証が出来ない朝鮮人とそっくりじゃないかwwwww

570名無しさん@1周年2019/07/14(日) 05:46:19.48ID:XGKbp6KD0
>>548
>霧も深く空を見るには不適切な場所
それは丸で犬が太陽を見ると吠えると云われた
魏の仇敵の蜀と同じだwww

571名無しさん@1周年2019/07/14(日) 05:50:55.29ID:kVnfydc30
>>531
この天皇が説明した内容ってどこにあるの
wikisourceの旧唐書見ても無いんだけど

572名無しさん@1周年2019/07/14(日) 06:37:52.46ID:Yz0HtAod0
>『徳川実紀』「常憲院殿御実紀」巻39元禄12年4月29日条を読め

この『徳川実紀』「常憲院殿御実紀」巻39元禄12年4月29日条に、どうして阿波国の麻植郡や三好郡・板野郡が、唐突に登場するのだろうか?

「古代天子葬之場所有之由の候… 」 この記述から、徳川幕府は阿波国に古代天皇陵が存在することを知っていたことになる。

ちなみに、淡路島も阿波国だから。 念のため。   @阿波

573名無しさん@1周年2019/07/14(日) 06:55:37.05ID:0zecbCwx0
>>572
> ちなみに、淡路島も阿波国だから。 念のため。   @阿波

なんでそんな嘘を書く?淡路島は淡路国であって阿波国になったことは無い。

蜂須賀家が治める地では有ったが、あくまで二国扱い、洲本に城が存在していたが、一国一城令には違反していない、
なぜならあくまで二国だから。

蜂須賀家は阿波・淡路の二国を治める太守だった訳である。

574名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:21:28.74ID:R85ZR/Yt0
>>573
少なくとも延喜式では、間違いなく阿波国と淡路国は別々に書かれてるね。
古い神社の所在地でも調べれば一発でわかる。

575名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:26:04.38ID:Yz0HtAod0
畿内第V様式土器はあくまで、厚型重量弥生式土器。 そんなものの文化斉一性に意味はない。

文化的斉一性が見られるのは、軽量薄型丸底土器。 いわゆる「東阿波型土器」なのである。   

鮎喰川下流集落群では、弥生終末期には軽量薄型の土器が生み出される。

中・東部瀬戸内から大阪湾岸地域、淀川地域・山城地域に搬出された阿波を代表する土器であり、東阿波型土器と呼んでいる。

企画性が強く、器壁内面にヘラケズリと指頭圧痕を残す製作技法に特徴がある。土器製作専業集団によるものだろう。

類似技法による土器は讃岐・吉備に拡がり、薄型土器の南北軸を形成している。   @阿波

576名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:26:25.16ID:7dg2Ku2m0
>>70
なら九州の人が引っ越して住み着いたのが奈良ってことだよな

577◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 07:29:17.62ID:In00/u2r0
>>569
対岸はトヨ(豊)の国だから、当たらずとも遠からじw
周防灘(豊前海)はトヨタマビメと神功皇后の世界だしね。

578名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:31:01.36ID:/VNzKkd20
中国人「違います」

579名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:32:05.26ID:pvTB8il00
日本側に裏付けるものがたくさんあるのはすごいね
これがいままでで一番ダントツ説得力が有るわw

ほかの畿内説だの九州説だのはなんの裏付けもないから興味もなかった

580名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:32:57.48ID:Yz0HtAod0
>>573
>なんでそんな嘘を書く?淡路島は淡路国であって阿波国になったことは無い。

卑弥呼の時代に、淡路国とか阿波国とか、そんな区別はない。  淡路島は鳴門の目と鼻の先だよ。 ワハハハハは   @阿波

581名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:36:35.32ID:XSKWBpy70
太平洋から上陸したなら可能性はあるけど
九州いくだろ普通w

582名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:37:17.48ID:Yz0HtAod0
>>573

淡路島は、倭国(阿波)の数ある 島嶼のひとつ。  ワハハハハは   @阿波

583名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:38:22.15ID:gcf+BC4fO
不気味なことに

584名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:44:19.99ID:Yz0HtAod0
「東征毛人五十國西服衆夷六十六國 渡平海北九十五國」

これはずばり、四国(阿波)を中心とした東・西・北の展開記述

東征毛人五十五國 =近畿以東(北関東含む)

西服衆夷六十六國 =西瀬戸内・九州

渡平海北九十五國 =東瀬戸内・山陰・北陸 

これは、倭国(阿波)から進出した忌部一族の開拓地域なのである。  @阿波

585名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:45:22.51ID:xz6zAt2X0
淡路島と徳島県本土が分断されてるのはそういう事実を抹殺するための方策とも言えるしね

586名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:49:24.41ID:VZkygutm0
三笠宮殿下も天皇家は博多湾岸が発祥の地とおっしゃられたそうだ。
偏見を持たずに素直に考えたらそう言う考えに行き着くのは自然の成り行き

587名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:53:06.37ID:lEuag29T0
ないわ

588名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:55:53.03ID:N2FM7TnzO
古墳の壁画にでも倭人の顔に鳴門の入れ墨でも入ってたら信じてやるよ

589名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:59:04.62ID:V6XaqR9d0
>>576
九州と奈良の間に四国の期間があるんだろう
でないと忌部の存在を説明できない

590名無しさん@1周年2019/07/14(日) 07:59:25.88ID:0zecbCwx0
>>580
その論理なら阿波国っていうくくり自体自体おかしいだろ、冷静になれよ。

俺が子供の頃習った徳島の歴史では阿波国成立前は、
北部吉野川周辺の「粟国」と徳島市南部以南の「長国」の二国があって、二つを合併して阿波国としたとあったが・・・。

591名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:02:00.01ID:V6XaqR9d0
国生みの矛でかき混ぜて・・は明らかに鳴門の渦を表してる

あと神武東征の珍(うず)彦は鳴門出身ってことだろ

592名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:02:05.34ID:2VBMRDUg0
>>582
単なる妄想やんけ

593名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:04:17.33ID:Pixh915S0
邪馬台国は畿内だと複数の偉い学者さんが言ってるんだが

594名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:04:32.56ID:N2FM7TnzO
お遍路でもわかるように、一歩踏み込むとちょっと別世界なんだよ。だから島流しやら墓地にしてた場所だろ。

595名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:04:44.68ID:w6wEw6nI0
>>553
阿波というと、鳴門からイメージして泡かと思っていたが、稲作伝来前の粟かもしれないですな。

596名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:06:55.96ID:Qg8ehSIr0
もうどこでもえーから不毛な論争にケリつけろやアホらしい

597名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:07:00.30ID:V6XaqR9d0
>>586
国生みは九州からはじまらない

九州から四国に移民し住み着いて
四国の人間が天皇を名乗り建国したんだろう

598名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:07:00.59ID:Yz0HtAod0
>>590

淡路島は鳴門の目と鼻の先。

淡路島は、倭国(阿波)の数ある 島嶼のひとつ。  ワハハハハは   @阿波

599名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:07:40.54ID:ycg4il5H0
実は邪馬台国は信長のように勢力拡大につれていくつも本拠を変えてた説

600名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:09:01.84ID:Yz0HtAod0
>>592
>単なる妄想やんけ


妄想もなにも、淡路島は鳴門の目と鼻の先。

淡路島は、倭国(阿波)の数ある 島嶼のひとつ。  ワハハハハは   @阿波

601名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:10:43.62ID:Y8dqOUX00
>>586
初代・神武天皇が福岡で即位したのは間違いなさそうだが
すぐに奈良に遷都してるし、出身が福岡かは微妙

602名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:11:00.25ID:Yz0HtAod0
>>586
>三笠宮殿下も天皇家は博多湾岸が発祥の地とおっしゃられたそうだ。

なんで九州に在る温泉への天皇行幸が、近年まで無かったのだろうか?
近年になるまで、九州には温泉が無かったのだろうか?
あとは、推して知るべし。   @阿波

603名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:13:27.26ID:N2FM7TnzO
神武が何時の時代かで奈良か近畿かなんだろうけど、元々奈良に居たのはナガスネヒコで土蜘蛛だからな。神武が裏切り者か、出雲にたぶらかされた、ナガスネヒコ(婿を半島からとってる)のどちらかだね。

604名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:15:20.42ID:Y8dqOUX00
>>602
温泉地じゃないからね。温泉しかないような田舎だと
温泉への天皇行幸と言うが、福岡だと温泉はメインじゃないからね、ついで温泉入るけど

605名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:16:04.90ID:2VBMRDUg0
>>601
即位したのは畝傍の橋原宮だろ?
代替わりしたって意味なら東征前だろうけどそれは宮崎。

606名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:17:43.37ID:vjTj6xXq0
>>552
それに一票

607◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 08:19:24.45ID:In00/u2r0
>>595
粟(阿波)の国や、黍(吉備)の国や小豆の島なんかがあるよね。
九州の豊の国の豊(豊草)も里芋のことらしいし、難波は「魚(ナ)の庭」、
安芸の国は「飽食の国」の意味だそうな。

そのあたりの事情は、木村紀子「『食いもの』の神語り」(角川選書)によると、
 > 太古の人々は、自ら居住するクニが、いかに「食ひて活くべきもの」に
 > 困らない豊かな土地かを競って、その独自性を際立たせた名を国名にした。
てなことなんだと。

608名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:20:07.96ID:0zecbCwx0
>>598
確かに大毛島から淡路は目と鼻の先だが、違う国だった歴史はどう説明するん?
阿波と讃岐は峠一つ挟んで目と鼻の先だが、だったら同じ国なのか?
阿波と土佐は海沿いに歩けば大した難所も無く目と鼻の先だが、同じ国なのか?
池田から銅山川沿いに歩けばあっという間に伊予の国だが、だから何なの?

609名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:21:36.81ID:Yz0HtAod0
>>604
>温泉への天皇行幸と言うが、福岡だと温泉はメインじゃないからね、ついで温泉入るけど

それ、言い訳になった無いよ。 
九州には歴代天皇が居なかったってこと。  わははははは  @阿波

610名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:22:17.56ID:w6wEw6nI0
>>607
いい薀蓄、ありがとうございます。

611名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:24:28.14ID:Y8dqOUX00
>>603
日本と朝鮮と中国の歴史書を読むと漢委奴国王が神武天皇である。
初めて金印を授かった倭王を初代天皇としたのは納得がいくしね。

証拠
・日本で編纂された『新撰姓氏録』には神武天皇の兄は、新羅王の祖であると書かれている。
・『新羅本記』によると西暦57年、倭人の脱解尼師今が新羅王に即位した。
・『後漢書』によると西暦57年、倭奴国王が金印を授かった。
※西暦57年、金印を授かった神武が初代天皇になり、金印の威光によって神武の兄が新羅王に即位したと考えられる。

『新羅本紀』によれば、
新羅には朴氏・昔氏・金氏の3姓の王系がある。
昔氏の始祖が、西暦57年に新羅の王になった倭人の脱解尼師今である。

脱解尼師今は丹波国(京都)の出身だが
神武天皇は丹波国(京都)に近い奈良県橿原市に都を造った。
おそらく神武天皇も畿内出身

612名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:25:52.53ID:Yz0HtAod0
>>608
>確かに大毛島から淡路は目と鼻の先だが、違う国だった歴史はどう説明するん?
>阿波と讃岐は峠一つ挟んで目と鼻の先だが、だったら同じ国なのか?

あのねぇ、もうすこし、現代の感覚から脱却しないと、古代は語れないよ!
卑弥呼の時代に、阿波国も讃岐国も淡路国も、ない! 
みんな倭国(阿波)のうち。  @阿波

613名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:29:45.04ID:Yz0HtAod0
>>607

「阿波の神様 大宜都比売」

大宜都比売(大気都比売神、大宜津比売神、大気津比売神)は、日本神話に登場する女神。

名前の「オオ」は「多」の意味、「ゲ」は「ケ」の食物の意味で、穀物・食物・蚕の女神である。

『古事記』においては、「大宜都比売」は国産みにおいて伊予之二名島(四国)の中の「阿波国の名前」として初めて表れる。

阿波忌部は、海部(あまべ)とともに日本各地に進出して、麻、穀を植え、農業、養蚕、織物、製紙、建築、芸能などを伝えた祭祀族、海民族、産業技術集団。  @阿波

614名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:33:00.06ID:xz6zAt2X0
『wa』国が『awa』国だったのは自然

615名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:33:23.92ID:0zecbCwx0
>>612
より古い時代のほうが、より細かく国が分かれていたと思うんだけど・・・。
@阿波さんの説だと倭国はかなりの大国になると思いますが、
具体的にどのぐらいの範囲を想定していますか?

616名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:36:53.73ID:x5mHC5sk0
ワシは「古代四国は流刑地」派。

617名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:37:21.32ID:Y8dqOUX00
九州王の年表

(紀元前2世紀) 奴国の吉武高木遺跡
(紀元前2〜1世紀) 奴国の須玖岡本遺跡  
(紀元前1世紀の王・王妃墓) 伊都国の三雲南小路遺跡
(紀元1〜2世紀の王墓)伊都国の井原鑓溝遺跡 ←遺跡調査によって漢鏡流通の核としての機能が停止してことが判明
(紀元2〜3世紀の女王墓)伊都国の平原遺跡 ← 遺跡調査によって平原遺跡の衰退時期であることが判明(魏志倭人伝によると邪馬台国の一大率に支配されていた時期)

※『日本書紀』によると伊都国の王(九州王)は仲哀天皇の時代(4世紀頃)に完全に家来になった。 ←伊都国の九州王家滅亡

618名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:37:44.35ID:nSXw0DwK0
卑弥呼の駅

619名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:37:59.04ID:Yz0HtAod0
>>615
>@阿波さんの説だと倭国はかなりの大国になると思いますが、

卑弥呼の時代の倭国は、せいぜい阿波・讃岐・淡路・吉備ぐらいだろうね。   @阿波

620名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:40:52.84ID:0zecbCwx0
>>619
何処も水稲栽培には決して適地と言えない所ばかりですね。
灌漑に苦労しそうです。

621名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:42:43.02ID:Xr4OrL8c0
>>339
お前NGな

622名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:42:57.91ID:VZkygutm0
いわゆる、三種の神器とは剣、鏡、勾玉の事を指し
.弥生時代後期に副葬品として三種の神器が全部揃って出土した古墳は総て福岡都市圏で
吉武高木遺跡(福岡市西区)三雲南小路遺跡(糸島市)井原遺跡(糸島市)
須玖岡本遺跡(春日市)平原遺跡(糸島市)の五カ所のみ。
古墳時代になったら奈良の遺跡でもようやく三種の神器が出土するようになった。

623◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 08:43:55.71ID:In00/u2r0
>>613
こっちは環太平洋焼畑文化圏の、ハイヌウェレ神話からやってきた女神だよね。
黒潮が洗う阿波国にやってきて居ついたのは、いかにもという感じだよね
(吉田敦彦「昔話の考古学」(中公新書))。
ただ、古事記の中では稲や養蚕までオホゲツヒメ起源にされているが、これは
7世紀後半の状況を踏まえた改変で、彼女はあくまで畑(焼畑)の神なのだ。

624名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:43:56.44ID:e52Z4Mpp0
ヤマトと邪馬台国の関係は知らんが
邪馬台国は近畿じゃない。邪馬台国は周囲5000里の島の中

625名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:44:33.37ID:Xr4OrL8c0
>>391
お前磐井を過小評価するなよ

626名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:44:50.77ID:Yz0HtAod0
>>620
弥生時代前期末から中期初頭(2400年〜2300年ほど前)にかけて、西日本一帯で発生した大洪水を無視してはだめですよ。

灌漑水田稲作は壊滅です。 

この洪水被害は大規模かつ広域的なもので、京都盆地や奈良盆地、岡山平野、博多平野、濃尾平野など広く西日本一帯で確認されている。

その大洪水により、阿波においては弥生時代中期初頭には各集落が小規模化し、一部で大柿遺跡の棚田がみられるが、縄文的な生業と地域社会へ回帰するような様相をみせるらしい。

弥生時代前期中葉に大規模化した灌漑水田稲作経営は、災害の影響もあって一段落したものと考えられている。

土器の植物種実圧痕観察(レプリカ法)により、弥生時代終了までイネに替わり、アワ・キビ・ヒエなどが主流であったようだ。  @阿波

627名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:46:59.67ID:Yz0HtAod0
>>622
>いわゆる、三種の神器とは剣、鏡、勾玉の事を指し

その、「剣、鏡、勾玉」は倭国(阿波)の専売特許だよ。 わははははは  @阿波

628名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:47:40.67ID:VZkygutm0
卑弥呼の墓は祇園山古墳で、壹與の墓は平原古墳。三種の神器も出土しているし、
近くの神社は君が代ゆかりのさざれ石(細石)神社だし,小戸海岸、日向峠、
山門、能古乃島(おのころ島)志摩などの記紀に記載のある地名も近くにある。

629名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:48:37.07ID:kVnfydc30
>>607
小豆島は音読みだからちょっと違うんじゃないの?

