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【古代/邪馬台国】鬼道で邪馬台国を統一 古代の女王「卑弥呼」の正体とは?呉と蜀を牽制するための「親魏」という破格の高位の称号★3 ->画像>6枚


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1しじみ ◆fbtBqopam767 しじみ ★2020/01/05(日) 02:40:14.07ID:AT0CoVCR9
邪馬台国の女王・卑弥呼が、中国・魏の明帝に貢献の使者を派遣したのは、西暦239年(前年の西暦238年説あり)6月のことでした。「三国志」の名軍師・諸葛孔明が没した、4年後にあたります。

 その年の12月、卑弥呼は「親魏倭王」の称号を授けられました。

 これは3世紀の末、晋王朝の史官・陳寿が著した、有名な「魏志」倭人伝――正しくは「魏志」の「東夷伝」の「倭人の条」(1987文字)に出てくる記述です。

 さて、この女王・卑弥呼は、日本側の記録ではどのように述べられているのでしょうか。

■孝霊天皇の娘か


「日本書紀」の著者は、第15代の応神天皇の母・神功皇后と同一人物とみなしています。

が、皇后の本当の在世は4世紀の中頃であり、歴史的には約1世紀のずれが生じます。天照大神こそ、との説もありますが、これではあまりに時代が遠すぎます。

 筆者は第7代孝霊天皇の娘・倭迹迹日百襲姫命ではないか、と考えてきました。

「日本書紀」によれば、この姫は三輪(現・奈良県桜井市三輪)の大物主神の妻となり、八百万神を神浅茅原へ集めて、大物主神の意を伝えた、とあります。筆者にはこれこそが、日本最初の、統一の原景ではないか、と思えるのですが。

■開化天皇在位年と符合

 同時に、倭迹迹日百襲姫命が生きた時代は、姫の甥(姫の異母兄・第8代孝元天皇の子)とされる開化天皇(第9代)が在位した60年間とも重なります。ほぼ邪馬台国の女王・卑弥呼の、統治年数と一致するように思えてなりません。

また、開化までの、9代の天皇の御陵や宮址の伝承地は、ことごとくが葛城山麓に集まっていました。開化と次代の崇神天皇(第10代)の間には、地域的にも、呼称においても、大きな断層がありました。

 崇神天皇は一名を「初国知らしし御真木天皇」(「古事記」)=「御肇国天皇」(「日本書紀」)と伝えられています。はじめて国を作った天皇の意であり、ちなみに初代の神武天皇も「神倭伊波礼毘古天皇」=「始馭天下之天皇」(「日本書紀」)と記されていました。

 さらには、卑弥呼かもしれない姫の墓は、奈良県桜井市に今も、「箸墓」として伝承されています。筆者はこの墓こそ、卑弥呼のものだ、と推論してきました。

 彼女が現れるまでは、男の王が立って治めていたそうですが、国々は争い、乱れており、それが卑弥呼の“鬼道”(祖霊を信ずる道教的色彩の強いシャーマニズム)によって、邪馬台国(倭国)は、ようやく統一された、というのです。

■卑弥呼が「親魏倭王」になれたワケ

 卑弥呼は15歳前後で女王になり、30代で後漢と通じ、老年の239年に魏との国交を開いて4回にわたって使者を送り、10年後に79歳で死亡したといわれている。

 最初の使者派遣の際、魏の皇帝は卑弥呼に膨大な贈り物を与えた上に「親魏倭王」の称号とその地位を表す「金印紫綬」を授けた。「親魏」という破格の高位の称号は他の諸国の王の上に置かれたことを意味する。これを許されたのは卑弥呼と「大月氏国(だいげっしこく)」と呼ばれたインドの王の2人だけ。卑弥呼は実力以上の評価を受けたことになる。

 その理由は当時、魏が呉、蜀の2国と激しく戦い、競い合う三国鼎立(ていりつ)の時代だったことにある。魏は呉と蜀を牽制するために邪馬台国、大月氏国との同盟関係をアピールする必要があった。そうでなければ、小国の邪馬台国を実力以上に優遇する必要はなかったのだ。

【古代/邪馬台国】鬼道で邪馬台国を統一 古代の女王「卑弥呼」の正体とは?呉と蜀を牽制するための「親魏」という破格の高位の称号★3 ->画像>6枚

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/266391
★1が立った日付2020/01/02(木) 09:22:22.1
前スレ
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2名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:42:06.99ID:AdMTltEg0
今に見ていろハニワ原人全滅だ

3名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:44:21.46ID:ZWJ8oQai0
日本人て完全に卑弥呼居た前提で物語るけど実は居なかったんじゃね?

4名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:44:23.000
中国の属国

5名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:46:09.22ID:mIAFURvy0
>>3
居ないんだったら
もうちょっと漢字を良い名前にしてるだろ

6名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:51:30.47ID:gS5csGZT0
>>3
架空の人物に金印や鏡百枚を送ったりしないでしょ

7名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:52:09.29ID:8SLPg5/U0
中国と対等だったわけだね。
その頃韓国は

8名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:56:48.26ID:tG4fGInZ0
日本人は認めたくはないだろうけど卑弥呼は韓国人
邪馬台国はソウルだと考えるとすべて筋が通る

9名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:57:24.66ID:5oIb781L0
この時、朝鮮半島は誰が治めてたんだ

10名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:59:16.25ID:5fcf/qbM0
ヒミコな邪馬台国からも男女の奴隷を献上してるけど見返りのほうが凄い太っ腹

11名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:59:27.35ID:ZWJ8oQai0
そもそも魏志倭人伝の史料的価値を疑ってるのだ

12名無しさん@1周年2020/01/05(日) 02:59:49.48ID:fiuK1lr70
>>1
邪馬台国は四国だとあれほど…

13名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:03:38.66ID:LyD/PZ770
人は記憶型と思考型に大別できる


BC770年 春秋戦国時代
 │
BC221年 秦(キングダム)
 │
BC206年 漢(項羽と劉邦)
 │
184年 三国時代(三国志)
 │ ←────────────卑弥呼
265年 晋
 │
439年 南北朝(蘭陵王)
 │
589年 隋
 │
618年 唐

14名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:06:07.55ID:m5YUVG850
だって朝鮮半島の半分は、大和民族が居たんだもの。

朝鮮半島に大和民族の国が在っても問題ないけどね。

朝鮮半島に居た大和民族も北からの民族に追い出されたり呑み込まれたりして消滅。

卑弥呼は姫巫女に正せよ。

タモリさんが、多藻離って悪く言われているもんだぞ。

15名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:06:15.86ID:iy8nAB6Z0
>「日本書紀」の著者は、第15代の応神天皇の母・神功皇后と同一人物とみなしています

いや、そんな話聞いたことないが
日本書紀にそんな記述あったっけ?

>筆者は第7代孝霊天皇の娘・倭迹迹日百襲姫命ではないか、と考えてきました

いや、そんな「神代」の記述が事実と捉えてるのが凄いんですけどww
21代の雄略天皇の数代前あたりからまあ実在人物だろう、とは推測されるけど
そんな欠史十代あたりの人物を想定して当てはめても意味ないだろ

16名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:06:41.33ID:cXBFuzKx0
>>11
子供のときに勉強しなかったから猜疑心だけ発達した。知恵とはそういうもの。
疑う理由を出してみなはれ

17名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:08:22.44ID:5fcf/qbM0
BC500年ぐらいに御先祖様が来たのか

18名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:08:46.75ID:szeLFP0S0
一方呉は日本から人材を調達しようとしていた(断念した)

19名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:09:26.39ID:ZWJ8oQai0
>>16
いきなり人格攻撃から知恵を説かれた

20名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:11:16.91ID:aIQv+kCG0
卑弥呼は特別なオメコだったという(シリアス)

21名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:11:48.29ID:LyD/PZ770
>>13 の続き

『旧唐書』
 日本國者、倭國之別種也、以其國在日邊、故以日本為名
 或曰、倭國自惡其名不雅改為日本、或云、日本舊小國、併倭國之地

日本の者が倭国の別種なりという
日が出るところをもって日本と改名する
ある日、倭は悪しき名だから改名した
また云う、日本は小国だったけど倭を併合したのさ

22名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:15:27.62ID:cXBFuzKx0
>>11
魏志倭人伝の元ネタは平壌の中国総督府から来た中国高官の書いた報告書だよ。
中国の役人と言ったらめちゃくちゃな秀才。そいつの報告を信じないなら、あんたはもういいから。
その役人は吉野ケ里まで来てる。だからそこまでは信用しろ。そのさきは日本の役人のホラも混じってるから疑いたかったらどうぞ。

23名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:21:00.66ID:5fcf/qbM0
>>21
それ妄想

24名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:21:44.46ID:LyD/PZ770
>>21 の続き

『旧唐書』 の内容からして位置関係が確定したんだな

┌────┐ ┌───┐ ┌──┐
│ . 唐 . │ │ . 倭 .│ │日本│
└────┘ └───┘ └──┘

25名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:28:34.26ID:cXBFuzKx0
>>21
こんな時間にスレがリアルタイムで動いてるなんてな。

日本国内で日出ずる国と言えば房総か土佐か伊勢志摩あたり?

倭を併合して日本になったと言うから統一の内乱が合ったんだ。平和な連合かもしらんが
魏志倭人伝でヤマト国が大国のように書かれてるが、これは接待係のホラ。語るに落ちてる。実際は小国。

26名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:30:40.61ID:5fcf/qbM0
旧唐書が真実とするとヒミコ女性天皇説が否定されるって事か

27名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:38:09.31ID:C3W28GLO0
>>1
ほんまにこない美人だったんかいな?

28名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:38:52.59ID:3UK8GJB+0
今も中国はアメリカとの対抗上日本には気を使っている
朝鮮に対しては冷淡

29名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:40:05.28ID:IwnScOKX0
そんなの前から言われてたやん

30名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:42:17.53ID:3UK8GJB+0
魏は呉との対抗上、日本を実際より南に位置する大国として考えていたという説がある
それは説得力がある

31名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:42:49.96ID:Y7Nl0H4V0
>>1

パンスト朝鮮顔を整形しまくったネトエラ(ネット工作の在日朝鮮人)がわきまくってるしな


日本に密入国してきて図々しく居つき、
生活保護を受給しながら凶悪レイプ犯罪を繰り返し、
日本人になりすましネット工作を続ける在日朝鮮人。

チョンポップの人気偽装を繰り返してるのもこいつら在日朝鮮人・帰化人。スパイそのものだよ。

朝鮮戦争が終わり「特別永住許可」も終了しており、
帰化人を含めて在日朝鮮人たち全員を強制送還 するしかない。


●●● ネトウヨ連呼厨(ネトエラ)の正体 ●●●
http://karutosouka2.tripod.com/uyokusyoutai.htm
.

32名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:47:17.48ID:j88WwXWX0
>>3
お前、相当な馬鹿だな

33名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:51:18.79ID:8nQCvLpV0
>>30
司馬懿の功績になったのはたしかだが、司馬懿が大国だと思っていたか、小国だが大国に見せかけたかは疑問。

34名無しさん@1周年2020/01/05(日) 03:52:45.13ID:qf4TI2GZ0
卑弥呼て大分の土民だろ?
ゴミだよw

35名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:00:50.48ID:8ir8W96k0
鬼道って卑弥呼のオリジナル?なんだが、それがどのようなものだったか判ってないんだよな。

36名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:02:46.09ID:cXBFuzKx0
>>30
皇帝の名代が金印を持って日巫女に会いに来てるのに、国力を知らないとか、おかしな説。

37名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:08:53.05ID:cifttvKs0
邪馬台国が大和国じゃなくて大豊国だと大分かもしれん
7世紀でも豊国だったわけだし

38名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:09:50.96ID:zw7Bc9GU0
だから福岡から大分に来るのに海渡る必要ないんだってば
川も一番でかい筑後川(三隈川)でさえ10分もあれば渡れる

39名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:10:37.88ID:j88WwXWX0
>>30
大国というか、神秘的な国で恐れてたらしい
中国から日本の地形を見ると龍の形に見える

40名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:11:23.25ID:j88WwXWX0
ちょうど九州が龍の目

41名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:13:04.68ID:7P9KQ5Z80
>>37
なくはないね
でも志賀島からちと遠いからな

42名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:13:38.27ID:wez/PV0/0
あの時代に日本の地形なんか把握できるんか

43名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:14:16.06ID:QzyuE4+U0
>>4
九州に邪馬台国があったって説で大和王朝は奈良にあったんだっけ
覇権を握った大和王朝に吸収される形で邪馬台国滅亡なんだろうけど、魏の国の属国だったという事実を大和王朝が認めなかったから古事記に記述がなかったんだろうね。

44名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:15:31.98ID:7P9KQ5Z80
>>11
俺も専門的な話題において、魏書東夷伝じゃなくて魏志倭人伝って書いてるやつの国籍を疑ってるけどね

45名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:16:47.92ID:3GCdxpJX0
卑弥呼の歴史は明治から

46名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:17:35.19ID:7P9KQ5Z80
>>15
直接書いてないね
大日本史あたりと間違えてるんじゃね?
まあまともに読む価値ないよ、それ
スレの名無しの方がレベルが上

47!omikuji !dama2020/01/05(日) 04:19:53.60ID:1GuzyK2W0
姫巫女が卑弥呼になっただけで個人名じゃないんだろ

48名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:29:04.78ID:liUCbziN0
卑弥呼 「卑」も「弥呼」も「邪馬台国」も 当て字。

49名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:29:51.15ID:TcTxZ4VR0
>>3
袋叩きにされててワロタ

まあそれ言い出したら、歴史学そのものの否定になりかねないからな。

50名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:49:26.83ID:wgIyjPar0
いなかったじゃないといえば
その前に国譲り神話があるだろう
出雲西部の原宗教勢力が出雲東部
側に屈したという話を大和側が
西部の勢力をやっつけたのはおれ
という話にすり替えたという説
この方が国譲り神話がすっきりする
のではあるが
国譲り神話を実際は無かったこと
しないといろいろ面倒なんだろな
と思っている

51名無しさん@1周年2020/01/05(日) 04:54:00.60ID:Pky99H2I0
2000年も前から中国は自国がピンチになると日本にすり寄ってたんだな

52名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:05:16.03ID:QIgpF5fO0
>>16
なんかいたの思い出したw
授業騒いで妨害しまくって糞邪魔で、
口癖は「教科書がいつも正しいと限らない嘘かも知れない!」
ってやつ。
早く死ねよと思ってた

53名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:27:23.93ID:wg6AmhM90
単純に金印って格にあう称号を与えられただけ

金印紫綬ってのが
日本の九州か近畿の一部分を治める国の格だとあり得ない厚遇なわけだけど

それは後漢王朝がナの倭王に金印を紫綬したことに由来するわけで
なぜ邪馬台国がこのような厚遇を受けたのかは
後漢時代にさかのぼる必要がある

54名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:28:21.74ID:FL157QkX0
牽制ってw
援軍出せる訳でもなしに(´・ω・`)

55名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:30:17.18ID:8nQCvLpV0
>>51
まあ、遠交近攻は兵法にあるからな。

56名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:31:09.92ID:wg6AmhM90
大月氏国の朝貢に成功したのは間違いなく
当時の司馬懿の政敵である曹真の功績なんで

司馬懿はそれに対抗するために
邪馬台国を大月氏国と比肩する国として過大に報告したって説があったな

57名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:34:21.41ID:8nQCvLpV0
>>56
その説、ムック本で昔、読んだことあるよ。

58名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:34:47.41ID:h2i1vEm/0
>>1
しじみ ◆fbtBqopam767 しじみ ★
>呉と蜀を牽制するための

こいつ
なに煽ってんだ?
例によって中国人か朝鮮人だろw

59名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:42:38.58ID:fcrddGtJ0
邪馬台国の朝貢はもともと反乱前から独自外交をしてた
公孫淵のもとへ来てた説があるな

しかし丁度司馬懿に滅ぼされたので
そのまま明帝の即位祝いに来たという体で洛陽に招待されたと

60名無しさん@1周年2020/01/05(日) 05:47:19.36ID:QwgAjqZ00
>>59
上野でやってた三国志展に行ってきたが
当時のリャオトン半島でしか出土しない
ビールジョッキ型の器が日本各地でも見つかっているんだと

後漢時代初期に頻繁に首都まできて朝貢していた倭国がこなくなったのは
倭国に戦闘があったとしても200年は長すぎるから
中華の中央の混乱が原因だろう

そうなると
中央にいけない倭国が中華の優れた知見を得るために
公孫氏などに朝貢していたってのは無理ない考えだとおもう

61名無しさん@1周年2020/01/05(日) 06:37:59.98ID:NIoPN/6Q0
>>8

失せろうんこチョウセンジン

62名無しさん@1周年2020/01/05(日) 06:46:32.86ID:nGHKPGLg0
>>39
日本の地形って当時わかるか?

63名無しさん@1周年2020/01/05(日) 06:50:34.74ID:bzpNOCrV0
まだ土人だった日本人が曹叡司馬懿に謁見したというだけで胸が震える

64名無しさん@1周年2020/01/05(日) 06:56:35.81ID:pC95adMF0
はに丸王子は?

65名無しさん@1周年2020/01/05(日) 07:00:01.68ID:tAw1zTld0
九州で間違いないねこれは

66名無しさん@1周年2020/01/05(日) 07:02:06.46ID:9r5THNKC0
卑弥呼はまさかの女装子の可能性
神秘化してるからどうせ分からんしな

67名無しさん@1周年2020/01/05(日) 07:25:51.30ID:YHfTfIbM0
>>63
実は土民じゃなかった可能性
つか長江文明の系統が日本人
そりゃ金印も当然高級なのを渡す
でなきゃ天下の司馬懿が頑張らない
魏は漢民族纏める正当性も必要だったろうからな
今キンペーがやろうとしてる天皇謁見と似てる気がする
本当に魏が圧倒的に格上だったかという事だな

YAP-Dな選民なのと関係あるかもな
これらは軒並み渡来系だから
日本は古代から大陸の王家や豪族貴族の落ち延び先で仕舞いには秦まで来て大王を天皇に呼称を変える始末

三国志のこれらの話も今中東で起きてる聖戦と無縁ではないかもな
日本は聖書圏であると同時に中華文明の本流でもあるから
しかも祭事を行う司祭を帝にしてる辺りが神仏混合感満載なのな

実は本当の眠れる獅子とは日本の事かもな

68名無しさん@1周年2020/01/05(日) 07:39:00.69ID:hvrSaVot0
畿内説を唱えてるのは大阪人だけだからなぁ

69名無しさん@1周年2020/01/05(日) 07:47:30.10ID:KITeB3cZ0
邪馬台国や倭の五王は九州。
支那に、媚び諂うのは地方民特有の思考。

隋以降はヤマト政権。
支那にも堂々と対等に付き合っている。

70名無しさん@1周年2020/01/05(日) 07:49:15.40ID:kO5vdKO10
九州王朝の天智天皇が主導した
白村江が大敗し壊滅。
近江大津京を建てて疎開。
現地の天武天皇にクーデターを起こされて
政権交代。
大和朝廷を建て、大和朝廷を正当とする
記紀を編纂。

各地の書物を焚書して九州王朝の
痕跡を消そうとしたが
九州王朝が使用していた年号は各地に残り
各地に残る古文書2000箇所に
九州王朝年号が残っているそうだ。
記紀にすら数か所つかわれており、
白鳳時代の白鳳年号も
大和朝廷で制定していない年号である。

九州年号では大化が最後の年号であり
西暦695〜700とされる。
その次の701年の大宝からが
大和朝廷の年号になる。

71名無しさん@1周年2020/01/05(日) 07:54:37.03ID:kO5vdKO10
畿内では政権交代したが
九州にはまだ残党が残っており
独自に大長年号を建てたという痕跡も残っている。

また、九州王朝勢力は白村江で壊滅したが、
徐々に勢力を戻し大和朝廷での皇統は
天智系に戻されている。

72名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:00:22.52ID:KITeB3cZ0
九州政権時代は、支那皇帝に臣従していた。
隋の時代にヤマト政権に入れ替わり、支那と対等に付き合おうとした。
結果、隋煬帝が激怒した。

73名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:05:07.83ID:9EH9Yl840
邪馬台国論争で
東大 九州
京大 畿内
という主張なんだけど
東洋史では
邪馬台国 呉の後ろをつかせる
大月氏  蜀の後ろをつかせる
ため、邪馬台国への距離と日数をまげたという説もある
邪馬台国のラインは司馬慰
大月氏 のラインは曹爽
魏朝廷内の権力争いの道具にされていたという話

74名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:09:31.06ID:KITeB3cZ0
史記以降、次の王朝時代に王朝史が作成されている。

三国志が作られたのは、呉滅亡後の西晋時代。

75名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:10:07.71ID:kO5vdKO10
政権交代の痕跡としては郡評制がある。

大化の改新で行政区域は評から郡に
改められたとされる。
大和朝廷編纂の記紀では大化の改新は645年とされるが
九州王朝年号では695年である。

木簡や古文書では、評から郡に変わるのは
701年の大宝律令以降であり
発掘資料の年代解析の基準となっている。
地名に郡が用いられていれば701年以降
評が用いられていれば700年以前ということになる。

76名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:14:53.12ID:D32/h0VB0
なぜか畿内派は「隋書」を無視する
「邪靡堆」には常に火を吹く「阿蘇山」があると書いてあるぞ

阿蘇山は火山の古語かもしれないが、少なくとも畿内に火山はない

77名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:17:41.81ID:duOrNapp0
聖徳太子の記録が日本と中国でどう記されているか調べると面白いよ

ちなみに遣隋使や冠位十二階はちゃんと中国の記録にはある

78名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:24:17.73ID:s2nnWyK10
こういう話をする時はネットにウヨウヨする頭の悪い人たちを排除しないとアカンで
女にみたいに感情だけで話を進めるからナ

79名無しさん@1周年2020/01/05(日) 08:28:49.98ID:TcgMuyuF0
首長に卑の字が入っているのは違和感があると中学生の時から思っていた

80名無しさん@1周年2020/01/05(日) 09:04:19.16ID:9Jx1Gk/M0
>>78
こういう話をする時はネットでパヨパヨ言ってる頭の悪い人たちも排除しないとアカンで
イデオロギーだけで話を進めるからナ

81名無しさん@1周年2020/01/05(日) 09:38:17.75ID:r1OH8+Jy0
>>35
イタコだよ

82名無しさん@1周年2020/01/05(日) 10:34:31.26ID:1VrvI2K70
すごい大雑把な記事

83名無しさん@1周年2020/01/05(日) 10:42:46.86ID:QIgpF5fO0
>>73
よく北伐の際に協力させてたキョウ族というのは、そのインド人の大月氏なの?

84名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:11:33.71ID:RWKyN2mv0
当日曹爽が西の大国月氏と国交を開いた手柄に対抗して司馬懿の功績を誇張する為に東の大国倭を朝貢させたというストーリー作りに利用されたに過ぎない。

85名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:14:47.35ID:DaTvK00J0
別に

一番近いし 曹操が一番強そうだったからだよ

86名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:17:04.02ID:tFxJZ/No0
公孫氏は末裔が日本に定住しているし滅亡まで国交はあったんだろうな

87名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:17:13.99ID:DaTvK00J0
大和朝廷って言っても
中身は 日本総督府だろ
本国の意向に従う
でっち上げは主に明治政府の仕業だ

88名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:19:33.87ID:k2/n5BcF0
あのお方がお怒りになってる。
それはあのお方が許さないでしょう。
我々も本意ではないがあのお方のご意向なので。
みたいに作り上げられた架空の偉大な存在みたいな話を読んだことある

89名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:19:51.60ID:DaTvK00J0
でっち上げは明治政府の創作

90◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 11:23:06.66ID:DhhiSn+X0
>>81
どうなんだろね。
たとえば仲哀天皇が死ぬ場面で神功皇后が神がかりしてる様子を見ると、
シャーマンは憑依する神を選べない(というかわからない)。

「死んだお婆ちゃんを読んでください」
「わがった」
で呼べちゃうイタコとは種類が違う気がするんだよね。

91名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:25:04.73ID:Etoj/Whd0
>>63
この頃はドイツ人も土人だったしなマジでロマンあるよなw

92名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:25:59.25ID:KP8pl/dv0
>>76 >>77
書かれた時代が全く違うから (^_^;

『魏志』は、
卑弥呼が死亡し台与が変わりに女王となった直後の
西晋(265年 - 316年)の時代、280年から297年の間に書かれた

その後『後漢書』が
南北朝の宋(420年 - 479年)の時代、432年以降に書かれ

その後『宋書』が
南北朝の斉(479年 - 502年)の時代、武帝(482年 - 493年)の命で編纂され

その後『北斉書』・『梁書』・『陳書』・『隋書』・『周書』・『晋書』が
唐(618年 - 907年)の時代、太宗の命で一気に同時編纂され

その後『旧唐書』が
後晋(936年- 946年)の時代、945年に書かれ

その後『新唐書』が
北宋(960年 - 1127年)の時代、1060年に書かれた

93名無しさん@1周年2020/01/05(日) 11:39:29.70ID:tFxJZ/No0
阿蘇の石がわざわざ畿内の古墳に使われてるくらいだからヤマト王権にとって阿蘇は重要な聖地だったんだろう
阿蘇には天皇の皇子が婿入りしているし

94名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:11:11.90ID:KP8pl/dv0
>>92 つづき

つまり、

魏(220年 - 265年)の時代に、大陸から【邪馬台国】の女王国(奈良)に行く行程を、
西晋(265年 - 316年)の時代に書いたのが、『魏志』

隋(581年 - 618年)の時代に、大陸から【大和朝廷】の首都(奈良)に行く行程を、
唐(618年 - 907年)の時代に書いたのが、『隋書』

『隋書』は

【大和朝廷】の倭国は、常に火を吹く「阿蘇山」があり
【大和朝廷】の首都(奈良)は【邪馬台国】の女王国「邪靡堆」だ

と書いている

この300年間、400年間の時間の中で日本は

57年に漢委奴国王に任じられてから200年近く漢委奴国王として君臨してきた九州 海神国 筑紫城が、
出雲を植民地にして240年に「親魏倭王」となった高天原(奈良)の邪馬台国に派兵して
高天原(奈良)邪馬台国を武力制圧して、植民地にしている

んだから、当然だ

95名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:19:29.75ID:kKYSMhGm0
中国人「天下三分の計」
ローマ人「全ての道はローマに通ず」
ジャップ 「どんぐりうめー」

wwwwwwwww

96名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:20:56.72ID:HXZSq1hQ0
卑弥呼ってめちゃくちゃ不細工だからねぇ

97名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:24:04.27ID:LvHpbbSs0
「親中」なんて呼ばれて嬉しいか?

98名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:25:32.89ID:KP8pl/dv0
ちなみに、奈良を制圧した神武が、なぜ天皇を名乗ったのか、なぜ天皇と呼ばれたのか

と言えば

九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城 天之御中主神
九州 海神国 筑紫城 高御産巣日神
九州 海神国 筑紫城 神産巣日神
九州 海神国 筑紫城 宇摩志阿斯訶備比古遅神
九州 海神国 筑紫城 天之常立神
九州 海神国 筑紫城 国之常立神
九州 海神国 筑紫城 豊雲野神
九州 海神国 筑紫城 宇比邇神・須比智邇神
九州 海神国 筑紫城 角杙神・活杙神
九州 海神国 筑紫城 意富斗能地神・ 大斗乃弁神
九州 海神国 筑紫城 淤母陀琉神 ・阿夜訶志古泥神
九州 海神国 筑紫城 伊邪那岐神・伊邪那美神
九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命

これが、後漢(25年 - 220年)から57年に漢委奴国王に任じられた古代九州【倭奴国】で、

九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命 が
240年に「親魏倭王」になった奈良を制圧するために派遣した、

天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命の四番目の皇子

あまつひこ(天)の皇子だから

99名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:29:11.98ID:o+/6YWlr0
卑弥呼が奈良にいたとかいうアホがいるけど
当時の奈良ってのは辺境も辺境
中国人からしたら新幹線もなしで行くのなんてめんどくさすぎるど田舎だからな
その点九州は駅から近いしレスポンスも早いしビジネスの相手として最高
邪馬台国は九州しかありえない

100名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:31:29.18ID:kvyLQY6/0
北九州にあった倭国連合の一つでしょ
大和朝廷とは姻戚関係にあるだけ

101名無しさん@1周年2020/01/05(日) 12:53:39.67ID:KP8pl/dv0
>>99
そのとおり

卑弥呼が死亡し台与が変わりに女王となった直後の
西晋(265年 - 316年)の時代、280年から297年の間に書かれた『魏志』

には、

邪馬台国ってのは辺境も辺境
中国人からしたら新幹線もなしで行くのなんてめんどくさすぎる
ど田舎だ

と、ちゃんと書かれている

特に

帯方郡ー韓国
− 海を渡る1000余里− 対馬國
− 海を渡る1000余里− 一大国(見島)
− 海を渡る1000余里− 末廬国(石見国美濃・島根県益田付近)
という海路はまだ良いが

四千余戸があり、山と海すれすれに沿って住んでいる末廬国(石見国美濃・島根県益田付近)に上陸後の

伊都国(出雲)までの陸路なんか

草木が盛んに茂り、行く時、前の人が(草木に隠されて)見えないような獣道を、ー東南に500里ー も歩かされてる

駅から近いしレスポンスも早いしビジネスの相手として最高の九州
では、ありえない

102名無しさん@1周年2020/01/05(日) 13:21:56.14ID:KP8pl/dv0
つまりだ

九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城 天之御中主神
九州 海神国 筑紫城 高御産巣日神
九州 海神国 筑紫城 神産巣日神
九州 海神国 筑紫城 宇摩志阿斯訶備比古遅神
九州 海神国 筑紫城 天之常立神
九州 海神国 筑紫城 国之常立神
九州 海神国 筑紫城 豊雲野神
九州 海神国 筑紫城 宇比邇神・須比智邇神
九州 海神国 筑紫城 角杙神・活杙神
九州 海神国 筑紫城 意富斗能地神・ 大斗乃弁神
九州 海神国 筑紫城 淤母陀琉神 ・阿夜訶志古泥神
九州 海神国 筑紫城 伊邪那岐神・伊邪那美神
九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命

という

後漢(25年 - 220年)から57年に漢委奴国王に任じられ、200年近く大陸からの使者がいききしていた古代九州【倭奴国】は

大陸からの使者が、距離や方位を間違えようが無いのだよ

下手すれば、大陸からの使者は、古代九州【倭奴国】全土の地図すら作製していた可能性すらある

んな大都会に邪馬台国があるわけが無いのだ

103名無しさん@1周年2020/01/05(日) 13:40:46.33ID:yc5xt4Ir0
最近の2ちゃんでは九州説が勢いあるよな
確かにその根拠を読んでも納得できる説なのが徐々に勢いを増している原因かな

104名無しさん@1周年2020/01/05(日) 13:48:42.07ID:jZQeTiy40
57年に漢委奴国王に任じられてから
200年近く漢委奴国王として君臨してきた九州 海神国 筑紫城が、
出雲を植民地にして240年に「親魏倭王」となった。

「親魏倭王」は高天原(奈良)の邪馬台国に派兵して
高天原(奈良)邪馬台国を武力制圧して、植民地にしているのか

105名無しさん@1周年2020/01/05(日) 13:54:26.03ID:6kEVK/CH0
>>103
近畿の自滅な感もある
学者の間では常識とか権威でゴリ押ししか出来ないからそりゃ5chじゃ通用せんわな

106名無しさん@1周年2020/01/05(日) 13:58:26.38ID:EJnmThN60
畿内派だけど礼節重んじてた中国人がめんどくさいなんて理由だけで九州説後押しはありえない
九州だとしたら制圧で天皇による征服はちょっとな

107名無しさん@1周年2020/01/05(日) 13:58:37.44ID:iZzOsrkO0
三国の政治情勢をみて、魏ならいけると使者を送ったワケだろ?
やっぱ地理的に九州のほうが自然かな

108名無しさん@1周年2020/01/05(日) 14:38:01.00ID:tFxJZ/No0
>>103
>>105
そういうわかりやすい自演やったり息をするように嘘をつくから九州説は馬鹿にされるんだぜ

109名無しさん@1周年2020/01/05(日) 14:53:32.71ID:6kEVK/CH0
>>108
アホなのか?
気に入らないレスは全部自演かよw

110名無しさん@1周年2020/01/05(日) 14:54:11.14ID:CFe0Byai0
最近だと桃の種こそ馬鹿にされる案件だったな

111名無しさん@1周年2020/01/05(日) 14:59:57.97ID:EJnmThN60
頭悪い人がいるから教えてやるが学者>5ch民だぞ

112名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:02:54.69ID:kO5vdKO10
畿内説やってた考古学者は
5年前には纒向学に転向して
地元の発掘調査しているよ。

113名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:04:51.72ID:Mp5V8Jk50
地震学みたいに5ch民>学者の件もあるからなんとも…

114名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:08:02.96ID:EJnmThN60
へ?地震学の意味わかってるの草なんだが

115名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:17:09.02ID:1VrvI2K70
実は大月氏は、称号は貰ったが印綬を貰ったという記述はない
印綬のない称号はただの名誉職らしい

倭国は卑弥呼以外に、十人が銀印を得たようだが、半島では三人が貰ったとみられる
倭国の十人は楽浪郡、帯方郡の大守と同格ということ

いかに破格の扱いかがわかる

116名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:23:13.76ID:KITeB3cZ0
北九州の弱小国に倭王の称号を与えるわけ無いだろう。

遼東から朝鮮半島を支配した公孫淵にも王位を与えていない。

117名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:24:05.55ID:MV482rET0
>>102
九州土人乙

118名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:25:50.62ID:4yF4jeIv0
これ意外考えられない!