630名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:49:26.90ID:Y8dqOUX00
>>628
出土品を見ると明らかに邪馬台国とは時代が違う

631名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:49:42.20ID:Yz0HtAod0
>>623
>7世紀後半の状況を踏まえた改変で、彼女はあくまで畑(焼畑)の神なのだ。


だから、
弥生時代前期末から中期初頭(2400年〜2300年ほど前)にかけて、西日本一帯で発生した大洪水を無視してはだめですよ。

灌漑水田稲作は壊滅です。 

この洪水被害は大規模かつ広域的なもので、京都盆地や奈良盆地、岡山平野、博多平野、濃尾平野など広く西日本一帯で確認されている。

その大洪水により、阿波においては弥生時代中期初頭には各集落が小規模化し、一部で大柿遺跡の棚田がみられるが、縄文的な生業と地域社会へ回帰するような様相をみせるらしい。

弥生時代前期中葉に大規模化した灌漑水田稲作経営は、災害の影響もあって一段落したものと考えられている。

土器の植物種実圧痕観察(レプリカ法)により、弥生時代終了までイネに替わり、アワ・キビ・ヒエなどが主流であったようだ。  @阿波

632名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:49:49.20ID:Xr4OrL8c0
>>624
それは「参問倭地」を誤読した良くある間違い。
参問は「アとイを比較する」と言う意味。
アが裸国、黒歯国でイが倭地。
つまり周旋五千余里は裸国、黒歯国のある島のこと。
もっと言うとハワイ島。

633名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:50:17.93ID:Xr4OrL8c0
>>614
不自然。

634名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:50:41.69ID:N2FM7TnzO
泡は奄美、沖縄のことだよ。記紀は、4世紀位に書かれた中国の磐古のほぼ写しに近い。伝説に信憑性はないがアレンジはしてるから丸きり信じたら、編集者の思うツボ、つうか奈良になるに決まってる。そう思わす為に書いてあんだから

635名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:50:56.77ID:Xr4OrL8c0
>>552
古代日本語では語頭に濁音は来ない。
間違い。

636名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:51:20.68ID:Yz0HtAod0
>>628
>卑弥呼の墓は祇園山古墳で、

「丹」の採れない北部九州に、卑弥呼が居るわけがない。   以上。   @阿波

637名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:52:35.10ID:Xr4OrL8c0
近畿パーが必死だけど、もうヨソ事言って誤魔化すしか手が無くなったのが良く分かるだろ?
www

638名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:52:55.74ID:V6XaqR9d0
>>624
四国だな

記紀で女神の国は四国だけ
素直に考えれば四国が女王国

639名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:54:06.79ID:BWyLjLkwO
>>613
忌部神社

640名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:54:22.15ID:Xr4OrL8c0
>>607
豊の国は違うなあ。
台与からだよ。

641名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:54:22.86ID:VZkygutm0
福岡県旧朝倉郡(上座郡、下座郡)にある式内社
麻弖良布( マテラフ)神社 美奈宣(ミナギ)神社
於保奈牟智(オホナモチ)神社
於保奈牟知神社は現在は大神神社で奈良の大神神社と同じで祭神は
大己貴命で大国主の事だから出雲大社の祭神と同じ。
字体から分かるように朝倉の於保奈牟智神社の方が奈良の大己貴神社よりも古い

642◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 08:55:56.94ID:In00/u2r0
>>626
その洪水が本当かどうかは知らんけど、古事記冒頭の句を思い出した。
 > 国わか)して浮きし脂の如くして、クラゲなす漂へる時、
 > 葦牙の如く萌えあがる物によりて成れる神の名は、ウマシアシカビヒコヂの神。

まあ、全てを埋め尽くしたドロドロの氾濫原に葦が生えてきたのを見つけて、
ちょっと嬉しかったんだろうなとは思うw

643名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:56:02.58ID:Xr4OrL8c0
因みに、豊前の宇佐神宮はトヨを祀る神社ね。

644名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:56:55.56ID:0zecbCwx0
社伝によると阿波のとある神社は、伊勢から粟作りの技術を持った集団がやって来たと解釈できる記述が有るのよね。
神代レベルの記憶だと思われるんだが、この場合神代は、縄文後期ぐらいなのかな?

645名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:58:09.12ID:Xr4OrL8c0
>>617
伊都国の王は九州王なんかじゃ無いよ。

646名無しさん@1周年2019/07/14(日) 08:58:37.49ID:Yz0HtAod0
>>641
>大己貴命で大国主の事だから出雲大社の祭神と同じ。

【大国主神を祀る、全国唯一の式内社「八鉾神社」】
徳島県阿南市長生町に鎮座する「八鉾神社」。祭神は大己貴命。延喜式内社である。
この「八鉾神社」には四つの重要文化財が神宝として保管されている。
また「八鉾神社」自体も重要文化財に指定されているので、合計五つの重要文化財を持ち合わせている神社となる。
一つは「大己貴命 木造彫刻立像」
二つ目は「少彦名命 木造彫刻立像」
三つ目が「二品家政所 下文 」
四つ目が「附紺紙金泥法華経」である。
この八鉾神社、阿波では出雲の「杵築大社(出雲大社)」の元社であると伝えられている。

平安時代に記録される3132座の式内社の中に、これら八鉾神社や事代主神社・多祁御奈刀祢神社等の国譲りに遣わされた神達を祀る神社は、阿波にしかない。   @阿波
【大国主神を祀る、全国唯一の式内社「八鉾神社」】   
https://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues/47852915.html?__ysp=44CM5YWr6Ym%2B56We56S%2B44CN44CR

647◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 08:59:40.28ID:In00/u2r0
>>629
ううむ、木村先生の筆が滑ったのかしら…。
一応、wikipediaには「古代には『あずきしま』と呼ばれ」とは書いてあるな。

648名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:00:04.72ID:N2FM7TnzO
ウガヤは鵜飼のことかね?海鵜、水に潜りペリカンのように魚を取る民族。

649名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:02:19.56ID:w6wEw6nI0
>>644
鬼界カルデラの噴煙で(7500年前?)壊滅した阿波に、被害が軽かった伊勢からの移民がいたのかもしれませんね。

650◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 09:03:07.16ID:In00/u2r0
>>631
記紀神話的には、稲を伝えたのはニニギだしなあ(というかアマテラスが持たせた)。
こっちはデメテル型神話と言うらしい。

651◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 09:06:07.03ID:In00/u2r0
>>640, >>643
俺もそっちだと思ってた(竜宮出身のトヨタマビメはイモの女神じゃないもんねw)。
でも、木村先生の説の方が説得力があるなあと。

652名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:07:05.11ID:Y8dqOUX00
以前、色んな資料を調べて作った年表

西暦57年 福岡の奴国王が金印「漢委奴国王」を授かり、初代・神武天皇が誕生
107年 倭国王帥升等(6代・孝安天皇)が後漢に朝貢
177年 10代・崇神天皇が即位
179年 奈良県の三輪山西麓の瑞籬宮に都を移した。
181年 ニュージーランドのタウポ大噴火
181年 崇神5年、疾病の流行。『崇神紀』によると「倭国の人口の半分が死んだ」
181年  『後漢書』によると「空が黄色くなり太陽が覆われた。」 「6月に雹が降った。大きさは鳥の卵ほどもあった。」
182年 『後漢書』によると「井戸の中が凍ってしまった」異常気象を示す記述は2年続く
181〜184年 倭国大乱
183年 モモソ姫の助言で大田田根子に大物主神を祀らせたら五穀豊穣となり疾病が治まった。
184年 疾病などの影響で崇神天皇が権威を失った。倭国を救ったスーパーヒーローのモモソ姫か大田田根子が女王・卑弥呼になった。
184年 黄巾の乱が勃発し、漢が衰退した。漢から授かった金印の権威消失。
198年(戊寅年) 崇神天皇が崩御した。
199年 12代・垂仁天皇が即位した(倭王ではなく女王・卑弥呼を補佐する役割)
202年 纒向珠城宮(纒向遺跡)に都を移した。
※『魏志倭人伝』によると官のトップは伊支馬(垂仁天皇の本名は伊久米),次席は弥馬升(垂仁天皇后の本名は日葉酢)
237年 垂仁天皇が崩御した。
238年 第12代・景行天皇が即位した。(女王・卑弥呼を補佐する役割)
238年 難升米と都市牛利が魏に朝貢した。卑弥呼が「親魏倭王」の金印を授かった。
248年 『三国志』によると女王・卑弥呼がついに亡くなった。
264年 景行27年、景行天皇の息子ヤマトタケルが熊襲討伐に成功。
266年 台与が晋に朝貢した。

※約100年間の天皇不在の空白期間
※卑弥呼と台与など女王の歴史を日本の歴史から消す代わりに架空の天皇である第13代天皇と第14代天皇と神功皇后を創作し空白期間を埋めた。

390年頃 第15代・応神天皇が即位した。
※学者の間でも応神天皇は新王朝が定説

653名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:07:12.02ID:2VBMRDUg0
>>641
大神神社の主祭神は大物主大神
配祀神が大己貴命と少彦名神

少なくとも大神神社では大物主と大国主は別々に祀らてる。

654名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:09:08.19ID:Y8dqOUX00
>>645
遺跡の規模が福岡よりも大きいので明らかに伊都国王が九州王だよ
魏志倭人伝にも代々の王が伊都国にいると書かれてるし

655名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:09:26.73ID:VZkygutm0
邪馬台国アンケート調査結果
「貴方は邪馬台国はどこにあったと思いますか?」
1.北部九州80%
2.判らない10%
3.奈良7%
4.興味が無い2%
5.徳島1% ←www

656名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:10:17.54ID:Xr4OrL8c0
>>654
間違い。

657名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:10:41.31ID:N2FM7TnzO
アマテラス、アマテラスと勝手に言うが、卑弥呼が太陽信仰だなんてひとつも書かれて無いぞ、そもそも古代中国は太陽信仰ではないし、中国海人の流れらしき卑弥呼は、陰陽に近いだろ。

658名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:12:04.98ID:Xr4OrL8c0
>>657
そうだけど、アマテラスは卑弥呼+トヨだとしか考えられ無いし、
卑弥呼は日の巫女の意味である可能性が高い。

659名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:13:09.63ID:2VBMRDUg0
>>657
卑弥呼は骨を焼いてたばーさん
暦のない邪馬台国に太陽信仰の巫女という設定自体があり得んのよね。

660名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:13:39.74ID:Xr4OrL8c0
>>659
あり得ないのはお前。

661名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:14:25.37ID:Y8dqOUX00
>>656
反論しなよw

662名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:14:39.11ID:Xr4OrL8c0
アマテラスは卑弥呼+トヨだとしか考えられ無いし、
卑弥呼は日の巫女の意味である可能性が高い。

663名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:16:31.33ID:2VBMRDUg0
>>660
少なくとも魏志倭人伝では、邪馬台国には暦がないと書かれているし、骨を焼いて吉兆を見るともある。

魏志倭人伝の邪馬台国の記述には、太陽信仰の巫女の素地がない。

664名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:16:35.65ID:N2FM7TnzO
俺は日向呼だと思うが、日の巫女でもいいが、伊勢神宮も明け方まで仕事してると言われるように、月読みで太陽の下の木星が重要なんだよ。

665名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:18:34.61ID:VfugHRjI0
>>40
決定権は中国の方にある
向こうで当時の邪馬台国の場所が書かれた地図が出てきたとき

666名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:18:50.11ID:Xr4OrL8c0
>>655
北部九州ってか筑紫平野ね。
御井かその周辺のどこか。
とにかく近畿パーが「ここは誰?私はどこ?」やってる
だけのことで、結論は出ている。
少なくとも卑弥呼の墓は御井の祇園山古墳で100%間違い無いし、
邪馬台国がそのすぐ周辺にあることもほぼ間違い無い。

667名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:19:40.45ID:Xr4OrL8c0
>>663
暦が無いなんて書いて無いだろ

668◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 09:20:14.66ID:In00/u2r0
>>659
> 暦のない邪馬台国に太陽信仰の巫女という設定自体があり得んのよね。

この視点は鋭いかもしれない。

だけど一方、銅鏡祭祀は多かれ少なかれ太陽がらみのような気はする。
たとえば吉野ヶ里の建物は南向き、纏向では東向きだけど、
いずれにしても建物の入り口に立って民衆と向き合う人物は
日に照らされ、胸に下げた鏡は太陽の反射で人々の目を射ると。

669名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:21:05.75ID:Y8dqOUX00
>>663
「暦」はなかったかもしれないが稲作やってたんだから
当然、太陽の観測はしてたよ

670名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:21:48.76ID:Xr4OrL8c0
あと伊都国と邪馬台国を同一視するのいいかげん止めろ
伊都国が邪馬台国なわけが無いだろキチガイども
そんなもん奴国が実は邪馬台国だったとか言い出すのと大差無いわキチガイども

671名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:22:31.37ID:Xr4OrL8c0
>>668
全然するどくない

672名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:24:33.95ID:qMBRpwQD0
日本が国史を編さんするにあたって、各地方から風土記を提出させた。現存する物は
出雲風土記(大国主命の国ゆずり)位のもので、他は散逸してしまった。阿波風土記
なるものがどんな謂れが有るのかは不明だが、詳しく研究して紛い物じゃ無かったら
歴史の修正も進むんじゃないか・・・・・wwww

673名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:25:26.75ID:Xr4OrL8c0
魏志倭人伝に暦が無いなどと言う記述は無い。




 

674名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:26:35.31ID:0zecbCwx0
結局のところ金印の真贋は論争を棚上げするとして、奴国は今の博多辺りにあったという事だけが比較的確実?