鬼道(祈祷)を使う邪馬台国(大和)の女王・卑弥呼(日巫女か姫巫女)

119名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:32:15.25ID:4yF4jeIv0
ダイワとしか読めない「大倭」をヤマトと読ませるのは
魏志倭人伝の「大倭」に由来するとしか考えられない。

・魏志倭人伝では邪馬台国を「大倭」と表現した。
・倭国ではヤマトに「大倭」の漢字を当て字した。

邪馬台国がヤマト(奈良)ではないとしたら
この2つが偶然の一致ということになる。
奈良が邪馬台国だからヤマトに魏志倭人伝の「大倭」の文字を採用したとしか考えられない。

120名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:32:46.80ID:Se7hGuUe0
>>118
じゃナシメ、トシゴリの意味はなんだろう
役職だとは思うが…

121名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:35:26.98ID:oyAnzAyW0
んだども旧唐書には「倭国と日本国が戦争して日本国が勝った」て記述があるじゃん?

奈良県と日本が戦争てのもおかしな話ですよね

122名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:36:01.48ID:7Xmjvn6F0
>>104
そうならば、『魏志』に、邪馬台国は
後漢(25年 - 220年)から57年に漢委奴国王に任じられた
古の【倭奴国】である

と書かれていて、行き方や方位なんか、わざわざ書かない

123名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:38:02.02ID:WM54AqD40
ヒミコミコミコヒミコミコ

124名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:38:08.90ID:4yF4jeIv0
>>57
57年の漢委奴国王は筑紫の王だったことは間違いないけど
出身は畿内だと思うよ
漢委奴国王はあっさり畿内に都を移してるしね

57年に新羅王に即位した倭人の脱解尼師今は丹波国(京都)出身だしね
同じ57年だし、金印だい、脱解尼師今と漢委奴国王は血縁関係があったと考えるほうが妥当

125名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:38:51.54ID:kO5vdKO10
記紀、風土記には、倭、日本としか書かれておらず
この時代にこれらをヤマトと読んだかどうかは分からない。

平安時代に倭、日本はヤマトと読むなり
という注釈が加えられており
ヤマトと当て字するのはこの頃からと思われる。

126名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:42:10.16ID:AEBv4tbP0
大養徳はなんて読むのかさっぱりわからんよな
今はこれもヤマトと読むそうだが、あからさまにこじつけくさい

127名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:44:32.67ID:4yF4jeIv0
>>122
これも遷都があった証拠なんだよな
唐の時代には倭国の首都は奈良だとはっきり認識していて
そのうえで古の倭奴国(福岡)であると言っている

要するに「旧唐書」は、大和(奈良)と倭奴国(福岡)は同じ国であると言っていて
遷都があったことをあらわしている

128名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:47:07.57ID:4yF4jeIv0
>>125
「注釈」を根拠にするとか意味不明

129名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:47:22.02ID:p4wo4TMz0
司馬氏主導の易姓革命演出の一つだろう
革命の前触れには幻獣が出現して、見知らぬ蛮族が
珍果、珍獣を携えて朝貢するというシナリオ
朝鮮半島ではインパクトに欠ける、倭人の方が具合がいい

130名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:47:47.43ID:uoHwZukR0
>>38
佐賀エリアから見て筑後川の上流が大分だアホ
渡って(南進して)どうするwwwwww 

131名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:51:00.10ID:ugdtSRt40
旧唐書によれば
「日本人は倭人と違って尊大で誠実に答えない、それで中国人はこれを疑っている」と書いてある

この「日本人」とはホントに日本人なんだろうかね
日本人になりすまして名を語った別の民族のような気もするw

132名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:53:06.12ID:4yF4jeIv0
>>76
畿内説だと九州は畿内の領土だから
阿蘇山はヤマト(畿内)の領土で矛盾がない

133名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:57:38.96ID:4yF4jeIv0
>>131
きちんと訳すと中国は日本の使者の話を信じなかったって意味だぞ。

『旧唐書』倭国・日本国伝

日本國者、倭國之別種也。以其國在日邊、故以日本為名。或曰:倭國自惡其名不雅、
改為日本。或云:日本舊小國、併倭國之地。其人入朝者、多自矜大、不以實對、
故中國疑焉。

(日本語訳)
日本国は、倭国の別種なり。
その国は日の出の場所に在るを以て、故に日本と名づけた。あるいは曰く、倭国は
自らその名の雅ならざるを憎み、改めて日本と為した。あるいは日本は昔、小国だっ
たが倭国の地を併せたという。
そこの人が入朝したが、多くは自惚れが大にして不実な対応だったので、中国はこれ
を疑う。

(わかりやすくまとめ)
日本の使者は異なる3つの説明をした。
A 倭国が日本に改名した。
B 日本と倭国は完全に別の国である。
C 日本は小国だったが倭国を併合した。
日本の使者は不誠実でウソをついているようなので
中国は日本の使者の話を信用しなかった。

134名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:58:10.94ID:7Xmjvn6F0
>>124
都を移してなんかいない

奈良を武力制圧したのは
九州 海神国 筑紫城 漢委奴国王 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命 の

【第4皇子】の神武 で、奈良で「天津日高日子(あまつひこ)の皇子」・・つまり天皇を名乗り

九州 海神国 筑紫城 漢委奴国王 は、神武の兄の
【第3皇子】の三毛入野命 が継承した

135名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:59:16.73ID:wTkba4kc0
>>132
北九州から奈良県まで歩く長旅なのにわざわざ熊本県に寄ったの?
ちょっと不自然だぁね

136名無しさん@1周年2020/01/05(日) 15:59:42.42ID:KITeB3cZ0
漢や魏の頃の日本は、国力が無く支那に臣従するしか無かった。

ヤマト王権の力が充実してきた隋時代には、支那と対等に付き合う方針に転換。

唐に入り白村江で敗北したが、東アジアの強国の地位を維持していた。

137名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:00:40.10ID:4yF4jeIv0
日本の使者がウソをついた理由もわかるな
本当のことを話したら殺されるかもしれないからな

中国を完全にディスってる
「雅ではないから中国様が考えてくれた倭国という漢字は気に入らない。だから日本に改名した」

138名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:02:32.78ID:XLWHDRNW0
>>133
ちょうど壬申の乱のあたりなんだよね
日本国と倭国の内乱でもあったのかな

139名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:04:16.39ID:sNPFXIUm0
>>132 ←このひと頭おかしい

140名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:05:57.60ID:4yF4jeIv0
>>134
天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命が漢委奴国王の根拠はなに?

141名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:06:38.20ID:4yF4jeIv0
>>135
立ち寄ったなんて書いてないけど

142名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:07:03.77ID:4yF4jeIv0
>>139
理由は?

143名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:08:33.81ID:EmYgMqYn0
>>141
伝聞なら話に出てくるのは阿蘇山じゃなくて富士山になると思うけどな

144名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:08:51.28ID:4yF4jeIv0
>>138
Aの「倭国が日本に改名した。」が正解で
日本の使者が殺されることを恐れて3つの説を語っちゃっただけだよ

145名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:10:27.39ID:jFU1JwWj0
ネットにウヨウヨしてる頭の悪い人か
あらかじめ本人の中で結論が決まってるから議論にならないんだよねぇ

146名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:11:04.58ID:4yF4jeIv0
>>143
富士山は邪馬台国の領土ではなかったと思うよ
阿蘇山の噴火は、中国の役人が駐留してた伊都国でも噂になっただろうね

147名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:12:14.69ID:/c4QZmvf0
>>15
日本書紀の著者は「神功皇后=卑弥呼」と明記してはいないが、
神功皇后の章に、魏志倭人伝の中で卑弥呼の事績であるはずの記事を「魏志いわく」と前置きしながら数か所引用してるんだよ。
だから「同一人物とみなしていた」と推定されてるわけ。

148名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:12:23.81ID:jFU1JwWj0
倭の名前が嫌いならなんで都がある奈良県に大倭の名を使ったんだ?て話になるが

149名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:12:31.12ID:Dic5/Nvg0
>>145
自己紹介おつ

150名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:12:58.65ID:s+psIKF10
>>145
自己紹介乙!www

151名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:15:36.49ID:4yF4jeIv0
>>148
白村江の戦いの敗戦によって
中国に対して対抗意識が生まれただけだよ
日本に改名したのは敗戦のすぐあとだからね

152名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:16:36.82ID:jRWpuFQi0
大倭→大和

153名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:17:33.23ID:UjIJLoOg0
>>9
朝鮮民族はまだ居ない時代だよ

154名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:18:57.86ID:jRWpuFQi0
唐時代は、白村江があったし、日本の文化水準も上がり遣唐使廃止したり、支那とは対等以上に変化していた。

155名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:19:03.59ID:4yF4jeIv0
>>147
その通り。
日本書紀の著者は「神功皇后と卑弥呼」の年代だけは合わせてる。
神武や崇神の年代は合ってないのにね。

要するに日本書紀の作者にとっては、神武や崇神よりも「神功皇后=卑弥呼」のほうが重要だったということ

156名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:19:53.62ID:vKCtnjFZ0
日本と中国の記録を見比べて初めて一致するのが阿倍仲麻呂
717年に遣唐使として唐に来たと旧唐書に書いてある
ハッキリいって717年以前の日本史はファンタジーの領域なのよ

157名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:22:48.27ID:vJOFWcEb0
>>151
うーん?奈良を大倭国にした理由になってないよね?

158名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:23:40.87ID:vJOFWcEb0
ぼくの かんがえた さいきょうの にほんし ですね

159名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:24:43.78ID:kO5vdKO10
>>128
注釈がないと誰もヤマトと読まないね。

160名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:25:35.11ID:AfJpMvuw0
>>125
注釈が加えられたということは
そもそも誰もヤマトとは読まなかったものを、ある時点からそう読むことにしたということ。
そう読まなければ何か都合が悪いことでもあったのでしょう。
後付の歴史ねつ造の一環です。

161名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:26:05.58ID:8T59Wrob0
子供から年寄りまで顔に入れ墨する風習をもった北九州の邪馬台国は
大和朝廷の日本統一の過程で滅ぼされました

つまり卑弥呼と現皇室とのつながりはない

卑弥呼が皇室の先祖と考えるから皆ワケワカメになるんだ
時代が合わない、とか、方角が合わない、とか、距離がー、とか・・
畿内だ、いや九州だ、果ては沖縄だ、四国だという始末

もっと素直に考えろや

162名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:27:02.78ID:dspK0qXU0
神功皇后は妊娠したまま戦場まで行った人だから、独身だった卑弥呼とは別人だと思うわ

163名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:27:56.25ID:4yF4jeIv0
>>157
敗戦前まではそこまで「倭」が嫌ではなく素直に受け入れてたんだよ

太平洋戦争中に敵性語として外国語が禁止されてたのに近い
「ラグビー」→「闘球」
「ゴルフ」→「打球」
「クロール」→「速泳」

164名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:28:04.18ID:rjp/zgFa0
顔に入れ墨するのはヤマト朝廷の敵役のツチグモ一族だよね

165名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:29:22.75ID:kO5vdKO10
倭、大倭、大和と漢字を変えてきたが
ヤマト読みに合わせる様子はない。

当時はヤマトと読んでいなかった可能性が高い。

166名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:29:43.90ID:4yF4jeIv0
>>156
古代の大王の墓など物的証拠は残ってるから。
君の中では古墳はファンタジーなの?

167名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:31:23.00ID:EZnzUpjz0
朝鮮半島からやってきた朝鮮族がヤマトの名を利用して日本列島を支配した、のほうが整合性がある

168名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:33:23.23ID:4yF4jeIv0
>>165
ヤマトと読んでいなかった理由になってないよ
せめて何故、急にヤマトと読むようになったのか理由を教えて

169名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:33:31.37ID:FgsTYDc50
>>166
古墳はあるけど、誰の墓なのか全くわからないわけでしょう?
倭国王の金印とか日田の鉄鏡と同じ扱いですよ

170名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:34:14.12ID:EJhsCZD+0
日本という名になったのは天武天皇の時だぞ
征服論者は邪馬台国は九州説で畿内の天武天武朝廷に制圧されたでいいのか?メチャメチャなんだが

171名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:35:28.67ID:4yF4jeIv0
>>167
ないな。朝鮮が日本より国力が上だったことって一度もないからね。

科学的な遺伝子解析でも朝鮮人が日本で増えた形跡は見られない。
日本人が高句麗付近で爆発的に増えた形跡はあるけど

172名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:36:40.64ID:4yF4jeIv0
>>169
誰の古墳かある程度は分かってるよ

173名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:36:47.22ID:cifttvKs0
ワってのは一人称・二人称の言葉なんよな

174名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:37:32.58ID:kFvKbqCn0
倭国の大友皇子を日本国の天武天皇が破って天下統一
勝者の天武が日本書紀で過去を改竄して倭国の歴史もすべて日本国に取り込んだ
これが正しい歴史よ

175名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:39:03.87ID:N4fl4G3c0
天皇の墓も含めてこれだけ大量の古墳を残しておきながら、ほぼ誰の墓か分らないとかあるかね?
古墳時代の終了で列島倭国は滅亡してるだろ。

176名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:40:02.06ID:EJhsCZD+0
>>174
これなら理屈でわかるんだけど畿内と思うんだけどな

177名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:40:21.74ID:lKRLrp4t0
>>172
ある程度、ではなく学術的に確定してるとこあげてくださいよ

178名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:40:25.52ID:4yF4jeIv0
>>173
「分ける、分かれる、輪」のワでは。
ワジン=外国人、っていう意味に近いと思うよ

179名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:42:24.15ID:lKRLrp4t0
>>175
阿武山古墳はほぼ中臣鎌足らしいけど、それも推測だからねぇ
宮内庁めぇ…

180名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:42:34.86ID:8T59Wrob0
>>167
X染色体遺伝子解析しかできなかった頃は朝鮮人渡来説やら北方騎馬民族説
も説得力あったが、Y染色体の解析ができるようになった現在、

日 本 人 と 朝 鮮 人 は 何 の 関 係 も な い
と 証 明 さ れ て い る

181名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:43:33.00ID:1i1uoMMx0
>>177
神武天皇陵は確定だろ
ここがウソなはずがない

182名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:44:54.92ID:4yF4jeIv0
>>177
ある程度で充分、ファンタジーじゃないことは証明されたので

183名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:45:43.24ID:kO5vdKO10
>>168
大和では、音読みでも訓読みでも
ヤマトとは読めない。
人名としての万葉仮名でヤマトと読めそうな文字はあるが
地名としては、その万葉仮名が
使われていない。

筑紫などは音読みで普通に読める。
卑字ではないので筑紫の人間が
筑紫国にふさわしい漢字を選んだのだろう。

ヤマトにふさわしい漢字を選ばずに
どういじっても読めない倭、大倭
を使用していた、ということは
変更する必要を感じていなかった。
つまり、この頃は国名としては、
ヤマトを使用していないと思われる。

184名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:45:47.19ID:7Xmjvn6F0
>>140
「漢委奴国王」は、九州 海神国 筑紫城の王に、後漢(25年 - 220年)が57年に授けた地位

九州 海神国 筑紫城の王は

九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城 天之御中主神

から始まり

九州 海神国 筑紫城 高御産巣日神
九州 海神国 筑紫城 神産巣日神
九州 海神国 筑紫城 宇摩志阿斯訶備比古遅神
九州 海神国 筑紫城 天之常立神
九州 海神国 筑紫城 国之常立神
九州 海神国 筑紫城 豊雲野神
九州 海神国 筑紫城 宇比邇神・須比智邇神
九州 海神国 筑紫城 角杙神・活杙神
九州 海神国 筑紫城 意富斗能地神・ 大斗乃弁神
九州 海神国 筑紫城 淤母陀琉神 ・阿夜訶志古泥神
九州 海神国 筑紫城 伊邪那岐神・伊邪那美神
九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命

と続いてきて

九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命 の四番目の息子が神武

185名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:45:49.91ID:wYZ0rkzX0
>>180
いやいや、そのY染色体で古代藤原氏のミイラが現代朝鮮人と同じO1b2であることが確定したわけでしょう?

186名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:46:08.98ID:cifttvKs0
>>178
上代日本語だとワは一人称と二人称で我と彼の意味があるで

187名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:47:13.82ID:rjp/zgFa0
>>182
なにか知ってるのかと思ったんだけど、確定してるところないんですね…

188名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:49:10.54ID:GHEhjPh50
調査させない宮内庁が悪いのよ
こないだやっと仁徳さんの外堀をちょこっとだけ掘らせてくれた

189名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:49:42.43ID:8T59Wrob0
>>185
それは1人だろーがw

俺は現在この日本列島に住んでいる日本人と現在半島に住んでいる朝鮮人の
大多数のことを言ってるんだ

190名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:50:17.97ID:6L8fOpO90
そういや古代の高麗語と日本語がすごく似ているという話を聞いたことがあるぞ

191名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:50:34.50ID:4yF4jeIv0
>>185
O1b2は5000年前に日本列島で爆発的に増えた遺伝子であって
朝鮮人の証拠にはならない

つーか、日本人のO1b2は朝鮮半島を経由してない。
温暖化による人口爆発は朝鮮よりも南にある日本のほうが早いはずだし

192名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:50:54.18ID:blHcosym0
<関連スレ> 邪馬台国畿内説は完全終了しました

【邪馬台国】大分・日田で出土の鉄鏡 卑弥呼の鏡「可能性高い」
http://2chb.net/r/newsplus/1578040266/

193名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:51:42.21ID:blHcosym0
>>190
高麗 = クレ (呉)

194名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:52:39.65ID:EJhsCZD+0
>>185
しれっと朝鮮プロパガンダすんなやw
奥州藤原氏は漢民族渡来系の子孫が確定してるw

195名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:53:16.62ID:4yF4jeIv0
日本人のO1b2は今よりも海水面が低かった時代に中国南部から直接来たもので
朝鮮半島は経由してない
D遺伝子は今は水没してる地域(中国の南)を経由して日本に来たもので
中国と朝鮮は経由してない

196名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:53:25.47ID:wZgkiWj20
縄文系、弥生系で古代を見ないと絶対に邪馬台国は分からないよ
見ると簡単に分かるけど
記紀なんか根拠にしてる時点で終わってる

197名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:53:32.31ID:CTwJR3CP0
>>189
現代においても藤原氏の末裔で佐藤や伊藤など『藤』がつく人はだいたいO1b2ですがな
そして現代の韓国人の30%も同じO1b2
関係大ありでしょう?

198名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:53:47.67ID:blHcosym0
日本の古墳にはチマチョゴリ着た貴族が描かれてる?
https://lavender.2ch.net/test/read.cgi/korea/1573382056/

199名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:54:45.24ID:PS/kgNai0
どうでもいいが
15歳で王になった卑弥呼が黒髪ぱっつん美少女だったかどうかの方が興味ある

200名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:55:42.19ID:UhMiWx5K0
古事記は奈良時代に書かれたファンタジー小説だから考古学的に価値はないよね
天皇になろう!小説

201名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:55:46.65ID:blHcosym0
>>199 ふたなり だった説が昔からあるね

202名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:55:47.34ID:8T59Wrob0
>>197
>『藤』がつく人はだいたいO1b2ですがな

すまん、そりゃ初耳だわ

203名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:56:34.06ID:4yF4jeIv0
>>190
新羅は、九州の属国
百済は、畿内の属国
高句麗は、関東の属国

こういうふうに分割統治してたぽい
実際、高句麗関連の神社が多いのは関東地方
関東から遠いから大量移住して統治したと考えると
高句麗付近で日本人の遺伝子が爆発的に増えた理由も説明がつく

204名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:56:39.20ID:blHcosym0
>>200
昔から公になっていたのは日本書紀のほうで、
古事記ってのは確か江戸あたりでやっと情報が広まったんじゃなかったけ?

それまで隠されてたってことかな スレチだけど

205名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:57:31.18ID:rjp/zgFa0
どうでもいいが13歳の壹与が王になったとたんに戦乱がぴたっと収まる国民性には問題があると思うんだ
ロリコンかよ

206名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:58:40.87ID:UhMiWx5K0
>>204
古事記って朝廷に編纂の記録がないのよね

207名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:59:31.87ID:7Xmjvn6F0
つまりだ

九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城 天之御中主神
九州 海神国 筑紫城 高御産巣日神
九州 海神国 筑紫城 神産巣日神
九州 海神国 筑紫城 宇摩志阿斯訶備比古遅神
九州 海神国 筑紫城 天之常立神
九州 海神国 筑紫城 国之常立神
九州 海神国 筑紫城 豊雲野神
九州 海神国 筑紫城 宇比邇神・須比智邇神
九州 海神国 筑紫城 角杙神・活杙神
九州 海神国 筑紫城 意富斗能地神・ 大斗乃弁神
九州 海神国 筑紫城 淤母陀琉神 ・阿夜訶志古泥神
九州 海神国 筑紫城 伊邪那岐神・伊邪那美神
九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命

と、

後漢(25年 - 220年)から57年に漢委奴国王に任じられてから、代々倭国王を継承してきたけれど

九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命 の代に始めて
奈良の邪馬台国の卑弥呼が魏の都合で、「親魏倭王」に任じられ、倭国王を剥奪されたもんだから

九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命 は
奈良の邪馬台国を戦争で伐ち負かし、再び倭国王に復帰するために

彦五瀬命・稲飯命・三毛入野命・彦火火出見尊(神武)の四人の息子たちを、奈良邪馬台国討伐に派遣した

のよ

208名無しさん@1周年2020/01/05(日) 16:59:38.84ID:blHcosym0
>>205 別グループのシャーマンがトップになったってことだろうね
つまり、ヒミコの血筋ではない

209名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:00:29.19ID:4yF4jeIv0
>>199
ピンクの繊維なども出土してる

おそらく、顔は朱色にして、ピンク色の衣装を着て、鏡で太陽光を反射させてた。
「太陽のコスプレ」みたいな外見だったと想像される

210名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:01:02.31ID:Gqqr4Q+i0
>>206 そうそう 公式な書物は日本書紀のほうなんだよね

ここからはオカルトだが、実は 日本書紀と古事記は対になっていて、
いわゆるコードを紐解けば別の情報が出てくるって説があって、
それすげー興味あるんだが、どうコードになってるかサッパリわからん

211名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:01:22.95ID:xy0Lm/at0
今も昔もアイドル好きなのさ

212名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:03:39.00ID:EJhsCZD+0
昔の美形は歌舞伎でわかるが色白の細く切れ長の目だけど日巫女はどうだろうな

213名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:04:48.42ID:nTHcua0o0
>>211
中国の文献で年増ってズバリ書かれてたと思うけど  年増なのにアイドル?

214名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:05:44.60ID:rjp/zgFa0
>>213
聖子さんも伊代さんもまだアイドルだろぉが!

215名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:07:50.63ID:zIUfPROx0
>>7
半島は銅印
李氏朝鮮時代に初めて金印

216名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:12:15.06ID:4yF4jeIv0
>>187
???
ファンタジーじゃないことが証明されて
あなたが完敗したのでそれ以上議論する気がないだけだよ

217名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:16:04.63ID:zIUfPROx0
>>197
藤=藤原氏所縁ってのも怪しい説

218名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:17:22.00ID:LZg2RqtY0
>>156
701年が大和政権が成立した年だと考えられるね。

219名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:17:23.84ID:4yF4jeIv0
>>207
稲飯命は新羅王になったという記録が残ってるから
兄・稲飯命が57年に新羅王になった脱解尼師今で
弟・神武天皇が57年に金印を授かった漢委奴国王

こう考えたほうが妥当
初めて金印を授かった王を初代天皇として数えたとすると納得がいくし

220名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:19:03.74ID:TzAV+BLq0
被葬者が特定できた古墳がひとつもないってのも異常よね

221名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:19:47.69ID:4yF4jeIv0
藤は、富士・不死、と音が同じで縁起がいいから名字によく使われるだけだろうな

222名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:21:46.60ID:LZg2RqtY0
>>181
神武天皇陵が略確定してのに後の天皇の陵墓が分からない
崇神天皇以下の天皇は他(九州)の王朝の歴史の盗用だな。

223名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:21:55.47ID:2q+vE3Oc0
すると新羅(現大韓民国)と日本は文字通り兄弟国なのか

224名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:23:05.67ID:EJhsCZD+0
>>217
え藤ついてる人達の染色体がなんちゃらなんて朝鮮人のプロパガンダ相手にすんなよ

225名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:23:10.20ID:l0SsvrIA0
よくもまぁ次から次へと都合のいい解釈ができるものだ
ちょっと感心するわw

226名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:24:27.06ID:EJhsCZD+0
新羅は朝鮮人じゃないだろ高麗でしょ

227名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:24:43.04ID:8mwTEhn40
卑弥呼すごいな
三国志を四国志に書き直さないといかんね

228名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:25:19.71ID:PkBxIuHs0
神武天皇は実在した、と主張する学者いたっけ?
10代以前はファンタジー扱いじゃなかった?

229名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:27:49.69ID:EJhsCZD+0
いないでしょ伝説上の人

230名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:27:57.26ID:+C9hB0mM0
>>137
間違い:「倭」がマイナス・イメージを持つ漢字
正解:「倭」は漢字として良字

これは対外的には
遣唐使で「倭」→「日本」に変えた時の理由の一つ。
(日本語での読みつまり訓読みはどっちも同じで「ヤマト」)
けど唐の宮廷の知識人達は
「ザワザワ」
「は?「倭」のどこが悪いんだ?わからんなあ」
「まあ、本人達が嫌ってるんだから変えてやれよ(どうでも良い)」
となって「日本」に国名変更を決めた。

また、このシナ語音がさらに西洋風に奇妙に訛って
現在でも国際的に有効な”JAPAN”が誕生w

漢字は象形文字なので元の字形の意味を調べたのが↓
http://2chb.net/r/newsplus/1577924542/612
文字を決めた古代に東夷は野蛮国なら悪い字を使うはずが、
「韓」と「倭」だけは文明国扱い。悪い字を使ってない。

「韓」はシナ中央の「韓原」からその管理者の名前を経て
小国分裂時代に国名になったことすらある。
「倭」は不明だが全く悪字ではなく、ただ(大陸基準では)小柄な
連中なので「矮」の字との混同が起き、その後は倭寇や
シナ事変あるいは反日教育で「倭」と悪い感情とが重なったのかも
(パブロフの条件反射)

231名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:27:59.64ID:Unc0Av6w0
>>208
卑弥呼の宗女なんだから血縁じゃないとダメだろ。13は成人の歳までまつ必要があったという事。
鬼道の意味を理解すると判るだろう、武力で国々が収まらなかったんだよ。

232名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:28:59.27ID:rjp/zgFa0
今の神武天皇陵はただの円丘…古墳ですらない…(小声)

233名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:29:30.70ID:Unc0Av6w0
>>223
新羅も倭人が建国した国だけどな。

234名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:30:05.44ID:36RFXCkg0
>>205
卑弥呼が女王になった時はもう結構な年だったというから属性としてはロリ萌えというより巫女萌えだろうな

235名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:33:00.52ID:5wpxe26B0
>>232
ぐぐった

『ただし埋蔵文化包蔵地(=遺跡)に指定されてはいない』って

それガチにただの丘やんけ!
ファーwww

236名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:34:22.16ID:4yF4jeIv0
神武天皇は実在だと思うよ

欠史八代は長生きすぎて年齢がおかしいだろ。
創作なら「欠史八代」ではなく「欠史30代」くらい創作してもっと自然な年齢にするはず。

天武天皇は「第40代」というのは知れ渡ってたから代数は改ざんできなかったんだよ
年齢を改ざんするほうがラクだった

237名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:34:39.24ID:2hmUBAOD0
ゴーン氏を警備会社が監視していた問題、産経では軽く流されてるが、内容はとんでもない話だぞ

ゴーン被告、監視中止当日に逃亡 日産手配の業者に告訴警告  産経新聞 2020.1.4 00:18
https://www.sankei.com/affairs/news/200104/afr2001040002-n1.html
>弘中惇一郎弁護士は昨年7月、ゴーン被告が同4月に保釈されて以降、保釈条件で指定された東京都内の住宅周辺を何者かに見張られたり
>外出先まで尾行されたりしていると明らかにし、「重大な人権問題」と訴えた
>24時間に近い形で続けていた行動監視

>同12月25日、弁護団で調べた結果、行動監視していたのは東京都内の警備会社だと判明
>警備会社を軽犯罪法違反と探偵業法違反の罪で年内に刑事告訴すると表明
>刑事告訴するとの情報を入手し、(中略)同月29日にいったん中止

24時間に近い形の行動監視、住宅周辺を何者かに見張られ、外出先まで尾行されると、被害者が監視と尾行に気づく露骨な手口
これは集団ストーカーそのもので、この監視行為は、警備会社が金銭による対価を得て、特定個人を集団ストーカーしていたという事だ
警備会社は警察署に警備業を行う申請をし、公安委員会からの許可を取る仕組みの上、調べたところ、警備会社には下記の四業務しか認められておらず
【1号警備 施設警備業務】【2号警備 交通誘導警備業務・雑踏警備業務】【3号警備 輸送警備業務】【4号警備 身辺警備業務】
特定個人の監視行為は含まれない為、警備業法違反になる
公安委員会の認可の必要な警備会社が、金銭を得て集団ストーカー行為を働くなど言語道断

他にも疑問点があり、従業員数の少ない警備会社では、特定個人の完全監視など不可能
警備会社は、防犯協会や生活安全警察、警察本部や警察署と防犯協力覚書を交わした企業、商工会等から構成される
防犯ネットワーク網と呼ばれる防犯システムを構成する主要要素の一つで、警察が同ネットワーク網に提供している警戒対象人物リストに従い
リストに掲載された特定個人への監視業務も請け負っているが、警備会社であれば、創業者や役員等に警察OBがいるのが一般的で
普段から業務の関係で警察と接点がある為、警戒対象人物リストに、特定個人の氏名を不正登録し、防犯ネットワーク網の監視対象にできる
仮に警備会社が、自社従業員の活動だけでは監視は無理だと考えて、ゴーン氏をリストに不正登録していた場合、極めて大きな問題になる
この問題は俗に『やりすぎ防犯パトロール』と呼ばれているが、手口は、尾行や監視に気づかせる事で、防犯効果を高めるというもの
ゴーン氏が受けた違法な監視行為も、手口が非常に酷似しており、ゴーン氏がやりすぎ防パトの被害に遭っていた可能性は十分ある
その場合、不正登録に協力した警察官、警察幹部は懲戒免職となり、生活安全警察にも飛び火する

謎なのは、警備会社は最初から裏メニューとして、対価を得て特定個人への集団ストーカー行為を働く業を行っていたわけで
警備業法にない違法行為と認識してる以上、ゴーン氏に刑事告訴すると表明されたくらいで、いきなり監視を解いているのが解せない
これは、明るみになると困る何かをしていた為に、その何かを隠蔽する為に、この問題の露呈を恐れた為ではなかったのか?
例えば、ゴーン氏を警戒対象人物リストに不正登録し、防犯ネットワーク網に監視させて、警察車両や緊急車両による付き纏いや
警部補達(警視庁生活安全部所属)が住民や店舗従業員らに防犯協力と称し嫌がらせ行為を働くよう依頼をして回らせて
(防犯協力の内容はネットで出回っているが、あれらはただの嫌がらせでなく、恐らく研究機関が心理学を応用して作った精神的虐待を加える拷問)
ゴーン氏に対し、警視庁生活安全部が強力に関与する形で、精神的虐待行為=拷問行為が行われていたのではないか
問題の露呈により、生活安全警察による市民虐待、拷問行為も露呈し、生活安全警察が世間から猛烈な非難を浴びる事を恐れた為ではないか?

集団ストーカー行為は、被害者側は、精神的苦痛から自殺し易い状況に置かれ、執拗な付き纏いによる精神的苦痛から鬱病等を発症する事もあり
常時監視を長期間に渡って受け続けたゴーン氏の精神的苦痛は計り知れない
警備会社の違法な監視行為による人権侵害が、ゴーン氏が国外逃亡する原因だった可能性すらある

この問題はかなり深い闇が見えるので、真相究明の為に、この情報の拡散を希望する mz.

238名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:36:35.92ID:rjp/zgFa0
二〇〇〇年の巫女萌えの歴史を誇る国、ニッポン
ふふ…悪くないね…

239◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 17:38:07.69ID:DhhiSn+X0
>>228
実在したかと問われたら微妙だが、
全くの創作だと言われたら反論したい。

240名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:39:09.01ID:dKa4uU0K0
そもそも“天皇”という呼び方を始めたのは天武か持統のあたりからだから敢えて代数に拘る必要はなかったと思うけどね

241名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:40:50.79ID:KwS/phJ30
>>239
モデルになった人物はいたかもしれんよね
皇室との関わりの有無はおいといて

242名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:40:58.90ID:PS/kgNai0
>>209
ピンクい装束か
あんなに昔からピンクはカワイイ系色だったんだな
髪型とか顔つきが知りたいが似顔絵や文での描写など一切の描写もないんだろうな
その國の女王なんたらかんたら〜みたいな〜

243名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:41:45.62ID:4yF4jeIv0
>>240
「伝統」や「系譜」が最重要だからな
「代数」にこだわらない王はいないよ

244名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:42:32.96ID:rURGEmnq0
AV女優だろ・・・

245名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:42:41.10ID:qR9kUzBo0
>>239
人口が増えて新しい耕作地を求めて東に移動したことはあったんだろう

246名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:44:05.60ID:4yF4jeIv0
>>242
桃の種も大量に出土してるから、めっちゃカワイイよ
ピンクの衣装着て、大量の桃を敷き詰めて、祈祷してたんだぜ

247名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:44:12.19ID:qR9kUzBo0
>>240
倭の五王は呉の太伯の末裔であることを強調していたし、天武以降とは価値観が異なるんだろう

248◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 17:47:21.30ID:DhhiSn+X0
>>241
よく崇神帝と同一人物とか言われるけど、俺は応神帝の投影だと思うの。
「聖母の息子が西から至って始祖王になる」
というモチーフが同じだもんね(神武は孫だがそこはそれw)。

249名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:48:57.84ID:jRWpuFQi0
呉の末裔 江南出身を自称

実際は、朝鮮半島出身?