675名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:27:10.17ID:0zecbCwx0
>>672
「阿波国風土記」な。

676名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:28:08.00ID:2VBMRDUg0
>>667
書いてるからちゃんと読め。

魏志倭人伝中にある、魏略の引用部分
魏略曰 其俗不知正歳四節 但計春耕秋収 為年紀


>>669
太陽の観測をしてたら、四節が導き出せるんだけど、それすら否定されてるからね。
暖かくなったら植えて、涼しくなる頃に収穫程度の感覚でやってたんだろう。

677◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 09:30:08.26ID:In00/u2r0
>>674
奴国の王様は春日市に住んでたらしい。
http://www.city.kasuga.fukuoka.jp/nakoku/history/nakoku.html

678名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:30:14.93ID:Y8dqOUX00
>>676
>太陽の観測をしてたら、四節が導き出せるんだけど、それすら否定されてる

否定されてないけど

679名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:31:56.19ID:Y8dqOUX00
>>674
金印の真贋は論争ってすでに本物ってことで決着ついてるよ

680名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:32:33.17ID:gY0Db4+qO
さらりとぶっ込みw

681名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:33:53.06ID:2VBMRDUg0
>>678
魏略曰 其俗不知正歳四節 但計春耕秋収 為年紀

正歳四節を知らず。
暦や四節(春分、夏至、秋分、冬至)を知らない。
春に耕して、秋に取り入れをして一年と数える。

682名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:33:58.11ID:Xr4OrL8c0
>>676
お前が良く読め。
魏志倭人伝に暦が無いなどと言う記述は無い。

683名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:35:18.58ID:Xr4OrL8c0
>>676
バカか。魏略にあるのは四季(それも中国式の四季区分)を知らないとあるだけ。

684名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:35:40.72ID:2VBMRDUg0
>>682
其俗不知正歳四節

正歳=暦

685名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:35:46.93ID:hODCru/s0
何処もかしこも邪馬台国
そんなに邪馬台国主張するなら日本全土が邪馬台国で良いじゃん

686名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:36:10.16ID:oRYgXP1e0
>>676
春夏秋冬の四節じゃなくて春秋で1年のサイクルとしてたという記述だから
暦がないというのは嘘

四半期決算じゃなくて上半期下半期決算だというだけ

687名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:37:53.30ID:Y8dqOUX00
銅鐸は太陽観測に使用されてたという説があるけど
銅鐸はもともと楽器だが、変質の少ない金属は太陽観測に適してるので
太陽観測に使われるようになったというのは納得がいく

卑弥呼が女王の時に
銅鐸による一般人の太陽観測を禁止して
卑弥呼が太陽観測を独占して権威に利用したのだろう

銅鐸文化が突然消滅したのはそういうことだ

688名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:38:24.49ID:gY0Db4+qO
ガラパコス暦はあるぞ!

689名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:38:29.74ID:oRYgXP1e0
>>684
中国の暦を知らないというだけ
日本独自の暦を使ってた
当たり前

言葉尻だけで語りたいなら
邪馬台国には暦はなかったけどカレンダーはあったということにしよう

690名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:39:00.73ID:2VBMRDUg0
>>686
春の耕作と秋の刈り入れでワンセットの1年だと思うよ。

もしかしたら春の耕作で一年、秋の刈り入れで一年としたのかもしれないが、文面からは判別付きにくいのでなんとも。

691名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:39:17.98ID:Xr4OrL8c0
>>684
天文学系の知識が乏しかったから卑弥呼が太陽神では無かったってのはただの論理の飛躍。

692名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:39:37.29ID:gY0Db4+qO
これは暦がなかったでいいだろw

693名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:39:54.35ID:Y8dqOUX00
>>681
太陽観測をしてないとは書いてない
稲作してるのに太陽観測してなかったとかいうトンデモ説やめなよw

694名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:40:37.87ID:Xr4OrL8c0
>>692
現代我々が言う意味での暦は無いだろなw

695名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:41:13.63ID:7UsjviQc0
もうどこでもいいだろ
いつまで揉めてんだ

696名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:41:44.89ID:2VBMRDUg0
>>689
流石にそんなものまで想像しだしたら、なんでもアリになる。
卑弥呼=日巫女の結論ありきのこじつけとの批判は免れんよ?

例えば太陰暦以前の日本独自のカレンダーの刻まれた岩でもあれば、まだそうだよね。とは思えるが。

697名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:42:06.48ID:Xr4OrL8c0
>>695
もますな近畿パー

698名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:42:14.88ID:oRYgXP1e0
>>690
倍暦のことなんか言ってないよ
春と秋で気温が違うのに半期で1年なんて特別な理由がなけりゃしない

上半期下半期で1年とすると読むのが正しい

699名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:42:30.58ID:Xr4OrL8c0
>>696
こじつけはお前w

700名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:42:31.07ID:gY0Db4+qO
太陽神がトンデモだろよw

701名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:43:09.07ID:Xr4OrL8c0
>>685
黙っとけ近畿パーwww

702名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:43:41.40ID:Xr4OrL8c0
>>700
お前トンデモの近畿パーの悪口言いすぎ

703名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:43:44.24ID:2VBMRDUg0
>>691
卑弥呼に天文観測の証拠もなしに、太陽信仰をこじつけるよりかはまだマシだろう。

704名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:44:02.87ID:Xr4OrL8c0
>>684


天文学系の知識が乏しかったから


卑弥呼が太陽神では無かったってのは


ただの論理の飛躍。


 

705名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:44:19.50ID:Xr4OrL8c0
>>703
こじつけはお前w

706名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:44:27.14ID:Y8dqOUX00
>>696
それをこじつけとか言い出したら
全部こじつけになっちゃう

707名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:44:57.62ID:kVnfydc30
夏至や冬至の太陽の方向に神社や古墳が直線上に並ぶ例が沢山あるというのはどっかで読んだ

なので太陽観測はされてたと思うけどね

708名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:46:38.39ID:Xr4OrL8c0
>>684


天文学系の知識が乏しかったから


卑弥呼が太陽神では無かったってのは


ただの論理の飛躍。


そんなもん、倭人は里程を知らなかったから旅行はしなかったレベルのこじつけ。


 

709名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:47:32.59ID:Y8dqOUX00
近代的な施設のないところで稲作しろって言われたら俺らでも太陽観測するよなぁ

710名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:48:20.98ID:gY0Db4+qO
卑弥呼が太陽信仰してたって、どこにあんのよ?

太陽神とかいう話も聞いたことない

711◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 09:50:32.35ID:In00/u2r0
>>707
レイラインについては、wikipediaの
 > 地図を開けば、遺跡が一列に並んでいるように見える直線を見つけることはそう難しいことではない。
が正しい気はするw
とは言うものの、>>668に書いたように吉野ヶ里の大型建物は正確に
南北線に沿っているし、精度の高い天測技術は持っていたんだろうね。

712名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:51:30.59ID:Xr4OrL8c0
>>710
無いよ。
ただ否定する根拠も無い。
それにアマテラスが卑弥呼+トヨなのは疑いない。

713名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:52:19.41ID:Xr4OrL8c0
>>711
おいおいウソを書くなw

714名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:53:20.37ID:Xr4OrL8c0
吉野ヶ里は雲仙岳を見ながら建物の配置を考えたことが
分かっている。
吉野ヶ里から雲仙岳は良く見える。
南北線では無い。

715名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:53:31.74ID:oRYgXP1e0
中国の暦は太陰暦、つまり月の満ち欠けをもとにしてるわけだから
これを使ってないということは太陽信仰に近づくよな
いずれにしろ暦を使ってないことは月の観測をしていないということであって太陽信仰を否定する材料にならない

716◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 09:53:48.99ID:In00/u2r0
>>713
ウソじゃないぞ。妄想だ。

717名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:53:59.69ID:1ycLH08P0
狭い根性の捏造九州説愛好論者はなんにでも文句言う
まさにチョン

718名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:54:00.69ID:Y8dqOUX00
>>710
証拠はないけど、稲作地帯の王でヒ(日)のつく名前なら常識的には太陽信仰だね

719名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:55:04.16ID:gY0Db4+qO
>>712

断定口調でミスリードしてるだけじゃんかよ

なんだよ統一みたいな手口はさ

720名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:55:47.70ID:Xr4OrL8c0
>>717
お、激しい調子の必殺自己紹介ビーム来ましたね。
近畿パーの十八番。
いただきました。

721名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:57:13.98ID:Xr4OrL8c0
>>719
イミフだキチガイww

722名無しさん@1周年2019/07/14(日) 09:59:14.77ID:gY0Db4+qO
それこそ意味不明な一言レスに追い込んだわ

だいたい長文キチガイをここに追い込んだら
その前のレスが図星なんだよ

723名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:00:15.53ID:OKfz2/KF0
まだ言ってんのか
そもそも卑弥呼なんていたか分からんぞ
伝え聞いたような話しか残ってないし
卑弥呼の話はほとんど何も分からないのに台与になった途端に
存在を示す文献がわんさか残ってるのも普通に考えておかしい
卑弥呼なんていなかったと考えた方が納得できる

724名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:03:11.85ID:2VBMRDUg0
>>709
それは現代人の天文知識があるからだよ。

一番原始的なのは四季の移り変わり。

725名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:04:32.77ID:Z0Igj1u/0
まあ畿内よりは四国の方が可能性ある・・・か?

726名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:05:50.61ID:xCewhlnN0
四国は死国だから黄泉の国だよ。

727名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:06:18.48ID:oc9zvh9X0
魏志倭人伝の記述に基づくと邪馬台国は北九州のどこかにあった
近畿説は邪馬台国をヤマト国と読むと大和の国と音が一緒、という理由に基づく

近畿説も相当なトンデモだが、四国説は噴飯ものだ。

728名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:06:36.75ID:gY0Db4+qO
アマテル系が居たのはわかるけどさ
火が日になるのって、かなり時間がかかってるんだよなぁ

その前に肥に寄り道してるしさ

729◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 10:06:59.58ID:In00/u2r0
太陽や月を眺めなくても大丈夫。
https://tenki.jp/suppl/romisan/2015/03/23/2771.html#sub-title-a

730名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:07:55.69ID:Y8dqOUX00
>>724
アホか。現代人の天文知識がなくても
農業やってたら太陽観測と水位の観測くらいするわ

731名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:13:48.47ID:sqwar7If0
四国は槨墓の本場だから100パーネーよ。

732名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:14:41.93ID:MBesT2zO0
剣山にアークがあるって話もあるしなw
四国こそが失われた10支族が移り住んだ土地

あと天の香久山はピラミッド

733名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:16:47.26ID:gY0Db4+qO
ま、日ユ同祖論がベースだとは思ったよ

またカルトがホコリを被った異説を持ち出して、刷り込みやってんな

734名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:20:03.45ID:2VBMRDUg0
>>730
水位とか言い出したww

日本の農業って今でもわざわざ太陽の観測なんてだれもやってないのよ?
四季の揺らぎがあり、毎年同じ日に田植えなんかできないから
気温、気候の肌感覚でやってるんよ?
それこそ山の雪解けや草木の発芽、川の水位でやってきた。

太陽の運行で農業とか、弥生人の農業は現代日本の農業よりも律儀だったんだな。

735名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:20:30.46ID:Yz0HtAod0
>>653
>少なくとも大神神社では大物主と大国主は別々に祀らてる。

【大国主神を祀る、全国唯一の式内社「八鉾神社」】
徳島県阿南市長生町に鎮座する「八鉾神社」。祭神は大己貴命。延喜式内社である。
この「八鉾神社」には四つの重要文化財が神宝として保管されている。
また「八鉾神社」自体も重要文化財に指定されているので、合計五つの重要文化財を持ち合わせている神社となる。
一つは「大己貴命 木造彫刻立像」
二つ目は「少彦名命 木造彫刻立像」
三つ目が「二品家政所 下文 」
四つ目が「附紺紙金泥法華経」である。

この八鉾神社、阿波では出雲の「杵築大社(出雲大社)」の元社であると伝えられている。

平安時代に記録される3132座の式内社の中に、これら八鉾神社や事代主神社・多祁御奈刀祢神社等の国譲りに遣わされた神達を祀る神社は、阿波にしかない。   @阿波
【大国主神を祀る、全国唯一の式内社「八鉾神社」】   
https://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues/47852915.html?__ysp=44CM5YWr6Ym%2B56We56S%2B44CN44CR

736名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:22:59.06ID:Yz0HtAod0
>>654
>遺跡の規模が福岡よりも大きいので明らかに伊都国王が九州王だよ

その伊都国王を、筑紫忌部という。  @阿波

737◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 10:23:04.86ID:In00/u2r0
>>734
あと、鳥(ウグイスとか)の初鳴きもあるね。
そんなこんなで季節が判るから、
日本神話には星の神々が少ないのかもしれない。

738名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:25:38.23ID:Yz0HtAod0
>>657

卑弥呼とは「天照大御神=大宜都比売」

男弟とは「月読尊」

卑弥弓呼とは「素戔嗚尊」 の3兄弟だよ。  

これが魏志倭人伝と記紀との整合性。   @阿波

739名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:28:20.55ID:Yz0HtAod0
>>666
>少なくとも卑弥呼の墓は御井の祇園山古墳で100%間違い無いし

少なくとも「丹」の採れない北部九州奴国(博多)に、卑弥呼が居るわけがない。   以上。   @阿波

740名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:31:14.22ID:gY0Db4+qO
阿波とか畿内説の別動隊みたいだな

741名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:33:17.12ID:Yz0HtAod0
>>672
>阿波風土記 なるものがどんな謂れが有るのかは不明だが、


※各地の風土記のうち、「天地初発より記された」風土記は、阿波国風土記のみである。

「阿波国風土記」  @阿波  
https://sites.google.com/site/awakokufudoki/home/awa-koku-zoku-fudoki-nitsuite/2_awakoku_fudoki_towa

通説では、天皇家や建国の歴史とは何の関わりもないはずの阿波国、 何故、その地誌「阿波国風土記」で唯一、天皇の称号について書かれているのだろうか?

役人が天皇に献上する書である。 上記の天皇が阿波に関係なければ、風土記なんぞに書ける訳がないのである。 「お前、何書いとんねん!」で済まされる話ではない。 

742名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:34:11.07ID:MBesT2zO0
しかし「阿波風土記」って原本がなくなったりして謎に満ちているんだな。
邪馬台国はどうでもいいが。阿波風土記の原本みたいわ。

743名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:34:21.60ID:LDg8hf/K0
九州だと何か都合が悪いのかね?

744名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:39:17.98ID:+RFWTSw/0
四国行ったことあるけど、087の怪しいネオン街は、徳島だっけ?

745名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:39:18.06ID:Yz0HtAod0
>>674
>奴国は今の博多辺りにあったという事だけが比較的確実?

奴国は、奴国(二万戸) 田川辺り
奴国弥生遺跡 : 「上本町遺跡」・「下伊田遺跡」・「五徳畑ケ田遺跡」・「真崎遺跡」  @阿波

746名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:39:28.06ID:trTpoh160
水行陸行で、東シナ海に突き抜けるらしいけど、水行は常に沿岸沿いに距離を保ちながら九州北部or南部をぐるっと回ったたとしたら…って説はあるんかな?
三崎半島から四国上陸で阿波に至るってのはありそう
水行って、行先が見えないのに大海に漕ぎ出すって怖いと思う

747名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:43:32.99ID:ckwiuqHw0
古事記本みたら遠征とかで大和朝廷の天皇とかは瀬戸内海を東西によく動いているクセして
四国に関する話が出ないんだよな。

748名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:44:19.42ID:Yz0HtAod0
>>687
>銅鐸文化が突然消滅したのはそういうことだ


「銅鐸」は、全国で約400個出土していて、徳島県はその約1割を占める42個(29遺跡)が出土しています!!

古代史上、重要視されていない徳島県で、なぜこれほど多数出土するのでしょうか??

https://sueyasumas.exblog.jp/9415763/

749名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:44:24.48ID:1Q5OYGgT0
あるある!

750名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:45:57.36ID:Yz0HtAod0
銅鐸の出土数もさることながら、 銅鐸の出土遺跡の多さに驚かされる。

まさに、倭国(阿波)は、銅鐸王国。   @阿波

751名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:52:00.36ID:Yz0HtAod0
>>726
>四国は死国だから黄泉の国だよ。

倭国(阿波)は、「黄泉の国」でもあり、「常世の国」でもある。  @阿波

752名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:52:34.62ID:Z4Q2RcBy0
「銅鐸文化が突然消滅」

とか変な勘違いしてる人がたくさんいるがこれは誤解
銅鐸は各地でかなり消長に差がある

弥生時代後期後半辺りから統合されて次第にゆっくりと消えていく流れ

753名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:53:59.56ID:Yz0HtAod0
>>727
>魏志倭人伝の記述に基づくと邪馬台国は北九州のどこかにあった

いくら、言い張っても無駄。
「丹」の採れない北部九州に、邪馬台国が在るわけがない。   以上。   @阿波

754名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:54:42.12ID:XGKbp6KD0
吉野ケ里では楼観を描いた絵画土器が出土してないのに
(h)http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/kisya30/3102/310215bunkazai.pdf
淡路市舟木遺跡から弥生土器、鉄器、砥石など出土
絵画土器の確認
平成28年度発掘調査出土土器の中から、土器の表面に線刻画を描いた
絵画土器の出土を確認しました。淡路島内では3例目の貴重な資料とな
ります。一辺が約3p×4pの破片であるため、絵の全容は不明ですが、
直線が交差する構図から、高床の建物が描かれている可能性が高いと考
えられます。
絵画土器は、土器の表面に線刻画を描いたもので、鹿や建物、鳥、人物
などが描かれる例が多く、弥生人の祈りを込めたお祀りに用いられたも
のと考えられています。
主なものとしては唐古鍵遺跡(奈良県田原本町)の高床の建物や鹿など
があります。淡路島では、いずれも弥生時代後期の例として、飛谷遺跡
(洲本市五色町)、五斗長垣内遺跡(淡路市)があり、今回の土器で3例
目となります。

755名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:56:35.27ID:Yz0HtAod0
>>731
>四国は槨墓の本場だから100パーネーよ。

「其山有丹」で、100パー 倭国(阿波)で決定済み。 ワハハハハは  @阿波 

756名無しさん@1周年2019/07/14(日) 10:58:21.33ID:Yz0HtAod0
>>740
>阿波とか畿内説の別動隊みたいだな

一緒にされると迷惑。  @阿波

757名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:01:03.84ID:UX1BUAJC0
阿波は泡ではない

758◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 11:02:59.16ID:In00/u2r0
濡れ手で泡 ←間違いやすい言葉

759名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:03:20.39ID:Yz0HtAod0
>>747
>古事記本みたら遠征とかで大和朝廷の天皇とかは瀬戸内海を東西によく動いているクセして

なんで四国の道後温泉へ一番最初に景行天皇(12代)が行幸したのだろうか?
なんで近場の畿内に在る有馬温泉や白浜温泉への天皇行幸が、遠くて危険な渡海を要する四国の道後温泉より、ずっと遅れたのだろうか?
近場で安全な畿内に温泉が無かったのだろうか?
あとは、推して知るべし。   @阿波

なんで九州に在る温泉への天皇行幸が、近年まで無かったのだろうか?
近年になるまで、九州には温泉が無かったのだろうか?
あとは、推して知るべし。   @阿波

760名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:03:50.86ID:dFsK3yUq0
蘇我氏の館にあった書物にはそのへんが色々書いてあったんだろうか。

761名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:05:16.61ID:sqwar7If0
>>755
水銀は佐賀で取れるんだが。

762名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:05:29.08ID:5v3IAkDg0
うだつの町に実家あるけど、地元で邪馬台国の話など聞いたことないわ。
阿波でなく剣山だけど、宇宙人が基地にしていて、
イスラエルから物資を運んでたっていうほうが、まだ耳にする。
イスラエル大使が調査に来たとか新聞にに載ってたりするし。

763名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:07:59.69ID:8FiiLVAV0
>>652
ここから記紀をのぞいたらわかりやすそうだな
記紀はエピソードの断片をつまみ食いして捏ね繰り返したなろう小説だ

764名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:08:50.35ID:ckwiuqHw0
>>746
四国の西に突き出たあそこは三崎半島じゃなくて佐田岬半島な。

水行は沿岸沿いに海路の意味で、海を渡るとは明白に区別されてる。

倭人伝で女王国から東に海を渡ること1000里。そこにも倭人の国。
そう、豊後水道越えて四国西岸。八幡浜や宇和島あたり?
そこから南に侏儒国。女王国から4000里。距離は直線距離じゃないから足摺岬を大回りして高知?

765名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:09:42.69ID:trTpoh160
淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡
国生みがこの順なら、重要な順位もその通りだろう
淡路島が皇室のルーツで、その後地形、資源に恵まれた阿波を獲得し、その後イヨが伊予を得たとか

766◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 11:09:52.58ID:In00/u2r0
>>762
> 阿波でなく剣山だけど、宇宙人が基地にしていて、
> イスラエルから物資を運んでたっていうほうが、まだ耳にする。

すげー! 人類存亡の危機やん。
邪馬台国論争とかどうでもよくなるなw

767名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:10:59.30ID:kVnfydc30
温泉ワロタ
ヤマトタケルとかの血なまぐさい時代に温泉基準で考えるのかよ

鉄の産地とかで論じなよ

768名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:15:57.30ID:Yz0HtAod0
>>762
>うだつの町に実家あるけど、地元で邪馬台国の話など聞いたことないわ。

これが、徳島県人の実体なんだよ。 無知はおそろしい。 もったいないことである。 こんなに宝がごろごろしているというのに。  @阿波

769名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:20:07.37ID:Yz0HtAod0
>>765
>淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡

そんな壮大な話じゃないんだよ。 これもアホの学者の妄想。
単なる、倭国(阿波)周辺の国々。 国々っていっても、集落群単位なんだよ。  @阿波

770名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:22:48.55ID:Yz0HtAod0
>>767
>ヤマトタケルとかの血なまぐさい時代に温泉基準で考えるのかよ

反論できないので、逃げてるの? わははははは  @阿波

771名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:24:04.23ID:Hdc9K8Xs0
おぉー新説って思ったのに
山口敏太郎の名前で萎えた

772名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:25:43.23ID:Yz0HtAod0
>>767
>鉄の産地とかで論じなよ

では、鉄の産地

「倭国(阿波)は鉄器王国」
倭国(阿波)では遺跡発掘が少ないにも関わらず、阿波一国だけで現在、阿波各地7か所の弥生時代鉄鍛冶炉遺構がある。  
「拝原東遺跡」・「光勝院寺内遺跡」・「矢野遺跡」・「名東遺跡」・「庄・蔵元遺跡」・「加茂宮ノ前遺跡」・「芝遺跡」

773名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:26:03.50ID:w6wEw6nI0
>>762
イスラエルというかユダヤ人は、何がしたいのか分からないが
沖縄でユダヤ教の儀式をしたりしている。
でも、歴史的に本当に関連があるかは全く不明だと思うよ。

774名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:32:04.79ID:Yz0HtAod0
阿波説は、逆立ち・し・て・い・て・ も、どの説にも負けない。  反論ある人は、はい、どうぞ。   @阿波 

775名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:35:32.10ID:6aw+l6ev0
幸福の科学 大川隆法が注目するやろうな。
幸福の科学の聖地は徳島だし

776名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:43:54.65ID:rzb038fm0
>>732
イスラエル大使が赴任するとまずは剣山に行くんだよな。

777名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:44:56.03ID:rzb038fm0
>>774
邪馬台国の東にも島が有って倭種が住んでいる。

778名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:51:37.19ID:XGKbp6KD0
>>715
>中国の暦は太陰暦、つまり月の満ち欠けをもとにしてる

正確には太陰「太陽」暦な
イスラム暦は純粋な太陰暦で断食月のラマダンを実施する。
https://macaro-ni.jp/32579
日本では明治5年に太「陰」太陽暦から太陽暦に切替わった。
毎月の某日は月の満ち缺けを見て決定する。
東の地平線から満月が昇ったら15日だ。
しかし月齢で決めた暦では春分、夏至、秋分、冬至は月と太陽の動きが
連動してないからズレる。
暦という数字あそびに頼ってると季節がズレて田植えや野菜の種蒔きに影響する。
だから倭人は夕日が沈む方向が山や川のどの辺りかで判断してたんだろう。
天気予報に関することわざや言い伝えもいろいろあるし。
季節のズレは春分、夏至、秋分、冬至という太陽の位置で修正する。
木星は約12年で太陽の周りを一周する、
つまり12年周期で夜の星座の同じ位置に戻るから歳星と呼ばれ
十二支や1フィート=12インチなどの12進法が生まれた。

779名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:53:15.33ID:vjTj6xXq0
>>743
朝鮮人が喜ぶから

780名無しさん@1周年2019/07/14(日) 11:55:44.65ID:IKFArREP0
>>752
銅鐸を鋳つぶして銅鏡に作り直してる痕跡があったりもするので、祭祀の交代があったんだろうね

781名無しさん@1周年2019/07/14(日) 12:10:31.25ID:5Rd9hFHe0
用明天皇が当時の九州王朝の命令を受けて東進して今の奈良あたりを侵略してるし、
そこで勝手に独立してヤマト朝廷立ててるってのが現存するほぼ唯一の資料だから、
当時の発展地域は九州と、今の山陽あたりの本土南岸〜四国北岸あたりが栄えてたんじゃないの。
そうでなければリスクおかして部下に東進させないでしょ。
で、当時の皇はけっこういたっぽいので、天皇と混同される百襲姫あたりが卑弥呼と混同されてそうなんだが。
そうすると吉備の沿岸どっちかのあたりって気はする。

782名無しさん@1周年2019/07/14(日) 12:11:35.59ID:uTM19AxR0
>>750
銅鐸の出土数は兵庫県の方が多いね。
淡路島からも沢山出てるけど、
あえて兵庫県でカウントする。
本来は淡路は淡路で別にカウントすべきかもしれないけど。

783名無しさん@1周年2019/07/14(日) 12:53:25.21ID:Z4Q2RcBy0
銅鐸は単純に数だけ比較したのでは何もわからない

初期の中心地的存在だった大和、淡路や讃岐、阿波、土佐は5式段階になると銅鐸の出土が殆どなくなる

中心地は摂津、河内、紀伊、近江、三河になっている

784名無しさん@1周年2019/07/14(日) 12:57:37.84ID:XJ3BrGpo0
>>571
唐(618年 - 907年)

後晋(936年- 946年)『旧唐書』945年

【倭国伝】
倭国とは古の倭奴国なり。
京師から去ること一万四千里、新羅の東南の大海中に在り、山島に依って居る。
東西に五カ月、南北に三カ月の行程。
世々中国と通ず。
其の国、居るに城郭なく、木を以て柵を為し、草を以て屋を為る。
四面に小島、五十余国あり、皆附屬す。
其の王、姓は阿毎氏なり。
一大率を置きて諸国を検察し、皆これに畏附す。
官を設くる十二等あり。

【日本国伝】
日本国は、倭国の別種なり
その国は日邊(日出の処)在るを以て、故に日本と名を為す。
或いは云う、倭国は自ら其の名の雅ならざるを惡み、改めて日本と為す。
或いは云う日本は旧く小国で倭国の地を併す。
入朝する者、多く自ら矜大、実を以て対(こた)えず、故に中国これを疑う。
また、その国の界は東西南北に各数千里、西界と南界いずれも大海に至り、東界と北界は大山が有るを限りと為し、山外は即ち毛人の国

北宋(960年 - 1127年)『新唐書』1060年
【日本伝】
日本は古の倭奴である。
京師から一万四千里、新羅の東南にあたり、海中の島に在って居る。
東西には五カ月の行程、南北には三カ月の行程。国に城郭がなく、連ねた逆木で柵落と為し、草で屋根を茨く。
左右に小島が五十余り、皆、自ら国と名付けて、これに臣下が付随している。本率を一人置き、諸部を検察させている。 
そこの俗は女が多く男が少なく、文字があり、浮屠の法(仏教の教え)を尊ぶ。その官には十有二等である。
王姓は阿毎氏、自ら言うには、初めの主は天御中主と号し、彦瀲に至り、およそ三十二世、皆が「尊」を号として、筑紫城に居住する。
彦瀲の子の神武が立ち、改めて「天皇」を号とし、大和州に移って統治する。

785名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:01:26.47ID:XGKbp6KD0
>>783
銅鐸も流行の一つだから
発祥地域から後発地域へと移るし
歴史は新たな発見、発掘でどんでん返しがある。

786名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:05:56.86ID:Z4Q2RcBy0
銅鐸を見ると弥生時代中期〜後期段階の大和は生産と供給の中心的な存在だったのが見えてくる
後期になると近江や東海でも生産が始まり、5式になると先行してた地域が軒並み銅鐸を出さなくなるのは興味深い

787名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:06:40.19ID:OC1Lbn1K0
まあ邪馬台国と大和朝廷に連続性はないだろうね

788名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:15:53.76ID:52Cb7cUn0
>>188
>高知は酒の強い人多いけど徳島、淡路島は飲めない人がやたら多い。

高知は酒飲みという先入観はやめれ。俺自身一滴も飲めないし、俺の友人でも飲めない奴が殆ど。飲む奴が桁外れに飲むから高知県=酒飲みというイメージが先行してるだけ。
たぶん飲む奴の割合は東京とかの方が多いと思う。

789名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:21:27.74ID:BQ61ruKw0
邪馬台国はニューヨー…阿波?