250名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:49:47.07ID:qRxNEWc70
>>223
少なくとも支配階層の一部は同じ民像 被支配階級は知らん
どの国でも支配階級と被支配階級は別民族なことが多い

251名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:51:15.35ID:elhQCyDy0
始皇帝の不老不死の薬で東方に送った部隊が帰ってこなかった
神武天皇の時代と一致してて中国では同一視してる人が多いらしい

252名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:51:36.19ID:qRxNEWc70
>>231
「卑弥呼の宗女なんだから血縁」ってところにこだわるから本質が見えなくなる

253名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:52:07.96ID:xotY5SHC0
百済も上級国民と一般国民では言葉が違ったとか聞いたことがあるね

254名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:52:13.95ID:qRxNEWc70
>>232
古墳の形状が異なるのは、別民族の墓だから
つーか墓というよりも、祭祀の場であった説もあるが

255名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:52:18.34ID:4yF4jeIv0
>>249
銅鐸文化は呉から直接、日本に伝わったようだから呉の影響が大きいと思うよ。
下戸の遺伝子も呉と畿内に集中してるし。

そもそも中国でも倭人は呉の王の末裔と信じられていた

256名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:53:38.99ID:jRWpuFQi0
百済は支配層が北方扶余属?

257名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:53:48.77ID:elhQCyDy0
>>255
そうじゃないの
春秋時代の呉が敗れて有力者が流れてきた

258名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:55:06.04ID:kVehD31S0
石ノ森章太郎先生の「日本の歴史」を読むと古代日本は渡来人が作った国だという印象になってしまうね

259名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:55:21.93ID:jRWpuFQi0
じゃあ稲作を日本に伝えたのも呉人?

260名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:56:56.10ID:qRxNEWc70
日本の記紀においても
中国の史記においてもそうだが

古代の歴史記述の部分においては、
世界の歴史を自国の歴史に意図的に置き換えて記したって説がある

また、日本へと亡命する以前の国で起こったことを
無理やり日本の歴史に組み込んだってケースもありうる

記紀とは違うが、聖徳太子とソンツェン・ガンポはあまりに共通点が多過ぎる
ソンツェン・ガンポの一族が日本に来て、無理やり日本の歴史に聖徳太子として
ねじ込んだと考えれば説明がつく

261名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:57:41.39ID:4yF4jeIv0
>>257
呉に住む倭人の話も残ってるから
ロサンゼルスの日本街みたいに倭人が大量に住む地域が呉にあったんだと思うよ

262名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:57:56.98ID:elhQCyDy0
>>260
それはない摂政になれるわけない

263名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:58:57.93ID:Unc0Av6w0
>>242
ピンクではなく朱色、鳥居や袴はその系統の色が続いている。
大和では三世紀の古墳から大量に水銀朱が使われたからな。

264名無しさん@1周年2020/01/05(日) 17:59:31.99ID:4yF4jeIv0
>>259
稲作は遺伝子の研究が終わっていて
科学的には、中国→日本→朝鮮、の順で稲作が伝わったのは判明してる

265名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:01:15.17ID:4yF4jeIv0
>>263
繊維はピンクだよ。朱色の繊維なんて出土してない

266名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:02:13.11ID:qRxNEWc70
>>262 
一度すべての歴史の常識を
これはウソではないか?と
疑ってみる作業をオススメする

267名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:02:14.34ID:AtuCLvJN0
ソン…?だれやねん?

ふむふむ、チベットの王で冠位十二階を制定…と?

あの頃に流行ってんの冠位十二階て?w

268名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:03:46.01ID:QR6Lg9ra0
隋書によれば邪靡堆のアマノタリシヒコなる男王も冠位十二階を制定したとある
世界的流行でもあったのかな?(笑)

269名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:03:58.60ID:jRWpuFQi0
韓国の歴史教科書では、稲作は朝鮮が日本に教えてあげたと記載されている。

日教組系の歴史教師も、稲作は朝鮮半島から伝わったと教えている。

270名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:05:33.48ID:elhQCyDy0
>>269
日本に中国文化教えた事で日本にマウント取ってるからな頭おかしい人達だよw

271名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:05:52.13ID:PVXxaxEu0
水稲の7割が朝鮮半島から、3割が中国南部からですよ

272名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:06:24.13ID:Unc0Av6w0
聖徳太子像はむしろ邪馬台国の卑弥呼と弟王の復興版だろう。
推古天皇が巫女王で太子が国政を司る。

273名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:07:41.65ID:268rjqQW0
昔の2chってところではな、水稲は日本が生み出して半島と大陸に伝えたって言い張ってたやつがいっぱいいたんだぜ?

274名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:08:09.18ID:ZqpgeC9D0
歴代半島の支配者は中国人と日本人だから

本質はそこ

275名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:08:12.48ID:elhQCyDy0
271 名無しさん@1周年 2020/01/05(日) 18:05:52.13 ID:PVXxaxEu0
水稲の7割が朝鮮半島から、3割が中国南部からですよ

イミフw

276名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:10:41.37ID:4yF4jeIv0
おそらく推古天皇(第33代天皇)が非実在で
アマタラシヒコ(聖徳太子)が実在で第33代天皇だろうね
なにか理由があって日本の歴史からは消されたが。

推古天皇の墓が残ってないし、推古時代に訪れた中国の使者も女帝の存在を認識してない

277名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:11:25.34ID:Wan9Gbxg0
>>275
サトゥーって農学者の説じゃないかな

遺伝子を解析したら、大部分は朝鮮半島から伝播したけど、一部は中国の南部から直接伝播したってやつ

278名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:11:48.31ID:elhQCyDy0
勘違いしてるが縄文時代から農耕民族で粟とか育ててたからね

279名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:12:14.20ID:4yF4jeIv0
>>273
今でも中国では米食は日本から伝わったという言い伝えが残ってる。
稲作は中国から伝わったが
米を主食にする文化は日本発祥かもしれない

280◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 18:17:13.27ID:DhhiSn+X0
稲作ってのは技術体系なんだから、遺伝子だけで経路を判断しちゃいかんよね。
石包丁などの考古学史料からは、朝鮮半島から伝わったことが
あきらかなんだそうな。

281名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:17:50.09ID:TRh0Ma7C0
>>248
応神と母の神功皇后は出兵から帰国後に王位を巡って他の皇子と争った時の行路が神武東征の行路と重なるからそういう説あるよね。

282名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:19:05.55ID:4yF4jeIv0
>>280
朝鮮で道具の発明くらいはあったかもしれないね
でもそれは朝鮮から稲作が伝わったとは言わないが

283名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:20:05.68ID:k4iqP8+X0
>>273
違うのか?

284名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:22:49.89ID:gFTQFyFs0
>>283
中国の水稲は遺伝子的に20種類以上あるけど日本にはそこから派生した4種類しかないのよ

285名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:23:56.16ID:tFxJZ/No0
いくつかルートがあるけど紀元前後には朝鮮沿岸経由の比較的安全な航路で楽浪郡と行き来していたんだから弥生中期以降あたりは朝鮮経由が多いだろう
この時代には半島南部に倭人の痕跡がある

286名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:26:32.79ID:Unc0Av6w0
推古天皇の墓の記述は残っているし、改葬や盗掘の記録もある。

聖徳太子像は途中彦人皇子の像が反映している可能性はあるかもな。
途中で存在が消えるのだが、墓は巨大で皇祖とも後々呼ばれている。

287名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:27:17.96ID:+C9hB0mM0
>>233
いや新羅王が倭人になったのは4代目の昔氏から
【古代/邪馬台国】鬼道で邪馬台国を統一 古代の女王「卑弥呼」の正体とは?呉と蜀を牽制するための「親魏」という破格の高位の称号★3 ->画像>6枚
ただ子孫の代に男の子が絶えたので、
婿を貰って金氏に変わった。

新羅は東の端なので(つまりシナに面した西側から見て)裏の領域。
シナ文明からは遠く未開の部分がある。
新羅の北はツングースのワイ国で、
ツングースは女真人が「金」という北シナを含む大国を作り
その後もシナは「後金」→「清」(日清戦争の清)へと名前を変え
その時に女真人→満州人へと名前を変えた。
だから「金」を見たら女真人(ツングース)かな?と疑ってもよい

288名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:29:08.53ID:bqgXvYXL0
卑弥呼やその他取り巻きの年代を正確に出せる技術を持ってから調査したほうがいい
研究費と時間の無駄

289名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:29:29.73ID:Unc0Av6w0
現在は弥生時代前期で最大級の水田跡は奈良の葛城地方だしな。
既に遺跡では従来の常識は崩れてきている。

290名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:31:14.32ID:XDZTQGpb0
弥生人というのは古代中国の春秋戦国時代に戦乱を避けて大陸から日本へ渡来してきた人たちらしい。
彼らは現在の九州へ上陸して稲作をしながら当時の原住民の縄文人を駆逐しながら次第に居住地域を広げていった。
これが神武東征のモデルとなった。

291名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:32:14.19ID:ZqpgeC9D0
いわゆる奈良湖全部で稲作だよ
湿地天然田んぼ

292名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:32:19.66ID:PK6EZxM80
日本の水稲は4種類あるのに、朝鮮半島の水稲は実は3種類しかない
水稲の100%が朝鮮半島→倭国だと遺伝子学的におかしなことになる
てのが前述の佐藤とかいう農学者の主張で、一部の水稲は中国南部から日本に直接伝播したのだと彼は推測しておる

293名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:35:12.09ID:ZqpgeC9D0
>>292
その手の話はもうちょっと呉の文化残ってほしかったよね

294名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:36:22.85ID:z3i9m8pb0
>>290
これならコーカソイド系の顔立ちがわかるんだよな
当時の中国人はコーカソイド系もいたし呂布がそうで

295名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:36:59.72ID:pjiqTKMM0
手塚治虫が『火の鳥 黎明編』で騎馬民族征服王朝説
ワンピースとナルトが狗奴国王朝説
近年盛んな遺伝子の研究からは、ユーラシア・ステップのアルタイ系騎馬民族に
高頻度にみられるY染色体ハプログループC-M86が東日本ではゼロであるが、
九州と徳島でそれぞれ3.8%、1.4%確認されており[37]、騎馬民族の小規模な
流入があったことを支持する結果となっている。

296名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:38:32.70ID:4yF4jeIv0
>>283
推古天皇の墓は残ってないよ。子・竹田皇子との合葬したことになってるが証拠はない。
そもそも合葬自体が不自然

297名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:39:08.78ID:XDZTQGpb0
>>294
三国志では董卓、唐代に反乱を起こした安禄山も中央アジア系の血を引いてるらしいな

298名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:39:16.15ID:4yF4jeIv0
>>286
推古天皇の墓は残ってないよ。子・竹田皇子との合葬したことになってるが証拠はない。
そもそも合葬自体が不自然

299名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:39:53.35ID:rjp/zgFa0
>>296
すると天武・持統のは?

300名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:39:58.07ID:5jGEJafs0
記紀の伝承を考えてみるに、神武は戦争と勝利の物語に、倭健の命は悲劇の英雄物語に、沙本比売は引き裂かれた愛の悲劇に、石の比売は嫉妬のもたらすコメディに、特化している。記紀の伝承は(想像だが)五世紀における総合娯楽歴史大作という側面も持っていたわけだ。

301名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:41:28.37ID:4yF4jeIv0
>>292
一部の水稲だけが中国南部から日本に直接伝播っていうのが無理あるよな

302名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:41:52.79ID:ZqpgeC9D0
>>297
というか漢字の名前でも外人王朝が中国の8割だよ

コリアは支配者層はほぼ外人

303名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:43:50.22ID:Unc0Av6w0
>>298
それは君の単なる感想。

304◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 18:44:12.34ID:DhhiSn+X0
>>300
女の人がびっくりしてマンコを突いて死ぬ話が複数出てくるよね。
これも当時の官能モノの流行りだと思うw

305名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:44:51.39ID:DH1T48Cu0
範馬刃牙シリーズ

306名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:47:05.29ID:N2WxzO9V0
>>188
愛子さまは歴史に興味がお有りになるそうだから
将来的に考古学の道ににお進みにならられれば
もしかしたら陵墓の調査も可能になるかも

307名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:49:02.35ID:4yF4jeIv0
>>303
死んだ年代が大きく違うのに合葬された例は他にないよ

308名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:51:01.84ID:Unc0Av6w0
>>295
邪馬台国は狗奴国との闘いで後々主導権を奪われた、と見るべきだろう。結局邪馬台国とはヤマトの事だな。
クナがそのままクニの語源になる。

倭人伝には邪馬台国や狗奴国の情報が少ないからな。
邪馬台国とは女王の都と七万戸、投馬国よりさら南に存在するという情報しかない。

309名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:51:35.47ID:4yF4jeIv0
>>290
ぜんぜん違うよ
弥生人が日本来たのは5000年以上前だよ
温暖化によって日本で人口爆発した
5000年以上前のことなんで中国の歴史とは一切関係がない

310名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:53:38.13ID:5jGEJafs0
>>304
それは神代に良く出て来る話だが、俺はそれらは実は世界は如何なるものか、という問題を含んだ深淵で厳粛な話ではなかったのかなと思うがな。やっぱ神代と人の代は違うんですわ。

311名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:54:14.62ID:Unc0Av6w0
>>304
まあネタならいいが、マジでそう思うなら古代史を語る資格はないな。
女性器は鬼を吸い込むという畏怖の存在だよ。

312◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 18:54:22.26ID:DhhiSn+X0
>>306
今上帝だって、中世が専門とは言え歴史学者だもんね。
陵墓発掘のチャンスは令和しかない気がする。

313名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:55:02.18ID:XDZTQGpb0
武烈天皇か継体天皇だったかが暴君だっけ?

314名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:55:06.71ID:TRh0Ma7C0
纒向って本当にどこの勢力の遺跡なんだろうね。
大和朝廷成立との関係は?

2世紀末から3世紀が最盛期で4世紀半ばまで。
鉄器は皆無で九州産の土器はわずか。東海地方の土器が多い。
神武東征(九州勢力の畿内制圧)が300年前後。
神武は先発勢力の饒速日を「俺達と同じく神の子孫だ」と言っている。

つまり、先々勢力は東海地方にパイプをもつ銅鐸勢力(神話で言うナガスネヒコ?)。
次に来たのは西日本(岡山?)から侵攻してきた(饒速日)でこの段階で纒向建設、古墳建設、銅鐸廃止。だけど東海地方とのパイプは引き続き維持。
最後に九州から侵攻してきた神武、ってことになるのかな?

315名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:56:10.70ID:jRUoTQmp0
箸墓古墳をガンガン掘って欲しいなあ
夢がある

316名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:58:39.70ID:Unc0Av6w0
>>307
土葬は普通に年代が違う者が後から埋葬し続けるはずたが?
推古天皇が古くからの巫女王の系譜にある証拠だろう。

317名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:58:50.97ID:jRUoTQmp0
>>314
すいません、九州勢力が300年前後に畿内制圧って何なんですか?
どこかの教科書とかに載ってます?

318名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:58:57.58ID:4yF4jeIv0
>>314
纏向は大和朝廷の遺跡だよ
古代の大王の墓との位置関係見れば一目瞭然だろ。
2世紀末から3世紀には日本の首都が纏向付近に移ってたのも確実

319名無しさん@1周年2020/01/05(日) 18:59:26.09ID:XszQ/2uU0
ホビット族の倭人なんて味方につけても使いもんにならんだろ

320◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 19:00:48.36ID:DhhiSn+X0
>>310, >>311
そ、そういう深い話だったのか…w

俺は、
「記紀神話は祭りの場で語られてきた口承がある時期に書き言葉に固定されたもの」という
立場なのだ。
聞き手が民衆である以上、マジメな深い話をしても仕方なかろうとw

321名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:01:22.84ID:4yF4jeIv0
>>316
1例もない。年代の違う天皇が合葬された例があるなら出して

322名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:03:09.47ID:LZg2RqtY0
>>259
水稲栽培は渡来人が来る前に縄文系の人々が紀元前1000年くらいから始めてたことが分かってる
極僅かな人が栽培方法を伝えたんだろうな、大陸からの漂着民かもしれん
縄文人はクリや陸稲などの栽培をしていたので生産性の高い新しい農産物として受け入れ
短期間で日本列島から朝鮮半島南部にまで広がったようだ。

323名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:03:52.43ID:S+l/ZPo60
>>314
九州の勢力集団により畿内制圧が行われた考古学的証拠など弥生早前期を除いてはまったくないな
なお、纏向遺跡は祭祀的には吉備播磨主体の遺跡、東海は搬入土器こそ多いが、その祭祀は入っていない
あと、考古学のデータと8世紀に書かれた神話を無理矢理結びつけないほうがいいな
どうしても恣意的、我田引水的になる

324名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:04:53.30ID:LZg2RqtY0
>>317
>>318
倭人が日本列島に広がったのが3世紀以後だから神武の東征はそれ以後だな。

325名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:05:41.24ID:kO5vdKO10
天皇じゃないかもしれないが
ホケノ山が後円部に一人
前方部に二人埋葬されているね。

326名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:06:03.21ID:Unc0Av6w0
>>321
竹田皇子は天皇ではないがw
幼少で溺愛していた皇子だからに他ならない。

327名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:07:05.67ID:4yF4jeIv0
年表

〜57年 伊都国王の時代(平原遺跡)

新王朝スタート
57年 漢から金印「漢委奴国王」を授かったことにより、奴国王が伊都国王よりも偉くなった。
57年 奴国王が初代天皇(神武天皇)に即位
57年 神武天皇の兄が新羅王に即位
107年 倭国王帥升等(第6代・孝安天皇)が後漢に朝貢
177年 第10代・崇神天皇が即位
179年 奈良県の瑞籬宮に都を移した。
181年 ニュージーランドのタウポ大噴火
181年 崇神5年、疾病の流行。『崇神紀』によると「倭国の人口の半分が死んだ」
181年  『後漢書』によると「空が黄色くなり太陽が覆われた。」 「6月に雹が降った。大きさは鳥の卵ほどもあった。」
181〜184年 倭国大乱
181〜184年 タウポ大噴火による大飢饉や疾病などの影響で崇神天皇の権威消失
184年 黄巾の乱が勃発し、漢が衰退した。漢から授かった金印の権威消失
王朝終了

328名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:08:20.00ID:4yF4jeIv0
新王朝スタート
184年 祈祷の力で倭国を救ったスーパーヒーローのモモソ姫が女王・卑弥呼に即位
198年(戊寅年)、崇神天皇が崩御した。
199年 第11代・垂仁天皇が即位した(実態は、倭王ではなく女王・卑弥呼を補佐する役人)
202年 纒向珠城宮(纒向遺跡)に都を移した。
235年(乙卯年)、垂仁天皇が崩御した。
236年 第12代・景行天皇が即位した。(実態は、倭王ではなく女王・卑弥呼を補佐する役人)
238年 難升米と都市牛利が魏に朝貢した。卑弥呼が「親魏倭王」の金印を授かった。
242年 『三国志』によると女王・卑弥呼が亡くなった。
242年(壬戌年) 卑弥呼死亡後の後継者争いによって景行天皇が亡くなった。
242年頃 台与が新女王に即位した。
242年頃 男王制度の廃止、女王制度に完全に移行した。
243年 伊聲耆と掖邪狗が魏に朝貢した。(卑弥呼が死亡し、台与が新女王になったことを伝えにいった。)
266年 台与が晋に朝貢した。

329名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:09:09.96ID:4yF4jeIv0
※100年間以上の男王不在の空白期間

新王朝スタート
390年頃 女王制度を廃止
390年頃 第15代・応神天皇が即位
※学者の間でも応神天皇は新王朝が定説

330名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:09:27.39ID:z3i9m8pb0
当時でも人の多さではずっと関東ってわかってるし
呉人が侵略制圧じゃなく未開の地を移動しただけじゃないのだから畿内

331名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:09:49.43ID:jUAkn8Zn0
>>153
半万年なのに?

332名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:09:49.43ID:TRh0Ma7C0
>>314
だから九州に卑弥呼がいた頃には饒速日の纒向遺跡が栄えていた(大陸と交流ないから倭人伝に載らない)。

そういや古代大和朝廷は九州や朝鮮半島への出兵や外交のことばかりで東日本はあまり話にないよな。
例外のヤマトタケルの東国遠征は名古屋から東進して房総半島経由で茨城まで行ってターン。
ヒーローのはずが自然を甘くみて神罰を受けるかたちで亡くなる。

ヤマトタケルの実態は寄合世帯の大和朝廷において東国に縁のある人物で政治闘争に負けて悲劇の死を遂げ、
歴史からも消された悲劇の王ちゃうんか?東国平定の功績は消せないから架空の王子になってるわけで。

333名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:10:14.25ID:TmlduWjh0
>>327
なるほど天岩戸はタウポ大噴火によるものなんだな

334名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:11:11.16ID:Unc0Av6w0
>>325
合葬なら藤ノ木古墳もね、あれも天皇家の皇子、もしくは暗殺された天皇説もある。

335名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:11:56.15ID:z3i9m8pb0
>>331
いなかったよ半島に人は居たけど高麗人を朝鮮人とするなら居ない

336名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:12:30.13ID:dOR1nmqh0
若かりし頃美人でひれ伏す男どもが多かったんじゃね?
私の同盟の恐ろしさを見せてやる。

337名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:12:59.26ID:PS/kgNai0
>>251
なるほど。
秦始皇帝の命で東方探検したのち新天地で居ついた開拓者らが畿内の俺らの祖先だったか

338名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:14:03.88ID:4yF4jeIv0
九州王の年表

紀元前2世紀 奴国の吉武高木遺跡
紀元前2〜1世紀 奴国の須玖岡本遺跡  
紀元前1世紀 伊都国の三雲南小路遺跡
紀元1〜2世紀 伊都国の井原鑓溝遺跡(遺跡調査によってこの頃に首都機能の喪失したことが判明している)
紀元2〜3世紀 伊都国の平原遺跡( 遺跡調査によって平原遺跡の衰退時期であることが判明している。『魏志倭人伝』によると邪馬台国の一大率に支配されていた時期)

※『日本書紀』によると4世紀頃、伊都国の王は、仲哀天皇の完全な家来になった。(伊都国の九州王家滅亡)

339名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:14:05.21ID:TRh0Ma7C0
纒向と神武東征と欠史八代と大和朝廷成立の謎を解いてほしいもんだね。

340名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:15:24.76ID:ZqpgeC9D0
>>337
全国にゆかりの神社有るけどもうちょっと裏付け出てくるといい

341名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:17:05.30ID:C9bvk3hb0
文化の朝鮮半島経由を認めない変な人たちって最近では「当時の朝鮮半島にヒトは存在しなかった」とか言い出してるのよね

342名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:18:05.15ID:bAS+s2Tl0
>>332
おそらくヤマトタケルは母方が東国出身なのかと思う
だから、東国への使者として選ばれのではないかと

343名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:19:09.59ID:z3i9m8pb0
>>341
スレのどこにあるんだ?w帰ってくれないかそういう見栄と虚栄の朝鮮人はつまらなくする

344名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:20:03.99ID:E9FW82s50
「たいこく」と付くから勘違いしがちだけど、
現代のスケール感で言うと、村だからな。
当時としては大きめの集落。
誇大妄想すんなよ。
古代だけに。

345名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:21:08.44ID:LZg2RqtY0
>>314
纒向は縄文系の人々遺跡だね。

346名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:21:22.20ID:Ud6tw4yJ0
>>341
もしくは当時の朝鮮半島にいたのは全員が日本人であり日本人から日本人に伝わったのであり朝鮮人に教わったことなどない、とかな
もうわけわからんw

347名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:21:52.95ID:4yF4jeIv0
>>341
ソウル大学の地層調査で朝鮮には大きな集落がなかったことが判明している。

朝鮮半島の気温が低く、シベリアみたいな気候で
森林も少なく、周辺の海も凍っていたので
朝鮮半島にはほとんど人がいなかったことは間違いない

348名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:22:17.92ID:ZqpgeC9D0
饒速日 倭人
神武 倭人
ヤマトタケル 倭人
東国 倭人

349名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:23:05.39ID:I2ojLkJO0
>>343
な?すぐ下に現れただろ?

350◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 19:23:08.41ID:DhhiSn+X0
>>342
そいや常陸国風土記では「倭武天皇」あつかいだよね。
華々しく活躍した西国の風土記では、そういう表記は見られない。

351名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:23:13.08ID:kO5vdKO10
百済が倭人系だったから
白村江で全力出したのかもしれん。

352名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:24:19.06ID:z3i9m8pb0
朝鮮半島なんて大陸なのに考えたらそんな民族の入れ替わりなんてわかるでしょうに

353名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:24:41.93ID:4yF4jeIv0
>>349
日本人の説じゃなく
ソウル大学の調査結果だし

354名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:24:50.23ID:LZg2RqtY0
>>309
渡来系の弥生人が日本に来たのは紀元前5〜4世紀頃で北部九州付近にそれから3世紀くらいまで留まってた
日本列島全体には古墳時代頃に広がったようだな。

355名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:25:22.36ID:ZqpgeC9D0
饒速日 倭人
神武 倭人
ヤマトタケル 倭人
東国 倭人
纒向 倭人
半島の古墳 支配者である倭人

356名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:25:27.94ID:Bas8MdRL0
 



在日米軍  


「ジャップは取り調べに弁護士も同席できない人権後進国」




 

357名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:25:49.96ID:z3i9m8pb0
>>351
本気出す気力もないぐらいの戦力差だったからないと思う

358名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:27:06.81ID:0VEtJmYU0
白村江の戦いでは倭国は朝鮮相手にボロ負けしました
なぜですか?

359名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:27:16.68ID:4yF4jeIv0
>>350
景行天皇の息子でスーパーヒーローのヤマトタケルが天皇になってないのも
男王制度が廃止された証拠ではあるな

360名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:27:46.63ID:mMtXgf2P0
旧百済地域(全羅道)は現在でも差別が残っているよね。
異民族なのかも?

361名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:27:50.65ID:z3i9m8pb0
朝鮮人が日本人のルーツで文化もルーツなんでしょ?w
じゃあ証明できるでしょなんで出来てないか考えればわかるじゃんジャップコンプレックスw

362名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:28:51.42ID:z3i9m8pb0
>>358
唐の援軍

363名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:28:57.65ID:3QhJEQKd0
神話は世界的に見ても神と蛇の関係が深い
日本神話からの神も蛇神が多い

364名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:30:40.32ID:LZg2RqtY0
>>358
白村江の戦いでは唐の水軍と倭国の水軍が戦い
倭国の王が軍の先頭に突出し過ぎて唐に捕らえられて敗れた。

365名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:30:40.89ID:4yF4jeIv0
>>358
その頃、朝鮮半島は唐の属国だったので
朝鮮半島が勝ったとは言わない。

イギリス領だったインドが日本に勝ったと言わないのと同じ

366名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:32:15.24ID:7U2Rz8MZ0
>>227
少なくとも卑弥呼は魏から封じられた倭王であっても皇帝ではない
禅譲されたり僭称したりの違いはあるがトップが全て皇帝の魏呉蜀ではないので
四国志は成立しない

367名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:32:55.37ID:ZqpgeC9D0
饒速日 倭人
神武 倭人
シラギ王 倭人
ヤマトタケル 倭人
東国 倭人
纒向 倭人
半島の古墳 支配者である倭人

368名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:33:59.93ID:Uq/W/bWd0
寒くて人が住めなくて大きな集落がなかったはずの朝鮮半島軍がどうして倭国の大軍に勝てるの?
そもそもそんな僻地のために唐が援軍を出すのがおかしいよね

369◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 19:35:03.33ID:DhhiSn+X0
>>363
吉野裕子先生に言わせると、扇も箒も餅も山もみんな蛇だぞ。
神様もご先祖様も蛇だ。

正直「それはないやろ」と突っ込みたくなる時もあるが、そこはそれw

370名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:35:06.96ID:4yF4jeIv0
>>354
ぜんぜん違うよ
5000年以上前、海水面が低かった時代に中国から直接渡ってきた。
気候の温暖化によって人口爆発した。

弥生人のヴン府を見ても、弥生人の到来が人口爆発より後のわけない。
弥生人の到来と中国の歴史とは一切関係がない

371名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:35:10.10ID:dca32aF00
これで畿内説が完全に消えたわけだ

372名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:35:45.66ID:KVkWMxtm0
学者がヒミコを個人名だと昔から決めつけてかかってるのがもうね。官職名かもだしね。
大国主あたりもそうだけど…。

373名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:36:37.83ID:A8tiKAO60
>>1
うんちブリブリブリーチじゃねえか

ソウルソサエティの住人が治めていたんやなっての

374名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:36:38.83ID:7U2Rz8MZ0
>>341
米とかは朝鮮半島経由しないで直接中国から日本に伝来しているからな
何でもかんでも朝鮮半島経由だと信じ込んで
「朝鮮は兄 日本は弟 ニダ」とか言ってる奴は頭おかしい

375名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:37:59.23ID:2CCbDwc+0
ざっと眺めてきたけど、いつもの「10世紀の白頭山の大噴火で朝鮮人は一人残らず死滅したんだよ!」の彼は来てないみたいだね

376名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:39:12.25ID:W/DDWbF40
日本は金印、朝鮮半島は銅印
きちんと格付けしていた中国

377名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:39:23.95ID:Unc0Av6w0
>>337
始皇帝自身が更に西の国からやってきた人物だけどな。

378名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:39:57.62ID:oYM29xAV0
>>374
今の日本の若い女の子が韓国大好きなのは兄国への憧れではないのかね?

379名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:40:49.83ID:PS/kgNai0
>>377
身長190pはあった西方の民らしいんだっけな

380名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:41:15.82ID:W/DDWbF40
>>375
世界的に有名な史実だから、言うまでもない

381名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:42:20.41ID:4yF4jeIv0
>>378
韓国人女性が鶯谷で売春してるのはなぜ?

382名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:43:25.88ID:MNiFTlbt0
>>378
ちがう
キモいオッサンが寄ってこないコンテンツだから、やぞ

383名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:45:36.21ID:7U2Rz8MZ0
>>376
それ以後も日本と朝鮮の扱いが混同していて
朝鮮の方が日本より上扱いの時もあったが
唐の玄宗皇帝の時代の753年の朝賀の時に
日本の席が新羅の席より下にされてて
大伴古麻呂が抗議して席交換させて
それ以後は世界的に 日本>>>朝鮮 が確定
ちなみに大友古麻呂あまり知られていないけど
鑑真を密かに日本に連れてくるの成功した人

384名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:46:30.33ID:Unc0Av6w0
蛇、鰐、海蛇は同一視されるからな。

まあルーツをたどればそれはエジプトやインドに落ち着く。
ウージ、虹、そして渦。
みな結局同じ意味だ。

385名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:46:48.94ID:z3i9m8pb0
鑑真はサッカーでいえばメッシロナウドやしな

386名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:46:57.28ID:hE2wtDF00
>>378
そもそも韓国に敵対感情があるのは40〜70代の男性かつ低所得者だけなんだよなぁ

387◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 19:47:00.61ID:DhhiSn+X0
>>381
そのあたりは中沢新一「アースダイバー」(講談社)の領域だな。
縄文人の洪積層と弥生人の沖積層との狭間の文化人類学。

388名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:48:55.21ID:l2vm5OA+0
いつまで邪馬台国の卑弥呼という漢字を使ってるんだ?

大和国の日巫女を、当時の中国が卑しい漢字に当てたんじゃね?

389名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:49:38.86ID:4yF4jeIv0
>>386
アホかよ。女性のほうが嫌韓多いわ
主婦とかのほうが公平性とかに敏感だからね

390名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:51:33.48ID:tib4ideq0
>>388
言われてみれば確かに
気付かんかった

391名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:54:34.91ID:4yF4jeIv0
>>384
日本の場合、蛇の動きが「雷」に似てるからだと思うよ。
「稲妻」という言葉があるが、雷が稲を実らせる(妊娠させる)という発想がある。
モソソ姫の夫が蛇なのも雷信仰だと思う

392名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:55:45.68ID:9ulKeqGE0
>>386
余命裁判がそんな感じだったな(笑)
馬鹿丸出しでネットにウヨウヨいる頭がパーな連中しかおらんかった
しかも和解金10万円が高くて払えないときたもんだ(涙)

393◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 19:57:27.76ID:DhhiSn+X0
>>389
「ミコ(巫女・御子)」よりも「ヒメ(姫・比売)」の方が古い気がする。
てなわけで、卑弥呼は「ヒメ子」じゃなかろうかと。

394名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:57:35.73ID:z3i9m8pb0
単発IDの朝鮮人のマウントでマジでつまんなくなったな

395名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:58:24.48ID:PS/kgNai0
日巫子の顔って
現代ッ子で言えばDAOKOのイメージ
切れ長吊り目に黒い長髪

396名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:58:25.42ID:Unc0Av6w0
>>379
外見が特異とか。
父が異人で鷲鼻、長目、別資料では色目、つまり青とした資料もあるからな。

397名無しさん@1周年2020/01/05(日) 19:59:06.36ID:jwAjmBjn0
卑弥呼=田油津媛 じゃないの?

398名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:01:10.39ID:vn/fcOUm0
>>156
中国側はその頃に来た日本の遣唐使の方がファンタジーだと思ってたかもしれんけどな。

399名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:02:14.48ID:JZzeOHYc0
>>3
親中の手塚治でさえが火の鳥でしっかりと描いとるよ
しかも鬼道由来の儀式のシーンで真っ先に登場させてる
当然そこに至るまでには資料を読み漁り
きっちり勉強してから作品に取り組んでるから

400名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:03:17.69ID:XS2DQfqd0
鬼太郎道?