790名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:22:11.90ID:XGKbp6KD0
>>784
>改めて「天皇」を号とし

天皇を使い始めたのは天武天皇からという説が強い。
それより前はスメラギとかスメラミコト
あるいは「於保支見=オホキミ」などと呼んでいた。
だから神武天皇は平安時代以降の呼び方で
東征時代や即位した時の神武を天皇と呼ぶのは
時代錯誤の間違い。

藤原鎌足も死の床にあって天智天皇から藤原姓を賜って
間もなく死んだから生前の鎌足を藤原鎌足と呼ぶのも間違い

791名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:23:00.89ID:KiWWcYbM0
>>780
となると、畿内は邪馬壹国では無くなるな
銅鐸のような珍しい祭器が、魏志東夷伝倭人に記載されてないからな

792名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:24:55.11ID:BQ61ruKw0
ニューヨーク

793名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:28:28.89ID:BQ61ruKw0
邪馬台国はニューヨーク!

794名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:32:31.39ID:XJ3BrGpo0
>>784 つまりだ

後晋(936年- 946年)『旧唐書』945年では
唐(618年 - 907年)時代の日本に対する認識は

古くは「漢委奴国」と呼び、どんな時代もずっと中国と交易していた
九州の国【倭国】が、日本の正統な国であり

日邊(日出の処)在るを以て、故に日本と名を為した
あるいは、邪馬台という名前が嫌で日本と言う名に国名を変えた
奈良の国【大和】は、日本の正統な国ではなく、信用なら無い国

と書かれている

ところが、それから100年後の
北宋(960年 - 1127年)『新唐書』1060年では

九州の筑紫城にずっと居住していた日本の正統な国【倭国】の国王の、32代目の彦瀲の子の神武が天皇を名のって移り住んで統治した国なので、
奈良の大和の日本国は、古の倭奴「漢委奴国」だ

と書かれている

795名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:34:03.16ID:BizENC4Q0
>>723
お前が存在しないだけだからドンマイ

796名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:35:19.73ID:b3p6soHP0
>>793
御井だよ。

797名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:35:55.98ID:8FiiLVAV0
>>794
なるほど納得

798名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:36:02.84ID:b3p6soHP0
>>743
デタラメが言えなくなる。

799名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:37:11.13ID:lPpMrVGj0
ようやくゴールに近づいたな
大王(おおきみ)とは あわの君 のからきている

800名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:40:18.81ID:XJ3BrGpo0
訂正

つまりだ

後晋(936年- 946年)『旧唐書』945年では
唐(618年 - 907年)時代の日本に対する認識は

古くは「漢委奴国」と呼び、どんな時代もずっと中国と交易していた
九州の国が、日本の正統な国【倭国】であり

日邊(日出の処)在るを以て、故に日本と名を為した
あるいは、邪馬台という名前が嫌で日本と言う名に国名を変えた
という大和の国【日本】は、日本の正統な国ではなく、信用なら無い国

と書かれている

それから100年後の
北宋(960年 - 1127年)『新唐書』1060年では

「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」が自ら言うには

九州の筑紫城にずっと居住していた日本の正統な国【倭国】の国王の
32代目の彦瀲の、子の神武が天皇を名のって移り住んで統治した国なので、
奈良の大和の日本国は、古の倭奴「漢委奴国」だ

と書かれている

801名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:41:34.43ID:ApyyGNRt0
>>781
おまえどこでそんなすごい資料発見したんだよw

802名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:42:32.12ID:BQ61ruKw0
御井

803名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:44:14.69ID:Vuuk7MX80
新唐書は辻褄合わせのリメイク作
倭国以外の項目でも同様なので、あんまり信用できない

804名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:44:16.35ID:b3p6soHP0
>>799
間違い。

805名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:46:22.63ID:FCWuyHGFO
>>351
トトは古代エジプトの神で、そこに付けたしたヒモモソっていう言葉があると考える
ほら、ヒモロギって言葉があるからさ

806名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:46:25.84ID:b3p6soHP0
>>746
誤読してるだけ。

807名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:46:49.25ID:b3p6soHP0
>>805
間違い。

808名無しさん@1周年2019/07/14(日) 13:54:02.31ID:BQ61ruKw0
御ラノ井ンテルの略かも知れんね

809名無しさん@1周年2019/07/14(日) 14:22:13.02ID:cBseawCJ0
>>762
一応、邪馬台国阿波説では、お宅の実家は天孫降臨の地だね(本当の中心部はもう少し木屋平寄り、大嘗祭の麁服(あらたえ)を織る三木家あたりだけど)
うちの実家は豊葦原中国に建ってることになるんだけど、やはり何の変哲も無い田舎だよw

810名無しさん@1周年2019/07/14(日) 14:22:58.14ID:o+/UgjUY0
>>800
代々筑紫城に住んでいた支配者一族が居なくなったので倭国大乱が起こったのか
あるいは倭国大乱で負けたので逃亡して奈良の山奥まで流れ着いたのか

その後空白地帯となった九州倭国は女王卑弥呼を共立して纏まったが
「漢委奴国王印」は失われており、卑弥呼が賜ったのは「親魏倭王」

卑弥呼の死後に
近畿の「漢委奴国王」一族と、九州の「親魏倭王」一族が統合して新連合を立ち上げたのが
近畿「ヤマト」連合王国だったわけだな

811名無しさん@1周年2019/07/14(日) 14:50:35.48ID:52Cb7cUn0
邪馬台国は四国全体だったんだよ。で、卑弥呼たちの住んでいたのが剣山周辺の四国山地。
徳島南部に朱の産地がある、というか本格的な産地は徳島だけだったんだから徳島以外には考えられない。
四国八十八ヶ所は旧邪馬台国を守るために巡回しているという説もある。

812名無しさん@1周年2019/07/14(日) 14:52:12.00ID:1dG93Mgc0
ロマンがある
三すくみのほうがおもしろい

813名無しさん@1周年2019/07/14(日) 14:53:04.69ID:oMj4tAyk0
邪馬台国は知ってるがこれだけ話題になっても何がすごかったのかわからない。
女王ってだけ?
それとも何か凄いことをしていた?
たった三代で滅んだ国なのに何故これほどまでに注目されるのか知りたい。

814名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:01:01.86ID:kVnfydc30
>>800
なるほど新唐書か
このころになると歴史書踏まえて説明するだろうから、日本書紀の神話と中国の前の歴史書の折衷みたいな説明になったのかね

815名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:02:42.66ID:tyjj8EFq0
>>813
日本と古代都市だからさ。

816名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:06:33.36ID:0zecbCwx0
>>813
魏史の倭人伝に名前が残っていて「親魏倭王」の金印を贈られたって明記されてる。

中国の歴史書に名前が残るほどの国なのに、当事者の日本の歴史にちゃんと記載がないってのがミステリーなんですよ。

817名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:11:10.02ID:YT8rOHk70
まーた、普段は日本史板と人類学板とオカルト板にいる歴史に寄生する魑魅魍魎が集まって来たか

818名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:13:17.98ID:Yz0HtAod0
>>782
>銅鐸の出土数は兵庫県の方が多いね。

で、出土遺跡の遺跡数は?  断然、銅鐸王国 倭国(阿波)だね。  @阿波

819名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:16:12.45ID:cWsYwKg90
鏡は九州中心だったのが卑弥呼の時代以降は畿内中心になってるのが面白い

820名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:17:44.98ID:Yz0HtAod0
>>782
>淡路島からも沢山出てるけど、
>あえて兵庫県でカウントする。

あえて兵庫県でカウントするのはなぜ?  現代の自治区分の兵庫県に何の関係があるの?  @阿波

821名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:20:13.54ID:Yz0HtAod0
>>786
>銅鐸を見ると弥生時代中期〜後期段階の大和は生産と供給の中心的な存在だったのが見えてくる

その大和の、出土遺跡の遺跡数は?  断然、銅鐸王国 倭国(阿波)だね。  @阿波

822名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:24:47.50ID:7ALfUpvU0
これ、一考する価値あるよな
youtubeで誰かがこの説を唱えてたけど
十分納得する内容だったな
四国のどこかに邪馬台国があったとしても不思議ではない

823名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:24:56.12ID:Yz0HtAod0
>>794
>奈良の大和の日本国は、古の倭奴「漢委奴国」だ

奈良の大和の日本国は、古の倭国(阿波)だ。  @阿波

824名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:29:05.55ID:0zecbCwx0
めんどうなやっちゃなあw
阿波は阿波でええやん、倭国まで無理にもっていかんでも・・・。
昔の栄華に夢を馳せるのもええけど、現代〜近い未来の衰退も心配したほうがエエよ。

825名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:31:50.93ID:Yz0HtAod0
>>824
>現代〜近い未来の衰退も心配したほうがエエよ。

だからこそ、魏志倭人伝の女王国 倭国(阿波)なんだよ。  @阿波

826名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:38:23.59ID:0zecbCwx0
>>825
意味不明、昼間から酔っぱらっとるんか?

827名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:40:01.84ID:xCewhlnN0
まあ四国は淡路遺跡に至る九州からの通過ルート
関崎から佐田岬へ渡り陸行一月

828名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:40:36.44ID:F3s/FpRd0
四国の南側と宮崎は人種が違う

こんな状態で論議するの?

829名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:46:03.71ID:XJ3BrGpo0
>>814 >>810
うんにゃ、

後晋(936年- 946年)『旧唐書』945年
北宋(960年 - 1127年)『新唐書』1060年

の間に何が起きていたかというと・・

984年に東大寺の僧「然(ちようねん)が、「王年代記」を宋の太宗に献上しており

それに

初めの主は天御中主(あめのみなかぬし
次は天村雲尊(あめのむらくものみこと)
次は天八重雲尊(あめのやえくものみこと)
次は天彌聞尊(あめのににぎのみこと)
次は天忍勝尊(あめのおしかつのみこと)
次は贍波尊(みなみのみこと)
次は萬魂尊(よろずむすひのみこと)
次は利利魂尊(ととむすひのみこと)
次は國狭槌尊(くにさづちのみこと)
次は角龔魂尊(つのそむすひのみこと)
次は汲津丹尊(くみつにのみこと)
次は面垂見尊(おもだるみのみこと)
次は國常立尊(くにとこたちのみこと)
次は天鑑尊(あめのかがみのみこと)
次は天萬尊(あめのよろずのみこと)
次は沫名杵尊(あわなぎのみこと)
次は伊弉諾尊(いざなぎのみこと) 
次は素戔烏尊(すさのおのみこと)
次は天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)
次は正哉吾勝速日天押穂耳尊(まさかあかつはやひあめのおしほみみのみこと)
次は天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)
次は炎尊(ほむらのみこと)火遠理命(山幸彦)
次は彦瀲尊(ひこなぎさのみこと)

凡そ二十三世、並びに筑紫の日向宮に都す
彦瀲の第四子を神武天皇と号す。 
筑紫の宮より入りて大和州橿原宮に居す
と書かれていた

つまり北宋(960年 - 1127年)『新唐書』1060年の記述は、日本の主観か反映したもの

830名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:53:46.69ID:vjTj6xXq0
>>816
中国の歴史書に名前が残るほどの国とか言うけど、
他の地域のことを知らなかっただけじゃないの?

831名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:55:36.95ID:o+/UgjUY0
>>830
当時倭人の30余国が使訳を通じてたらしいぞ

832名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:56:04.60ID:Yz0HtAod0
>>826
だからこそ、魏志倭人伝の女王国 倭国(阿波)なんだよ。  
飯泉知事も、vs東京なんてやってる場合じゃない。  @阿波

833名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:57:17.63ID:BaTCGORw0
阿波踊りは卑弥呼が踊った踊りです

834名無しさん@1周年2019/07/14(日) 15:58:59.44ID:Yz0HtAod0
>>830
>他の地域のことを知らなかっただけじゃないの?

そりゃ,そうだろう。
魏と誼を通じることが出来たのが、倭国(阿波)だけなんだから。  @阿波

835名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:03:09.30ID:Yz0HtAod0
>>833
>阿波踊りは卑弥呼が踊った踊りです

いや、卑弥呼は阿波踊りを見たんだよ。
阿波踊りを踊ったのは、天宇受売命だ。 ワハハハハは  @阿波

836名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:08:24.87ID:XJ3BrGpo0
日本の記紀では

初めの主は天御中主(あめのみなかぬし)
それから伊弉諾尊(いざなぎのみこと)で

天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)
天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)
素戔烏尊(すさのおのみこと)

が生まれて

素戔烏尊(すさのおのみこと)が出雲に「葦原中国」を造って
天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)に国譲りがされると
天照大神尊の孫の天彌聞尊(あめのににぎのみこと)が天降り

天彌聞尊の二人の息子の
炎尊(ほむらのみこと)火遠理命(山幸彦)と
火須勢理命(ほすせりのみこと)火照命(海幸彦)がケンカして

炎尊(ほむらのみこと)火遠理命(山幸彦)が出雲を追い出されて
九州の天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)のところに行き

天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)の娘と結婚して彦瀲尊(ひこなぎさのみこと)が生まれ

彦瀲の第四子が神武・・となっている

837国家社会主義ファシストの家ゲバ左翼 ◆KJxhrC5GEs 2019/07/14(日) 16:11:12.39ID:nN8Bijq10
隠岐ネタは無いよね

838名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:17:56.13ID:XJ3BrGpo0
んで、彦瀲の第四子の神武が、九州の兄弟と共に

爺ちゃんの「炎尊(ほむらのみこと)火遠理命(山幸彦)」を
アマテラスが国譲りされた出雲から、
天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)の九州の国に追い出した
火須勢理命(ほすせりのみこと)火照命(海幸彦)の子孫を服従させ

さらに

アマテラスから十種の神宝を授かった奈良の饒速日命(ニギハヤヒ)を服従させて、

九州の「海神の国」から奈良のアマテラスの国に移り住んで、
天皇を名のって、奈良のアマテラスの国を治めた

ことになってる

839名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:22:20.43ID:ZyMe4eFz0
ニニギくん?

840名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:22:21.86ID:ZyMe4eFz0
ニニギくんかな?