401名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:04:34.60ID:tFxJZ/No0
この時代の倭人勢力圏は西日本〜朝鮮南部(加羅)なんだから半島経由でのものが多いのは当たり前
半島の根拠地から山東半島はすぐそこ

402名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:04:56.27ID:ZqpgeC9D0
>>396
イランシルクロードまでは仏教とギリシャ進出圏なんだよね

403名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:06:15.13ID:31nsb3qw0
さすがに自作の日本史年表は誰もがスルーしてるね…
間違いだらけだし正直痛々しい…

404名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:06:48.08ID:vn/fcOUm0
>>358
たぶん百済を救いたいと思ってたのは九州勢力だけで、
大和は九州勢力の兵が唐軍に滅ぼされればいいと思ってたんじゃないかな。

405名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:07:27.34ID:Unc0Av6w0
>>391
そもそも大物主とは外来の神だと明記されているからな。金比羅さん。
竜神は雷、まあ稲妻は雨をもたらす存在だからね。
でも大物主だからあらゆる技術を持ち込んだのが本来の意味だろう。

406名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:08:48.76ID:Unc0Av6w0
>>397
それは100%ないw

407名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:09:11.15ID:oYH5b4uj0
>>35
孫子にも兵は鬼道なりって出てくるだろ

408名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:09:47.37ID:rjp/zgFa0
祈祷=鬼道だと思ってたけど違うのかな…

409名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:14:57.49ID:5M/YOFVI0
海路を通じて連携を取ろうとする孫呉と公孫燕へのけん制の意味での魏の倭国厚遇
というのを誰かの小説で読んだ記憶。

410名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:16:30.84ID:Unc0Av6w0
鬼道は三世紀当時、中国では道教に至る以前の雑多な宗教の総称だよ。基本的には神仙思想。
それは鏡の紋様からもはっきりしている。
四世紀に入ると以降道教と呼ばれているけどな。
卑弥呼オリジナルなもんじゃないぞw

411名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:18:16.80ID:Xmf7A15b0
卑弥呼率いる倭国軍が三国志に参戦!とかいうなろう小説はないものか
もちろん卑弥呼の中身は現代日本人で

412◆HKZsYRUkck 2020/01/05(日) 20:21:57.46ID:DhhiSn+X0
>>410
結果として道教に至る流れの中のものだったかも知れんけど、
当時の書き手の感覚では、
「中原の知識層の教養である儒教とは違う胡散臭いもの」
という位置づけだよね。

413名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:22:02.80ID:4yF4jeIv0
>>409
それで合ってると思うよ

魏 → 呉の北
クシャーナ朝(インド) → 呉の西
倭国 → 呉の東

魏の連合国で呉を取り囲む形にはなってる

414名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:22:21.33ID:tFxJZ/No0
剣、鏡に関しては中国の初期道教の影響が指摘されている
桃なんかもそうだな

415名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:22:56.10ID:XDZTQGpb0
奇道なり

416名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:25:24.11ID:/UuVm8ly0
家康が東照大権現と化したように
伊勢神宮の成立時期的に
百襲姫を神格化したのが天照だと予想
国譲りなど本人が関わった伝承も神話化して
本来より過去に組み込まれてるのではと推測

417名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:25:42.77ID:4yF4jeIv0
>>410
それでも、鬼道=祈祷、だと思うな
中国に同じ名称のものがあっても、音があってるのは偶然だとは思えない

418名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:27:04.57ID:fzRu/bOM0
>>408

鬼道は死んで鬼籍に入った人を信仰の対象とする宗教で
ようするにシャーマニズム

死んだ人の御魂が巫女の身体を依り代として憑依し
巫女の口を通して神託を告げるのが鬼道

先代の男王の御魂がヒミコの肉体に憑依して
ヒミコの口を通して神託を告げ その神託に従って倭国連合が統治されて
ってことだ

419名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:29:31.23ID:fzRu/bOM0
>>417

神社の祭神は人間の御魂であり
死んで神上がりした人間の御魂を鏡に憑依させてご神体とするのが神社

鬼道は死んで鬼籍に入った人の御魂を信仰の対象とする宗教であり
神道のルーツである

420名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:29:53.70ID:oYH5b4uj0
>>163
ラグビー→ 羅惧美偉
ゴルフ→ 呉 竜府
だろ
九九も出来なそう

421名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:30:17.78ID:vn/fcOUm0
>>418
のふりをして、知識でわかってることをあたかも突然決まったように見せかけ
農業を行うことで、ノウハウが他人にばれないようにしてたんだろうな、たぶん。

422名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:35:21.18ID:PS/kgNai0
>>421
なんていうか科学的直感だろう
雨が降るだろうとか干ばつになるだろうとか
太陽の光の具合、雲の掛かり方流れをつぶさに見て気圧や湿度を敏感に感じ取り当てることが出来た
さすがに古代にそんな詐欺師てことはない
きっと自分でもなぜ分かるか当たるか気づいてないけど自分でも祖先の力だと思い込んでるんだよ

423名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:35:40.15ID:BEVnIzvQ0
呉だって諸葛一族を派遣して日本を探索しようとしたんだぜ?
失敗したけどな! おそらく台湾にたどり着いて3000人くらいは攫ってきたそうだ。

424名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:49:08.95ID:hcd1BLO/0
>>420
最近、元の時代の書物に記されている捶丸がゴルフの起源だという学説がリアルに出てきて泡吹いたわ

425名無しさん@1周年2020/01/05(日) 20:59:20.05ID:7Xmjvn6F0
>>207 つづき
したらばだ、

奈良の邪馬台国は、
伊邪那岐神が誰かとの間にもうけた天照大神という遠い親戚が治める国とは聞いているが
そんなクソ田舎の弱小国など、簡単に討伐できる

と思っていたら

長男の彦五瀬命が戦死
次男の稲飯命も戦死してしまい

三男の三毛入野命は、必死の形相で九州 海神国 筑紫城に逃げ帰り

四男の彦火火出見尊(神武)が、ようやく、奈良邪馬台国の武力制圧に成功した

426名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:01:48.55ID:YnLZX2ZO0
大英帝国時代でもアメリカ人はクワとかで戦ってイギリス人追い返したのに
簡単に討伐できるなんて思ってる人はなんなの

427名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:03:34.58ID:tFxJZ/No0
なんの物証もない想像話はファンタジーだからな

428名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:06:12.71ID:6yr8/ihD0
>>425
なるほど。
その説もありえそうだね。

429名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:09:10.30ID:MBltstje0
日本は1300年前からファンタジーになるのに中国は3000年からやっとファンタジー
すげえなぁ…

430名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:10:06.28ID:Unc0Av6w0
>>418
鬼道と読んでいるのは魏の資料だよ、当然三世紀大陸側の認識。
それは基本的に神仙思想の事だからな。

431名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:10:53.00ID:YnLZX2ZO0
中国は5000年な3000年とかニワカがバレるな

432名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:11:45.08ID:pjiqTKMM0
今の天皇はちょん系

433名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:14:53.46ID:ZqpgeC9D0
>>429
4000年だよ

434名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:15:49.78ID:YnLZX2ZO0
中国は5000年だよ

435名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:16:10.21ID:MBltstje0
夏はまだファンタジーの領域じゃないのん?

436名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:17:34.44ID:Unc0Av6w0
>>416
天照は百襲姫の母親の神格化の可能性もあるよ。淡路島に宮を持っていたのがオオヤマトクニアレヒメ。
意味はヤマトを産んだ姫という名前。
別名はハエイロネ。
まあ百襲の別名が日女命な時点で卑弥呼と呼ばれていたのは確定だろう。

437名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:30:41.62ID:QIgpF5fO0
>>115
魏からの印はその理屈で納得できますけれども、
「劉氏以外王とせず」の原則の漢が、なんで奴国王を贈った?
奴国王は、漢の劉邦の末裔?

438名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:31:12.97ID:jwAjmBjn0
>>434
5000年は韓国ニダ

コリアン文明すら知らないニカ?


と、韓国人に怒られるぞw

439名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:36:39.62ID:2yGmXg/T0
古代の中国って本当に凄いな。
ハード面もすごいが、文化等のソフト面もヤバすぎる。
同時代の他国と比べてぶっ飛んでる。

それに比べて今の中国の魅力のないことが不思議。
リアル1984みたいになってるし、全く惹かれない。
思うに明の時代辺りから駄目になっていた気がする。
巨大すぎることと、古代の思想にこだわり過ぎて、
発展と脱皮ができずにズルズルと続いている感じ。

440名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:44:17.38ID:yU8yfgZP0
卑弥呼は張角の弟子だな

441名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:47:50.45ID:PIA+RHqa0
>>439
遊牧民族に支配されるとその影響から脱するのに時間がかかる

442名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:48:48.66ID:FTaUfbO80
朝鮮半島は紀元前195年からファンタジーではない衛氏朝鮮が始まるのか
日本より900年ほど古いな…ぐぬぬ…

443名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:49:38.98ID:XDZTQGpb0
>>441
明代でもモンゴルは大元として残っているんだよな。
そしてたびたび明帝国に侵入している

444名無しさん@1周年2020/01/05(日) 21:59:35.03ID:BpR+rchp0
キリストが四国の剣山まで来て亡くなり
その血を引く女系が卑弥呼になって邪馬台国を作った。
卑弥呼は日御子でアマテラスでありヤマタイ国はマタイ国
ファンタジーならこの位の事は言っても良いと思うの|д゚)半端はヨクナイ

445名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:00:36.49ID:YnLZX2ZO0
世界中未開の地だったけどそれがどうかしたの?チョンさん

446名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:01:30.33ID:yLRY65gO0
朝鮮の歴史は6000年らしいよ

447名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:02:04.34ID:yLRY65gO0
諸葛孔明も朝鮮人なんだとw

448名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:02:18.55ID:PS/kgNai0
>>441
なるほど。
元の頃の混血で一気に中国人のDNA構成が変わっちゃったのが原因かな

449名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:05:00.06ID:yLRY65gO0
>>439
文化を継承しないからだろ
国を滅ぼしたら、全て一切を葬り去る
日本は上書き文化だから、天皇家も継続し続ける

450名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:05:42.89ID:yLRY65gO0
>>448
違いますね

451名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:07:18.08ID:PS/kgNai0
>>450
じゃあ原因はなんだと思う?

452名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:15:54.13ID:Unc0Av6w0
>>444
イエスキリストは生駒山の麓、石切に住んでいてデンボの神様になったんだよ、とか

453名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:29:16.54ID:PS/kgNai0
>>452
石切www

454名無しさん@1周年2020/01/05(日) 22:32:05.32ID:PIA+RHqa0
>>448
治安というか文化の劣化はなかなか戻らない
バクダッドはいい例

455名無しさん@1周年2020/01/05(日) 23:01:44.96ID:99e7K7vk0
太陽ぱくぱくしてるあの人達も仲間かな

456名無しさん@1周年2020/01/05(日) 23:03:34.68ID:x2WMRAB50
>>428

>>207 >>425 を如実に顕しているのが、奈良までのルート

対馬 ー 一支国(壱岐)−  竹斯国(筑紫)の黄金ルートは

後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」に任じられた古代九州 海神国 筑紫城 の使用ルートで
魏(220年 - 265年))の時代、神武により軍事制圧される前の「親魏倭王」には使えないのは当然で

『魏志』倭人伝(297年完成)
朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一大国(見島)− 末廬国 (石見国美濃・島根県益田付近)− 伊都国(出雲)
のルートを使用していたと紹介され

神武により奈良が軍事制圧された後の、南朝梁(502年 - 557年)の時代には
九州 海神国 筑紫城の神武の父ちゃんが、奈良の神武に一支国(壱岐)を使うことを許可して

『梁書』倭人伝(629年完成)
朝鮮半島 ー 一支国(壱岐)− 末廬国(石見国美濃・島根県益田付近)− 伊都国(出雲)
のルートを使用していたと紹介され

ヤマトタケルの九州制圧後、隋(581年 - 618年)の時代に
聖徳太子が大陸に、遣隋使を派遣するには

『隋書』倭国伝(636年完成)
朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 竹斯国(筑紫)−秦王国(豊国)
のルートを使用していたと紹介されている

457名無しさん@1周年2020/01/05(日) 23:09:05.73ID:99e7K7vk0
太陽に被せて太陽を奪った人達

458名無しさん@1周年2020/01/05(日) 23:09:41.87ID:7U2Rz8MZ0
>>437
「劉氏以外王とせず」の原則長らく守られてなかったけどな
劉邦の時代から国内で初めて守られたの6代景帝の時代
まあ東夷北狄西戎南蛮などの異民族は原則外なので無問題

459名無しさん@1周年2020/01/05(日) 23:31:34.50ID:7U2Rz8MZ0
>>442
衛氏朝鮮て漢の燕王盧綰の部下衛満が亡命して
当時半島にあった箕子朝鮮を寡兵で簡単にぶっ倒して乗っ取った政権じゃん
その後の半島は漢の植民地になった後に後漢末期の混乱に乗じて
高句麗が空き巣泥棒的に半島支配するも
卑弥呼の時代でも曹魏の一将軍でしかない毌丘倹に国土首都レ〇プされる始末
半島のファンタジーでない歴史はいつの時代も中国の属国状態で悲惨の極み

460名無しさん@1周年2020/01/05(日) 23:47:13.95ID:tFxJZ/No0
古代朝鮮に関しては現在と民族的にかなり異なるからなんとも
北部も渤海国の時代あたりまでは日本と友好関係だったようだ

461名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:05:00.22ID:Soi3Jado0
だまって おとなしくしているかぎり そなたを ころしはせぬ。
それで よいな?


→はい
 いいえ

462名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:18:18.70ID:4khjU0Rs0
>>437
金印って外国の王にも授けたからね
外国の王なら問題ないでしょ。ローマやインドの王の存在も否定しないだろうし

463名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:31:37.51ID:pFHwmFWg0
昔の中国語読みで卑弥呼ってどんな音なの?

464名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:41:17.81ID:lNXf8NCa0
日巫女いわゆる卑弥呼は当て字

465名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:44:58.45ID:pCl9DjoL0
なぜか各国にいた記録がある副官のヒナモリさんとやらも役職名だよな

466名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:51:50.42ID:nq1apWCl0
夷守(ひなもり)だな。未だに地名とか神社名として残ってたりする

467名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:54:38.89ID:dAWmA4T00
>>463
同じく邪馬台国と書いてヤマトゥって読むって本当?

468名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:57:40.36ID:Hw3Oo71F0
あたしゃー卑弥呼の生まれ代わりだよ!

469名無しさん@1周年2020/01/06(月) 00:58:51.63ID:dAWmA4T00
>>466
エビスから守るって意味かな。
というとヒナモリは行政のナンバー2であると同時に国防責任者?

470名無しさん@1周年2020/01/06(月) 01:17:41.01ID:mAqiQoPT0
大和は国のまほろば

日本の成立過程でどうなっていたのか非常に気になる
しかし、いつかその謎は解明されるのだろうか?

471名無しさん@1周年2020/01/06(月) 01:25:33.72ID:wHjDHuvV0
>>391
稲妻はそのままルーツがイナンナになるけどな。シュメールの戦いと豊穣の女神だよ。
藁をシンボルにしている。
しかも獅子を左右に従えるのだがまんま狛犬だろう。何故獅子かというと吠える声が稲妻に聞こえるからだからな。

更にフクロウも二羽前に従えるのだがこれが
インドや中国を経て鳥居になると言われているんだよ。

だから三輪山の大物主ははるか海を渡ってきた神、トト王の事。

472名無しさん@1周年2020/01/06(月) 01:32:54.09ID:wHjDHuvV0
>>470
マホロバとはマホトバの事、国の真の重要な場所の意味、ホト。
奈良時代は盆地の中央から天理辺りを指していた言葉だが、元々は保津という場所で百襲姫が産まれた場所と言われてる。
鍵唐古遺跡の近くで孝霊天皇の宮があったとも
言われている。

473名無しさん@1周年2020/01/06(月) 02:41:46.03ID:EsoFA6XQ0
トンカラリンも絡めて描いてあって面白くなりそうな漫画だ
【古代/邪馬台国】鬼道で邪馬台国を統一 古代の女王「卑弥呼」の正体とは?呉と蜀を牽制するための「親魏」という破格の高位の称号★3 ->画像>6枚

474名無しさん@1周年2020/01/06(月) 03:14:22.60ID:GxhhOMyP0
邪馬台国沖縄(琉球)説 Part1
http://2chb.net/r/history/1533027941/

475名無しさん@1周年2020/01/06(月) 03:20:59.88ID:Y/1y0bsw0
>>474
水没してるのは縄文人の遺跡でしょ。

476名無しさん@1周年2020/01/06(月) 03:51:41.28ID:Y/1y0bsw0
東シナ海とかも調べてみれば古い縄文人の遺跡ありそうな気するけどな。

477名無しさん@1周年2020/01/06(月) 05:16:04.71ID:yYuNbj1H0
>>467
琉球語は古代日本語に近いというしヤマトゥが正解でいいと思う
とすると琉球語でピミホってなんじゃらほいと調べて見たら
卑弥呼の意味もわかるかも知らんな

478名無しさん@1周年2020/01/06(月) 06:40:50.24ID:pCl9DjoL0
そういえば古代のHA行の発音はPAだったな
ピミコ

479名無しさん@1周年2020/01/06(月) 06:55:20.46ID:MUuR2vtF0
>>372
卑弥呼の後継がイヨてのが文脈上おかしいやんけ

なんで他のひとが個人名で、卑弥呼だけ倭王(役職)+さらに役職名卑弥呼なんだよ

説明してみろ

480名無しさん@1周年2020/01/06(月) 07:24:04.03ID:TXrXqvHu0

481名無しさん@1周年2020/01/06(月) 07:25:27.34ID:Y/1y0bsw0
>>479
イヨだかトヨだかも役所名だったとかは?

482名無しさん@1周年2020/01/06(月) 07:43:54.14ID:4khjU0Rs0
>>471
シュメールやトト王はまったく関係がない。

日本の雷信仰は、日本発祥だよ。
「雷が多い年は豊作になる」と言い伝えられていて証明もされてる。
日本人は経験的に「雷が多い年は豊作になる」ことを知っていた。
これが雷のような動きをする蛇の信仰(大物主)に繋がる。
https://www.sankei.com/west/news/170401/wst1704010052-n1.html

483名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:07:14.96ID:TPweydJ70
>>477
2016/04/07
【邪馬台国】 畿内・九州以外の説も考えてみるべきでは? 島根説、沖縄説、四国説、奄美大島説、台湾説、etc… [231982652]
http://maguro.2ch.s●c/test/read.cgi/poverty/1460018135/
邪馬台国の所在地を奄美大島とする著者は、周の要求に応じ、倭人が特産の桑の木と蚕を献上したのではないかという。
 奄美大島では現在も大巫女をフミコと呼び、そのフミコが卑弥呼へ転化したと解説。

484名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:09:37.97ID:TPweydJ70
>>475
邪馬台国が縄文人社会ではない根拠は?

485名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:12:57.57ID:Y/1y0bsw0
>>484
縄文人社会では7万戸は養えんでしょ。

486名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:15:04.91ID:Y/1y0bsw0
黒潮に阻まれた沖縄とかに魏の役人を連れて行こうとか、危険極まりないし。

487名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:15:05.37ID:hxnk2dfZ0
前スレ埋まってないぞ!!!
http://2chb.net/r/newsplus/1577993992/

488名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:18:28.03ID:cgGOO2FI0
>>485
 >30>56

489名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:24:24.36ID:cgGOO2FI0
実際には行ってないだろ
過去の文献や伝聞に依存している
渡航が容易でないからでは?
よって記述に正確さが欠けてる

490名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:49:28.34ID:o8hZsuJo0
>>358 そして倭国滅亡

491名無しさん@1周年2020/01/06(月) 08:50:16.30ID:o8hZsuJo0
>>360
そういえば済州島の神話は宗像三女神伝説とそっくりって話

492名無しさん@1周年2020/01/06(月) 09:08:34.52ID:v2Q4xeI20
>>329
デマ

493名無しさん@1周年2020/01/06(月) 09:12:01.10ID:FwuiVyHK0
もしかして諸葛孔明VS卑弥呼ってフィクションだったの?

494名無しさん@1周年2020/01/06(月) 09:28:04.44ID:aYP4zFIL0
>>463
ピャマルゴ

中国でも時代によって漢字の発音は変わってくる
三国時代は卑弥呼はピャマルゴ(ピャーマーゴ)と読む

ただし、「卑弥呼」は魏が勝手つけた呼称ではなく自称であったと思われる

495名無しさん@1周年2020/01/06(月) 09:37:36.57ID:wHjDHuvV0
>>482
大物主ははるか海を渡ってきた王なのは明記してあるのだが?
ヤマトトトヒの名前も説明がつかないしな。
しかも奈良時代は出土した銅鐸をアショーカ王の財宝だと認識されていたからな。

496名無しさん@1周年2020/01/06(月) 09:44:50.01ID:jFRYO4se0
天日槍の伝説も日本から姫が来てそれを追って畿内を目指す話だったな

497名無しさん@1周年2020/01/06(月) 09:45:33.05ID:Xtj6vmVt0
倭人伝って日本では公式な呼称になってるのかな
倭人に伝が立ってるみたいな言い方で気持ち悪いわ

498名無しさん@1周年2020/01/06(月) 10:13:33.15ID:4khjU0Rs0
>>495
大物主ははるか海を渡ってきた王だなんて書いてないだろ
大物主は天上界からだ。

ヤマトトヒは「夜麻登登母」なので山に登るという意味だろうね
三輪山がご神体で、神社は山の上にあるからね

499名無しさん@1周年2020/01/06(月) 10:16:27.00ID:4khjU0Rs0
>>492
『日本書紀』に書いてあるからデマではない。

応神天皇の母親の神功皇后は260年代に亡くなっており
応神天皇は390年代に活躍した人

素直に考えると100年間以上、男の王が不在だった

500名無しさん@1周年2020/01/06(月) 10:26:05.20ID:wHjDHuvV0
>>498
無知すぎる、想像だけで語るなよw
海の向こうから光で照らしながらやってきた神とある。
天上からなら天孫降臨とそう書かれるだろ。
それに百襲も海の神でもある、瀬戸内海一帯では田畑、畔、水田、水軍の女神になっているが、山に昇る伝承なんて皆無だよw

501名無しさん@1周年2020/01/06(月) 10:47:38.24ID:l3bHI2qZ0
>>423
諸葛直は諸葛瑾や諸葛亮との血縁関係は無いと思われ

502名無しさん@1周年2020/01/06(月) 10:50:54.93ID:zDy9CHr20
神功皇后の朝鮮出兵は中国朝鮮側記録と付き合わせると四世紀中盤の出来事だよ
神功皇后はどんなに早く見ても300年頃から活躍したと見るほかない
つまり卑弥呼である可能性はゼロ

そこで畿内説では通常崇神年間に死去した百襲姫を卑弥呼に当てている
しかしこれもうまく合わないので色々無理をしてる

503名無しさん@1周年2020/01/06(月) 10:56:37.43ID:4khjU0Rs0
>>500
無知はお前

海の向こうからと書いてあるが、外国から来たとは書いてない。
大物主は、大国主と同じ神様から分かれた神様だから
外国の神様である可能性はゼロ

504名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:00:44.90ID:4khjU0Rs0
>>502
『日本書紀』は神功皇后の産まれた年や即位した年や死んだ年などは
完全に卑弥呼・台与に合わせにいってる。

4世紀の朝鮮出兵も神功皇后の業績にしてるのは
この時代に天皇がいなかった証拠だね
この時代に天皇がいたらそのままその天皇の業績にしてるはず

505名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:06:46.51ID:AaQ4DWF70
>>499
長寿時代の暦と混同してる

506名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:07:10.57ID:TQ2L9UUt0
先日BSで張家界というのをやっていたが、そこの少数民族の習俗が
なんだか日本と似ていたね。あ、邪馬台国は九州説。葦原中国とは畿内
やはり国譲りがカギ

507名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:07:36.44ID:zDy9CHr20
>>504
前半はそのとおりだね
わざと卑弥呼トヨに合わせるようにであろうと思うが
絶対年代より約120年ほどズラしてると思われるね

もっとも後半については神功皇后を天皇と見るのがむしろ以前は普通で
摂政即位と決めたのは最近の考え方であるらしい
応神が成長するまで20年ぐらいは本当に天皇だったのではないかな

それ以後も長く摂政してるのは不可解だが
これは記録の混乱で活躍時期を不当に長く記載しちゃったせいとも言われるね

508名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:08:48.96ID:wHjDHuvV0
>>503
不勉強すぎて全く話にならないな。
青銅器や稲作が日本発ではない以上、豊穣の神と共にインド経由で日本に伝わったと見るのが普通だそw
そのルーツがイナンナ。
神の名前なんて地域や時代と共に変化や土地に
順応しながら伝わるものだよ。
また大物主は金比羅さんにも例えらるのだが?
どうみてもクンピーラからつけられた名前だ。

509名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:13:03.91ID:4khjU0Rs0
>>508
日本には長い歴史があるから外国の宗教と混じり合うこともあるが
だからといって外国から来た神様とは言えないぞ

510名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:13:56.15ID:4khjU0Rs0
>>505
混同してないよ

511名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:17:18.02ID:4khjU0Rs0
>>507
重要な部分は卑弥呼・台与に合わせてるのに
なぜ約120年ほどズラしてると思うの?

天皇不在だったから4世紀の朝鮮出兵も神功皇后(卑弥呼)の業績にしたと考えるほうが自然だけど

512名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:17:28.40ID:AaQ4DWF70
>>510
長寿時代とそれ以後

513名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:18:14.06ID:AaQ4DWF70
>>511
読んで無いんだね

514名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:20:01.98ID:piFtTKyq0
古事記も日本書紀も明らかに年代を過去に引き延ばしているよね
150歳くらいまで生きたことにされている歴代天皇もいるくらい

515名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:20:29.14ID:4khjU0Rs0
>>512
混同してないよ。『日本書紀』の編纂者にとって
神功皇后と卑弥呼の時代を合わせるのは最重要なことだったようで
かなり丁寧に合わせてるから

516名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:21:33.62ID:4khjU0Rs0
>>513
読んでないのはあなたでは神功皇后は260年代に亡くなってる

517名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:25:00.52ID:aQlOzaZ20
結局大国主の出雲政権てのはなんなの?
滅ぼされた縄文人?

518名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:25:07.21ID:zDy9CHr20
かなり丁寧に卑弥呼トヨに合わせたとしても朝鮮出兵も重要だから書き漏らせない
こうしてまだ楽浪帯方ががっちり管理してる時期の三世紀の朝鮮で大暴れしたという
実に不可解なトンデモ記紀になってしまった
これでは中国の官僚には簡単にバレて冷や汗ものだっただろうね
実際に隋唐と交流するようになると大倭の使者は弁解に必死だったようだよ

519名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:25:36.43ID:AaQ4DWF70
>>515
ちゃんと読んでから書こうね

520名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:27:19.37ID:4khjU0Rs0
『日本書紀』によるとこれらは神功皇后の業績だとはっきり書いてある

神功皇后摂政39年(239年)
倭の女王は大夫の難升米等を郡(帯方郡)に遣わした

神功皇后摂政40年(240年)
魏志によると正始元年、建中校尉の梯儁らを遺わして倭國に詔書・印綬を与えた

神功皇后摂政43年(243年)
魏志によると正始4年、倭王はまた大夫の伊聲耆・掖邪狗たち8人を遣わして朝貢した

神功皇后摂政66年(266年)
この年は晋の武帝の泰初(泰始の誤り)2年である。晋の起居注という記録によると泰初2年10月に倭の女王が使者を送り通訳を重ねて朝貢した

521名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:27:25.93ID:AaQ4DWF70
>>518
原典読もうね

522名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:27:31.14ID:wHjDHuvV0
>>509
だからはっきり海を渡って国造りを助けた神と明記してあるだろ。
稲作が入ってきたなら当然それを信仰する豊穣の神は入るだろう。わざわざ狛犬まで獅子を使ってるのに。
元々日本はあらゆる物が神になり同化する国なのを忘れてるのか?

523名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:27:57.49ID:4khjU0Rs0
>>519
あなたが読んでません
>>520

524名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:29:58.32ID:4khjU0Rs0
>>522
だから大国主と大物主は、もともと同じ神様で
外国の可能性はゼロ

525名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:34:42.55ID:AaQ4DWF70
>>520
ファクトと倭人伝と書記執筆者を混同してる

526名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:35:02.34ID:lNXf8NCa0
記紀書かれた年代はもう仏教伝来してるから
記紀に書いてる神様はインドの神様モジッタのばっかだよ

527名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:38:50.87ID:wHjDHuvV0
>>524
何の根拠も説明も示せないからダメだな、相手にもならない。
まあヒントをあげると大物主と大国主は元からいる神と、後から来た神なだけの話。
勿論別物だよ、当たり前だが。

528名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:42:37.71ID:aQlOzaZ20
しかし日本の仏教って実質ヒンズー教だよな
ブッダは偶像崇拝禁止やし、あんな神々いっぱいおらんし

529名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:42:38.77ID:RzLlnjAL0
縄文文明と卑弥呼は関係ありませんのであしからず

530名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:45:26.74ID:4khjU0Rs0
>>525
混同してないよw あなたが混同してるのでは

531名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:48:22.39ID:4khjU0Rs0
>>527
あなたは基礎知識が足りてない。
大物主は、大国主の幸魂。

532名無しさん@1周年2020/01/06(月) 11:53:02.95ID:AaQ4DWF70
>>530
中卒が大人になって歴史頑張るとこういう混同をよくする
現国テストレベル

533名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:05:20.60ID:4khjU0Rs0
>>532
自己紹介おつ、としか言いようがないw

534名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:09:05.26ID:4khjU0Rs0
『日本書紀』によると神功皇后の崩御は、神功皇后摂政69年4月17日
神功皇后摂政66年は、西暦266年なので
神功皇后の崩御は、西暦267年

535名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:20:21.48ID:AaQ4DWF70
>>534
皇后は子を産み天皇即位

年代の可否
倭人伝の可否
執筆者の可否
ファクトの可否

全て要検証

古代の年代なのに特別視して食らいつく異常な姿よ

536名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:21:17.72ID:QP9/XIBv0
どう考えても神功皇后は120年ずれてる

537名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:25:17.66ID:AaQ4DWF70
長寿時代をそのままファクト扱いしてるだけでトンデモ

538名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:26:46.23ID:4khjU0Rs0
神功皇后は120年ズレてないよ
260年代から390年代の応神天皇まで天皇が不在だっただけだよ

539名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:28:25.56ID:AaQ4DWF70
>>538
デマ
そんなこと書いてない

540名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:28:31.58ID:4WGHbBde0
要するに中国の認識は、倭人が663年村江の戦に敗れるまで、半島や日本列島に住む倭種の人を倭人と呼んでいて
小さい倭国が乱立していて、200年代ごろ、北部九州地区を統括していた卑弥呼と交流していたということだな。
その後、300年−400年ごろは奈良を中心とした倭国の連合国となり、白村江の戦以降は、
海を防衛ラインとして最前線(見張り)を対馬とし、沿岸に防人を配置し大宰府の手前に最終防衛ラインを引いた。
そして一致団結して戦いに備えるために倭国連合を、日本国として統括することにした。

こういう流れか?

541名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:28:40.55ID:4khjU0Rs0
>>537
長寿時代は信用してないよ
『日本書紀』の編纂者が卑弥呼と神功皇后を合わせてるのが間違いないだけで

542名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:29:23.48ID:4khjU0Rs0
>>539
書いてあるよ>>520

543名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:29:33.27ID:++eKupym0
皇帝は誰の代?蜀はもう無かったんじゃない?

544名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:30:35.81ID:wHjDHuvV0
>>531
無理するな、知識が偏りすぎだね。
歴史ムック本やネットで見た知識を都合よく
解釈してるだけだろう。
そもそも日本書記は唐に見せる事を前提にした
仏教を広める為の文献だ。

考古学的にも初期製鉄もインド東部辺りの様式の物が中国地方に入っている。
はっきり言ってしまえばヤマトという文言も
ヤマ教というインド辺りの由来だろう。

545名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:31:43.05ID:TQyBQpJF0
ネタが使い古されていてつまらん
もっと奇抜な設定にせんと売れないぞ

546名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:31:44.46ID:4khjU0Rs0
>>540
ぜんぜん違うよ
金印を授ける時は国力の調査するから
卑弥呼時代は、倭国はクシャーナ朝(インド)と同じくらいの大国扱いだよ

547名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:32:25.57ID:AaQ4DWF70
>>541
自己否定それで良い

548名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:33:11.54ID:4khjU0Rs0
>>544
君がトンデモ

549名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:33:44.71ID:QP9/XIBv0
>>538
仲哀天皇と神功皇后の子は記録がなくまったく別の系統で応神天皇ってこと?

550名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:33:52.07ID:4khjU0Rs0
>>547
自己否定はしてないよ。あなたのことは否定してるけどw

551名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:33:57.26ID:AaQ4DWF70
>>542
皇后は子供産みその子が天皇になったと書いてある

552名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:35:47.17ID:AaQ4DWF70
>>550
現国できない中卒うける

553名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:36:29.70ID:4khjU0Rs0
>>549
だいたいそういうこと

仲哀天皇は架空の天皇で、応神天皇は新王朝というのは
学者の中でも有力な説だからね

554名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:37:03.98ID:wHjDHuvV0
>>548
君は根本的に知識が足りないだけだよ

555名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:37:25.20ID:AaQ4DWF70
>>549
長寿時代をファクト扱いのくるくるパーw

556名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:38:00.82ID:sCktoIrG0
所説も何も
邪馬台国は岩手県
全ては渡来系の作った虚構の物語

557名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:38:53.09ID:QP9/XIBv0
>>555
いろいろな人の意見を聞くのは楽しいじゃん。
信じる信じないは自分次第だし。ここらへんの時代も真実はわからんわー

558名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:39:59.61ID:AaQ4DWF70
>>553
空想の定説、学者にすがりつくしかないかw

559名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:41:03.56ID:4WGHbBde0
>>546
えー?壱岐対馬で2国、福岡県だけで20国ほどはありそう、そういう小国30か国ほどで邪馬台国なんだが。

560名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:42:59.79ID:4khjU0Rs0
>>559
壱岐対馬から畿内まで
邪馬台国・卑弥呼の領土だよ

561名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:43:55.06ID:AaQ4DWF70
ほんと基礎学力

現国の大切さを身に染みるわ

562名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:45:22.79ID:4WGHbBde0
>>560
ほほーじゃあ九州北部に29か国と奈良に1国の連合国家なのかな?