841名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:26:49.24ID:NMLi+ymX0
>>808
御井はミイな

842名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:27:11.20ID:NMLi+ymX0
>>813
お前が死ねば解決。

843名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:27:16.78ID:0zecbCwx0
@阿波みたいな「めんどいおっさん」が幅利かせてるから、わが郷土徳島は衰退するんやね・・・残念。

844名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:29:13.11ID:NMLi+ymX0
>>814
近畿日本の作り話し嫌々取り入れたってことだろうな。
旧唐書と新唐書の間が、中国側から見た倭国の代表の移り変わりの時代。

845名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:29:47.95ID:NMLi+ymX0
>>822
それより糞食えよ。美味いぞ。

846名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:30:41.81ID:urIlsI6h0
<課題>
レストラン「邪馬台国」(邪馬台国駅南口より徒歩10分)にいきましょう


畿内説:「南口って書いてるけど、東口のことやろ。東口から徒歩10分歩いたところにあるココがレストラン邪馬台国やで!」
九州説:「南口より徒歩10分って書いてあるけど、徒歩1分のことやな。駅から徒歩1分のココがレストラン邪馬台国やで!」

847名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:32:11.86ID:XJ3BrGpo0
結局だ、日本の記紀では

出雲に素戔烏尊(すさのおのみこと)の「葦原中国」
九州には天彦尊(あまつひこのみこと・豊玉彦)の「海神国」

そして奈良には

出雲の素戔烏尊(すさのおのみこと)の「葦原中国」を国譲りさせ

九州の天彦尊(あまつひこのみこと・豊玉彦)の「海神国」の
彦瀲の第四子の神武に滅ぼされてのっとられた

天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)の国

があったことになっており

その天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)の国が邪馬台国

848名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:34:39.04ID:qmXHvJBh0
>>846
そのとおりいくと太平洋のど真ん中に沈むんだからしょうがないだろ

849名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:36:19.72ID:XJ3BrGpo0
結局だ、日本の記紀では

出雲に素戔烏尊(すさのおのみこと)の「葦原中国」
九州には天彦尊(あまつひこのみこと・豊玉彦)の「海神国」

そして奈良には

出雲の素戔烏尊(すさのおのみこと)の「葦原中国」を国譲りさせ

九州の天彦尊(あまつひこのみこと・豊玉彦)の「海神国」の
彦瀲の第四子の神武に滅ぼされてのっとられた

天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)の国

があったことになっており

その奈良の天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)の国が邪馬台国

850名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:41:16.06ID:NMLi+ymX0
>>848
魏志倭人伝の問題は解決済み。
蒸し返すなカス。

851名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:42:35.11ID:urIlsI6h0
解決してるんなら、さっさと学会で発表しろよw

852名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:42:37.33ID:NMLi+ymX0
魏志倭人伝は
1. 伊都国基点の放射よみ。
2. 陸行一月は陸行一日の単なる写し間違い。

これで決着済み。近畿パーが暴れてるだけ。

853名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:42:57.44ID:avPWe5qe0
いまだに邪馬台国がどこかもわかんないんだもん
人類は何回も発展と滅亡を繰り返してんだろうな

854名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:43:16.42ID:NMLi+ymX0
>>851
近畿では鉄が溶けやすい学会?

855名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:43:50.32ID:NMLi+ymX0
 

魏志倭人伝は


1. 伊都国基点の放射よみ。


2. 陸行一月は陸行一日の単なる写し間違い。



これで決着済み。近畿パーが暴れてるだけ。



 

856名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:46:12.25ID:cBseawCJ0
>>835
そういや、徳島市に“宇受売”って名前のバーがあったな
古代史とは全然関係ないけどw

857名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:52:03.00ID:fhYoccE10
当時の日本列島の大部分は殷文化の影響が強かったんだろう

獣の肩甲骨を使った卜占、動物や人の生贄、殉葬、酒を使ったトランス状態で神託をきく、太陽神の末裔、
邪馬台国の記述や纒向遺跡の祭祀遺構に合致する

殷では女性は巫女として政治に参加し、戦争の最前線で活躍するなどその地位は非常に高く、飲酒は神事であった

桃の種は大量の酒を作った跡だろう

卑弥呼のいた邪馬台国、ヤマトは戦争の最前線

纒向遺跡は、2世紀末ヤマト征伐に作られた対狗奴国の前線基地
河内、和泉の狗奴国と争っていたんだろう

858名無しさん@1周年2019/07/14(日) 16:55:11.43ID:Rr8E6WaZ0
47都道府県で唯一電車がない徳島県
これからもその記録は途切れそうにない
ある意味別格の県だね

859名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:03:38.05ID:0zecbCwx0
>>858
高徳線の電化が絶望的なので、それ以外の路線の電化も厳しいでしょうね。

860名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:05:38.09ID:fhYoccE10
淡路島行ったついでに徳島にもたまに行く
渡ってすぐの競艇場の辺りは寂れた感が半端ないが、奥の方に行けば綺麗なところもあるしね
海の幸や山の幸も美味しいし、いいところだよ

861名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:08:08.73ID:SAvEPEh00
魏志倭人伝を最新技術で読み解いた


862名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:10:59.70ID:urIlsI6h0
>>855
「俺の中で」決着済みなんだよねw
「俺の中だけ」でw

863名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:11:01.28ID:Yz0HtAod0
>>844
>旧唐書と新唐書の間が、中国側から見た倭国の代表の移り変わりの時代。

それが、8世紀の倭国(阿波)から奈良大和への遷都。  @阿波

864名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:17:30.84ID:NMLi+ymX0
>>862
お前の中だけで決着済みで無いだけ。

865名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:17:46.43ID:NMLi+ymX0
  

魏志倭人伝は


1. 伊都国基点の放射よみ。


2. 陸行一月は陸行一日の単なる写し間違い。



これで決着済み。近畿パーが暴れてるだけ。



 

866名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:17:58.61ID:fhYoccE10
@阿波って嘘ばかりついて、徳島県民を陥れようとしているみたいやね

867名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:19:10.86ID:s9e8+H+h0
また近畿パー連呼のやつが暴れてんのか

868名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:20:17.64ID:NMLi+ymX0
また近畿パーが暴れてんのか

869名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:20:32.65ID:N2FM7TnzO
神武が卑弥呼より後の人物である可能性は高い。記紀は卑弥呼の居たとされる後の時代に書かれた中国、磐古の神話をパクってるから。丹が顔料として必要とされてるなら、半島にも入れ墨をした倭人がいるように、代用はされてるだろ。博多湾が和白。和白で協議され決定する。

870名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:20:35.77ID:NMLi+ymX0
   

魏志倭人伝は


1. 伊都国基点の放射よみ。


2. 陸行一月は陸行一日の単なる写し間違い。



これで決着済み。近畿パーが暴れてるだけ。



 

871名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:23:28.31ID:s9e8+H+h0
近畿パー連呼のやつと宮崎バカ(呼子上陸バカとも言う)は荒らしだろ
この2人は知識が乏しいが、カキコミ数が異常に多い
こいつらが来るとスレのレベルが急に下がる

872名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:24:05.56ID:urIlsI6h0
>>864
学会で発表もしてない話で「決着」できるの????

すごいね、さすが九州説!!

873名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:24:25.22ID:NMLi+ymX0
>>871
スレのレベル下げるな近畿パー

874名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:24:48.07ID:NMLi+ymX0
>>872
近畿では鉄が溶けやすい学会?

875名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:25:04.77ID:NMLi+ymX0
    

魏志倭人伝は


1. 伊都国基点の放射よみ。


2. 陸行一月は陸行一日の単なる写し間違い。



これで決着済み。近畿パーが暴れてるだけ。



 

876名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:25:05.80ID:Yz0HtAod0
>>866
>@阿波って嘘ばかりついて

阿波説は、逆立ち・し・て・い・て・ も、どの説にも負けない。  反論ある人は、はい、どうぞ。   @阿波 

877名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:25:35.31ID:NMLi+ymX0
>>876
お前はNGな

878名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:25:48.40ID:urIlsI6h0
>>874
そういえば、根拠はないし魏志倭人伝も捻じ曲げなきゃ成立しない学会に発表されてるんでしたっけ?w

879名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:26:31.75ID:NMLi+ymX0
>>878
糞食えよ近畿パーw

880名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:26:47.98ID:NMLi+ymX0
     

魏志倭人伝は


1. 伊都国基点の放射よみ。


2. 陸行一月は陸行一日の単なる写し間違い。



これで決着済み。近畿パーが暴れてるだけ。



 

881名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:27:20.39ID:jpi6NTyZ0
ここに来て増えるかよ

882名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:27:55.82ID:NMLi+ymX0
>>878
お前は根拠のない話しで魏志倭人伝捻じ曲げるなよ近畿パー

883◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 17:32:52.47ID:In00/u2r0
>>828
民俗学的には、南九州と四国とはつながっているらしい。
瀬戸内の民俗は四国側と山陽側とで分かれていて、
四国には、日向三代の神話でおなじみの産屋を作る人たちが住んでいた。

> 第二は、男漁女耕をする海民で、南九州から瀬戸内海に移動してきた海民である。
>かれらは大山祇を信仰し、四国側を中心に定着し、後に村上水軍などの海上の武装勢力を形成した。
大林多良「東と西海と山(日本の文化領域)」

「男漁女耕」だから女が船に乗ることはタブーで、それは和田竜氏の小説「村上海賊の娘」でも
述べられている。
一方の山陽側は北部九州と連続する風俗で、夫婦で漁をし、常設の若者宿などの
年齢階梯性の社会なのだ。神功皇后が女だてらに艦隊を率いるのは
こっちの文化圏だね。

蛇足だが、魏志倭人伝の描く倭国は男のみ黥面文身する海士(男の潜水漁民)の国で、
その意味では南九州−四国に近いのだ。

884名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:32:56.21ID:i1N5roKZ0
ねえな
何万もの集落を作るには土地がなさすぎる
徳島平野も昔は四国三郎吉野川が頻繁に洪水するし、農業もまともにできたもんじゃない

885名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:33:06.85ID:NMLi+ymX0
 

糞食えば


金がもらえる


近畿パー


 

886名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:38:39.81ID:Yz0HtAod0
>>884
>何万もの集落を作るには土地がなさすぎる

御心配には及ばない。
他説にはない、弥生後期の集落遺跡が吉野川流域集中しているよ。  わははははは  @阿波

887◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 17:43:39.48ID:In00/u2r0
>>884
よく考えたら、筑後には筑紫次郎が流れ、
阿波には四国三郎が流れているのか。

奈良に大河はあるまいw

888名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:44:28.76ID:FCWuyHGFO
>>441
記紀の総合指揮はフヒトで、百済と藤原に都合よい作為があるが、考古学的に正確な部分もある

889名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:46:47.73ID:64ucNOeV0
>>1
どこいっきょん
なにほたえとん

890名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:56:11.99ID:V6XaqR9d0
歴史は勝者のもの。勝者に勝手に改ざんされまくる
藤原のライバルは忌部
忌部の本拠地は四国
ゆえに四国は歴史から抹消された

891名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:58:22.67ID:0zecbCwx0
>>887
奈良には古奈良湖が有りましたよ、湖のほうが河川よりは水位の上下が穏やかな反面、
湿地帯を伴い蚊の発生等の不都合も多い、まあどっちもどっちですわ。

892名無しさん@1周年2019/07/14(日) 17:59:41.86ID:fhYoccE10
玖賀(京都)〜敦賀〜多賀〜甲賀〜伊賀〜雑賀〜那賀(阿波)〜〜英賀 (播磨)
倭国大乱前、畿内を中心とした賀で囲まれた国が作られていた可能性があるな

倭国大乱までは阿波も銅鐸文化圏で畿内の仲間だったんやろな

巨大銅鐸が見つかった滋賀の伊勢遺跡に首長たちが集まって政治をしていたんじゃないか?

893名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:01:07.89ID:Yz0HtAod0
>>890
残念だが、その通り。
だが、中臣も同じ忌部一族なんだけどね。  

ここでいう忌部一族とは、平安時代の『新撰姓氏録』以降の忌部(斎部)氏ではない。
忌部一族とは倭人(広義の忌部氏)であり、全国を拓殖していった古代倭国(阿波)スーパー頭脳集団の総称である。  @阿波
@阿波

894名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:03:26.05ID:V6XaqR9d0
吉野ケ里→吉野川→奈良の吉野

西から東へ人の移動と共に名前も伝播
問題はいつ移動したのか?

895名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:03:36.41ID:0zecbCwx0
>>893
すんません、根拠もかかずに珍説を披露して徳島の恥をさらすのは止めて!

896名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:06:11.83ID:6itRY+4h0
奴国は大和朝廷と繋がりがない論が強いのに邪馬台国は繋がりがある論が強い意味がわからない
どっちも繋がりないだろ

897名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:10:10.04ID:NMLi+ymX0
>>896
いや畿内説なんてまるでネタだから。
もう否定され切ってる。

898名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:10:32.21ID:Yz0HtAod0
>>895
>すんません、根拠もかかずに珍説を披露して徳島の恥をさらすのは止めて!

すんません、根拠もかかずに批判するのは止めて!
阿波説は、逆立ち・し・て・い・て・ も、どの説にも負けない。  反論ある人は、はい、どうぞ。   @阿波 

899名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:11:33.97ID:rE8mY8ex0
四国民「興味ないね」
九州民「どこでもいい」
○○県民「ウリナラマンセー!ウリナラマンセー!」

900名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:15:00.27ID:MS9/3ah+0
大和朝廷は、神教派の物部が仏教派の蘇我に乗っ取られて、さらに藤原がクーデターで乗っ取る。

901名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:16:48.37ID:Yz0HtAod0
>>900
蘇我氏の本拠地:徳島県石井町の曽我氏神社古墳群

先日のNHKでは、方墳は飛鳥時代蘇我稲目の都塚古墳から突然始まると放送されていたが
蘇我氏の本拠地とされる徳島県石井町の曽我氏神社古墳群にはそれに先立ち、古墳時代前期に既に10m×12mの方墳(2号墳)が確認されている。
このことから、方墳墓は蘇我氏一族専用の墓型であった可能性が高い。
また、同じ石井町には奈良の大和朝廷に先行すると思われる白鳳寺院跡および白鳳瓦窯跡が確認されている。
他にも吉野川中流域の美馬町・川島町にも白鳳寺院跡が存在する。
これらも倭国(阿波)内・外で頭角を現した有力豪族、蘇我氏に由来するものであろう。  @阿波

902名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:17:50.51ID:fhYoccE10
孫に櫛八玉神がいる水戸神の謎が阿波にありそうなんだがな

903名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:19:16.20ID:V6XaqR9d0
伊邪那美神社(式内社)って徳島にしかないからね
イザナミは天皇家の偉大なる母
邪馬台国は微妙だが神武天皇〜は確実に徳島

904名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:22:18.22ID:Yz0HtAod0
>>902

「水の神・彌都波能売神」が「八大龍王神社」で祀られているよ。  @阿波

905名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:23:48.96ID:Yz0HtAod0
>>903
>邪馬台国は微妙だが

「其山有丹」で決着済みだよ。  @阿波

906名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:24:26.20ID:YUllz0sj0
>>896
>奴国は大和朝廷と繋がりがない論が強いのに

どこの異世界でそんな論が強いんだ?
それとも九州説信者の限られた狭い世界での話?

907名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:24:28.17ID:0zecbCwx0
>>898
忌部氏と中臣氏は、ともに朝廷の祭祀を司る氏族であったが、後に中臣氏が職掌を独占するようになって、
それに押されて忌部氏が衰退したっていうのは資料から判明しているが、
中臣氏が忌部の一族だったという資料はどこにありますか?
忌部氏の祖は「天太玉命」で中臣氏の祖は「天児屋命」です。
天照大神が天岩戸に隠れたとき、両名登場して活躍しているのですが、
どちらも忌部氏と断ずる根拠をお答えいただきたい。

908名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:25:47.07ID:YUllz0sj0
泡爺さん頑張ってんな
まあこのスレの主役だから思いっきり語っていいよ

909名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:26:25.75ID:kVnfydc30
>>892
面白いけど賀ってどういう意味なんだ

910名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:27:20.71ID:KiWWcYbM0
>>892
琵琶湖の南側か
弥生後期に住居の痕跡がなく巨大銅鐸の祭祀殿跡か
誰が何を目的に何を祈ったのか?

911名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:27:57.75ID:xz6zAt2X0
>>887
太郎は?

912名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:28:05.38ID:0F3hJJHQ0
賀は鹿じゃね?

913名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:28:16.04ID:SOIsW8yP0
四国で間違いないとおもう
ミクロネシアから航海で渡って来たことも明らかになったし
災害から離れて住むなら四国しかない

914名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:29:17.49ID:BaTCGORw0
>>849
あなたの話だと、日本の政権が
宗に王年代記を献上した時には
彦瀲尊を先祖に持つ九州の地方政権が
奈良に移って、日本代表を名乗っていた。
だから宗に渡した天皇のリストは
九州の地方政権のトップのリストに
なっている。

九州の地方政権の時にも後晋、唐と交流して
いて、その時には邪馬台という名前を使っていた
ということですか?

単に九州の地方政府が遷都を繰り返して
奈良に入ったということですか?

あなたが書いている
「日本の正当な国」というのはどこなんですか?

915名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:29:46.06ID:kVnfydc30
>>912
確かに
英賀の近くには妻鹿もあるな

916名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:30:40.46ID:Yz0HtAod0
>>907
>中臣氏が忌部の一族だったという資料はどこにありますか?

中臣氏とか忌部氏とかの氏族は、平安時代の『新撰姓氏録』によるもの。 記紀には、中臣氏とか忌部氏とかの氏族名はないでしょ?



>忌部氏の祖は「天太玉命」で中臣氏の祖は「天児屋命」です。

ともに「忌部一族」です。
ここでいう忌部一族とは、平安時代の『新撰姓氏録』以降の忌部(斎部)氏ではない。
忌部一族とは倭人(広義の忌部氏)であり、全国を拓殖していった古代倭国(阿波)スーパー頭脳集団の総称である。  @阿波

917名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:30:59.56ID:+o97mDGI0
おらが地元に邪馬台国を!
的な感じやろ

918名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:31:49.69ID:BaTCGORw0
>>913
ミクロネシア人と日本人はDNAは近いのかな?

919◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 18:31:57.17ID:In00/u2r0
>>911
坂東太郎の流域には海上国(うなかみのくに)があった。
古墳時代の関東に突然屹立した巨大国にして
古墳の副葬品に石枕を入れる人たちの国。
ロマンじゃのお。

920名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:33:05.23ID:BaTCGORw0
>>913
あんな小さな島々から日本にすごい距離があるのに
船で渡ってくるというのは驚きですね。その間どうやって
水とか調達で来たんだろう?

921名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:35:08.54ID:0zecbCwx0
>>916
無茶苦茶だなwだったら秦氏はどうなるんですか?
徳島には秦氏の子孫も大勢いらっしゃいますよ、
小学校の時の教頭先生も秦先生でした。

922名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:35:54.09ID:Yz0HtAod0
>>919
>古墳の副葬品に石枕を入れる人たちの国。

その石枕って、阿波の青石じゃないの?  @阿波

923名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:36:21.35ID:SOIsW8yP0
>>918
縄文人とミクロネシア人に共通の遺伝子があるそうだ

924名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:36:50.93ID:fhYoccE10
イザナギ、イザナミについては、

延喜式祝詞では鎮火祭の祝詞に出てくる

「天都詞太詞事を以て申さく」と他人事のように書かれている。

鎮火祭
高天原に神留り坐す皇親神漏義・神漏美の命持ちて、
皇御孫命は豊葦原乃水穂国を安国と平けく知食せと、天下寄さし奉りし時に、
事寄さし奉りし天都詞太詞事を以て申さく、
 神伊佐奈伎・伊佐奈美乃命、妹背二柱嫁継ぎ給ひて、国の八十国・嶋の八十嶋を生み給ひ、八百万神等を生み給ひて、
麻奈弟子に火結神を生み給ひて、美保止焼かえて石隠り坐して、
夜は七夜昼は七日、吾をな見給ひそ、吾が奈^背乃命と申し給ひき。
此の七日には足らずて、隠り坐す事奇しとて、見そなはす時に、火を生み給ひて、御保止を焼かえ坐しき。
如是る時に、吾が名^背乃命の吾を見給ふなと申すを、吾を見阿波多志給ひつと申し給ひて、吾が名^背能命は上津国を知食すべし。
吾は下津国を知らむと白して、石隠り給ひて、与美津枚坂に至り坐して思食さく、吾が名^背命の知食す上津国に、心悪しき子を生み置きて来ぬと宣りたまひて、返り坐して、更に子を生みたまふ。
水神・匏・川菜・埴山姫、四種の物を生み給ひて、此の心悪しき子の心荒びそば、水神匏、埴山姫川菜を持ちて鎮め奉れと事教へ悟し給ひき。
 此に依りて称辞竟へ奉らば、皇御孫の朝廷に御心一速び給はじと為て、進る物は、明妙・照妙・和妙・荒妙・五色物を備へ奉りて、
青海原に住む物は、鰭広物・鰭狭物、奥津海菜・辺津海菜に至るまでに、御酒は�辺高知り、�腹満て雙べて、
和稲・荒稲に至るまでに、横山の如く置き高成して、天津祝詞の太祝詞事以て、称辞竟へ奉らくと申す。

925◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 18:38:47.25ID:In00/u2r0
>>922
知らんがな。
まあ、阿波と房総は親戚だからなあ。

926名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:39:00.33ID:SOIsW8yP0
>>920
途中の島は当然寄ってる
黒潮の流れに乗ってきたんだろう
ミクロネシア、フィリピン、台湾、沖縄、本土とね
最近も台湾から石垣島へ昔の船で200キロ航海する実験していた
成功したよ

927名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:39:48.10ID:XJ3BrGpo0
>>914
九州の【漢委奴国】狗奴国の

32代目の国王の

「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の

【第4皇子の神武】が、

【親魏倭王】の「邪馬台国」を滅ぼして、
天皇を名のって大和に移り住んで
大和にあったアマテラスの国をのっとった

神武は「第4皇子、であり、九州の【漢委奴国】狗奴国の33代目の国王ではないので「遷都ではない」

928名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:50:29.02ID:XJ3BrGpo0
>>927 つづき

なので

後晋(936年- 946年)『旧唐書』945年

【倭国伝・・つまり九州の「漢委奴国」伝】
古くは「漢委奴国」と呼び、どんな時代もずっと中国と交易していた、九州の国が【倭国】である

【日本国伝・・つまり大和の「日本国」伝】
神武がのっとり日邊(日出の処)在るを以て、故に日本と名を為した
あるいは、邪馬台という名前が嫌で日本と言う名に国名を変えた
という大和の国【日本】は、倭国ではなく、信用なら無い国だ

929名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:52:29.04ID:M82AHrkB0
>>894
紀の川を遡れば吉野川になる

930名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:52:59.90ID:qmrZto9d0
九州が一番説得力がある
畿内説はもはや宗教的な何か

931名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:55:16.34ID:o+/UgjUY0
>>926
ググってみると丸二日かかったらしいな
200qを48時間、日に5時間漕ぐと仮定すると十日かかる計算になる
これに雨待ち風待ち潮待ち逗留の日数を加えると、200q移動するのに二十日ほどかかっても不思議はないな
ぜひ準構造船でも航行実験してみてほしいところだな

> 大阪市のなみはや号プロジェクト(引用元)
> 大阪市、大阪市教育委員会、(財)大阪市文化財協会は、大阪市制100周年・協会
> 創立10周年記念行事として舟形埴輪のモデルとなった古代船を復元し、「倭の五王」
> 時代の航海を再現する事にした。大阪から・韓国釜山まで700kmの航海実験であった。
>
> そこで10年前、大阪の長原高廻りから出土した舟形埴輪を10倍の大きさにし、実際に
> 木造船として作ってみました。現在の船の構造設計者によると、とても構造的に船に
> ならない、ということでしたが、直径2mの丸太をカナダから輸入し、埴輪を忠実に模する
> ことにより、全長12m、8人漕ぎの古代の準構造船を再現したのです。この船を”なみはや”
> と名づけ、実際に海に浮かべて漕いでみますと、非常に安定が悪く、そのうえなかなか
> 進みません。50cmの高さの波がきただけでもバランスを失ってひっくり返りそうです。
> 1mもの波がこようものなら漕ぎ出すのは到底無理なことです。また喫水が浅いため
> 少しの風でも倒れそうになるので、天理の東殿塚古墳から出土した土器の絵のように、
> 帆のようなものを立てるなどという事は、現実的に絶対に無理なことでした。
>
> 結局、船を安定させるため何百キロという重りを底に入れて、大学のボート部の学生に、
> 古代の人が渡ったであろうと思われるコースで、玄界灘を越えて韓国に向けて漕いで
> もらったわけですが、これが殆ど進みません。そのまま漕いで行っても、一体何日かかれば
> 港に到着するのか、見当がつかないほど進みません。

932名無しさん@1周年2019/07/14(日) 18:57:00.22ID:0zecbCwx0
>>922
ところが、群馬・埼玉にも青石はある、見た目は阿波の青石とそっくり。
徳島みたいに河原中全部青石みたいなのはさすがに見たこと無いけどね。

933◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 19:04:10.87ID:In00/u2r0
>>924
> 吾を見阿波多志給ひつと申し給ひて

辞書によると、「阿波多す(あわたす)」は「淡(あわ)」と語源を同じくして
「軽視する、恥をかかせる」の意と書いてあるな。
>>553で書いたヒルコの兄弟の「淡島」の謎が、意外なところで解けた気がする。
ありがとう。

934名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:04:20.31ID:XJ3BrGpo0
>>930
九州にあったのは

天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)

ですけど?

935名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:06:53.33ID:XJ3BrGpo0
>>930
九州にあったのは

出雲の、天照大神尊の孫の天彌聞尊(あめのににぎのみこと)の子の
炎尊(ほむらのみこと・山幸彦)が訪れた

天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)の「海神の国」

ですけど?

936名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:10:54.57ID:XGKbp6KD0
>>858
淡路島は昭和30年代私鉄電車が走ってた。

937名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:13:30.85ID:V6XaqR9d0
>>913
まず南九州に漂着したが火山あるので
四国へ移住したんだろう
四国から畿内へ移住は南海トラフだろうな、奈良は津波来ないし

938名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:14:20.63ID:U67Cogzs0
>>805
正解、ヤマトトトヒとはヤマト、トート妃だから。トートとはエジプトの数学やらあらゆる知識の神、ピラミッドを作った神でもある。
つまり大物主の正体は元ははるか
エジプトからの神、
海を渡ってきたモノノベの意味だよ。

939名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:17:13.24ID:VfugHRjI0
>>813
話題になるのは当時の日本に他にネタがないからだよ

940◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 19:18:54.50ID:In00/u2r0
>>938
佐賀人A 「この席とっとっと?」
佐賀人B 「とっとーと!」

941名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:21:38.35ID:XJ3BrGpo0
日本の記紀では

初めの主、天御中主(あめのみなかぬし)から
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が生まれ

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)から
まず天彦尊(あまつひこのみこと)綿津見大神(豊玉彦)が生まれた

後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」の印をもらったのが
この、綿津見大神(豊玉彦)

その後奈良に
天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)
素戔烏尊(すさのおのみこと)

が生まれて

素戔烏尊(すさのおのみこと)が奈良を出て
出雲に「葦原中国」を造って

出雲の「葦原中国」を
奈良の天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)に国譲りした

魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の印をもらったのが
この、奈良の天照大神尊(あまてらすおおみかみのみこと)と出雲の「葦原中国」の連合国

942名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:23:27.96ID:U67Cogzs0
そもそも10世紀位に発見された銅鐸をみて何か判らん連中は、これはアショーカ王のお宝だ!
と騒いでた位だからな。
銅鐸も元をたどればメジェドだろう、何の神かはわからないが取り敢えずは守護神だw
眼の位置に穴もあいてるしな。

943名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:27:53.53ID:N2FM7TnzO
北九州次郎はトキ、四男は神武ケンシロウ、太郎は、羅王脱解昔氏。三男四国は解るな?、愛せよ。

944名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:29:36.64ID:U67Cogzs0
三角の山に大物主がいるのはそういうこと。
まあ三輪山自体は讃岐と奈良に別れて天から
落ちて出来た山、という伝承もあるな。
大物主は金比羅さん、まあどちらにせよ
エジプトからインドを経てきた神だ。
トート王自身にもエジプトでは後々東アジアで
王になったという伝承がある。

しかもトート王の正体は朱鷺の化身だからなw

945名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:30:27.54ID:fhYoccE10
アショカ王
阿射加、朝香、浅香、
あながち遠くないかも

946名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:33:19.72ID:fhYoccE10
ヤマト政権が始まる前の八十神がいた芦原中津國は何処だろうか?

芦が散るはなにわの枕詞
聖武天皇の難波行幸に従駕したの笠朝臣金村詠んだ一首にも
押し照る 難波の国は 葦垣の 古りにし郷と‥
と歌われている

芦原中津國はなにわを中心とした近畿地方なんじゃないか?
芦原醜男は大国主の別名
大国主とスクナヒコナが国作りをしたクニはなにわを中心とした芦原中津國では?

芦原はアイヌ語で【サル】
サルで思い出すのがサルタヒコ

そしてサルタヒコは出雲の姫神である幸神とクナトの神の子

逃れたサルタヒコが見つかったのは、天の【八衢】
道が幾つにも分かれるところ、【方違】

堺の仁徳天皇陵の近くに方違神社があって、方違【幸】大神が祀られている

947名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:34:52.30ID:s5bNGWKK0
三輪大物主が天照(女王)に譲位したのが国譲りの伝説になったんだろ

948名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:37:29.99ID:UX1BUAJC0
北部九州に水銀鉱床は普通にあるよな

949名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:38:29.05ID:N2FM7TnzO
蓋馬高原だよ

950名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:40:05.75ID:Fb13H5RD0
おまはんらー
なんしょんえー
ほなけんどなー
立江ちゃうでよ! たっちぇでよ! たっちぇ!
牟岐線はしんりょん?

951名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:48:11.96ID:0zecbCwx0
>>950
おまはんこまっちまの人なん?