563名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:45:23.60ID:EsMAI5wF0
断片的な情報から作った感想文を、
認めてもらいたい一心で事実であるかのごとく語るのが文系学問。
わからんものはわからんでええやん。

564名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:45:49.03ID:fDi4msqL0
>>561
議論に負けたからって中傷するのはやめれ
みっともない

565名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:48:40.82ID:VA/DUdpd0
もっとも古く考えても267年制作の七支刀をどうやって245年に死んだ神功皇后が受け取れるというんだい

566名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:48:40.54ID:4khjU0Rs0
>>562
北部九州と出雲と奈良や京都など畿内が領土
日本海側の出雲ルートを使ってたことから
瀬戸内海沿岸は領土ではなかった可能性がある

567名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:48:58.35ID:AaQ4DWF70
>>564
ロジック追えば現国の重要性分かるようになるよ

本質

568名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:49:49.12ID:jFRYO4se0
夷守という言葉といい原始ヤマト王権というかある程度の豪族連合がすでに出来つつあったんだろう
中央集権化ははるか先のこと

569名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:52:03.19ID:AaQ4DWF70
>>568
というかヒナモリが福岡県に有るということは福岡県は地方ということ

中央は別にある、がわかる

570名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:52:15.36ID:4WGHbBde0
>>566
魏志倭人伝の北部九州の描写と国の規模を見れば、この時代ともいえど、移動ルートには小国が乱立しているのは一目瞭然なんだよ。
日本海ルートだか何だか知らんが、畿内説だと余裕で100国は超える規模じゃないか。ありえんて。

571名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:52:46.47ID:zDy9CHr20
そもそも2世紀前半、僻地の奈良盆地に魏と渡り合う強国はないよ
はっきり言って土民村のレベルだ
すでに鉄器農具で高度文明化してた北部九州とは天地の差があるよ
奈良盆地が成長したのは崇神のおかげでこれは三世紀後半
崇神だって僻地で疫病やらで苦闘してた開拓王だよ

572名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:53:18.79ID:yYuNbj1H0
>>566
でも箸墓なんかは吉備とか尾張の勢力だよね
箸墓は邪馬台国じゃなかったのかな

573名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:53:23.22ID:zDy9CHr20
>>571
間違いた、そもそも三世紀前半、でしたね

574名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:53:39.76ID:jFRYO4se0
>>569
ヒナ=西の方の地域って意味だからまぁそうだな
東夷とは明確に区別されてる

575名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:54:00.80ID:i0ec9vzA0
九州から奈良にかけての領土なら九州説だけど
日巫女は天皇ヤマト王朝って事になるけどなんで中国の歴史書に制圧されたなんて載ってるんだ
日本は天武天皇からなんだぞ全然筋が通ってねえじゃんか

576名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:54:14.45ID:KjnnjlPo0
>>540
白村江の戦で敗れたのは倭国だから北部九州の国だよ
奈良を中心とした日本国が成立したのは701年
倭国が唐に敗れた結果、倭国が衰退し王権が太宰府から奈良に移った。

577名無しさん@1周年2020/01/06(月) 12:55:39.33ID:QP9/XIBv0
大本の前提がバラバラすぎて普通の人にはわけわからん議論でおもしろい

578名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:00:07.06ID:QP9/XIBv0
>>576
福永説?も面白いけど信じようと思うまではいかないかな

579名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:05:41.05ID:4WGHbBde0
>>576
ちゃうちゃう、中国から見た倭人というのは、古くは長江流域の「倭族」というのが居て、
その子孫が海を渡りその範囲は半島から東南アジアまで広くいきわたっていて
200年代ごろの交流があった倭人というのは、半島から日本列島の一部を頻繁に行き来していため
九州には鉄の道具が沢山出土したものとみられる。
半島南部と九州(日本島)に住む人は間違いなく同一種族なんだよ。
その人たちの住む国を倭国と表現し、邪馬台国はその中の一部の連合国家。

580名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:08:43.49ID:zDy9CHr20
そもそも箸墓はモモソ姫でモモソ姫は崇神の斎王というのが畿内説の通例だ

そして箸墓の築造はどんなに畿内派が頑張っても250よりは古くない
こう考えると畿内説で無理やりさかのぼっても、箸墓を築造した崇神の活躍時期は三世紀前半より前にはならない
そもそも一般的には崇神は三世紀後半で崇神年間の早い時期にはモモソ姫が死んだとして
箸墓は260〜280ぐらいと考える学者が多い

要するに三世紀前半の奈良盆地はまだ崇神すら整備に着手しないか整備早々で
ほぼ未開ゆえろくな遺物も出てこない
期待された纒向すら三世紀前半では小規模でほぼ遺物もない

要するに奈良盆地には、三世紀の多くの時期、ろくな経済力はないし遺物もない
これで女王国の王都を主張する図太さには脱帽するしかない
ちなみに箸墓は四世紀前半とする見解も有力だ

581名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:10:46.99ID:i0ec9vzA0
古墳からしても九州を支配してた連中がいたとしても
畿内にいた有力者のほうが権力者

582名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:12:48.01ID:wHjDHuvV0
>>571
奈良盆地は三世紀の時点で既に巨大な権力集中地だよ、勿論巻向は卑弥呼が鬼道を用いる場所だし。
北部九州はあくまで半島へ渡る為の拠点だよ、だから鉄も多いし戦闘跡もある。日本海側だからな。

583名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:13:53.97ID:zDy9CHr20
>>582
三世紀前半の遺物を上げてほしいね
ほぼ何もない弥生土民村だよ

584名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:15:28.61ID:yYuNbj1H0
親魏倭王から遡ること200年余りの漢委奴国王金印なんかは
100余国あるうちの委奴国が倭人の王様の国と思われてたのかな

585名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:17:02.36ID:wHjDHuvV0
>>580
誤解が多い、奈良盆地は弥生時代前期の時点で既に最大級の水田跡を保有している。
それに鏡と銅鐸も出土しているからな。

勿論邪馬台国とは畿内の事、当たり前だが。

586名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:18:14.21ID:i0ec9vzA0
>>583
土村村で前方後円墳ですか凄い土人だな

587名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:22:37.05ID:liLOrcFV0
弥生時代の水田遺跡

静岡県登呂遺跡   約70500u 弥生時代後期 1世紀
福岡県板付遺跡   約47500u 弥生時代早期
兵庫県玉津田中遺跡 約30000u 弥生時代中期
宮城県富沢遺跡   約40000u 弥生時代中期
岡山県百間川遺跡  約40000u 弥生時代後期末
奈良県中西遺跡   約20000u 弥生時代前期
滋賀県服部遺跡   約18700u 弥生時代前期

588名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:23:04.22ID:liLOrcFV0
和名類聚抄 西海道

筑前 15郡
筑後 10郡 筑紫 計25郡

肥前 11郡
肥後 14郡 肥 計25郡

豊前 8郡
豊後 8郡 豊 計16郡

日向 5郡
大隅 8郡
薩摩 13郡 熊曾 計26郡

壱岐嶋 2郡
対馬嶋 2郡

合計 96郡

589名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:24:31.65ID:liLOrcFV0
延喜式 出挙稲数

畿内 2,087,126
  山城 424,070
  大和 554,600
  河内 400,954
  和泉 227,500
  摂津 480,000

西海道 5,990,581
  筑前 790,063
  筑後 623,581
  豊前 609,828
  豊後 743,842
  肥前 692,589
  肥後 1,579,117
  日向 373,101
  大隅 242,040
  薩摩 242,500
  壱岐 90,000
  対馬 3920

590名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:24:49.35ID:zDy9CHr20
そもそも当時の魏からすれば北部中部朝鮮で王を自称した公孫氏のさらにむこうが倭国でろくに知らないのは当たり前
公孫淵が反逆したために公孫氏は虐殺、本拠地も簒奪されちゃったわけだ
そこへ現れた倭人は遠来の異民族として大変司馬懿に喜ばれた
このような次第で女王国はさっそく魏帝から最高レベルの官位を賜った
公孫氏に代わり司馬氏が楽浪帯方を経営するには経済的パートナーがすぐにも必要だったからだ
要するに魏から見ると倭人の範囲や勢力図はどうでもよく
もともと公孫氏交易に往来してた九州女王国こそ蓬莱の代表で何も不都合はない
これが当時の実情でそもそも蓬莱に統一国家など期待されてないわけだ

591名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:26:22.93ID:4WGHbBde0
ではなぜ当時の魏ほどの大国が、超小国の邪馬台国を高待遇したのかというと、
激しい内陸戦乱の中、自国を守るために敵国や敵国周辺の国や国力を見極めて備える必要があったからだ。
半島南部から先の日本列島は、邪馬台国さえ押さえておけば十分で、そこから先まで関知する必要もなければ余裕もなかったことだろう。

592名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:30:30.42ID:etPya+rI0
>>585
纒向遺跡から豚の骨は出ましたか…?(小声)

593名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:35:09.57ID:903SoVIf0
邪馬台は後のヤマトだろうけど
卑弥呼と景行天皇や息子の小碓の尊との関係性と時系列が全然わからん

594名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:38:22.27ID:i0ec9vzA0
>>590
印綬意味知ってます?

595名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:45:28.44ID:yYuNbj1H0
委奴国も後漢の光武帝から金印貰ってるぞ

596名無しさん@1周年2020/01/06(月) 13:49:53.17ID:4WGHbBde0
そうそう漢委奴国王とあるように、漢の時代も、倭国小国が乱立していて、日本列島の玄関口を支配する奴国を重要視していたんだね。

597名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:01:17.07ID:4WGHbBde0
漢や魏からすると、戦乱の中、敵の一部の将軍が日本列島へ逃げ込んでるみたいなんだわ
高待遇してあげるから、こっちに攻めてこないようによく見張っとってくれんか?みたいなことかなー
おそらく日本列島へ逃げ込んできた将軍は、大陸の脅威を知らしめて、一緒に戦おうと提案してくるに違いない
そういった駆け引きがあってのことだろ。
当時の情勢は中国からの視点がなければ理解できない。

598名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:02:16.12ID:z91Rv/d00
> “鬼道”(祖霊を信ずる道教的色彩の強いシャーマニズム)

なんでこういう見て来たような嘘を書くのかね?
鬼道はシャーマニズムとは似ても似つかぬ宗教形態なんだけど

599名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:10:49.43ID:qNmNcrfH0
>>517
出雲政権:古代出雲【葦原中国】
構成:島根県東部から鳥取県西部の複数の国々
王:大国主
九州海神国筑紫城の伊邪那岐神と伊邪那美神から産まれた、13番目の子の大山津見神の、6世孫
九州海神国筑紫城の伊邪那岐神と、伊邪那美神ではない誰かとの間に産まれた建速須佐之男命の娘と結婚し、
少名毘古那神、大物主神と国造りをした

高天原政権:古代奈良【邪馬台国】
構成:紀伊半島を中心に、西は大阪から東は長野までの複数の国々
王:天照大神(卑弥呼)
九州海神国筑紫城の伊邪那岐神と、伊邪那美神ではない誰かとの間に産まれた一番目の子
大国主に古代出雲【葦原中国】の国譲りを迫り、出雲政権を植民地とし、魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる

九州海神国筑紫城政権:古代九州【倭奴国】
構成:九州全土の国々
王:天之御中主神
日本最初の政権で、全ての政権の祖
後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り倭国王となるが、高天原政権:古代奈良【邪馬台国】に倭国王の座を奪われる
12世孫に伊邪那岐神と伊邪那美神
13世孫に大綿津見神(豊玉彦)
14世孫に天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)がおり
15世孫の天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命の第4皇子の神武が東征して
倭国王の座を奪った「高天原政権」古代奈良【邪馬台国】と「出雲政権」古代出雲【葦原中国】を支配する

600名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:13:03.08ID:5sNvt5HS0
>>587
最新のニュースはこれ。2019 11月配信

弥生時代前期後半(約2500〜2400年前)の水田跡が確認されていた奈良県御所(ごせ)市の中西遺跡で、新たに約3500平方メートルの水田跡がみつかった。
県立橿原(かしはら)考古学研究所(橿考研)が20日発表した。水田跡は延べ約4万3千平方メートルに及び、これまでに確認された弥生前期の水田跡では全国最大規模とみられる。
弥生時代初めに稲作が朝鮮半島から日本列島に伝わったとされるころからまもなく、
奈良盆地で灌漑(かんがい)施設をそなえた大規模な稲作が営まれていたことが明らかになった。

601名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:16:33.94ID:7uIGD6Ie0
倭国王帥升は160人の生口を伴って上洛している
王と随伴者、献上品の運搬者、護衛含めて総勢で300人くらいか
遣唐使で上洛する者は使節全体の一割ほどで、これを準用して、
帥升の時の使節の総数は三千人規模という説もある
唐船なら百人以上乗船できるが帥升のころの倭船はどうだろう
いずれにしても数十隻の船団になったと思われる
倭国の海運力は馬鹿にできないほどだったはずで、それは海軍力におきかえても良さそうだ
呉の海軍力に対するカウンターとしての役割を魏から期待されてたかも知れんね

602名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:18:57.04ID:4WGHbBde0
解き明かさなければならない謎は、200年代後半から急速に発展する奈良の原動力、その仕組みや背景。
そして、九州、奴国をはじめとする邪馬台国がいつどのような形で、大和政権の配下となったのか。
そのメカニズムを大和朝廷が封印してしまったために、いつまでたっても、真実が明らかにならない。

603名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:23:38.33ID:4WGHbBde0
>>601
そうそう、そうした海軍力を持ってたのが倭人たちで、その生態は邪馬台国だけにとどまらず、半島から日本列島各地に存在していたはず。
半島との玄関口を支配していたのが奴国であり、邪馬台国であったということに過ぎない。

604名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:26:28.59ID:5sNvt5HS0
ちなみに中西 秋津遺跡はこういう見解もあるからな。年代と場所を考えると神武神話はやはり紀元前にあった話になる。

奈良県御所(ごせ)市の中西・秋津遺跡で弥生時代前期(約2400年前)の水田跡約3500平方メートルが見つかり、橿原考古学研究所が20日発表した。
これまでの調査と合わせ、確認された水田跡の面積は約4万3千平方メートルに達し、弥生前期としては国内最大。橿考研の担当者は「地形を考えると、総面積は10万平方メートル以上になる可能性がある」としている。

605名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:33:33.42ID:5sNvt5HS0
ちなみにこちらは2016年6月配信。
奈良盆地北部からも水田跡が確認されつつあるんだよ、勿論発掘はごく一部。

奈良県立橿原考古学研究所は23日、奈良市三条大路1の奈良署跡地で、弥生時代前期とみられる水田跡計約5500平方メートルが見つかったと発表した。
同時期の水田跡は秋津遺跡(御所市)など奈良盆地南部で見つかっているが、北部で広範囲の水田跡が見つかるのは初めて。橿考研は「盆地内での稲作の開始を考える上で重要」とする。

606名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:39:52.12ID:4khjU0Rs0
>>580
そもそも崇神がいつ頃の人かはっきりわかってない

607名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:49:43.95ID:4khjU0Rs0
>>570
なにを根拠にありえないと言ってるの?

608名無しさん@1周年2020/01/06(月) 14:51:28.20ID:4khjU0Rs0
>>572
吉備と尾張以外にも瀬戸内海沿岸には国や集落あるしね

609名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:03:21.85ID:Y/1y0bsw0
>>517
秦が滅んだ後、辰韓に逃げ延びてきた人たちが、
更に山陰に流れ着いてきて出雲で知識・技術を伝えていた頃、
日本列島のどっかから逆玉目指して出雲に転がり込んできた男子が
本懐を遂げて王になったみたいな感じじゃないだろうか。

610名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:06:57.81ID:4WGHbBde0
>>607
根拠は書いてあるでしょ、読めないの?
もう一度わかりやすく書いてあげるけど
親魏倭王卑弥呼は、約30の国からなる倭国の都
当時の国の規模は、行程に書いてある国を参考にするとおそらく福岡県だけで20か国ほどになると推測される。
近畿に女王国があると仮定すると、どう考えても国の数が合わない。
当時沢山乱立する倭国(数百から数千)うちのわずか30か国を統治していた国との交流である。
近畿から九州まで配下にして30か国とか、ありえんでしょ。

611名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:09:07.75ID:r9hf6L4b0
お前ら妄想ばかりだな。
邪馬台国は「邪馬台国へようこそ」みたいな看板でも出てこない限り特定されねーよ。

612名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:23:55.94ID:5sNvt5HS0
>>611
倭国伝にある。倭人伝の邪馬台国とはヤマト、で既に答えは出てるよw

613名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:28:34.71ID:Y/1y0bsw0
>>581
畿内にいた有力者は請負業者の責任者。

614名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:40:12.92ID:4khjU0Rs0
>>610
九州はこの6カ国だよ
対馬国、一大国、末廬国、伊都国、奴国、不弥国

615名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:42:27.28ID:4khjU0Rs0
>>610
「福岡県だけで20か国」ってなんていう国があったの?教えて

616名無しさん@1周年2020/01/06(月) 15:54:56.55ID:4WGHbBde0
ちなみに、魏志倭人伝と同じ三国志の魏志韓伝(馬韓)には何か国あるのかといえば56か国、広さは九州よりはるかに狭い。
南は倭に接すると書いてあることから、半島の南部に(邪馬台国ではない)倭国が存在すると考えられる。

617名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:00:05.55ID:4WGHbBde0
>>614
近畿説ってそういうことなの?w
>>615
魏志倭人伝と同じ三国志の魏志韓伝(馬韓)
を参考に広さと国の規模を比較すれば簡単に推測できるから
200年代ってまだそんな時代なんだよ。

618名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:04:44.51ID:Y/1y0bsw0
>>617
さすがに20か国はないやろ。
10か国強くらいじゃないかな。
長崎、佐賀、大分で20か国近くあったんじゃないかな。

619名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:07:12.10ID:txJGukoh0
>>610
ぜんぜん違う

朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 竹斯国(筑紫)

の黄金ルートは

九州海神国筑紫城政権:古代九州【倭奴国】が大陸と交易するために独占していたルート

九州海神国筑紫城政権:古代九州【倭奴国】から倭国王の座を奪おうとしている邪馬台国が使えるわけがない

620名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:07:59.45ID:4khjU0Rs0
>>616
>>617
そんなに沢山の国があった可能性は低い
西暦57年の時点で福岡は金印をもらえるくらいの大国だったからね。
馬韓と比較するとかめちゃくちゃ

621名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:09:53.50ID:Pc2drClH0
こんな前の事分からないから好きなの選べ

622名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:12:19.43ID:4WGHbBde0
>>619
お前の書き込みは
600年代の交流と200年代の話を混同させようとしているようにしかみえない。

どこにそんな記述があるのか根拠を出してみ?

623名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:26:25.85ID:H5t63loS0
>>617
全然半島と日本で地形が違うし倭国は海人の国だぞ。
海岸線と山に挟まれた集落が基本になる。

畿内だと河内湖周辺が該当地だ。

624名無しさん@1周年2020/01/06(月) 16:33:01.94ID:t8uQAVsR0
曹操の墓を発掘した専門家が日田の鏡が曹操のものと同じだとしている
中国の皇帝クラスしか持てないお宝は卑弥呼以外は貰えません
畿内説は完全に終了しました

【邪馬台国】大分・日田で出土の鉄鏡 卑弥呼の鏡「可能性高い」 ★2
http://2chb.net/r/newsplus/1578213639/

625名無しさん@1周年2020/01/06(月) 17:17:35.05ID:H5t63loS0
鏡なんていくらでも持ち運び出来る。
しかも5世紀の古墳で卑弥呼や邪馬台国との関連性も何もない。
更にいえば大分辺りは瀬戸内海女王国の西の拠点にすぎない。
邪馬台国とはヤマトの事にかわりはない。

626名無しさん@1周年2020/01/06(月) 17:20:23.49ID:i0ec9vzA0
100枚あったんでしょ配ったんじゃないの

627名無しさん@1周年2020/01/06(月) 18:29:52.68ID:x6unLe5m0
>>625
可能性を言ってるのに根拠のない反論をする畿内派。いつもそうだ。邪馬台国と大和王朝を同じとする根拠なんかないよ。

628名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:09:39.84ID:cFcwVTTL0
>>1
つまり女帝=卑弥呼は、中国の魏国の手下ってことか?

天皇は代々中国の臣下なんだから、現天皇も習近平にも臣従しないとな

629名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:10:33.57ID:a/N30yxX0
畿内王朝に征服か畿内継承だからどっちでもいいんだけど
こんな事で九州説押されてもな

630名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:11:57.10ID:a/N30yxX0
古墳からも畿内に王が居たのはわかるよな?

631名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:26:31.05ID:x6unLe5m0
>>628
日巫女は中国の下。当時としては誇らしいことさ。現代の感覚を持ち出すなんて歴史論議じゃない。韓国人みたいなことはするな。
天皇が中国の下についたというのはどんな根拠で?印鑑をもらったか?もらってないなら下じゃない

632名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:36:28.57ID:mAqiQoPT0
日本書記や古事記で、もう少し詳しく記載してくれたらね。
天武朝や不比等の思惑が絡んでるから、みんな神話に封じ込めてしまった。
それを紐解いたら、天武朝や藤原氏にとって不都合が多分に含まれるんだろう。

卑弥呼や邪馬台国についても不都合な事実があるんだろうよ。

633名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:42:02.64ID:vdBDy+mR0
>>622
はい?600年?

『魏志』は、
卑弥呼が死亡し台与が変わりに女王となった直後の
西晋(265年 - 316年)の時代、280年から297年の間に書かれている

ほぼオンタイムなんすけど

634名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:42:58.92ID:vdBDy+mR0
いいか

『魏志』は、
卑弥呼が死亡し台与が変わりに女王となった直後の
西晋(265年 - 316年)の時代、280年から297年の間に書かれている

635名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:43:18.80ID:ik+FPOmW0
中国リスペクト勢だが中国の臣下とかそんな事どうでもいいんだよ
当時の文明レベル祈祷師が国主の土人時代に司馬懿に会ってるだけで興奮ものだしw
そんなんじゃなくて天皇家とか色々なあれだから面白いのに止めろ

636名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:50:31.98ID:vdBDy+mR0
途中で書き込んでしまった

いいか

『魏志』は、
卑弥呼が死亡し台与が変わりに女王となった直後の
西晋(265年 - 316年)の時代、280年から297年の間に書かれている

九州 海神国 筑紫城が、後漢(25年 - 220年)から「漢委奴国王」の称号を賜り倭国王となったのは57年

邪馬台国の卑弥呼が、魏(220年 - 265年)から「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となったのは240年

つまり、57年から239年までの間は【日本国内的には】九州 海神国 筑紫城 が倭国王だ


朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 竹斯国(筑紫)

の黄金ルートを

九州海神国筑紫城政権から倭国王の座を奪おうとしている邪馬台国が使えるわけがない

637名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:56:01.91ID:vdBDy+mR0
つまり

卑弥呼が死亡し台与が変わりに女王となった直後の
西晋(265年 - 316年)の時代、280年から297年の間に書かれた

『魏志』に出てくる、対馬以降の

一大国 − 末廬国 − 伊都国 ー 奴国 − 不弥国 ー 投馬国

の国々は、九州の国では無いんだよ

638名無しさん@1周年2020/01/06(月) 19:56:12.59ID:oYqwWKeu0
>>3
卑弥ちゃんいたよ
だいぶん昔だけど

639名無しさん@1周年2020/01/06(月) 20:06:21.27ID:H5t63loS0
>>627
九州説には根本的に全く根拠がない、勝手な妄想だけで話をするからダメなのだが。
鉄が多いから邪馬台国なんてのが最たる物。
考古学の現状も無視するしな。

畿内には弥生時代後期の遺跡に地理条件、大陸との交流にのちの歴史と、三世紀卑弥呼が都とする条件は全て揃っている。
さらに百襲という卑弥呼像にもっとも近い、巫女王に相応しい候補者もいるからな。
卑弥呼は鬼道使いと書いてあるのに九州には該当する場所が皆無だから。

640名無しさん@1周年2020/01/06(月) 20:23:06.33ID:hyr2Wejx0
>>636
>九州海神国筑紫城政権から倭国王の座を奪おうとしている邪馬台国が使えるわけがない
九州にあった漢委奴国なら倭国大乱で金印放り出して滅んだよ
大乱で敗北してどこか東の方に逃げ出したのかもしれない
そのあと新たに共立されたのが親魏倭王

641名無しさん@1周年2020/01/06(月) 20:49:32.57ID:CSjFjjIm0
旅人 ここの地名は?
地元民 八女
旅人 や‥
地元民 八女たい!
旅人 やめたい か
後にやまたいになりました、とか。

642名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:11:24.82ID:4WGHbBde0
>>633
竹斯国なんてどこにも出てこないけど?

643名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:19:29.92ID:oLRHvnPC0
>>640
倭奴国は倭国の極南が本拠地だと後漢書にある。

建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬

また漢書地理志燕地条の頃から、倭国は100程の国に別れていたとも書かれており、これらの内容が魏志倭人伝の冒頭に集約され書かれている。

倭人在帶方東南大海之中 依山㠀為國邑 舊百餘國 漢時有朝見者 今使譯所通三十國

後漢末期に倭国大乱が起こり、倭国は卑弥呼勢力30国が倭奴国から独立したんだよ。
で、倭奴国については、女王国側から魏の使者に狗奴国と蔑称で説明されたわけだ。

その後卑弥呼率いる北九州30国連合は、卑弥弓呼素率いる残り九州70国連合との戦争に負けて壱与の時代で滅んでる。

邪馬台国、女王国とは何なのか?倭国大乱とはなんであったか?
これは後漢の頃の半島から渡ってきた渡来人によるクーデターだったということだ。
実際、北九州から出る弥生人の遺骨のDNA鑑定では、当時の朝鮮人との混血が進んでいたという結果も出てる。
(現朝鮮人はまだ半島に侵入してきておらず、韓伝とは別に魏志高句麗伝に載ってる。)

北九州は土地柄的に朝鮮半島を経由して大陸に繋がりやすいと言うことは、逆に渡来人が渡って来やすいとも言える。

この弥生渡来人が独立戦争を起こしたのが倭国大乱であり、九州北部30国が切り取られたわけだ。
その後倭奴国によって叩き潰された渡来系女王国勢力は、後に磐井の乱と言う第二回独立戦争を起こすんだよ。

644名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:36:37.66ID:4WGHbBde0
>>643
どこまでが記録でどこからがフィクションなのか解説してくれ。
九州だけで100か国というのは、おおよそわかるけど、漢の時代にそれらが統一されていた根拠があるのかとその支配地域の範囲は?という点と
邪馬台国時代には出てこなかった筑紫岩井がが500年代に存在したらしいことはわかるが、いつからこの辺りは筑紫によって平定されたのか?
また、邪馬台国の消滅と関係があるのではないか?
筑紫君岩井と邪馬台国勢が同じ勢力だと思う理由は?

このあたりどうなの?

645名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:40:34.35ID:lfhORKpZO
鉄より桃の種で畿内から九州を遠隔操作とか

それこそ卑弥呼の鬼道にファンタジーを抱き過ぎたろ畿内派はさw

646名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:48:34.98ID:jFRYO4se0
>>639
妄想ファンタジーで「僕の考えた最強の邪馬台国」語られても困っちゃうんだよな
せめて今現在の関連論文くらいはおさえないと

647名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:53:02.63ID:4khjU0Rs0
>>645
同時期に中国では黄巾の乱が起きてるよ
倭国でも大飢饉や疾病の流行が起きて神頼みになったんだよ
逆に何もなかったと考えるほうがアホ

648名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:53:41.29ID:NlZhxUKi0
>>645
お前はもういいから
九州邪馬台国で畿内のヤマト王朝に滅ぼされたか畿内邪馬台国継承かだから

649名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:54:40.58ID:NlZhxUKi0
九州土人が考古学とか関係なしに荒らすのはマジでウザい

650名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:56:03.06ID:lfhORKpZO
>>647

だからその乱を抑えて魏が製鉄より桃の種に注視したとかあり得ないだろ
仮に神頼みが見直されたから遠隔操作が出来るようになったとか
それこそ黄巾党も笑うわ

651名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:57:11.47ID:4khjU0Rs0
>>636
ぜんぜん違う
黄巾の乱が起きたのが184年で、漢はこの時、衰退してる
184年頃に「漢委奴国王」印の権威が消失したと考えるのが自然

652名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:59:05.88ID:lfhORKpZO
いつもの畿内派に戻ったなw
こりゃスタップと同じ連中だなw

とにかく黙らせようとするバカな手口に拘るとこはさw

653名無しさん@1周年2020/01/06(月) 21:59:41.91ID:4khjU0Rs0
>>650
桃って神聖な果物だからありえるよ
儀式用の桃が大量に出土してる時点で
纏向が現在の天皇やローマ法王くらいの権威があったことは確定

654名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:00:41.14ID:KjnnjlPo0
>>649
考古学者
桃の種が出たニダ!
邪馬台国は畿内説で決まりニダw

655名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:01:09.98ID:lfhORKpZO
とにかく遠隔操作があり得ないからなw

邪馬台国と狗奴国が九州内で近接してるのが普通の考えだわ

656名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:02:01.10ID:4khjU0Rs0
>>654
九州ってなんで桃出ないの?
王冠や鏡と同じくらいには重要だぞ

657名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:02:55.04ID:tR8QJxx10
>>611
正論

658名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:03:27.27ID:4khjU0Rs0
>>655
遠隔操作ありえるから
そもそも巫女が女王の時点で遠隔操作してた証拠

659名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:04:55.33ID:jFRYO4se0
鏡やら桃は当時大陸で流行った初期道教祭祀と密接な関係があるからな
朝鮮と目と鼻の先にある山東半島は太平道が流行った所でもある

660名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:05:05.87ID:lfhORKpZO
>>653

鉄より桃の種を注視する理由が全く魏側にはないだろ
だから桃の種については魏も記紀にも何の記載もない

それをファンタジー補強してのは畿内説の連中だけじゃん
桃の種ありまーす!は、どこぞのスタップ連中と同じじゃん
オボちゃんが卑弥呼になるわw

発想が似てるわw畿内派とスタップはさw

661名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:05:26.12ID:KjnnjlPo0
>>655
最近のDNAの研究でも3世紀だと畿内は縄文系の人々が未だ住んでたからな
その後に住民が現代日本人と入れ替わってる。

662名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:08:38.82ID:4khjU0Rs0
>>660
そもそも桃は鉄より重要っていうのは中国の文化なんだが
なんで魏がその文化を無視するんだ

663名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:09:46.27ID:4khjU0Rs0
>>661
ウソおつ
7000年以上前から畿内には弥生人が大量に住んでました

664名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:10:05.11ID:lfhORKpZO
だいたいクシャーナ朝と比較されるけど
クシャーナ朝も製鉄を始めコインを自前で作ったり金属加工の高さを買われてるんであって

それこそ桃の種で儀式したとか魏からすれば、どうでもいい話だからな

665名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:11:27.94ID:NlZhxUKi0
>>612
出てねえよ侵略され吸収されたと中国の書物の載ってて日本という名になったのが天武天皇の時だから
邪馬台国はヤマト王朝だと色々おかしくなんだよ決め打つなボケ

666名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:11:28.17ID:4khjU0Rs0
>>664
魏の文化だと鉄よりも桃が重要

667名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:12:36.99ID:lfhORKpZO
>>666

じゃあ桃の種の記載が一切ないのは何でだよw

668名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:14:09.73ID:NlZhxUKi0
>>663
どうしてそんな嘘つくの弥生人って稲作だのだぞ

669名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:15:05.59ID:4khjU0Rs0
>>667
書かなかった理由は知らない。重要なことでも書いてないことは多いだろう。
魏では鉄より桃のほうが重要

670名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:15:34.55ID:6+Z+RoB/0
一大卒はのちの太宰府

671名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:17:09.57ID:lfhORKpZO
>>669

スタップと同じ強弁術かよ
一切記載がないものが重要だったとか
単なる畿内派の思い込みじゃないか

672名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:17:21.14ID:4khjU0Rs0
>>668
科学的な解析でも7000~8000年前だよ
海水面の高さが現在とはぜんぜん違うから
地形的にも7000〜8000年前

673名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:17:45.74ID:vdBDy+mR0
まだある

倭国王として「漢委奴国王」の称号を与えた後漢は、25年 - 220年の約200年間
57年からでも、約170年間、「漢委奴国王」の後ろ楯となり、大陸と交易させた

一方

倭国王として「親魏倭王」の称号を与えた魏は、220年 - 265年の、わずかが45年しか存続できず
240年から、たった25年間しか、「親魏倭王」の後ろ楯となれなかった

そんな

「漢委奴国王」と「親魏倭王」の遺跡を比較すれば、あきらかに、

「漢委奴国王」の遺跡のほうが
規模も、大陸物の出土品も、渡来人の痕跡も、遥かに大きく多い

ことは、容易に推察できるだろう
そこで、九州と畿内の遺跡や出土品をあらためて比較すれば

九州の遺跡や出土品は「漢委奴国王」のものであり、「親魏倭王」のものではではない

とサルでもわかる

674名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:18:06.62ID:4khjU0Rs0
>>671
記載がなくても魏の文化は重要

675名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:19:11.21ID:NlZhxUKi0
>>672
それは渡来系で弥生人ではないでしょ

676名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:19:32.95ID:4khjU0Rs0
そもそも3世紀だとそこそこ人口が多いから縄文人と弥生人が入れ替わるわけ無いやん
アホくさい

677名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:20:58.22ID:lfhORKpZO
>>674

魏の文化で最重要なら記載するだろ

ありまーすくらい

678名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:21:29.14ID:4khjU0Rs0
>>675
正確には弥生時代の人ではないから弥生人ではないかも。
遺伝的には弥生人と同じだから
弥生人って言われることが多いけどね

679名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:22:58.75ID:4khjU0Rs0
>>677
中国の文化では桃が重要という事実は変えられないよ

680名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:24:21.87ID:NlZhxUKi0
文明って知ってる?縄文人の粟などの農耕から
弥生人は春秋時代の呉の王族からの稲作農耕の変わった九州は
これがBC500年ぐらいここからが知らん

681名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:24:28.31ID:oLRHvnPC0
>>644
643の文面の大半はどこかに出典が存在するとよ。

出典のない以下3つは俺の考え。
 ・女王国側が負けた
 ・渡来系弥生人によるクーデター
 ・磐井の乱が渡来系弥生人の末裔による反乱

ただし上記3つもそれぞれ、それなりに根拠がある。
まず「女王国が負けた」という点について。

 これは魏の次の西晋の途中以降、女王国が音信不通である点がおかしい。
 朝貢するということは、定期的に挨拶に行くのが義務であり
 義務を果たさない高句麗について、魏志高句麗伝ではわざわざ非難している。
 日本の歴史書にも女王国の痕跡なんて何もない。
 逆に女王国が継続したとする根拠も何もない。

 そもそも卑弥呼の死後、南北で戦争中にもかかわらず
 後継者争いで1000人からの死者を出した末に後継者の座に就いたのが
 たった13歳の占いしかできない少女。
 北九州の小規模勢力の癖に戦争に勝つ気があるのか疑いたくなるレベル。
 戦争の趨勢を占いで決められちゃたまったもんじゃない。

 女王国側が負けて当然であり、消滅したと考えるのが妥当

・渡来系弥生人によるクーデター
 根拠はない。
 が、北九州の弥生人の遺骨を用いたDNA鑑定で
 当時、朝鮮半島との混血が進んでいたことは確認されている。
 ここから発想したフィクション。

・磐井の乱について
 これは新羅と通じての反乱という記述が日本書紀にある。
 新羅に奪われた土地の奪還に向かうところで蜂起している点から
 元々新羅にルーツを持つ一族が新羅と結託したと考えられる。
 (これ自体は結構メジャーな説ではある)

682名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:25:22.89ID:4khjU0Rs0
>>673
だから184年の黄巾の乱で
国交ができなくなってる
基礎知識から勉強し直せ

683名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:25:44.62ID:b+Tl4l/j0
>>2
ハニワ幻人な

684名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:26:29.96ID:lfhORKpZO
>>679

桃が重要だからって
桃探しの旅に出て、桃を食ってる女を女王にするのかよ

比較と類推の結論がおかしいんだよ
スタップの連中と同じミスリードじゃないかw

もっと書き込んで自滅してくれw

685名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:27:02.22ID:yRAoldkI0
中国人が日本の織田信長について詳しいかという件について。

686名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:31:44.13ID:4khjU0Rs0
>>680
温暖化って知ってる?
日本列島で人口爆発したのは5000年以上前
日本列島独自の遺伝子(いわゆる弥生人の遺伝子)も残っている

勘違いしてる人が多いが大陸から来た弥生人の遺伝子は
日本列島発祥の遺伝子のものに変質してるから
7000年前なのは確定してるの

687名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:32:26.58ID:4khjU0Rs0
>>684
中国の文化では桃が重要という事実は変えられないよ。頑張れ

688名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:37:50.20ID:NlZhxUKi0
弥生人ねえw縄文土器とかで採掘で年代わかるんだろうが弥生人存在した証明は何なんだろうか
紀元前から現代までの人口データグラフではずっと関東が人口トップなんだがね

689名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:37:54.95ID:lfhORKpZO
>>687

桃が重要だから中国が設定が意味不明つってんの

スタップ連中みたいに詭弁粘着をやった分は全部自分等に帰って来るからなw
こうやってスタップも自滅したのを偶然わかって
畿内派にも仕掛けてみたら
やっぱり自滅したw

そして久しぶりに邪馬台国スレがあったんで、同じようにやってみたら
見事に壊れてて悪化してるのは確認が出来たわw

690名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:38:40.60ID:bFDoKPTO0
>1
公家の起源だ  
いまでも新興宗教から仏教神神道までほとんど南朝の公家の勢力圏だろ 自民党清和会だ

691名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:39:31.14ID:piFtTKyq0
スクリプトみたいな奴がいるなw
同じ言葉を繰り返していて会話が成り立たない

692名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:39:49.00ID:7vjCNl0X0
光岡自動車のオロチやヒミコってレンタカーに無いかなぁ。
サーキット試乗会とか開いて欲しい

693名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:40:35.73ID:qQhWQgZq0
>>685
いないだろ。
李舜臣知ってる日本人とか
諸葛孔明知ってるアメリカ人とかと同様に

694名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:41:12.07ID:NlZhxUKi0
畿内派は余裕でしょ九州だったとしたら歴史的に面白いし九州土人とはゴールが違う

695名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:43:05.49ID:NlZhxUKi0
>>693
いるだろソシャゲなめんなよ

696名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:43:30.63ID:yRAoldkI0
>>693
それを聞いて安心した。
まだまだこれからです。

697名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:46:11.16ID:KjnnjlPo0
近年の研究では弥生人の定義が曖昧になってるな
紀元前1000年頃から水稲栽培を始めたのは元々日本列島に住んでた縄文系の人々だった事が判明し
鉄器を持って紀元前5〜4世紀頃にやって来た人達は弥生時代には北部九州付近に留まってたし

698名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:46:17.21ID:NlZhxUKi0
>>696
撤退交渉合意後に後ろから奇襲して島津にボコられ殺された奴と
孔明一緒にするなや

699名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:49:13.05ID:NlZhxUKi0
>>576
これがない中国の書物で邪馬台国が侵略併合されてるのはどうすんだ

700名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:49:29.48ID:lfhORKpZO
>>697

倭人とツングース系を一緒にしてるからな弥生人

701名無しさん@1周年2020/01/06(月) 22:53:10.99ID:7iviU6wO0
>>656
桃の重要性ワロタ

702名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:07:56.93ID:4khjU0Rs0
>>697
とにかく日本独自の弥生系の遺伝子が誕生したのは5000年以上前だから
弥生系の人(弥生人と同じ遺伝子を持つ人)が日本に来たのは5000年以上前だね

703名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:09:05.68ID:4khjU0Rs0
>>701
知識がない人って可哀想

704名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:13:49.15ID:vdBDy+mR0
>>682
とんでもありません

漢の地方官だった公孫氏が黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立

238年に魏によって滅亡させられるまで、後漢になりかわり、「漢委奴国王」との交易を独占した

むしろ「漢委奴国王」の九州海神国筑紫城政権は、公孫氏により急激に大陸化し、経済的にも急発展した

そんな公孫氏が魏によって滅亡させられて【始めて朝貢できた】のが「親魏倭王」です

705名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:14:26.31ID:vdBDy+mR0
>>703
知識がないのはおまえだよ(笑)

706名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:14:40.16ID:yRAoldkI0
日本の戦国時代の重要人物が隣国で知られてないって一つのニュースかな。

707名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:16:57.36ID:vdBDy+mR0
つまり九州説者は

大国の「漢委奴国王」の遺跡や出土品を
村長レベルの「親魏倭王」の遺跡や出土品だと

【なんの根拠もなく】
【勝手に言い張っているだけ】

今の朝鮮人そっくり(笑)

708名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:20:42.62ID:gInsS2/50
>>1

邪と卑は勝手に誰かが付けたんだよ

709名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:22:29.28ID:KjnnjlPo0
>>702
デタラメを言うなよw

710名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:23:39.08ID:6YCfXUr10
>>685
中国人が詳しいのは室町時代だろう。
一休さん好きだからなw

711名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:24:40.99ID:lfhORKpZO
あーあ、土人に続いて朝鮮人ワードを使いだしたかw

毎回、畿内派なんだよなコレさ
この印象操作を使えば味方が増えると思ってんだなw

自滅ワードなんだけどw

712名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:25:35.23ID:yRAoldkI0
>>710
サンクス

713名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:28:19.00ID:vdBDy+mR0
2世紀の筑紫は「漢委奴国王」の全盛期

後漢の地方官だった公孫度が遼東地方に樹立した半独立政権「帯方郡」の指揮下に入り

倭国でブイブイ言わせておりました

糸島市の三雲・井原遺跡や
佐賀の吉野ヶ里遺跡
九州の鉄器や硯、鏡などの出土品



「漢委奴国王」の倭奴国の遺跡・出土品です

714名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:31:04.36ID:jFRYO4se0
畿内派ガーと発狂するならまず最近の考古学論文くらい読まないとダメだろw

715名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:34:14.54ID:vdBDy+mR0
>>711
大国の国王クラスの「漢委奴国王」
田舎の村長レベルの「親魏倭王」

反論ある?

716名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:36:55.65ID:lfhORKpZO
>>715

その女村長は九州の伊都国の雇われ店長なんじゃないの?

717名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:48:43.68ID:6YCfXUr10
邪や卑が悪い字かいうと一概には言えないんだからな。鬼にしても畏怖の意味がある。
強いていえば神と同義なんだからな。
黄泉も元々は神であり、道教でも神扱い。
古代史を考察する上では大事な話だ。

同じ事はホト、女性器にもいえるからな。
蛇は男性器だしハセも本来実は同義。

718名無しさん@1周年2020/01/06(月) 23:49:36.46ID:4WGHbBde0
>>713

漢委奴國王印も金銀錯嵌珠龍文鉄鏡も九州から出てきたんだよね?

2世紀の筑紫って、魏志倭人伝ではどこに出てきますか?

719名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:18:32.31ID:dlc4MmZs0
2世紀の筑紫は「漢委奴国王」の全盛期

後漢の地方官だった公孫度が遼東地方に樹立した半独立政権「帯方郡」の指揮下に入り

倭国でブイブイ言わせておりました

糸島市の三雲・井原遺跡や
佐賀の吉野ヶ里遺跡
九州の鉄器や硯、鏡などの出土品



「漢委奴国王」の倭奴国の遺跡・出土品なんです
【親魏倭王の遺跡や出土品では無い】のです

なので知識がある人たちは

国立歴史民俗博物館

Q3.邪馬台国はどこにあったのですか?

Answer 大多数の考古学者は大和説です
http://www.rekihaku.ac.jp/contact/faq01.html#c

720名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:22:29.18ID:dlc4MmZs0
>>718
倭国王として「漢委奴国王」の称号を与えた後漢は、25年 - 220年の約200年間
57年からでも、約170年間、「漢委奴国王」の後ろ楯となり、大陸と交易させた

後漢の後は

地方官だった公孫氏が黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立

238年に魏によって滅亡させられるまで、後漢になりかわり、「漢委奴国王」との交易を独占

むしろ「漢委奴国王」の九州海神国筑紫城政権は、公孫氏により急激に大陸化し、経済的にも急発展した

漢委奴國王印も金銀錯嵌珠龍文鉄鏡も九州から出てきて当然です

721名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:24:32.54ID:NOQW6otd0
>>720
帥升さんも九州出身ですかね?

722名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:29:02.62ID:qKaHrWgt0
資料が少ないのは大和王朝が破棄したから
なら対立勢力、九州だな

723名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:30:50.01ID:87vLKExz0
>>720
それで、九州海神国筑紫城政権はどこの文献に出てくるのですか?
時代がおかしいと思いますが

724名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:33:03.09ID:NOQW6otd0
焚書はたくさんしたでしょうね。

日本書記に載せられないことの方が多かったんじゃないでしょうか?
八世紀の大和朝廷にとって不都合な事実ね。

725名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:34:07.53ID:bPhTvlDd0
>>694
だから畿内なんて寄せ集めの土地は豊臣秀吉に舐められるんだ!
しかも大坂城を築城したのはいいが大坂には長居するつもりは無く
中国を武力統一して寧波(現在の浙江省)に豊臣政権を移し
豊臣秀吉は中国に大坂城を上回る寧波城を築城し移すつもりだったのは情けない

726名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:48:25.82ID:NOCa/bAn0
九州説論者はまず学会をひっくり返すことからやらないといけないから大変だな
東大もずいぶん前に九州説だと言われるには迷惑だと怒ってたし

727名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:49:25.36ID:87vLKExz0
国立歴史民俗博物館

Q3.邪馬台国はどこにあったのですか?

Answer 
なお、しいて「どちらか」というなら私は大和説で、卑弥呼の使いの時の年号を書いた「三角縁神獣鏡」が近畿を中心に出土していることなどからです。
大多数の考古学者は大和説です。

今更「三角縁神獣鏡」を根拠にするとかだいぶ古い人だなw

728名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:55:16.96ID:A7fuquWx0
>>709
正確には8000年以上前だった。
科学的には弥生系の遺伝子が日本で増えたのは8000年以上前で確定してる。

・日本のO1b2保有者の約8割で見られるO1b2a-47zというサブグループは、おおよそ8,000年前に発生した。
・満州や朝鮮、インドネシアで多く見られるO1b2-M176(x47z)というサブグループとはそれ以上昔に血筋がわかれているということになる

729名無しさん@1周年2020/01/07(火) 00:58:29.37ID:A7fuquWx0
わかりやすく言うと
弥生系の日本人と中国・朝鮮の歴史はまったく関係がないということ
8000年以上前だからね

730名無しさん@1周年2020/01/07(火) 01:14:12.23ID:LDlJitdK0
天照大神を卑弥呼と表記しただけだろ

731名無しさん@1周年2020/01/07(火) 02:03:29.32ID:NOCa/bAn0
元寇の時代ですら中国からすると日本=北部九州という感じだったらしい
まぁ交易にしろ国交にしろ筑紫止まりでその先にはあまり行かなかったようなので当然か

732名無しさん@1周年2020/01/07(火) 02:35:47.49ID:39avDj470
卑弥呼と邪馬台国はマレー系の海洋民族で古モンゴロイドだろな
近畿にあった後のヤマト王権の勢力に駆逐されて南九州から琉球へ追いやられたと見てる

733名無しさん@1周年2020/01/07(火) 02:41:10.82ID:WRMyIUsR0
魏には当時海上を抑える手段が乏しかったので、海を渡れる倭を同盟に欲しがったのは理にかなってる

734名無しさん@1周年2020/01/07(火) 04:05:32.20ID:447srqO40
>>733
そんなにもちあげると照れるよ
金印なんて琉球もベトナムもフィリピンも行けばだれでももらえるものなのに

735名無しさん@1周年2020/01/07(火) 05:48:33.79ID:T+lpVKSv0
中国人が振った邪馬台国って字を、日本人側がどうやってヤマタイコクと呼んだのか疑問すぎる
ジャバダイコクだろ素直に読んだら。ジャパンて音に似てるよね。

736名無しさん@1周年2020/01/07(火) 07:02:32.43ID:Bwy4H3Iw0
>>732
卑弥呼や邪馬台国は九州北部のインド・チャイニーズ系海人族。
中国から朝鮮半島を経由し、玄界灘を渡ってきた集団。

インドネシア系海人族が、俗に南方系海人族と呼ばれる。
彼らは縄文時代に黒潮に乗って沖縄、鹿児島経由で渡ってきた集団。
九州南部、四国、三重、愛知と言った、太平洋側に分布。

隼人のルーツであり、彼らが1世紀には九州北部まで勢力を伸ばし後漢に朝貢した倭奴国。
倭奴国は倭の極南にあったと言う後漢書の記述と一致する。

彼らからいつの時代かに東に向かった集団が、後のヤマト王権となる。
記紀の記述とも合致する。

邪馬台国は倭奴国の末裔である狗奴国によって再統一され、あるものは本当に逃げ、またあるものはそのまま土着化した。

737名無しさん@1周年2020/01/07(火) 07:10:12.61ID:HjOj9lHA0
>>727
うわぁ…国立民族博物館の見解がこれなんだ
このスレにも前から学者の大半は畿内説だからと強がっている奴が粘着しているけど
いざ根拠を聞くとこんな今ではありえない事が根拠なんだな

738名無しさん@1周年2020/01/07(火) 07:12:38.83ID:AaEUImkL0
>>728
こんな最新の成果があるのははじめてしった。
これはすごい。

739名無しさん@1周年2020/01/07(火) 07:30:00.00ID:skh3spz50
>>735
邪馬台は現代の北京語でヤマトゥと発音するらしい。ネット上に普通にある情報。
ヤマタイという読みは大和王朝と区別するためにそう読んでるだけ。区別の必要がなければヤマトと読む。

740名無しさん@1周年2020/01/07(火) 07:55:40.57ID:sk+iZkr20
>>728
まあ、縄文時代に朝鮮半島で既に北方民族や韓民族と縄文人との混血は起こってて、
それが弥生時代に日本列島に渡って来てたとは思うから、
8000年以上前の大陸人の遺伝子も混じってるとは思うけど、
その論文か報告書はネットで閲覧できるの?
リンク貼れる?

741名無しさん@1周年2020/01/07(火) 08:02:08.57ID:UYTZo7b30
>>737
あり得もしない景初四年
枚数も多く国内産説が有力で
四世紀の古墳から出土

おかしいよなw

742名無しさん@1周年2020/01/07(火) 08:16:25.82ID:lTPs8Leh0
>>739
せめて当時の読み方に沿って上古語で考えてみては?

743名無しさん@1周年2020/01/07(火) 08:33:59.15ID:NOCa/bAn0
>>737
お前が最近の論文全然読んでない馬鹿だということはよくわかったw

744名無しさん@1周年2020/01/07(火) 10:12:09.24ID:1gv1ZNrG0
>>741
何もおかしくないだろw
三世紀末から出土してるし。
それに国内産が大量に作れるならそれはむしろ
より有力な物証になるだろw
しかも紋様は神仙思想=鬼道そのものだし。

745名無しさん@1周年2020/01/07(火) 10:38:44.98ID:ddg34WcX0
>>723
日本の記紀と中国の史書

九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城 天之御中主神
九州 海神国 筑紫城 高御産巣日神
九州 海神国 筑紫城 神産巣日神
九州 海神国 筑紫城 宇摩志阿斯訶備比古遅神
九州 海神国 筑紫城 天之常立神
九州 海神国 筑紫城 国之常立神
九州 海神国 筑紫城 豊雲野神
九州 海神国 筑紫城 宇比邇神・須比智邇神
九州 海神国 筑紫城 角杙神・活杙神
九州 海神国 筑紫城 意富斗能地神・ 大斗乃弁神
九州 海神国 筑紫城 淤母陀琉神 ・阿夜訶志古泥神
九州 海神国 筑紫城 伊邪那岐神・伊邪那美神
九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命

これが、後漢(25年 - 220年)から57年に漢委奴国王に任じられた古代九州【倭奴国】で、
長い間、呉と密かに通じていた公孫氏の支配下にあり、公孫氏とともに倭の大国に成長した

公孫氏を疎ましく思う魏は、そんな古代九州【倭奴国】を、漢に続いて倭王にはしたくなかった

そんなとき、魏が公孫氏を滅ぼし、対馬や朝鮮半島で公孫氏の影響が排除されると

おなじころに、大国主の出雲葦原中国を武力併合した、天照大神の高天原(奈良)邪馬台国が、出雲から対馬に渡り、魏に朝貢してきたわけで

古代九州【倭奴国】を、漢に続いて倭王にしたくなかった魏には、渡りに船とばかりに、、天照大神の高天原(奈良)邪馬台国を「親魏倭王」とした

746名無しさん@1周年2020/01/07(火) 10:39:54.83ID:xbVg8HAS0
鏡に関して言えば、中国鏡であることが明らかな鏡の出土分布を見ると、
後漢、魏、西晋鏡は北部九州、東晋鏡は大和でハッキリ別れている。
大和の北部九州進出は東晋時代前後と見て間違いないだろう。
巻向のみなさんは、畿内説など無駄なことは考えずに、
発掘に邁進してほしいものだ。

747名無しさん@1周年2020/01/07(火) 10:46:01.62ID:ddg34WcX0
でもまぁ、そんな魏の思惑とは裏腹に、日本国内的には

出雲葦原中国を武力併合した高天原(奈良)邪馬台国は、魏の都合で240年に「親魏倭王」に任じられたものの

ポッと出の新興国の、出雲葦原中国を武力併合した高天原(奈良)邪馬台国と
200年近く、漢委奴国王として君臨してきた、先進国の九州 海神国 筑紫城の

力の差は歴然で

200年近く漢委奴国王として君臨してきた九州 海神国 筑紫城の、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命は、四人の息子たちを奈良の邪馬台国に派兵

「親魏倭王」に任じられた高天原(奈良)邪馬台国は、
200年近く漢委奴国王として君臨してきた九州 海神国 筑紫城政権に武力制圧されてしまい、

四番目の息子の神武が、天津日高日子の皇子「天皇」という称号で統治した

・・・というわけだ

748名無しさん@1周年2020/01/07(火) 10:51:34.05ID:DSSQj6CT0
>>746
ソース出してね
考古学者が唱えてないそんな出土分布があるとネット掲示板に書いただけで納得する人はいない

749名無しさん@1周年2020/01/07(火) 10:52:08.76ID:ddg34WcX0
>>746
別に、北部九州からじゃないと朝鮮半島に渡れない訳ではありません
古代出雲も大陸から渡来人が行き来しており、

海流の関係を考えるとむしろ、対馬から海流を突っ切ることができずに
山陰の海岸線にたどり着くほうが

北部九州にたどり着くより古いんです

750名無しさん@1周年2020/01/07(火) 10:58:15.93ID:ddg34WcX0
結局だ、九州説の根拠は

北部九州からじゃないと朝鮮半島に渡れない

という何の根拠も無い妄想なんだよね

751名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:05:26.13ID:BMrcHXA00
>>750
いや、普通に魏志倭人伝や記紀を読むと邪馬台国や大和朝廷の
元は九州にあったと考えたほうが理解しやすいと。

752名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:08:36.10ID:1gv1ZNrG0
>>751
ただの妄想だろ、九州説だと理解しやすいのは知識が足りないだけの話。

753名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:11:25.99ID:xbVg8HAS0

754名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:12:25.69ID:BMrcHXA00
>>388
その日巫女ってのはどの文献に出てくるの?

755名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:13:10.48ID:xbVg8HAS0
>>749
それで?
大陸のものがそのルートで入ってきてないんじゃ意味ネーだろwww
アタマ大丈夫かな??

756名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:14:48.03ID:ddg34WcX0
奈良へは対馬から、山陰(山口県萩〜島根県〜鳥取県米子)あたりに上陸するのが、近くて楽なので

帯方郡ー韓国

− 海を渡る1000余里− 対馬國
− 海を渡る1000余里− 一大国(見島)
− 海を渡る1000余里− 末廬国(石見国美濃・島根県益田付近)

アマテラスに奈良を追い出されたスサノオが、新羅に渡り帰ってきたのもこのルートだし

スサノオの娘と結婚した大国主が、出雲を「葦原中国」にまて発展させることに協力した渡来人「スクナビコナ」や「大物主」が
朝鮮からやってきて、朝鮮に帰ったのもこのルート

邪馬台国=奈良 でも全く問題ない

むしろ

卑弥呼が240年に、魏(220年 - 265年)から「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる直前の238年まで

朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州 の黄金ルートは
黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏と
後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り倭国王となった古代九州【倭奴国】九州海神国筑紫城政権が
ガッツリ独占していたので

邪馬台国=奈良 じゃないとおかしいのだ

757名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:18:12.60ID:DSSQj6CT0
>>753
やっぱり邪馬台国の怪www
ド素人の同好会だぞ
インチキはとっくにばれてる

758名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:20:29.22ID:sk+iZkr20
>>749
プロに依頼しないで自力で渡ろうとすれば、そうなるだろうな。

759名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:21:43.30ID:xbVg8HAS0
中国鏡の出土の時代変化、
外来土器の出土状況、
鉄器の出土状況、
棺埋葬文化圏と槨埋葬文化圏の状況、
ありとあらゆる考古学的物証が畿内説を完全否定している。
畿内説は相当前に終わった話だから、
悪あがきは止めて、発掘に専念していただきたいものだよ。

760名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:22:04.51ID:sk+iZkr20
>>750
少なくとも九州から渡った方が簡単だな。

761名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:22:31.40ID:1gv1ZNrG0
大陸、半島から対馬、北部九州、中国地方から河内へというルートなら既に弥生前期から中期の時点で確立されてるだろw
貨泉や鏡の出土ルートでみる限り実証済み。

河内なんて水銀朱を正確に量る分銅まで出土してるからな。これらの意味を理解出来ない奴が九州説なんてボケた事を妄想する。

しかも水田跡も弥生時代前期で既に葛城山麓が
当時日本最大なんだからな。

762名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:23:32.14ID:xbVg8HAS0
>>757
考古学的な物証は、オマエの中傷では
覆しようがないのだよ、わかりますか?

763名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:25:06.01ID:gBctr1lU0
捏造鏡が根拠の畿内説カワイソウ

764名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:25:41.04ID:xbVg8HAS0
別に、出雲からでも渡ればいいんだよ。
その渡った結果として、魏や西晋の鏡が取れてないんだから、
だからどうしたの??意味ないじゃん、っていう話。

765名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:26:17.32ID:pk6Ecxk80
ほんまに女なん?
土人で女が上に立つとか考えられんのやが

766名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:26:50.07ID:gBctr1lU0
エリザベスもエカテリーナも女

767名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:28:09.69ID:pk6Ecxk80
>>766
土人ちがうやろ

768名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:30:15.36ID:gBctr1lU0
畿内説の捏造魏鏡はさすがに恥ずかしくて根拠から外したと思ってたがそうでもないようだね
まあ他に証拠がゼロでは捏造コピーも貴重なのかw

769名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:30:36.42ID:1gv1ZNrG0
多紐細文鏡の日本出土地
 多鈕細文鏡(紀元前5〜紀元前2世紀)は九州・山口、近畿地方などで確認されている。

朝鮮半島から蒙古・中国東北地方を中心に数多く発見され、日本ではこれまでに佐賀・福岡・長崎・山口・大阪・奈良・長野での出土例報告がある。
中でも信貴山大県遺跡周辺の物が日本最大で、葛城地方の物は、日本唯一銅鐸と一緒に見つかっているなが有名。

770名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:30:46.79ID:ddg34WcX0
>>755
それで?

邪馬台国が何年存続したと思ってんだよ(笑)
240年に「親魏倭王」になってから、249年までの数年間で死んでしまい
「魏」自体も、 265年にはなくなっちまう

大陸のものが大量に邪馬台国に入って来るわけがねーんだよ

アタマ大丈夫かな??

771名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:33:12.40ID:gBctr1lU0
捏造魏鏡を教科書に載せちゃった畿内説が哀れでならない
もう教科書からは削除したのかな

772名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:39:08.06ID:gBctr1lU0
捏造魏鏡がとても嬉しいようで数百枚も作って部下にばら撒いたんだっけ
本当に下賜されたなら畿内王権がそんなことするかな

773名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:40:15.10ID:XgpkDU2m0
面白いブログの記事みつけたので一部を抜粋
====
 3月7日放送のNHK番組「三国志の真相」で、黄巾の乱(西暦184年−205年)は
暴徒の乱とされているが、地球規模の異常気象による飢餓が原因なのではない
かと解説していた。その異常気象の原因は、ニュージーランド北島の超巨大火山
「タウポ火山」の大噴火により、空を覆う噴煙(噴煙高度50km)が地球規模に
拡大したからと云う。

 紀元前206年から400年以上続いた漢(前漢と後漢)は、飢饉による反乱と北
方民族の侵入で衰退し、魏・蜀・呉の三国時代に入っていく。

 また、日本地理学会もこのタウポ火山の大噴火による冷夏凶作と倭国乱の関
りについて発表している。その一部を抜粋すると、

 『中国史書によれば2世紀末に倭国に「乱」があり、それを契機に卑弥呼が
国王に共立されたという。結論を先にすると「倭国乱」は冷夏による2年続きの
飢饉で起きた社会不安と食を求める民衆の流浪が実態であり、戦乱ではない。

 冷夏の原因はタウポ火山の大噴火である。非農業人口が多く稲作依存率が
高い地方(弥生時代の先進地域、すなわち九州北部)ほど冷夏飢饉の影響は
深刻だったはずである。

 私見ですが、西暦181年は初代神武天皇が生まれた年です。タウポ火山帯の
大噴火によって異常気象が発生、大気汚染による人々の健康被害や死亡、数
年続く農産物の不作・飢餓などにより、日本列島だけでなく広範囲に大混乱が
起きたと考えられる。

 饒速日が西暦185年頃に新天地を求めて宇佐から大和国へ大部隊で東遷、
纒向(まきむく)を都にした。神武天皇も204年に遠賀川を出発、211年に
大和国橿原で即位。

 その後、270年頃に倭国の女王臺與も大和国へ東遷、同行したミマキイリヒコ
が10代崇神天皇として全国を制覇し、弥生時代から古墳時代へ入っていく。
====

774名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:42:13.94ID:xbVg8HAS0
あと、鉄器に関して言うと、
武器として魏志倭人伝に明記してある矛と鉄鏃な。
コレが大和からは一切出てこない。
ありとあらゆる考古学的な物証が、
畿内説を完全否定している。
巻向で発掘に携わっている人たちは分かっていると思うんで、
オレタチはそういう人たちが何の偏見もなく、
出土品に向き合えるように、
世論を盛り上げていきたい。

775名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:42:18.30ID:nGjrMv+h0
>>770
邪馬台国から人を派遣したのは魏の時代と晋の時代だよ
>
景初2年6月(238年)に女王は大夫の難升米と次使の都市牛利を帯方郡に派遣して天子に拝謁することを願い出た。
帯方太守の劉夏は彼らを都に送り、使者は男の生口(奴隷)4人と女の生口6人、それに班布2匹2丈を献じた。
12月、皇帝はこれを歓び、女王を親魏倭王と為し、金印紫綬を授け、銅鏡100枚を含む莫大な下賜品を与え、難升米を率善中郎将と為し、牛利を率善校尉と為した。
景初3年1月1日に12月8日から病床についていた(『三国志』裴注引用 習鑿歯『漢晋春秋』)魏の皇帝である明帝(曹叡)が死去。斉王が次の皇帝となった。
正始元年(240年)に帯方太守弓遵は建中校尉梯儁らを詔書と印綬を持って倭国に派遣し、倭王の位を仮授して下賜品を与えた。
正始4年(243年)に女王は再び魏に使者として大夫伊聲耆、掖邪狗らを送り、奴隷と布を献上。皇帝(斉王)は掖邪狗らを率善中郎将と為した。
正始6年(245年)、皇帝(斉王)は、帯方郡を通じて難升米に黄幢(黄色い旗さし)を下賜するよう詔した。しかし同年からの濊との戦いに続く韓との戦いにおいて、太守弓遵は戦死しているため、実行されていない。
正始8年(247年)、新太守の王(斤+頁)が着任する。女王は載斯烏越を使者として派遣して狗奴国との戦いを報告した。太守は塞曹掾史張政らを倭国に派遣したが、この派遣は同年の倭の報告によるものではなく、正始6年の詔によるもの。
女王位についた壹與(正始8年の派遣の時点で既に女王が壹與である可能性がある)は掖邪狗ら20人に張政の帰還を送らせ、
掖邪狗らはそのまま都に向かい男女の生口30人と白珠5000孔、青大句珠2枚、異文の雑錦20匹を貢いだ。
また、『日本書紀』の「神功紀」は、晋武帝泰初2年(泰始2年(266年)の誤り)の『晋起居注』(現存しない)に泰初2年10月、倭の女王が通訳を重ねて貢献したとの記述があるとしている。
現存する『晋書』武帝紀には、泰始2年11月、倭人が朝貢したという記事があり、
四夷伝には泰始の初めに倭人が通訳を重ねて朝貢したともあるので(女王とは書かれていないが)、
この女王は壹與と考えられている。
魏に代って成立した晋の皇帝(武帝)に朝貢したものと考えられる。

776名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:42:39.21ID:gBctr1lU0
火山異変で天候不順なとき奈良盆地にいたら凍死するんじゃね

777名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:43:01.83ID:XgpkDU2m0
ブログを参考につらつら考えてみるに

 タウポ火山噴火→飢饉→反乱→後漢の権威失墜→漢委奴国王の権威失墜
→倭国大乱(飢饉+権威失墜)→漢委奴国王の敗北→新天地を求めて東遷
(近畿ヤマト)

 一方、空白地帯となった北部九州ではシャーマンを女王に共立して太陽信仰
で新しい国づくりを始めた
(九州邪馬台)

 九州邪馬台の卑弥呼の死後、近畿の漢委奴国王勢力が吉備あたりから女児
をつれてきて傀儡にしたてあげ九州邪馬台を背乗り、近畿ヤマト(台与)爆誕

 旧邪馬台国連盟のうち北部九州の弥生系の国々は統合して筑紫国になって
近畿ヤマト連合に参加、九州中部の縄文系の国々(邪馬台国)は近畿ヤマトに
服属せず土蜘蛛として近畿ヤマトに討伐された

778名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:45:30.43ID:XgpkDU2m0
>>776
間引くという考え方もできる
北部九州では大勢の食糧生産が間に合わないが
大きな勢力のいない奈良の山奥では移動した人数分の食糧生産が足りたかもしれない

779名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:45:53.71ID:RPhfyWcy0
>>751
出たよ理由なき願望w

780名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:45:54.00ID:1gv1ZNrG0
河内、亀井遺跡その文明・文化の高さ。
1981年に大阪府八尾市にある亀井遺跡で出土した弥生時代前期末(約2400年前)の石製品11点が、天秤用の分銅とみられるとの事だ。

分銅は長さ3〜8センチ、直径1〜4.5センチの円柱形で、全体が丁寧に研磨されている。
最軽量は8.7グラム、他17.6グラム、34.5グラム等、最軽量の2、4、8、16倍となる値に近い。最重量は、32倍の280グラム。

つまり量を計るための単位を持っていたということで、紀元前200年頃、秦の始皇帝は天下統一に際して文字と計測単位の統一を計るのだが「度量衡」とは長さの度、容積の量、重さの衡を総称した文言。秦の始皇帝の頃の一単位の重さは16.14グラム。
河内で発掘された単位は、その約半分ぐらいの大きさが一単位になる。
弥生時代前期末というとこの秦の始皇帝よりも古い、中国では周の時代の話だからな。
この時代に2の累乗の重りを作っていたことには驚異的。
最重量のものが32倍、つまり2の5乗であるわけですから、0乗の1と合わせて6個の分銅ということになる。
つまりこの6個で1から32迄の全ての数が計れることになるからな。
11点あったということはおそらく2セットあったのではないかと思う。

781名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:46:48.49ID:gBctr1lU0
鉄鏃は奈良盆地からも3個ぐらい出たんだっけw

教科書によると奈良盆地は鉄の時代に入ったのは4世紀以降だね
西日本では相当遅れた地域だわな

782名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:47:22.80ID:RPhfyWcy0
>>765
男尊女卑になったのは江戸時代からやで

783名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:51:14.60ID:ddg34WcX0
>>758
何にも知らねーのな

のちに、大陸と大和政権の航海を一手に引き受ける
宗像氏の祖先は、出雲6代主王の息子、吾田片隅(アタカタス)です


朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州 の黄金ルートを独占していた
後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り倭国王となった古代九州【倭奴国】九州海神国筑紫城政権と、大陸の航海を一手に引き受けていたのは阿曇氏で
九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)が祖先です

784名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:51:53.86ID:nGjrMv+h0
>>727
まあそら、そこから大きな進展してないし。
史料学的にはどうやっても九州なんだけど、物証>史料ってのが考古学の基本だからね?
それ考えたらヤマト王権がヤマト朝廷の前身で、ヤマト朝廷が奈良にあるのは確実だから奈良近畿が有力って考えるのは自然といえば自然

問題は日本書紀の記述における神武東征をどうするかって話なんで。
日本書紀より紀元前667年が神武東征とすると、
その後卑弥呼が魏に使いを送ったことがすっぽり抜けてしまう
神武の前に送ったとすればありえなくもないが、
そうなると日本書紀の年代は大幅にいじってないとおかしい

てことになるからね

785名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:51:56.58ID:gBctr1lU0
そもそも鉄は楽浪あたりから輸入してるわけで
経済力がなければ入手できません

三世紀末まで鉄器が僅かな畿内とはつまりそういうことですww

786名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:52:30.07ID:DSSQj6CT0
>>762
中国の考古学者が魏晋鏡として列挙した鏡の種類は、同時に後漢鏡でもあるんだよ
後漢鏡か魏晋鏡かは、個々の鏡の紋様から判断しなければならない
考古学者が後漢鏡と判断したものを名称が魏晋鏡だからという口実で
九州出土の後漢鏡を魏晋鏡だということにしてるだけ
詐欺師がやるのと同じインチキ

787名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:54:26.10ID:gBctr1lU0
国内生産の魏鏡の畿内ってすごいね
なければ作ってしまえ
いやはや感服ですわw

788名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:54:32.28ID:nGjrMv+h0
>>786
百済観音も百済じゃなかったしね
よくあるよくある

789名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:55:04.26ID:1gv1ZNrG0
亀井遺跡から出土した天秤用の分銅で何を計測していたのかというと、先端に残っていたのが水銀朱、つまり丹。
弥生時代前期の時点でグラム単位で計測する必要があるほど貴重品だったのが水銀朱だね。

しかも場所は河内平野、この近所で貨泉も出土している事から弥生時代前期の拠点だったのは確実な話。鏡も信貴山に最大級の物があるから
対大陸と畿内の交流はこの時代から。

邪馬台国なんてこれより数百年後の話だぞw

790名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:56:52.09ID:gBctr1lU0
三世紀から出れば良かったのにねぇ
三世紀奈良は何もない

791名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:57:39.08ID:nGjrMv+h0
>>787
魏の鏡がどうかつうより、日本人ならみんな神棚に鏡飾ってあるだろ?
あれとして中央政権がある種の正式なお墨付きとしてばらまいただけの可能性がある
これと同じく

> 中国江蘇省無錫市にある春秋戦国時代(紀元前770 - 同221年)の地方国家「越」の貴族墓(紀元前470年頃)から、
日本の弥生時代の銅鐸に形が似た原始的な磁器の鐸が出土している。
日本の銅鐸は、中国大陸を起源とする鈴が朝鮮半島から伝わり独自に発展したというのが定説だが、
発掘調査を担当した南京博物院考古研究所の張所長は、鐸が中国南部の越から日本に直接伝わった可能性があると指摘している。

ちなみに越を中国語で発音するとワ、な?