952名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:51:11.82ID:kVnfydc30
>>937
瀬戸内海は内海だから津波は影響少ないだろう

953名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:53:01.28ID:UX1BUAJC0
奈良は活断層が多そう

954名無しさん@1周年2019/07/14(日) 19:58:07.00ID:rE8mY8ex0
そもそも天皇は半島や中国やもっと遠いところから来て
生粋の日本人じゃないよ説もあるし 新兵器もその流れで来てるだろうから
九州だろうが近畿だろうがどっちも支配された地域だろ

955名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:19:03.84ID:Xr4OrL8c0
>>919
マロンおいしいよな

956名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:20:11.30ID:Yz0HtAod0
仁徳天皇の都は讃岐の難波郷

陵墓は眉山(以の山)にある毛受ヶ原「ササギの抜け穴」=「仁徳天皇陵墓跡」

大仙古墳は仁徳天皇を偲んだ忌部一族のレプリカ墓(からばか)  @阿波

957名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:20:14.44ID:Xr4OrL8c0
>>954
糞食えば解決。

958名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:22:34.92ID:Xr4OrL8c0
近畿パー勝ち誇るのやめたな。
さすがに恥ずかしくなったかな。
サハフタソみたいだもんなw

959◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 20:23:42.34ID:In00/u2r0
>>955
うむ、マロンはおいしいよな。
それに加えて、今日は>>933の収穫があったから大満足なのだ。

960名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:24:30.61ID:+o97mDGI0
阿波おどりは卑弥呼の鬼道が起源
だったらいな

961名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:24:41.22ID:Yz0HtAod0
稲持遺跡(徳島県三好郡東みよし町稲持)は、弥生時代後期の玉作遺跡として代表的である。   

962名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:26:01.94ID:gY0Db4+qO
いろんなキャラ作ってご苦労なこった

963名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:28:11.83ID:Yz0HtAod0
斉一性の強い小型勾玉の一群が阿波地域を中心に 讃岐地域・吉備地域と西縁・伊予地域・豊前、筑前、肥前地域 に点在しており、

石材・色調・形状から特定の場所で作られたと考えられる。

964名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:29:35.23ID:Yz0HtAod0
蛇紋岩の製作遺跡 東みよし町稲持遺跡・徳島市矢野遺跡・上板町七条経塚遺跡

原石産出地 徳島県吉野川加茂谷川水系蛇紋岩

徳島県で勾玉が出土された遺跡:稲持遺跡、矢野遺跡、黒谷川郡頭遺跡、井出上遺跡など。

965名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:30:53.64ID:Yz0HtAod0
井手上遺跡(徳島県三好市井川町西井川)(弥生時代後期終末〜古墳時代前期初頭の集落)出土の翡翠製勾玉は、

新潟県糸魚川で産出する翡翠を使用し北陸周辺で加工されたものであることがわかっている。

966名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:31:45.98ID:Yz0HtAod0
出土した遺物は、吉野川下流域、讃岐、吉備等の搬入土器が含まれており、

当時の交易の範囲を知る上で貴重な発見となっている。  @阿波  

「稲持遺跡」 
https://www.pref.tokushima.lg.jp/rekishiru/remains/5023036/

967名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:32:35.90ID:kVnfydc30
>>956
つうことはおなじものが徳島にもあんの
見てみたいわ

968名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:33:34.09ID:+o97mDGI0
まあ倭人伝によると倭では養蚕をやってて、卑弥呼が魏に倭錦(絹織物)を献上したりしてるが
この時代の遺跡から絹が出土するのは九州のみ。その時点でなあ

969名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:40:59.69ID:kVnfydc30
当然本物はレプリカよりでかいんだよね

970名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:42:58.66ID:Yz0HtAod0
>>968
>この時代の遺跡から絹が出土するのは九州のみ。

それはよかったね。


「加茂宮ノ前遺跡」bQ
徳島県阿南市加茂町大西、宮ノ前にある加茂宮ノ前遺跡は那賀川の右岸、標高約24〜26mの自然堤防に立地している。
発掘調査では、弥生〜古墳時代と鎌倉〜室町時代の集落跡を確認。
弥生時代中期後半〜古墳時代前期初頭(紀元1〜3世紀ごろ)の竪穴住居跡計100棟余りと、土坑、溝、柱穴を発見した。
弥生〜古墳時代の県内最大規模の集落とみられる。
住居跡や周辺の遺構からは、水銀朱の精製に関わる磨石(すりいし)や石杵、石臼などの石器500点余りと、祭祀に関わる水銀朱の原料となる辰砂約90点が見つかり、注目される。
住宅跡からは、サヌカイト製の石器とその残りかす、糸を紡ぐために使う土製紡錘車、鉄器、ガラス小玉が出土。
鍛冶炉(製鉄の炉)を備えていた。
一つの住居で辰砂の精製と鉄の加工、紡織、石器づくりをしていることから、さまざまな物を同時に作る工房としての性格があることが分かった。
加茂宮ノ前遺跡の南西約5qには、弥生〜古墳時代の辰砂採掘遺跡である若杉山遺跡がある。
那賀川の対岸には縄文〜鎌倉、室町時代の深瀬遺跡がある。若杉山、深瀬の両遺跡は時代が共通する上、辰砂が見られる点から、加茂宮ノ前遺跡との関連が注目される。
加茂宮ノ前遺跡では、水銀朱を作っていたほか、石器、鉄器の製作加工や紡織をするなど「生産のムラ」として大規模に展開していたといえる。(県埋蔵文化財センター専門研究員 田川憲)   @阿波

971名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:43:53.29ID:0zecbCwx0
>>966
それ、縄文時代の遺跡ですね。
徳島だけで無く西日本は東日本と比較して縄文時代の遺跡の出土が少ないので、大変貴重な遺跡と言えるでしょう。


ところで阿波忌部氏と皇室のつながりを感じさせる大麻の栽培の記事を貼って置きますね。
https://www.topics.or.jp/articles/-/186792

麻の栽培は、古く縄文時代から伝承されてきたものでは無いかと推測します。

972名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:44:57.95ID:+o97mDGI0
>>971
麻とかどうでもいいし、絹は弥生時代やで

973名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:47:20.68ID:kVnfydc30
まあ邪馬台国はどこにあるかもわからんから徳島でもいいと思うけど、>863みたいな言説は仁徳天皇陵よりでかい古墳とか東大寺より立派な寺とかないとって思うよね

974名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:48:40.89ID:Yz0HtAod0
>>971
先日、三木家へ、践祚大嘗祭の麁布に使うための大麻畑を見学に行ってきました。  @阿波

975名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:55:26.39ID:Yz0HtAod0
>>969
>当然本物はレプリカよりでかいんだよね


あのねぇ、本物の大王墓は山稜に造営されるものなんだよ。 理解できる?  記紀にも書いてあるでしょ? 

平地に造るどでかいお墓は、臣下のお墓やレプリカ墓(霊のない空墓)。  @阿波

976名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:56:44.26ID:0zecbCwx0
>>972
天皇の代替わりの儀式に切る装束が麻っていうのも不思議ですねえ、
皇室では養蚕もやってますし、絹のほうが高級そうなんですが。

>>974
それ貴重な体験でしたね、自分も行ってみたけど、行ける時期には既に刈り取った後かなあ・・・。

977名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:57:31.37ID:+o97mDGI0
>>970
山丹有だからな。丹だけなら佐賀の虚空蔵山にもあるんやで
阿波はまず絹を見つけてから何か言ったら

978名無しさん@1周年2019/07/14(日) 20:59:41.65ID:Yz0HtAod0
>>976
>天皇の代替わりの儀式に切る装束が麻っていうのも不思議ですねえ

天皇陛下即位式である大嘗祭に、麁服を調進する大役を太古から担う御衣御殿人(みぞみあらかんど)の家柄である三木家は、
木屋平村の三木山山頂に居を構える。
貢(みつぎ)、あるいは三ッ木とも呼ばれる地名は、深く調進に関わる為でもあろう。 南北朝時代にあっては、山岳武士の頭目として南朝に関わった。
さて、この三木山こそは、太古の高天原であると同時に、天皇家の故郷でもある。このお山から御霊を大嘗宮へ運ぶ為には何か媒体が必要である。
つまり、依り代に付いて初めて示現されるのが神霊であるなら、「麻」こそ媒体であると云える。
古来より伊勢神宮の神札は神宮大麻と呼ばれ、御師が領布した御祓大麻を指すからだ。
後世、大麻(おおぬさ)は紙に変わってしまい、現代人は麻の持つ意味を忘れようとしている。   @阿波

979名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:02:08.29ID:Yz0HtAod0
>>977
>阿波はまず絹を見つけてから何か言ったら

「丹」を掘り出していたから、それだけで腹いっぱいだよ。 わははははは  @阿波

980名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:02:50.70ID:/rP4Wpxc0
神武天皇の神社は阿波は古いのが多いんだよ。橿原神宮とかは明治だからね。

徐福の探検隊の一隊が阿波にたどり着いて、富士にたどり着いてた一隊と再会した
なんていう説もある。

981◆HKZsYRUkck 2019/07/14(日) 21:03:16.88ID:In00/u2r0
まず前提として、俺は朱(水銀朱)も紅(ベンガラ=酸化鉄)も「丹」だという立場だが、
それはさておき。

>>977とか
豊前田川の香春岳は古くからの銅山で、ここの香春神社は宇佐神宮の
前身とも言われているが、その神職は赤染氏なんだよね。
赤染氏は中央貴族も出している名家だが、姓は常世連で、「新撰姓氏録」によると、
「燕国王公孫淵より出ず」という系譜らしい。
その出自と「赤染」という氏から、朱丹(水銀朱)を司る一族である可能性が高いのだ。

982名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:04:07.14ID:+o97mDGI0
>>976
昔からの習慣を重視しているなら、初期のヤマト政権には絹が無かったからと見るか
何らかの宗教的な理由によるものか、当時の日本の絹の質が余り良くなく
かつ麻の方が暑い日本には合っていたか、かのいずれかのような気はする

983名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:07:16.54ID:Yz0HtAod0
>>982

古来より伊勢神宮の神札は神宮大麻と呼ばれ、御師が領布した御祓大麻を指すからだ。

後世、大麻(おおぬさ)は紙に変わってしまい、現代人は麻の持つ意味を忘れようとしている。   @阿波

984名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:08:59.12ID:Yz0HtAod0
大麻(麻)の繊維は、日本では古くからしめ縄、祓い具(おはらい)としての神事の大麻(おおぬさ)などに用いられてきた。

また、麻から作った大麻(マリファナ)は薬理作用があり、紀元前から古代人が嗜好品、また医薬品として用いてきた。

大麻(マリファナ)は喫煙、気化、飲食により成分を摂取する。

麻といえば、阿波忌部。 

『名曰卑彌呼事鬼道能惑衆』  『名を「卑弥呼」といい、「鬼道」に仕えて人心を惑わしている』

卑弥呼は大麻(マリファナ)を利用して「鬼道」を操ったのだろう。  @阿波

985名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:09:12.43ID:kVnfydc30
>>975
そんなことどこに書いてある?
ぼくは論証できない時期の記述だったら納得しないよ

986名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:15:48.72ID:Yz0HtAod0
>>985
>ぼくは論証できない時期の記述だったら納得しないよ


少なくとも初期の天皇陵は、山の尾根や丘を利用して築かれた。

初代〜第五代天皇の陵墓の記事(『古事記』『日本書紀』『延喜式』)には

まず神武陵が畝火山の北方白檮尾上、綏靖陵は衝田岡、懿徳陵は畝火山の真名子谷上、孝昭陵は掖上の博多山上とあるように、

初期の天皇陵は、 山の尾根や自然の丘陵の一部を利用して築かれている。  @阿波

987名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:18:40.56ID:kVnfydc30
>>986
それはその時代だけだろ 時代というのも怪しい代だが
7世紀まで説明していただかないと

山の麓だからって仁徳陵並みのものがつくれないわけじゃないし

988名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:21:06.94ID:+o97mDGI0
>>970
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography/117/5/117_5_948/_pdf
によると
硫黄同体比から見ると、北九州から丹後までの丹は中国産の可能性が高く(ちなみに虚空蔵山のものも中国産に近い)、畿内のものは三重、もしくは徳島産のものに近いとか
この辺りに勢力の境界があったかも知れない

989名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:21:55.86ID:Yz0HtAod0
>>987
>それはその時代だけだろ

なに言ってんの? 現代もそうじゃないの?  わははははは   @阿波

990名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:24:08.72ID:PbWDRW1B0
女が治めたのが重要なヒント
九州の風土では女が治めることは無いだろう
四国の阿波ならあり得る

991名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:24:34.35ID:Yz0HtAod0
>>987
>山の麓だからって仁徳陵並みのものがつくれないわけじゃないし

山の麓じゃないよ。  山稜。  @阿波

992名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:25:02.83ID:kVnfydc30
>>989
本気で言ってるの?
八王子の陵墓は山の麓ですか?
高尾山まで何キロ離れてるかご存知ですか?

993名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:26:49.95ID:kVnfydc30
>>991
少なくともこの時代の陵墓が山という証拠は出せないわけね

994名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:29:40.61ID:Yz0HtAod0
>>992
>八王子の陵墓は山の麓ですか?

本気で言ってるの?
八王子の陵墓は盆地の湿地帯ですか?  わははははは  @阿波

995名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:30:34.43ID:kVnfydc30
>>994
盆地ではなく台地だが
間違っても山稜じゃありませんが?

996名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:31:18.93ID:Yz0HtAod0
>>993
>少なくともこの時代の陵墓が山という証拠は出せないわけね

「この時代」って、いつの時代のこと言ってんの?  @阿波

997名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:32:44.68ID:kVnfydc30
>>996
史実が確認できるようになってから7世紀までね

998名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:34:02.97ID:SVDyRi3Y0
しかし書いていることすらわからない人が多すぎる
まぁそういう人は鹿児島も宮崎も区別つかないのかな

日向国だから天孫降臨の地と言い出したのは宇佐神宮
宇佐神宮は自分の領地があった場所を高めようと色々捏造をしている
今の宮崎県民は神話の国というのを信じているが細かく調べればおかしな事ばかり
はっきり言って起源を主張するどこかの国のいうことと変わらん
これからは間違いは間違いと認めることが大事だと思う

続日本紀によれば昔の日向国は鹿児島宮崎を含む地域だった
記紀ではともに天皇家と隼人族は同族出身としている
日本書紀では特に阿多(薩摩半島南部)と特定している
ちゃんと調べれば分かることばかり

木花咲耶姫の本名である神阿多都比売
海幸彦の子孫は隼人族の阿多君
神武天皇の妃である阿比良比売は阿多小椅の妹
代々阿多(薩摩半島南部)の人間だらけ

おまけに鹿児島県南さつま市の上加世田遺跡からは久米と墨書された遺物が出土している
これは神武天皇の部下である大久米命との関連を思わせる

よって神武天皇の出身地は鹿児島県の薩摩半島
旧加世田市から旧金峰町にかけてと思われる

なお天孫降臨が現実にあったと考えるのは無理がある
それに山上に神が降り立つというのは北方系の神話

高千穂地名の変遷
日向風土記逸文(713、引用は続日本紀797)知鋪の郷(ちほと読めるから高千穂と言い出す。本当に原本にあったか?)
宇佐八幡宮託宣(765)高智保(たかちほと言ってるのが神主だと分かる。)
和名類聚抄(925)   智保(一般には広まっていないようで、辞書にはまだ高千穂は載らず。)
大日本史(1657〜)  日向国臼杵の郡、智保、今は高千穂の庄(虚仮の一念、岩をも通す。でも正式には智保。)
(参考)1889年(明治22年)三田井村、押方村、向山村が合併し高千穂村となる。(ようやく正式に高千穂)

999名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:34:46.63ID:Yz0HtAod0
>>995
>間違っても山稜じゃありませんが?

台地であっても、間違っても「盆地の湿地帯」じゃありませんが?  ワハハハハ  @阿波

1000名無しさん@1周年2019/07/14(日) 21:35:55.88ID:kVnfydc30
>>999
じゃあ山稜だからでかい墓はつくれないというのは正確じゃないと認めるわけね


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