792名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:58:37.63ID:1gv1ZNrG0
>>784
簡単な話、日本書記では欠史八代としてスルーしてるだろ。
つまりそこが邪馬台国に関連すると見ればいいだけの話。葛城地方も弥生時代前期の最大級水田が見つかっただろ。

793名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:58:46.31ID:ddg34WcX0
>>775
そんだけの短期間しかねーんだから、
邪馬台国が大陸から受け取った物・・・どころか
邪馬台国の遺跡ですら、見つかるのは奇跡的

北九州みたいにホイホイ出てくるのはあり得ない

だから

国立歴史民俗博物館

Q3.邪馬台国はどこにあったのですか?

Answer 大多数の考古学者は大和説です
http://www.rekihaku.ac.jp/contact/faq01.html#c

794名無しさん@1周年2020/01/07(火) 11:59:12.16ID:nGjrMv+h0
>>789
河内平野って近畿の?
じゃ縄文海進終わるまでは海の底だったとこだね

弥生時代以降まで集落の遺跡ないよ

795名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:00:27.02ID:gBctr1lU0
歴博はそろそろなんちゃって魏鏡を根拠にするのやめたらいいんじゃね

796名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:00:54.11ID:XgpkDU2m0
>>789
>朱丹を身体に塗り、中国の白粉を用いるが如きである。
そんな貴重な丹を白粉みたいに用いるとかちょっと考えにくいな

797名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:01:56.36ID:nGjrMv+h0
>>792
だと思ってるよ、俺は。
でもそうなると神武東征で奈良に落ち着けた後、
欠史八代に女王卑弥呼があって、そのあとに壱与になる
そうすると二代の女性天皇がないといけない

要するに神武東征の時代をだれかがいじったペテンなんだよ
国譲りも出雲で勝負しようって言った後に諏訪で決着つけてたりするしな
当時どんだけ離れてたんだか

798名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:03:54.06ID:1gv1ZNrG0
邪馬台国の同人誌の怪の連中は河内の貨泉や水銀朱を量る分銅の話はスルーなんだよなw

まあ弥生時代前期の時点で畿内の方が文化が高かったら具合悪いしね。

799名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:04:00.20ID:nGjrMv+h0
>>796
おかしくない
歌舞伎役者の白塗りあるだろ?あれ水銀化合物だぞ

【白粉の種類】
 その原料から白粉を見ると、
・米粉などの穀物から造られる「植物性の白粉」と
・鉛を酢で蒸し水にさらして固めた鉛系のハフニ(鉛白)や水銀系のハラヤ(軽粉)といったの白粉」
の二種類に大きく分けられます。
江戸時代の庶民に使われていた「鉛白粉」は、水銀白粉(軽粉)より、のび・つきが良く、安価だったので広く一般に愛用されました。

800名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:04:29.07ID:MuCTdAGU0
>>796
水銀は毒になるから倭人が身体に塗ってた朱丹は酸化鉄のベンガラだろうな
卑弥呼の死因は魏から貰った水銀朱を使ったことによるものだろうな。

801名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:06:27.64ID:P0wGVlf00
ウガヤフキアエズは、仮に天孫族であっても傍流。(茅葺きも出来ないという名からは
「貧しい板葺き」というだけの名前)
また、誰が主催で組織された軍団かも不明な五瀬命の集団は、せいぜい中隊規模だろうと
考えられている。200人は超えない程度。そうでなければあちこちで各人宜しく屯田し、
また日下辺りの急峻な坂をこっそり登るのも大人数では不可能で、またその後ばれて長
脛彦に大敗し、船で逃亡して南紀から熊野古道を北上し、ようやく得たのが桜井の辺地。
ここまでの小戦闘でオリジナルメンバーは2〜30人程度まで減っていると推定される。

これは「遷都」でもなく、九州勢力乾坤の大軍団でも無い。ただの武装植民団である。
武具が優勢なのと、戦闘慣れしているため、この厳しいルートでようやく「うまし国」
にたどり着いたが、すでに大族物部も先行してこの地の王長脛彦と結んでおり、また
後の崇神朝との血統関係も不明である。

長脛彦の勢力の規模も分からないが、ニギハヤヒの軍団が千を超えるオーダーの部隊を
持ってきたとも考えにくい。五瀬軍団も当初から戦闘になったわけで無いことから、
ニギハヤヒ一行も、武器や宝物の供与などにより平和裏に同盟を組んだのだろう。物部
の記録でもそううかがえる。倭国大乱や、狗奴国との戦い、更に半島へのコミットや
三国の脅威など、差し迫った危機がいくつもある中で、政治軍事的空白を作るほどの
大軍団をする余裕は無かっただろう。
あるいは他の天孫族の東行からも、それほどの大軍団は必要なく植民地化している。
その背後に、畿内説の自称学者共が言うような巨大な中央政権などあるわけがない。
あれば各地の天孫族の作戦ももっと系統的に連動せざるを得ないだろう。五瀬軍団
のような行き当たりばったりでは勝てるはずが無い。
実際神武の最終決戦の相手も長脛彦であって、巨大大和王権では無いし、では神武が
すぐに大和1国をすぐに切り従えていったかと言えば、ノーである。崇神朝で大和と
その周辺への拡大というところ。基本的に、文献上の年代を無視しており、畿内説は
言葉通り是非邪馬台国は無視して貰いたい。どれだけ多くのものを歪めてしまってい
るのかいい加減い付けよな馬鹿。
こんな時期から「大和王権が九州の地方豪族に鏡を与えた」などと気持ち悪いことを
ほざく学会とか学者って、自称なの?

802名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:06:50.26ID:bD2h9RwL0
週刊SPAのゴーマニズム宣言で、卑弥呼は天照だって説が今連載されてるけど、納得いったな。

俺も、天照じゃないのとは思ってたけど。
神話の時代の天皇を実在として、実在した天皇から逆に計算すると、神武天皇の五代前の天照が卑弥呼の生きた時代と重なるそうだ。

803名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:07:22.87ID:1gv1ZNrG0
>>796
分銅は紀元前、しかも始皇帝より古い、ら邪馬台国は三世紀の話だw
不老不死の噂の元になったのかもよ?

紀伊半島周辺では水銀朱の精製跡が点在してるよ。まさに丹を使う海人だねw

804名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:08:16.32ID:nGjrMv+h0
>>780
それはズレてる
秦の始皇帝のやったのは「度量衡の統一」であって、
それまでに度量衡計測がなかったわけではまるでない
清楚秦燕漢魏趙のそれぞれで違っただけの話で当然それ以前に分銅は各国で統一されてるよ
じゃないと租税計測できねえじゃん
枡と分銅、秤は人類の基本
紀元前7000年前のバビロニアにだってある

805名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:08:50.57ID:nGjrMv+h0
>>802
大問題ある
アマテラスは最初、「男」だ

806名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:09:54.24ID:MuCTdAGU0
>>785
鉄を九州に抑えられている状態では畿内は九州に従属するしかない
鉄が国産化されるまでは畿内の大頭はないな
つまりはそういうことですね。

807名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:10:35.88ID:1gv1ZNrG0
>>800
まだそんなバカを晒すようなネタをw
水銀の毒性が認識されるのはずっと後の話。

そもそも最近でも赤ちんとして使用されていた位だぞw

808名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:11:04.24ID:bD2h9RwL0
>>805
なんだと。
ゲイだったのか。

809名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:11:23.42ID:RPhfyWcy0
>>790
古墳ありますが
畿内に王朝があってそれが現在の天皇家

810名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:12:35.11ID:1gv1ZNrG0
>>804
たが河内平野で水銀朱、丹を計測していた事実にかわりはないからな。
しかも河内辺りは正に当時海岸線も近いから倭の海人。

811名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:12:42.25ID:MuCTdAGU0
>>807
毒性を認識してなかったから毒にならないと言いたいのw

812名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:14:48.23ID:MuCTdAGU0
>>807
消毒薬として水銀が使われたんだな
赤チンは傷口に塗る程度で口の中には入らないから。

813名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:15:33.28ID:7MumsLbf0
日の巫女に「卑しい」という漢字をあてたり
ヤマの国に「邪なる馬」なんてひどい漢字あてたり
中華思想からくる東夷への見下しっぷりが半端無いよな。

814名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:15:50.21ID:XgpkDU2m0
>>803
海から上がるたびに海水で落ちた丹を身体中に塗りたくる倭人か

815名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:16:37.49ID:nGjrMv+h0
>>810
秤と天秤はある
そこで水銀朱が天秤に残ってたのも事実だろう

で?
ってことでそこで止まるんだけどな
なにせ推古ですら神丹、水銀飲んでるし、神社の朱塗りは水銀だし、
奈良の大仏も水銀蒸着法で金箔つけてんだから、
あって当たり前だろ?

816名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:17:17.47ID:RPhfyWcy0
ヤマト王朝は畿内で確定してるそれが現在の日本である
九州説なら畿内ヤマト王朝に侵略制圧され同化した事になる
これを理解してない奴が九州信者には多い

817名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:17:34.98ID:1gv1ZNrG0
>>811
そもそも朱丹という文言はベンガラと水銀朱を総称したものだろう。
ベンガラは代赭という名前からも代用だからな。朱は赤い塗料だが丹は仙薬。

818名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:18:55.66ID:Yo7SFePN0
>>816
お前の妄想なんか知らんがな

819名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:18:57.54ID:xbVg8HAS0
>>786
判断してあるだろ。
いい加減にしろ。

820名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:19:05.56ID:bD2h9RwL0
>>813
ほんと、その通り。
卑弥呼は、日の巫女だよな。
邪馬台国は大和の国だろうし。

ベトナムあたりを南蛮とか、あえて、変な漢字を当てて、他国や地域を貶めるのは当時の中国の常とう手段。
そういう風に考えりゃ、元は日の巫女、つまり太陽神を拝む女性。
天照かなと思える。

821名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:19:21.83ID:2x9Lpk2C0
畿内大和王朝が九州邪馬台国と狗奴国を併合していったんやろ

822名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:19:28.55ID:gBctr1lU0
貴重品の水銀を塗りたくる畿内三世紀人かあり得ないな
安いベンガラ塗ってた海人九州人ですわ

823名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:19:56.35ID:d+kFxrjK0
横だが>>674
中国文化で桃が重要アイテムになったのって、道教成立以降だぞ
道教の前身の五斗米道に関しては三国志に記載があるけど、その中で桃の話とかないから

824名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:20:09.02ID:MuCTdAGU0
>>809
関西の古墳はくしつ皇室の先祖のものではない
大和政権に滅ぼされた先住の豪族のもの。

825名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:20:23.59ID:nGjrMv+h0
>>808
天照大神男神説 編集
神道において、陰陽二元論が日本書紀の国産みにも語られており、
伊弉諾尊を陽神(をかみ)、伊弉冉尊を陰神(めかみ)と呼び、男神は陽で、女神は陰となされている。
太陽は陽で、月は陰であり、太陽神である天照大神は、男神であったとされる説である。
この組み合わせはギリシャ神話でも同じで、太陽神のアポロと月神のアルテミスは兄妹神の組合せで生まれている。

平安時代、『寛治四年十一月四日伊勢奉幣使記』で伊勢神宮に奉納する天照大神の装束一式がほとんど男性用の衣装であって、
江戸時代の伊勢外宮の神官度会延経はこれを典拠にして、『左経記』の宇佐への女子用装束と比較して、
「之ヲ見レバ、天照大神ハ実ハ男神ノコト明ラカナリ」と記している。(『内宮男体考証』『国学弁疑』)。
また、『山槐記』永暦二年(1161)四月廿二日条、『兵範記』仁安四年(1169)正月廿六日条にも内宮に男子装束が奉納された記事がある。

京都祇園祭の岩戸山の御神体は伊弉諾命・手力男命・天照大神であるが、いずれも男性の姿である。
天照大神の像は「眉目秀麗の美男子で白蜀江花菱綾織袴で浅沓を穿く。直径十二センチ程の円鏡を頸にかけ笏を持つ。」と岩戸山町で伝えられるとおりの姿である。
江戸時代、円空は男神として天照大神の塑像を制作している。
江戸時代に流行した鯰絵には天照大神が男神として描かれているものがある。
京丹後市久美浜町布袋野(ほたいの)の三番叟(さんばそう)に登場する翁は天照大神を表すとされ、振袖を着てカツラを装着し、かんざしを挿して金色の烏帽子を被る姿である。
また、藤原不比等が女性が天皇に即位できるように記紀を作り替えたとも言われる。

江戸時代には荻生徂徠、山片蟠桃などを筆頭に天照大御神の男神説が数多く主張されており、
明治移行も津田左右吉や松前健、楠戸義昭、武光誠、筑紫申真、溝口睦子、宝賀寿男などに男神説が見られる。

ただし前述のように現在では国学時代に主流となった女神説が一般的であり、伊勢神宮を始め各神社でも女神としている。
また、現代語訳本や漫画においても女神として描かれることが主流である。

なお、日本国内の諸説から離れて比較神話学の立場から見た場合、世界的に太陽神は男神よりも女神とされることが多かったという指摘もある。
詳細は「太陽神」の項目を参照のこと。
太陽女神(あるいは、女神とされることもある太陽神)の例としては、ソール、サウレ、シャマシュ、シャプシュ、マリナ、羲和、トカプチュプカムイなどがある。

一方日本神話をギリシャ神話やローマ神話と同じ性格の「神話」・「虚構」と位置づけることに反対し、
上古東アジアの神話、習俗、祭祀の事情から男神であったとする説もある。
例として天日槍命関係の伝承に見るように、朝鮮半島では日光により感精し卵から始祖が誕生する卵生神話が存在し、
これは大陸北方起源の卵生神話と環太平洋南方起源の日光感精神話の融合であり、
日光感精によれば太陽が男神であると示しているとされる。
そのため日本の太陽神も男性神と見る者もいる。
実際に天照大神以外に太陽神の神格を持つ神々の中には男性神がいる(サルタヒコなど)。
日本では卵生神話はシベリア方面の北方民族と関わりがあったアイヌの神話の中に見られ、
日光感精神話はアイヌや奄美などの南西地域で見られるが日本神話中ではどちらも見当たらない。
福永光司は著作『「馬」の文化と「船」の文化』で、中国北方の「馬」の文化では太陽を男性とみなし、
南方の「呉越・越の海岸地区」の「船」の文化では太陽が女性として信仰され、
沖縄の『おもろ』の創世神話では太陽神は女性とされていたと主張する。

『姓氏録』などの記録において、女性を始祖とする氏族が一つも記載されていないことも、
天照大御神が女神たりえなかった根拠とする見方がある。

826名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:20:53.99ID:ddg34WcX0
九州海神国筑紫城政権:古代九州【倭奴国】
構成:九州全土の国々
王:天之御中主神

日本最初の政権で、全ての政権の祖
後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り倭国王となる

12世孫に伊邪那岐神と伊邪那美神
13世孫に大綿津見神(豊玉彦)
14世孫に天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)がおり

15世孫の天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命の四人の息子が東征し
第4皇子の神武が天津日高日子の皇子、つまり天皇と名乗り

武力制圧した「高天原政権」古代奈良【邪馬台国】と「出雲政権」古代出雲【葦原中国】を
九州海神国筑紫城政権の植民地として支配する

827名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:21:11.47ID:RPhfyWcy0
>>818
考古学と中国の書物でだよ
別に畿内説しかないと思ってないよ倭人と大和王朝が別の可能性は十分ある

828名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:21:28.01ID:nGjrMv+h0
>>820
んじゃ
亜米利加を米取れないけど米の国ってしてる国、どう思う?
別の国だと美国って書くんだけど

829名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:22:22.36ID:1gv1ZNrG0
>>815
河内平野で見つかったのは紀元前の話だろw
つまり邪馬台国の三世紀以前から、畿内勢力は
相応の国があったという事だ。
勿論大陸との交流が紀元前からあった事になるし、邪馬台国が都になる絶対条件を満たす事になる。
この時代で最大級の水田跡も畿内なんだしなw

830名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:22:32.22ID:iNQ+nA4l0
>>816
卑弥呼の時代で既に九州北部は一大卒(太宰府の前身?)に統治されていたらしいので同意

831名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:23:06.42ID:RPhfyWcy0
>>824
へえじゃあ天皇家が入れ替わってるのか?

832名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:24:36.93ID:bD2h9RwL0
>>828
亜米利加って文字がアメリカを貶めてる表現じゃないだろ。
表意文字の漢字で表音文字として単に音を現してるだけ。

833名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:25:08.17ID:nGjrMv+h0
>>829
だから紀元前は海の底だってばよ
【古代/邪馬台国】鬼道で邪馬台国を統一 古代の女王「卑弥呼」の正体とは?呉と蜀を牽制するための「親魏」という破格の高位の称号★3 ->画像>6枚

仁徳の治水事業の前は影も形もねえぞ

834名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:25:09.61ID:MuCTdAGU0
>>830
魏志倭人伝は一大率は女王国の北の諸国に置かれたとある
畿内は九州よりも南にあるのかよw

835名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:26:50.03ID:nGjrMv+h0
>>832
つまり米の国とか意味をなさないってわかる?
邪馬台国と似た言葉で耶馬渓ってあるの知ってる?
頼山陽が名付けてるんだけど。

これ卑語じゃねえの、べつに

836名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:27:24.53ID:yMjrYk3V0
「親魏倭王」って、今で言えば「親中政治家」みたいな呼び名だね。

837名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:28:59.32ID:ddg34WcX0
高天原政権:古代奈良【邪馬台国】
構成:紀伊半島を中心に、西は大阪から東は長野までの複数の国々
王:天照大神(卑弥呼)

九州海神国筑紫城の伊邪那岐神と、伊邪那美神ではない誰かとの間に産まれた一番目の子、天照大神(卑弥呼)を女王とし

大国主に古代出雲【葦原中国】の国譲りを迫り、出雲政権を植民地としたのちに、出雲から大陸に朝貢

魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる

しかし、100年以上倭国王であった、九州海神国筑紫城政権:古代九州【倭奴国】の猛反発に直面し

わずか数十年で

天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命の第4皇子の神武により
九州海神国筑紫城政権:古代九州【倭奴国】の植民地にされてしまう

838名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:29:25.06ID:1gv1ZNrG0
>>833
出土している遺跡位確認すればw

現在の大和路線より南側や近畿自動車道辺りに
遺跡が存在する。

839名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:29:50.18ID:bD2h9RwL0
>>835
大和国が邪馬台国だとして、表現しなおす理由がどこにあるんだよ。

Americaはアルファベットだから、日本語の中に表現しにくくて、亜米利加にしてるわけじゃん。

840名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:29:59.82ID:J4EraRNm0
要するに、弥生時代 「邪馬台国」なる「国?」を作り、「卑弥呼なる女王」をもうけたのは、「朝鮮からの渡来人たち」であったと推測される。

841名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:32:09.11ID:1gv1ZNrG0
>>840
全く逆、半島へ渡る倭人が半島南部に国を作っていた時代だよ。

842名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:32:24.31ID:MuCTdAGU0
>>833
仁徳天皇が治水工事をしたされてたけど
地質調査で自然に流れが変わったものと判明してたよ。

843名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:33:19.42ID:3UiDwzGo0
厨二みたいな文章書きやがって
なろうの設定か?

844名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:33:35.88ID:nGjrMv+h0
>>839
そら音を聞いたからだろ?
ヤマトなんだから邪馬臺って書いたわけ。
カスティーリャって聞いてカステラ、
コンピートって聞いて金平糖、
カルタって聞いて加留多だぞ?

845名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:34:26.97ID:MuCTdAGU0
>>840
朝鮮半島南部には元々縄文系の人々が住んでたんだよ
渡来系としても朝鮮半島南部で倭人が生まれて日本列島に渡って来たんだ。

846名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:34:59.11ID:nGjrMv+h0
>>842
そんなの江戸時代の関東平野だって同じだけどね
んで、河内平野は5世紀まで影も形もなかったのは理解できた?
つまり邪馬台国の時代には確実に海の底ね?
河内平野以外の天秤持ってきてから水銀輸出の話してね

847名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:36:25.97ID:1gv1ZNrG0
弥生時代前期の遺跡の集中していた場所辺りが後々物部氏が拠点とする場所になるからな。

実際弥生時代前期の遺跡の上にも少し新しい遺跡が存在する。つまり河内南部、今の数メートル下にまだ遺跡があるのは判っている。

848名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:37:35.22ID:nGjrMv+h0
>>841
逆とも言えない
要するに
「朝鮮半島南部から北九州にかけて、倭人の国があったよ」が正しい
んで当時は朝鮮半島南部のほうが先進国ね?当たり前だけど。
漢字を教えにきたのも朝鮮人の王仁。
水車を教えにきたのも朝鮮人の曇徴。
これは天皇家公式の日本書紀に書いてあること。

ウガヤフキアエズから神武東征が本当なら、倭人の分家がヤマト王権

849名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:38:52.68ID:d+kFxrjK0
>>739
>邪馬台は現代の北京語でヤマトゥと発音するらしい。
そこがもうおかしいよね。当時中国で使われてたのは、
上古音。ちなみにwikiの記載も間違ってる。

850名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:39:08.32ID:nGjrMv+h0
>>847
ブツブツ言い始めると終わりだな

【古代/邪馬台国】鬼道で邪馬台国を統一 古代の女王「卑弥呼」の正体とは?呉と蜀を牽制するための「親魏」という破格の高位の称号★3 ->画像>6枚

851名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:39:14.34ID:1gv1ZNrG0
>>846
意味不明だぞ。
やはり邪馬台国の怪は天秤が余程具合悪いんだなw
そもそも河内平野の範疇を理解してないだろ。
地理から根本的にやり直しだな。
それに最大級の水田跡が葛城地方なのはスルーか?

852名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:40:05.50ID:+1Fj+HM90
>>816
いやいや九州説はそっちの考えが多いでしょ
ヤマト政権とは別の地方政権があったってだけ

まあ呉の末裔名乗ってるう以上そもそも日本人だったかどうかも怪しいけどね

853名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:40:07.54ID:Xn03i85a0
>>845
今の朝鮮人は倭人の血が入ってるんだな
兄弟じゃんw

854名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:40:14.11ID:bD2h9RwL0
>>844
なに言ってんだよ、同じ漢字を使う地域だろ。
始皇帝の遣いの徐福が、その400年も前に日本に来てんだから、
とっくに当時の中国文化と同じものがあったはずだよ。

855名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:40:46.37ID:nGjrMv+h0
>>849
ちなみに邪馬臺国をヤマタイと読んだのが新井白石。
清国の人間の協力で読んでる
上古音での分析もされてるが、概ねヤマタイまたはヤマトゥから大きく外れてはいないよ

856名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:41:09.51ID:ddg34WcX0
出雲政権:古代出雲【葦原中国】
構成:島根県東部から鳥取県西部の複数の国々
王:大国主

九州海神国筑紫城の伊邪那岐神と伊邪那美神から産まれた、13番目の子の大山津見神の6世孫、大国主を王としており

九州海神国筑紫城の伊邪那岐神と、伊邪那美神ではない誰かとの間に産まれた天照大神や建速須佐之男命より格式高い

建速須佐之男命の娘の須勢理毘売命と結婚し、少名毘古那神、大物主神と国造りを完成させたが

奈良から海を渡り大陸に朝貢したい、高天原政権:古代奈良【邪馬台国】の天照大神から国譲りを迫られて武力制圧されてしまい

天照大神の孫のニニギ(邇邇芸)により
高天原政権:古代奈良【邪馬台国】の植民地として統治され

そののちに、高天原政権:古代奈良【邪馬台国】とともに

天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命の第4皇子の神武により
九州海神国筑紫城政権:古代九州【倭奴国】の植民地として統治される

857名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:42:23.10ID:Xn03i85a0
韓国語と日本語も同じ意味同じ発音の言葉いっぱい
兄弟兄弟

858名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:42:27.40ID:+1Fj+HM90
>>813
日巫女なんてそれこそ現代視点からのこじ付けだって事に気づこうね

859名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:42:52.81ID:1gv1ZNrG0
>>850
やはり地理しらないだろw
弥生時代前期の弥生遺跡、亀井遺跡等は丁度大和川と書かれている陸地辺りになる。
つまり海人の拠点だぞ。
正に丹を使う倭人がいる場所だな。

860名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:44:10.98ID:nGjrMv+h0
>>854
同じ漢字じゃないが。
これわかる?

【古代/邪馬台国】鬼道で邪馬台国を統一 古代の女王「卑弥呼」の正体とは?呉と蜀を牽制するための「親魏」という破格の高位の称号★3 ->画像>6枚

861名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:44:24.08ID:7Ukhz1Nd0
卑 いやしく
弥 ひろがる
呼 よびな

862名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:47:31.68ID:nGjrMv+h0
>>859
お前は地質を知らない
ここからわかるのは三重で取れた水銀を、難波津で引き上げて水銀を国内輸入してたってことだけだぞ
それも紀元600年前後に。

丹生鉱山(にうこうざん)は、
三重県多気郡多気町にあった水銀鉱山である。
丹生水銀鉱山、丹生丹坑、丹生水銀山ともいう。

歴史 編集
縄文時代から丹生鉱山とその近辺で辰砂の採掘が行われていた。
丹生鉱山に隣接する池ノ谷・新徒寺・天白遺跡からは、粉砕した辰砂を利用した縄文土器が発掘されており、
辰砂原石や辰砂の粉砕用に利用したと見られる石臼も発見されている。
さらに、40か所以上に及ぶ採取坑跡が付近から発見されており、
辰砂の色彩を利用した土器製造と辰砂の採掘・加工が行われていた。

863名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:48:56.44ID:MuCTdAGU0
>>848
王仁は朝鮮を経由して来たけど中国人だろ
既にそれ以前から漢字は使われていたようなので漢字を体系的に伝えたのかな?
水車も朝鮮には近代まで無かったので曇徴も朝鮮を経由して来た中国人だと考えられるな。

864名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:50:29.83ID:nGjrMv+h0
>>859
さらにいじめてあげよう
ほら、713年には水銀産出が伊勢国、三重県の丹生鉱山に限られてることが日本書紀からわかる
つまり、難波、河内平野は「水銀の産地」などではなく、
むしろ「水銀を輸入するほどの枯渇地域」であると言えるわけ

古代 編集
7世紀末、『続日本紀』の文武天皇2年(698年)9月28日の条であり、
常陸国・備前国・伊予国・日向国、そして伊勢から朱砂(辰砂)が献上されている。
とくに、伊勢国の場合は、朱砂とともに雄黄(石黄)が献上されている。
雄黄は有毒なヒ素鉱物ではあるが、当時は貴重な薬品として流通していた。
丹生鉱山の大きな特徴として副産物の石黄の産出が多いことがあり、
現在のところ、このとき献上された伊勢産の水銀は丹生産の物であったと考えられている。
713年(和銅6年)には、伊勢国のみから朱砂が献上されている。

865名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:54:17.49ID:OQeiZ2gIO
>>90
卑弥呼は敗者側で、その支持者たちも徐々に東北に逃れて行ったんじゃないの?
いまだに、東北にイタコ商売やるオバチャンたちが居るし

866名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:54:22.22ID:MuCTdAGU0
>>864
魏志倭人伝には魏から水銀朱を倭が貰った事が書いてある
中国産の水銀朱が出土する所が邪馬台国なんだよ。

867名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:54:37.73ID:htoOIPLk0
魏志倭人伝に「暦を知らない」と書かれてるのに、天皇の年齢を基に推測するのが間違い

868名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:55:07.61ID:nGjrMv+h0
>>863
まず、王仁は中国人だが朝鮮に渡来してそこで骨を埋めてるから帰化した中国人ね
んで王仁が持ち込んでからこれを辞書ならびにお手本として朝廷が全国に漢字を普及させたので、
明らかに朝鮮経由です。
てか王仁リスペクトしまくりなんで、日本書紀。

次にバカは騙されるんだけど、朝鮮になかったのは水車じゃなくて揚水水車なんで、
いわゆる日本の原風景の単純水車なんぞ朝鮮にもあるよ
ところで朝鮮が目で見ただけでパクろうとした淀川揚水水車は故障が多くて20個の桶のうち3個しか使えない
使うと壊れる
そらこんなもん再現できるわきゃないわな

んで曇徴が中国人だとしてなんなの?
歴史ねつ造しないとホルホルできないのか?今の日本人
まあネトウヨは日本人かっていうと問題あるけどね
氏神神社ねえし

869名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:56:11.11ID:nGjrMv+h0
>>866
なるほど
では難波の秤に付着した丹が中国産の魏の時代の水銀であると明確に判定された論文をよろしく
ソース頼むわ

870名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:56:41.67ID:gBctr1lU0
畿内説は頑張りなよ
捏造魏鏡じゃ恥ずかしいゾ

871名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:57:08.77ID:GOcz8pbS0
いやそもそも当時の日本人は中国に渡れる船持ってなかったから関係ないやろ

872名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:58:02.78ID:nGjrMv+h0
>>865
そんなら沖縄、鹿児島のユタもそうだけど。
カールゴッチもシャーマンスープレックス使ってたぞ

873名無しさん@1周年2020/01/07(火) 12:59:03.71ID:MuCTdAGU0
>>868
単純水車って何w

874名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:00:37.44ID:MuCTdAGU0
>>869
中国産の水銀朱が出土するのは北部九州ですよ。

875名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:01:54.33ID:lX7XERDS0
邪馬台国は大和朝廷に滅ぼされたという意見をよく見るね
東遷説は九州説の中では下火なんかな

1 畿内の勢力が独自に邪馬台国を築き大和朝廷となった
2 卑弥呼前に九州から東遷した
3 卑弥呼後に九州から東遷した
4 九州の邪馬台国は後に大和朝廷に滅ぼされた

寺澤氏とか「共立」を強調してるけど、ほぼ2の立場やん
だとしたら3の線もかなり有力だと思うんだけどね

876名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:04:24.72ID:ddg34WcX0
>>867
魏志倭人伝に「暦を知らない」と書かれてる

しかし

古代九州は、後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り、
100年以上、朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州 の黄金ルートを使用して、倭国王として大陸との交易を独占

卑弥呼が魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる直前には
黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏の植民地として大発展しているので

古代九州が「暦を知らない」わけがない

つまり

古代九州は邪馬台国では無い

877名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:05:20.04ID:MuCTdAGU0
>>871
公孫氏と頻繫に往来してたから中国に渡れる船くらいは持ってたでしょ。

878名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:07:20.43ID:gBctr1lU0
もしも中国に渡れる船が無いのならそもそも鉄の輸入は無理ちゃうか
実際には北部九州には山ほど鉄器があったわけで

879名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:07:40.85ID:ddg34WcX0
魏志倭人伝に「文字がない」と書かれてる

しかし古代九州は、

後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り、
100年以上、朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州の黄金ルートを使用して、倭国王として大陸との交易を独占

卑弥呼が魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる直前には
黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏の植民地として大発展しているので

古代九州が「文字がない」わけがない

つまり

古代九州は邪馬台国では無い

880名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:07:52.53ID:MuCTdAGU0
>>875
九州の倭国は7世紀末に大和朝廷に滅ぼされたんだよ。

881名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:09:08.88ID:ddg34WcX0
魏志倭人伝に「馬がいない」と書かれてる

しかし古代九州は、

後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り、
100年以上、朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州の黄金ルートを使用して、倭国王として大陸との交易を独占

卑弥呼が魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる直前には
黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏の植民地として大発展しているので

古代九州に「馬がいない」わけがない

つまり

古代九州は邪馬台国では無い

882名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:11:03.97ID:XgpkDU2m0
代々筑紫城に住んでいた漢委奴国王→東遷→その後近畿ヤマト連合に
一方、空白地帯となった九州では女王を共立して親魏倭王(邪馬台国連盟)に

883名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:11:05.59ID:gBctr1lU0
畿内説はそろそろナンチャッテ魏鏡をゴメンしなよ
いまだに歴博ホムペに載せて恥ずかしくないか

884名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:11:37.83ID:MuCTdAGU0
>>879
魏志倭人伝には「倭人は文字を使っている」と書かれてるよ?
傳送文書賜遺之物詣女王 不得差錯
文書を伝送し授けられた贈り物を女王のもとへ届けるから数の違いや間違いはない。

885名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:11:55.61ID:bD2h9RwL0
>>875
元はやはり、大和の国は九州かな。
徐福が渡ったって来た後、九州は温暖だから、暮らしやすいだろうし。
そのまま、国づくりをした。
だが丁度、卑弥呼の時代あたりにヤマトタケルが九州を制圧して東征した伝説があるように、
出雲の国は元々、関西にあって、ヤマトタケルの軍がそこを制圧して、出てけと今の出雲に追いやった。
関西に都を移して、そこを大和の国と定めた。
統一国家として考えるから答えが出ないんで、色んな国に分かれていた。
日ユ同祖論で、イスラエルから来たって説もあるし。
そんなストーリーじゃねえの。

886名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:13:18.63ID:gBctr1lU0
頭のちょっとおかしい畿内説に丁寧に指摘してあげる
やはり九州説は紳士が多い

887名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:14:17.33ID:ddg34WcX0
魏志倭人伝では、末廬国に上陸後、伊都国まで行く道は
「草木が盛んに茂り、行く時、前の人が(草木に隠されて)見えない」と書かれてる

しかし古代九州は、

後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り、
100年以上、朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州の黄金ルートを使用して、倭国王として大陸との交易を独占

卑弥呼が魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる直前には
黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏の植民地として大発展している

古代九州の首都に至る主要街道が「草木が盛んに茂り、行く時、前の人が(草木に隠されて)見えない」わけがない

つまり

古代九州は邪馬台国では無い

888名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:14:17.79ID:MuCTdAGU0
>>876
魏志倭人伝に「暦を知らない」なんて書いてないだろ?

889名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:15:40.36ID:gBctr1lU0
畿内説がついに頭のおかしいコピペを始めたか
いつもの卑弥呼スレとはいえ畿内説哀れなり

890名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:16:31.17ID:d+kFxrjK0
>>881
>公孫氏の植民地として大発展しているので
それ、ソースは?
そもそも漢末は「土地は山ほど余っているが、耕す人・
守る人がいない」という状況だったから、ただでさえ
人口が少ない公孫氏がわざわざ海外植民地をほしがる
理由がないんだが。
それと、公孫氏の版図が遼東地方だった時期は結構
短いぞ。

891名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:17:18.77ID:87vLKExz0
>>745
だからその資料を示してっていってんだろ
お前の偏った解釈なんてどうでもいいから

892名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:19:15.30ID:MuCTdAGU0
>>887
山と海すれすれに沿って住んでいる。・・・呼子付近の風景
草木が盛んに茂り、行く時、前の人が(草木に隠されて)見えない。・・・東松浦半島内の風景
魚やアワビを捕ることが好きで、水の深浅にかかわらず、みな、水に潜ってこれを取っている。・・・二丈付近の風景

今でもこの付近の風景は変わらないな。

893名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:20:25.49ID:ddg34WcX0
>>888
結局だ

古代九州は、

後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り、
100年以上、朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州の黄金ルートを使用して、倭国王として大陸との交易を独占

卑弥呼が魏(220年 - 265年)から240年に「親魏倭王」の称号を賜り倭国王となる直前には
黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏の植民地として大発展している

という現実を付きつけられると、九州説者は急に邪馬台国を近代化するのよね、脳内で(笑)

894名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:22:07.45ID:xbVg8HAS0
いわゆる邪馬台国の時代、庄内式土器の時代だが、
銅矛は既に奴国では祭祀の道具に変化していた訳で、
北部九州では、鉄の矛が出現して、
武器として使用されだした事が分かっている。
一方の大和は鉄の矛はおろか、銅矛すら僅かしか出土しない。
畿内説はもう終わった事なんだよ。

895名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:22:14.87ID:gBctr1lU0
完全に頭のおかしくなっちゃった畿内説がスレで大暴れ
いつもの卑弥呼スレですなあ、可哀想だ

896名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:22:27.30ID:q4OS399f0
>>886
とてもあなたは紳士に見えないが

897名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:22:55.80ID:1gv1ZNrG0
>>864
本当に何も知らない奴だな、というよりアホだろ。
河内は水銀の産出地ではく搬出拠点だぞw
産出場所位大和川の上流にある宇陀や吉野に決まってるだろ。
また伊勢から紀伊半島を回って海運、河内辺りで計測するんだよ。
本当に地理や交易ルートを何も理解してないんだなw

898名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:23:11.77ID:8ng0n5oY0
呉相手に牽制になるのは分かる。海に面した広東だもの。
けど山奥の蜀相手に牽制になるか?

899名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:23:49.21ID:X641dUvz0
議論というより知識を披露する場になっとる(´・ω・`)

900名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:23:57.69ID:UYTZo7b30
そもそも畿内に魏がなぜ鏡を贈るの?
当時畿内勢力は九州を平定してないのに
半島に近い九州へ贈るのが普通だろ

901名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:24:04.98ID:ddg34WcX0
>>891
おまえ知らないのか?

北宋(960年 - 1127年)『新唐書』1060年
【日本伝】
日本は古の倭奴である。
京師から一万四千里、新羅の東南にあたり、海中の島に在って居る。
東西には五カ月の行程、南北には三カ月の行程。国に城郭がなく、連ねた逆木で柵落と為し、草で屋根を茨く。
左右に小島が五十余り、皆、自ら国と名付けて、これに臣下が付随している。本率を一人置き、諸部を検察させている。 
そこの俗は女が多く男が少なく、文字があり、浮屠の法(仏教の教え)を尊ぶ。その官には十有二等である。

王姓は阿毎氏、自ら言うには、初めの主は天御中主と号し、彦瀲に至り、およそ三十二世、皆が「尊」を号として、筑紫城に居住する

彦瀲の子の神武が立ち、改めて「天皇」を号とし、大和州に移って統治する。

902名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:24:05.56ID:RHhDXGwS0
諸葛亮が死んだ5年後に、卑弥呼の使いが魏にやってきたと覚えるとよい。

903名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:24:23.17ID:BslfKcp30
>>893
>黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏の植民地として大発展している

この説の元になる資料は何?

904名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:25:11.65ID:d+kFxrjK0
>>898
演義はともかく、正史の世界では魏にとって蜀が脅威だったことなんてせいぜい2、3年

905名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:27:03.38ID:q4OS399f0
九州だけの小国にこんな好待遇するとは思えんが
軍の規模くらい流石に調べてるだろうし九州だけの軍勢で牽制になるとはとても思えん

906名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:28:07.67ID:q4OS399f0
>>900
平定してたんじゃね

907名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:28:37.23ID:RHhDXGwS0
別に破格の好待遇ってわけでもないだろ。
ベトナムあたりの国と同じ扱いなんだからよ。

遠い国だからちょっと親切にしてやっただけだ

908名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:29:43.65ID:ddg34WcX0
日本の記紀では

九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城 天之御中主神
九州 海神国 筑紫城 高御産巣日神
九州 海神国 筑紫城 神産巣日神
九州 海神国 筑紫城 宇摩志阿斯訶備比古遅神
九州 海神国 筑紫城 天之常立神
九州 海神国 筑紫城 国之常立神
九州 海神国 筑紫城 豊雲野神
九州 海神国 筑紫城 宇比邇神・須比智邇神
九州 海神国 筑紫城 角杙神・活杙神
九州 海神国 筑紫城 意富斗能地神・ 大斗乃弁神
九州 海神国 筑紫城 淤母陀琉神 ・阿夜訶志古泥神
九州 海神国 筑紫城 伊邪那岐神・伊邪那美神
九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子穂穂手見命(山幸彦)
九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(彦瀲)

そして

九州 海神国 筑紫城 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(彦瀲)の子、第4皇子が神武

つまりこれが

後漢(25年 - 220年)から57年に漢委奴国王に任じられた古代九州【倭奴国】で、
長い間、呉と密かに通じていた公孫氏の支配下にあり、公孫氏とともに倭の大国に成長した

909名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:29:58.76ID:1gv1ZNrG0
>>875
むしろ3は伊都の男王が畿内の邪馬台国の主導権を握っただけの話だな。どちらにせよ邪馬台国は元々ヤマトにかわりはない。

九州説なんて邪馬台国説では一番可能性がないんだからな。考古学の世界で九州説なんて皆無だといい加減理解しよう。
倭人伝を邪馬台国伝だと曲解釈してるだけで。
現状では無理がありすぎるんだよw

910名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:31:28.83ID:q4OS399f0
>>907
この称号が贈られたのは日本とインドの王の二人だけって書いてるじゃん
なんで1も読まずそんな適当な事を言うのかね

911名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:31:40.78ID:8ng0n5oY0
>>904
だよねえ。関羽独走で荊州失ったのが大きい。あれがターニングポイントだった。
蜀相手に日本の力必要ないよ。呉相手なら裏から付ける役に立つかもとは思うけど。

912名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:32:00.48ID:niw/g9F60
>>727
こんなのを支持しちゃう大多数の考古学者っていったい・・・

913名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:32:29.04ID:lTPs8Leh0
>>901
それ遣唐使の坊主が出典とは言われてるが、新唐書なんて唐が滅びて150年後に書かれたもので実在したのかどうかもわからんよ?

914名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:33:10.76ID:1gv1ZNrG0
>>900
簡単だろ不老不死の薬だと言われた丹、水銀朱があるからだが。
現に三世紀末の奈良盆地の巨大古墳から水銀朱と鏡が大量に出るようになる。
鏡と水銀朱とは神仙思想、鬼道では必需品だから。

915名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:34:18.71ID:ddg34WcX0
>>903
おまえ、脳みそが、ゲシュタルト崩壊しとるぞ

出雲ならばいざ知らず、北部九州が
公孫氏が樹立した、遼東地方の半独立政権を通過せず
大陸と交易できると思うのか?

916名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:34:40.52ID:UYTZo7b30
>>906
四道将軍やヤマトタケルが否定される

もしくは四道将軍が日本書紀通りに紀元前の話?
それこそありえない
漢委奴国王印が九州出てるのと
北部九州での数々の出土品から考えると
九州に一大勢力があったのは事実

917名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:35:58.44ID:1gv1ZNrG0
>>912
その考古学者の資料を元に根拠だと言い張る九州説っていったいなんなんだw

918名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:36:03.69ID:d+kFxrjK0
>>908
>後漢(25年 - 220年)から57年に漢委奴国王に任じられた古代九州【倭奴国】で、
>長い間、呉と密かに通じていた公孫氏の支配下にあり、公孫氏とともに倭の大国に成長した

公孫氏が海沿いに領地を持ったのは西暦189年以降だ。
公孫氏が勢力として滅亡したのは238年、呉の建国は229年、被っているのはわずか9年。

919名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:36:53.44ID:ddg34WcX0
>>913
よーーーく考えろ

北宋(960年 - 1127年)『新唐書』1060年

日本は何時代でしょうか(笑)

920名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:36:56.97ID:sk+iZkr20
>>853
どうやらそれは古代までの話だったんじゃないかということに近年なってる。

921名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:37:50.99ID:d+kFxrjK0
横だが>>915
少なくとも日本の稲はDNAで、江東から入ってきたものだというのがわかっているな

922名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:38:24.21ID:q4OS399f0
>>916
だからその勢力も大和政権に参加してたんじゃねって
江戸時代でも各地区に藩があったようにヤマト幕府の配下の九州藩だったと

923名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:38:29.57ID:BslfKcp30
九州でも畿内のどちらでもいいのだが、仮に畿内に邪馬台国が存在したとして魏の使者である張政はどうやって行ったのだろうか?
出雲、吉備、四国の勢力と障害があったと思うのだが

>>915
結局、資料無しの妄想がソースね
交易と植民地の区別がつかない悪い頭で気の毒に思う

924名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:39:20.50ID:ub0yJolh0
ヒミコって男じゃね?
イモコだって男だろ

925名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:40:25.22ID:ddg34WcX0
>>918
>>903
おまえ、脳みそが、ゲシュタルト崩壊しとるぞ

公孫氏が滅ぼされた原因はなんだ?

遼東地方に半独立政権を樹立して
中国の皇帝に歯向かうほどの権力を持ったから

だぞ?

出雲ならばいざ知らず、北部九州が
公孫氏が樹立した、遼東地方の半独立政権を通過せず
大陸と交易できると思うのか?

926名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:41:04.59ID:q4OS399f0
>>921
大昔の船だと日本海の海流に流されるため日本に渡るには半島からでは不可能で大陸から流されて
いかないと駄目だと聞いた

927名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:41:27.41ID:d+kFxrjK0
>>924
ネタだと思うが一応マジレスすると「女王」と明記されている

928名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:42:15.17ID:O+qDgPcB0
>>853
現在の朝鮮民族と古代朝鮮は民族の連続性がないよ

929名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:42:44.10ID:d+kFxrjK0
>>926
鑑真の時代も南回りの航路の方が一般的だったな、そういえば

930名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:43:24.59ID:t2Z2lIae0
台国ってぐらいだから台湾かタイ国だと思うんだけどなんで日本なのか

931名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:45:01.54ID:1gv1ZNrG0
>>923
その為に北部九州に伊都があり荷や文書のやりとりを行う。大宰府と基本的には同じ。

だから北部九州にある、奴国、伊都が女王国側であり、奴国の南、熊本より南側の国が狗奴国側という図式だろう。

それなら三世紀頃狗奴国側に女王国連合と対立する図式が成立するだろう。

大和朝廷の歴史でも九州南部と対立する図式だからな。

932名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:45:24.25ID:1EM+VFi80
奈良とか九州とか地面掘りまくってみたら答えが出てくるよ

933名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:46:42.62ID:u4wK61EC0
>>7
へー
そも半島にいたのは今のエ便器とは全然関係ない人たちだけどな
どの次元の地球の話?w

934名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:46:50.11ID:gfAf4/k60
マヤ大国

935名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:47:09.59ID:sk+iZkr20
>>880
僕は6世紀併合派かな。
九州はヨーロッパのような小国乱立の状態で
元々王朝と呼べるほど中央集権的な物はなかった。
リーダー格をとっちめて併合したって感じかな。
記録みたいなもんはあとくされのない様、燃やされたとは思うが。

936名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:47:38.33ID:HkZXVLDG0
>>928
現在の主流のモンゴル朝鮮人とは連続が無いが、半島南部に居着いた土着民族には縄文系ルーツもごく少数でいるだろな
倭人勢力は半島の全羅南道は支配してたみたいだし

937名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:47:48.68ID:1EM+VFi80
2代目ヒミコとか3代目ヒミコとか居なかった?

938名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:47:57.22ID:ddg34WcX0
>>923
まず

対馬へは北九州からじゃないと渡れない
対馬からは北九州にしか渡れない
という【九州論の洗脳】

を解きなさい

奈良へは対馬から、山陰(山口県萩〜島根県〜鳥取県米子)あたりに上陸するのが、近くて楽なので

帯方郡ー韓国− 対馬國− 一大国(見島)− 末廬国(石見国美濃・島根県益田付近)

アマテラスに奈良を追い出されたスサノオが、新羅に渡り帰ってきたのもこのルートだし

スサノオの娘と結婚した大国主が、出雲を「葦原中国」にまて発展させることに協力した渡来人「スクナビコナ」や「大物主」が
朝鮮からやってきて、朝鮮に帰ったのもこのルート

対馬へは北九州からじゃないと渡れない
対馬からは北九州にしか渡れない
【わけではない】

そこから

伊都国(出雲)− 奴国(因幡)− 不弥国(摂津住吉)− 投馬国(近江)を経て邪馬壱國(奈良)

邪馬台国=奈良 でも全く問題ない

939名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:47:58.52ID:d+kFxrjK0
>>925
>公孫氏が滅ぼされた原因はなんだ?
>
>遼東地方に半独立政権を樹立して
>中国の皇帝に歯向かうほどの権力を持ったから

董卓の洛陽入りで漢王朝が実質崩壊したのは189年、
つまり公孫氏が遼東入りした年。
歯向かうもなにもw

940名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:48:34.19ID:u4wK61EC0
>>928
言っても無駄だろうよ
ウリナラファンタジーが全てだから

941名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:48:46.07ID:xbVg8HAS0
大和が北部九州を通じて交流が出来た時代は、
中国鏡や鉄器の出土時代から、
おおよそ東晋時代の事と考えられる。
コレは考古学として確定できるレベルの事だ。
畿内説をとってきた自称学者サン達が、
この簡単な結論に至れなかったのは残念だが仕方がない事、
我々はそこの部分は切り捨てて、
次のステップに歩みを進めていきたい。

942名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:50:34.97ID:/NTxxycn0
邪馬台国は群馬だよ
証拠もあるよ
群馬はへんな古墳がいっぱいあるんだよ
みんなの憧れ群馬だよ

943名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:52:35.14ID:d+kFxrjK0
>>942
少なくとも「九州が公孫氏の植民地だった」
という説よりは説得力があるな

944名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:53:50.68ID:sk+iZkr20
>>897
紀伊がよそ者をすんなり通すとは思えないかな。
紀伊半島を回れるようになったのは江戸時代くらいじゃないかと推測するが。

945名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:53:55.65ID:MuCTdAGU0
>>913
遣唐使が何度も行ったり、白村江の戦で戦ったりしてる
阿倍仲麻呂は唐の高官になってる
吉備真備は2度も唐を訪れてる
666年の高宗の泰山での封禅には倭王も出席している
唐の資料の信憑性は高いな。

946名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:54:42.50ID:gBctr1lU0
頭のおかしい畿内説の大暴れをみんなで介護してあげる
九州説は紳士ばかりだわ

947名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:55:35.85ID:ddg34WcX0
>>939
わざとミスリードするなよ(笑)

董卓の洛陽入りで漢王朝が実質崩壊したのは189年
そして公孫氏が遼東入りして遼東地方に半独立政権を樹立

中国の魏(220年 - 265年)の皇帝に歯向かって
中国の魏(220年 - 265年)に滅亡させられる

そして公孫氏とは全く関係がなかった奈良の邪馬台国が
魏(220年 - 265年)に朝貢

公孫氏と濃密な関係を築いていた北九州の「漢委奴国王」
九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城にかわって

奈良の邪馬台国が倭国王となる

948名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:56:31.98ID:MuCTdAGU0
>>935
九州の倭王が白村江の戦で唐の捕虜になり
唐の高祖の封禅にも出席させられてるからな。

949名無しさん@1周年2020/01/07(火) 13:59:02.79ID:1eVq0h8Y0
>>947
それは不自然だ。
公孫氏によって塞がれていた魏への通行ルートが開けたって考える方が自然だろ。

950名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:01:11.75ID:wtZwvcSJ0
>>853
冗談でも止めてくれ嫌すぎる

951名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:02:03.44ID:BMrcHXA00
>>938
見島が「方可三百里」あるとも思えないけど

952名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:04:05.46ID:ddg34WcX0
董卓の洛陽入りで漢王朝が実質崩壊したのは189年
そして公孫氏が遼東入りして遼東地方に半独立政権を樹立

漢王朝が弱体化しているのをこれ幸いとばかりに
北九州の「漢委奴国王」九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城の交易を独占して私腹をこやし
朝鮮半島から対馬、北部九州まで絶大な権力を手中にする

そして

中国の魏(220年 - 265年)の皇帝に歯向かって
中国の魏(220年 - 265年)に滅亡させられて

公孫氏とは全く関係がなかった奈良の邪馬台国が出雲から
魏(220年 - 265年)に朝貢

公孫氏と濃密な関係を築いていた北九州の「漢委奴国王」
九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城にかわって

奈良の邪馬台国が倭国王となる

953名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:07:12.95ID:BMrcHXA00
>>593
応神(仁徳)は5世紀だと思うんだよね

954名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:07:41.58ID:d+kFxrjK0
>>947
皇帝って、魏の話かよw
魏に対しては普通に謀反を起こしたから討伐されたぞ

955名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:08:02.21ID:BslfKcp30
魏書烏丸鮮卑東夷伝倭人条の丹の記述だと徳島県になるし、邪馬台国の根拠となるものは各地に存在するのがな
萩原2号墳が最古の前方後円墳なら、重要拠点となる土地に間違いないだろうけど

956名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:08:32.94ID:gBctr1lU0
畿内説の人、いよいよ壊れて来ちゃったね
畿内説に入れ込むとこうなるんだね

957名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:11:25.37ID:bD2h9RwL0
>>935
そんな風に考えるのがごく自然だよな。
ヨーロッパでも、各地域に王様が居て、王族は親戚同士であるように、九州や日本の各地に豪族の支配する国が沢山あった。
それらが親戚だった。
で、本家と分家があるように、卑弥呼と中国に呼ばれた日の巫女、後の天照が本家で九州に居た。
分家の弟のスサノオの子孫が大国主命で今の瀬戸内海あたりの支配者だった。
一族は列島に散って、各地を支配していた。
が、天照の本家と戦争の結果、スサノオの一族は出雲の国を与えられ、辺境の地に引っ込んだ。
親戚同士だから、殺し合いするのもなんだし、と。
そう考えると日本の歴史にありがちなエピソードそのもののようであるし、
天照の支配するその力の根源はやはり、圧倒的な文明を持つ中国からの伝来だろな。
土着の縄文人を支配するのは簡単だったろ。

958名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:15:43.53ID:a3pRSPOJ0
>>957
文明はもっと昔、徐福の時代にもたらされたんじゃね
技術者や才能のある子供も
連れて来たって言うし文明をもたらすだけで無く子供達にその技を継がせて子々孫々住み着こう
って感じだし徐福は用意周到だなと思った

959名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:16:05.13ID:dlc4MmZs0
>>949
朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州 の黄金ルートは

黄巾の乱以来の混乱に乗じて遼東地方に半独立政権を樹立した公孫氏と

後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り倭国王となった古代九州【倭奴国】九州海神国筑紫城政権が

ガッツリ独占していたので

公孫氏が魏(220年 - 265年)によって滅亡させられるまで

邪馬台国は対馬にすら渡れなかっただろうねぇ

960名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:16:18.28ID:sk+iZkr20
>>938
素人が渡ろうとすりゃ出雲辺りまで流されるんだろうが、
長い丸木舟で5,6人くらいで漕ぎゃ、九州北岸につけるよ。
各島の間を日中に渡りきるくらいのスピード出しゃいいんだよ。

961名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:17:35.30ID:wtZwvcSJ0
>>868
バカでもいいけど当時朝鮮半島はあったが朝鮮人である高麗人はいなかったよ

962名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:17:54.76ID:d+kFxrjK0
>>958
そもそも、徐福が実際に日本に来た可能性は低いだろ

963名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:20:03.06ID:gBctr1lU0
頭のおかしい畿内説が大暴れでスレ消費
本当に医者に行くべき

964名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:23:49.80ID:bD2h9RwL0
>>958
弥生時代って言うと、原始人みたいな粗末な暮らしをイメージするけど、その後の古墳時代や平安時代が始まる歴史を考えると、
そんな暮らしのはずないんだよな。
そこから想像すればわかる。
原始時代の暮らしからいきなり数百年で仁徳天皇凌のような巨大な墳墓が造成できるわけないし、五重塔のような高度な建築が出てくるはずない。
圧倒的な、高度な計算のできる数学を元にする文明がその後、出て来たって所に注目すりゃ、どこから来たのか。
なぜ、支配が進んだのか、分かるじゃん。
徐福の子孫かもしれないし、イスラエルから来たのかもしれない。
卑弥呼と呼ばれた圧倒的な力は、日本オリジナルじゃないはずだよ。

965名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:26:21.47ID:sk+iZkr20
>>948
大和朝廷内における蘇我氏の台頭で一時期九州勢力が勢いを盛り返してたんだとは思うが、
乙巳の変→大化の改新→白村江の戦敗戦で消沈したと思うかな。

966名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:27:29.24ID:wtZwvcSJ0
>>964
土人の祈祷師でしょ

967名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:28:16.55ID:q4OS399f0
>>962
さすがにほぼ間違いなく来てるだろ
日本に伝説が残っててあれだけ中国から旅立った徐福の状況と酷似してるんだから
日本以外のどこに行ったんんだってくらいだわな

968名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:29:02.86ID:1gv1ZNrG0
>>944
移動の制約が出来るのはむしろ交易路が整備されてからろう。
津、松阪辺りが日本で最古の墨書土器が出土するのは交易拠点だからに他ならないからな。
太平洋側、紀伊半島を回ってゆく水路の重要拠点だな。水銀朱も伊勢内陸部は取れるし。

969名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:31:54.36ID:dlc4MmZs0
>>959 つづき

そして魏が、朝鮮半島の公孫氏を滅亡してくれたので
邪馬台国は対馬から朝鮮半島に行けるようにはなったものの

公孫氏と交易をしていた、後漢(25年 - 220年)から57年に「漢委奴国王」称号を賜り倭国王となった古代九州【倭奴国】九州海神国筑紫城政権は存続していて

それどころか

魏に滅亡させられた公孫氏の、遼東地方の半独立政権の残党が大挙して、古代九州【倭奴国】九州海神国筑紫城政権に逃げてきたから

邪馬台国はあいかわらず北部九州には入れない

で邪馬台国は出雲から対馬に渡ったのだ

970名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:32:48.58ID:wtZwvcSJ0
徐福が神武天皇なんでしょ

971名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:33:11.39ID:dlc4MmZs0
>>960
はいはい

のちに、大陸と奈良大和政権の航海を一手に引き受ける
宗像氏の祖先は、出雲6代主王の息子、吾田片隅(アタカタス)です


朝鮮半島 ー 対馬国 ー 一支国(壱岐)− 北部九州 の黄金ルートを、公孫とともに独占していた
「漢委奴国王」古代九州【倭奴国】九州海神国筑紫城政権の航海を一手に引き受けていたのは
阿曇氏で九州 海神国 筑紫城 大綿津見神(豊玉彦)が祖先です

972名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:34:02.36ID:q4OS399f0
>>964
イスラエルはさすがに遠過ぎるし来ててもそれ程大きな影響を与えられる陣容ってのは考えにくいわな
徐福はもう移住して子々孫々住み着くための用意を周到にして来てるし腕利きの各種技術者に
多くの才能ある子供まで連れて来て大きな影響を与えないはずがない感じだし
その後の日本の基礎を築いたのは徐福だと思うわ

973名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:34:10.95ID:sk+iZkr20
>>957
ただ、僕は3世紀に西は出雲・吉備・讃岐・阿波、
東は北陸・東海までの大和政権が誕生してたと思うかな。
ただ、九州がヨーロッパのようだったのに対し、大和政権はロシアのような感じで、
3世紀の国力では九州北部勢力には全くかなわなかったと思ってるかな。

974名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:35:32.21ID:87vLKExz0
>>901
お前が主張する歴史上の人物が全然わからんのだよ

公孫氏と濃密な関係を築いていた北九州の「漢委奴国王」
九州 海神(ワダツミ)国 筑紫城

こんなの歴史書のどこから出てくるんだ?

年代をちゃんと」特定できるものを出せ

975名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:36:29.82ID:d+kFxrjK0
>>967
そりゃ、後世に作ってりゃ昔の記録に合わせられるからだろ
たとえば和歌山県新宮の徐福の墓についての記録は、
確か戦国時代ぐらいより遡れる記録はなかったはずだぜ
(うちの祖先が新宮出身なので、速玉神社の人から聞いた)

976名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:36:38.98ID:bD2h9RwL0
>>966
祈祷師だと思うから、辻褄が合わないんだよ。
その背後に圧倒的な力があったから、その祈祷術みたいなものが現実に力を見せたんじゃないの。
天文学とか、色々。
数学をベースにした技術がありそうだろ。
三国志の時代、そういうのを駆使して戦ってるわけだし。

977名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:36:49.73ID:wtZwvcSJ0
始皇帝の時代からどうやって三国志まで生きるんだよ
土人だから日巫女を生神として国主にしたんだろ徐福だの関係ねえよ

978名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:39:05.67ID:bD2h9RwL0
>>972
日ユ同祖論で言われる、日本とイスラエルの文化の一致は無数にあるし。
ギリシャの数学が伝わったかもだし。
古墳だって、エジプトのピラミッドのようで、ピラミッドよりでかいし。

979名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:41:33.75ID:sk+iZkr20
>>967
やって来たのは徐福の意志を継いだ後世の者達だと思うかな。

980名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:41:46.22ID:d+kFxrjK0
>>976
正史と演義の区別ぐらいつけような

981名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:42:56.19ID:d+kFxrjK0
>>979
中国系の渡来人は、飛鳥・奈良時代あたりからなら
関東や北陸にもたくさん来てるもんな

982名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:45:46.04ID:sk+iZkr20
>>968
熊野地方は古代から出雲に並び日本で最も発展してた地域だと言い張ってるからな。
関ヶ原の戦いにも見られるような関西/関東の中の悪さは、
戦国時代まで紀伊が海運を分断してたことが一因にもなってたりするかもな。

983名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:46:37.00ID:MuCTdAGU0
>>965
白村江の戦敗戦が先でその後に壬申の乱→太宰府から新益京へ遷都→乙巳の変→大宝律令
じゃないかな。

984名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:48:50.40ID:d+kFxrjK0
>>982
熊野は大内氏の飛び地があって、そこに水軍を派遣したんだよな
(元々大三島出身と言われるうちの祖先の一族もそのうちのひとつ)
交通を遮断というのは、そのあたりから始まってるはず

985名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:49:00.56ID:wtZwvcSJ0
>>982
関ヶ原は関西関東関係ないけどね

986名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:52:47.02ID:lTPs8Leh0
>>919
王年代記を残したとされるちょう念は960年頃に唐に渡った東大寺の僧侶だ。
まぁ当時で言うラノベの類だろう。

987名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:53:25.48ID:sk+iZkr20
>>975
紀伊は秀吉に焼きまくられてるから、それ以前の記録は乏しいだろうな。
熊野は無事だった読んだことがあるが、果たしてどうだか。

988名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:56:09.35ID:MuCTdAGU0
>>981
倭に付いての記録は古くからある
中国系渡来人は紀元前から来てるよ
北部九州では紀元前の硯も見つかっている。

989名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:56:16.98ID:d+kFxrjK0
>>987
>紀伊は秀吉に焼きまくられてるから、それ以前の記録は乏しいだろうな
そりゃ北の方だ
新宮のあたりで戦国時代の大きな混乱はせいぜい北山一揆ぐらい

990名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:57:10.59ID:sk+iZkr20
>>983
Wikipediaによれば白村江の戦が天智2年で、
乙巳の変は天皇になる前だったはずだな。

991名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:58:30.17ID:sk+iZkr20
>>985
関ヶ原の西が関西で東が関東だから。

992名無しさん@1周年2020/01/07(火) 14:59:42.86ID:wtZwvcSJ0
>>991
それ後付け

993名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:00:06.78ID:sk+iZkr20
>>989
降伏したので戦にはなってないが、
いろいろ燃やされたかもしんないかなと思って。

994名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:00:31.28ID:4T7vXwCw0
蜀の孔明は孟獲を
魏の司馬懿は卑弥呼を得たり

995名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:04:10.27ID:sk+iZkr20
>>984
陸から見えるところを通ろうとすれば、
原因不明の事故が起こって沈没しまくってたんじゃなかろうかと想像してしまう。

996名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:05:50.41ID:MuCTdAGU0
>>990
日本書紀では乙巳の変の時期が改竄されてるんだ
記事の順番の入れ替え。

997名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:06:23.45ID:bZQIELBr0
大和国の御子だろ

998名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:13:51.60ID:sk+iZkr20
>>996
日本書紀は機会があれば読んで確認しとくよ。

999名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:21:14.72ID:q4OS399f0
>>975
記録がないだけでしょ
戦国時代の人が伝承もないのに徐福を知ってるとは思えんし

1000名無しさん@1周年2020/01/07(火) 15:22:36.17ID:sk+iZkr20
1000ゲット〜〜!


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